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75年以降にNHKFMで放送された

日本音楽コンクール声楽部門

80年 85年 90年 95年 2000年 入賞者一覧 PrivateCD



75年音楽コンクール声楽部門 二次予選男声の出演者と放送曲目

Bs 高橋 啓三 「悲しい胸の思いは」 本選出場(3位)
Br 勝部 太  「ため息をついている間に」  
Br 大島 幾雄 「哀れみも誉れも愛も」 本選出場
Br 斉藤 俊夫 「さあ、目を開けろ」  
Br 淵脇 和範 「プロヴァンスの海と陸」  
中山 文雄 「冷たい手を」  
林   誠 「愛の家よさようなら」 本選出場(2位)
岡崎 勝久 「インジェミスコ」(ヴェルレク)  
山路 芳久 「この清らかな住い」 本選出場

高橋、勝部、大島が続けて歌うという、今見ると豪華メンバー!。
林はその後、ご存知関西のエースとして君臨した人。
大島は入選止まりだったが、即二期会のエースへ。
「哀れみも誉れも愛も」はこの演奏で始めて聴いた。

 

76年音楽コンクール声楽部門 二次予選男声の出演者と放送曲目(出演順)

Bs 木川田 澄  「仇を討つのは愉快だ」  
Br 勝部  太 「イーゴリ公のアリア」 本選出場
Br 黒崎 錬太郎 「ごめん下され皆さん方」 本選出場
Br 加賀 清孝 「プロヴァンスの海と陸」  
Br 水野 賢司 「悪者ども!」 本選出場
Br 蓮井 求道 「哀れみも誉れも愛も」  
Br 野口 浩志 「哀れみも誉れも愛も」  
Br 大久保 真 「悪魔め鬼め!」 本選出場
仁志田 正人 「おまえが投げたこの花は」  
山路 芳久 「フェデリコの嘆き」 本選出場


76年音楽コンクール声楽部門 本選会の出演者と放送曲目(出演順)

入選 Br 黒崎 錬太郎 歌曲「丹沢」、アリア「おまえこそ心を汚すもの」
2位 Br 水野 賢司 歌曲「木兎」、アリア「私は町の何でも屋」
1位 Br 勝部 太  歌曲「木兎」、アリア「無慈悲な神の命ずるままに」
3位 山路 芳久 歌曲「鐘が鳴ります」、アリア「冷たい手を」
入選 Br 大久保 真 歌曲「九十九里浜」、アリア「ごめん下され皆さん方」
入選 Sp 長浜 公子 歌曲「おやすみ」、アリア「慕わしい人の名は」
入選 Sp 清水 邦子 歌曲「悲歌」、アリア「神よ平和を与え給え」
入選 Sp 日越 喜美香 歌曲「春の寺」、アリア「お聞き下さい」

録音し始めた初期の物で、自分のパートであるバリトンに大物が集った76年の
音コンは、特に愛着のある「極私的秘蔵録音」と呼ぶべきものです。
「イーゴリ公のアリア」、ファルスタッフの「悪者ども!」、中田喜直初期の名曲
「木兎」の3曲は、この時の演奏で始めて聴いたので、ひときわ思い出深い。
尚、黒崎錬太郎は翌77年、長浜公子は翌々78年に1位となっている。

 

77年音楽コンクール声楽部門  二次予選男声の出演者と放送曲目

川上 洋司 「おまえが投げたこの花は」  
大岩 道也 「静かな夜に」  
塩山 はじめ 「妙なる調和」  
中山 文雄 「妙なる調和」  
岡崎 勝久 「なんと素晴らしい美人」 本選出場
Br 有川 文雄 「ため息をついている間に」  
Br 山村 民也 「無慈悲な神の命ずるままに」 本選出場(2位)
Br 野口 浩志 「悪魔め鬼め!」  
Br 黒崎 錬太郎 「おまえこそ心を汚すもの」 本選出場(1位)
Bs 柳沢 安雄 「スサーニンのアリア」 本選出場

黒崎は30歳近くになってアマチュアからプロを目指した人で、当時年齢制限
ぎりぎりだった。逆に山村は24、5才の若さだった。
後の大物、川上はこの時点ではかなり危なっかしい。

 

79年音楽コンクール声楽部門  二次予選男声の出演者と放送曲目

川上 洋司 「妙なる調和」  
岡崎 勝久 「ベッペも恋をした」 本選出場
日高 好一 「空と海」  
大野 徹也 「おお愛よ、美しい心の光よ」(マスカーニ)  
牧川  修  「この清らかな住い」  
市原 多朗 「妙なる調和」 本選出場(1位)
Br 野田 広志 「夕星の歌」 本選出場(3位)
Br 山口 清秀 「悪魔め鬼め!」  
Br 長谷川 佐 「この中に私の運命がある」  
Bs 飯田 研良 「ああパレルモ」  
Bs  峰  茂樹 「悲しい胸の思いは」  

川上は、高音がこの年もまだまだ。大野も推して知るべし。
市原は余裕の1位?。

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80年


80年音楽コンクール声楽部門  二次予選男声の出演者と放送曲目

原田 研一 「静かな夜に」  
永田 峰雄 「人々よ、慰めなさい」(メサイア)  
横井 一治 「五月の晴れた日のように」  
Br 瀬戸口 浩 「無慈悲な神の命ずるままに」  
Br 森野 信生 「おまえこそ心を汚すもの」  
Br 野口 浩志 「哀れみも誉れも愛も」    
Br 長谷川 佐  「国を裏切る者」 本選出場
Br 福島 明也 「おまえこそ心を汚すもの」  
Br 太田  実 「無慈悲な神の命ずるままに」 本選出場
Bs  谷  茂樹  「かげ口はそよ風のように」   

85年の1位、福島もこの時点ではまだまだだが、大学出たての年齢としては
かなり立派ではないかと思われる。

80年音楽コンクール声楽部門本選会 上位入賞者と男声の出演者の放送曲目

1位 Sp 遠藤 優子 「私はあなたのもの」
2位 Sp 桑原 英子 「若者よ恐れるな」
3位 Sp 前沢 悦子 「ああそは彼の人か〜花から花へ」
入選 Br 太田  実 「おまえこそ心を汚すもの」
入選 Br 長谷川 佐 「終わりの日は来た」

 


81年音楽コンクール声楽部門 二次予選男声の出演者と放送曲目

Ms 永井 和子 「ママも知るとおり」  
Br 野口 浩志 「ため息をついている間に」  
Br 大村 亨吾 「イタリアの女達」 本選出場
Br 太田  実 「君の微笑み」 本選出場
Br 砂田 直規 「おまえこそ心を汚すもの」  
原田 研一 「ああ、御身こそ我が恋人」  
伊藤 俊三 「朝日の昇る前に」(チマローザ)  
田代   誠 「星は光りぬ」 本選出場
石原 克美 「頬の涙が」  
山口 清秀 「星は光りぬ」  
横井 一治 「ありふれた話」  

太田はブリリアントな美声の人で、日伊の方では上位入賞したはず。その後、
森野、長谷川などより活躍しなかったような気がするのは、私が知らないだけか?。
女声で一人だけ永井を録音してあったのは謎で、
当時特に注目して将来の活躍を見抜いていた、という覚えもない。
山口は、2年前バリトンとして出場した時とは、別人のような
丁寧な曲作りをしており、絶対的な能力はともかく努力賞もの。

 

82年音楽コンクール声楽部門 二次予選男声と女声の一部の出演者と放送曲目

Bs 戸山 俊樹 「影法師」「かげ口はそよ風のように」 本選出場
Br 近藤  均 「終わりの日は来た」  
蔵田 雅之 「アルプスの雪のように白く」(ユグノー教徒)  
加納 堅志 「ああ、父の手は」 本選出場
武田 正雄 「おまえが投げたこの花は」  
吉村 和彦 「おまえが投げたこの花は」  
川上 洋司 「おお、パラダイス」 本選出場
Ms 串田 淑子 「おお死よ、苦痛な死よ」(ブラームス、四つの厳粛な歌)  
Ms 阪口 直子 「このように痛ましく災いを受けて」(セミラーミデ)  
Sp 釜洞 裕子 「パントマイム」(ドヴィッシー)「あたしの大事な与ひょう」 本選出場
Sp 岩井 まさみ 「私は悲しい夢を見た」(イリス)  
Sp 松井 菜穂子 「狂乱の場、香炉はくゆり」 本選出場
Sp 千葉 久美子 「あなたの優しい声が」  
Sp 岩永 圭子 「亡くなった母を 本選出場
Sp 番場 ちひろ 「お前が通るのは」(ヴォルフ=フェラーリ)
「騎士はあのまなざしを」
本選出場

戸山が歌い出した時点で、私が音コンを聴き始めて最高のやつが出てきた、
と思ったのだが、さらに上がいた。この釜洞の演奏は、私が聴いてきた
音コンにおける演奏の中で最高、と断言出来、その後も凌駕されていないと思う。
もちろん戸山も史上2番目を争うに充分な演奏だと思う。
この年は、蔵田のユグノー教徒、坂口のセミラーミデと初めて聴く曲が演奏されていた
のは特筆物。とくに坂口はなかなか良いと思ったのだが、何故か二次落ち。
その後活躍したのか気になる存在となった。
(その後中堅実力派として活躍しているようで、2001年秋N響のエリヤに出ていた)

 

82年音楽コンクール声楽部門本選会 上位入賞者と男声の出演者の放送曲目

入選 加納 堅志 「鐘が鳴ります」「暁は光から」「我が祖先の墓よ」
入選 川上 洋司 「蔓珠沙華」「冷たい手を」
1位 Sp 釜洞 裕子 「ねずみとり」(ヴォルフ)「復讐の心は地獄のように胸に燃え」
2位 Bs 戸山 俊樹 「一人寂しく眠ろう」

何故かこの4人しか録音していなかったのだが、この年は本選出場者のほとんどが
その後活躍しているという、高水準な年だったと言える。

 

83年音楽コンクール声楽部門 本選出場者(全員ソプラノ)二次予選の放送曲目

2位 清水 知加子 「遊びに仲間に入れて下さい」
入選 関山 千枝子 「あの草を摘みとって」
入選 渡辺 美佐子 「あの草を摘みとって」
入選 水野 貴子 「あの人はまだ帰ってこない〜私の頭から暗い考えを」(ヴェルディ海賊)
3位 石川 睦美  「麗しい光りが」
1位 田島 郁子 「泣け泣け、わが目」
入選 佐藤 元子 「あの草を摘みとって」
入選 新井 咲子 「いつかの夜、海の底に」

この年は、なぜか二次予選出場者のうち本選出場者のみが放送された。
本選出場者は本選が放送されれば聴けるし、2次進出の男声が聴けなかったので、
やめて欲しい方式である。(→結局この年だけだったと思う)

 

84年音楽コンクール声楽部門本選会 上位入賞者と男声の出演者の放送曲目

2位 五十嵐 修 「古い歌に」(レスピーギ)「誰も寝てはならぬ」
入選 Br 福島 明也 「結婚」(中田良直)「ため息をついている間に」
入選 持木  弘 「非歌」(蓑作秋吉)「朝の歌」
入選  愈 子正  「星は光りぬ」
2位 Sp 佐竹 由美 「私は行く、しかし何処へ KV583」
3位 Sp 松浪 千津子 「さくら横丁」(中田)「私は悲しい夢を見た」(イリス)

 

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85年

85年音楽コンクール声楽部門本選会 上位入賞者の放送曲目

2位 Sp 岩井 里香 「世の空しさを知る神」
1位 Br 福島 明也 「墓地で」「鐘が鳴ります」「海を行くオーディン」「国を裏切るもの」
入選 Sp 遠藤 久美子 「すずしきうなじ」「汚れちまった悲しみに」(木下賞)
    二次の福島 「誰がこの歌をつくったか」(角笛)「無慈悲な神の命ずるままに」

岩井理花は、当時の毎日新聞の表記ではこの字を書いていました。

 

86年音楽コンクール声楽部門本選会 男声の出演者の放送曲目

3位  愈 子正 「マッティナータ」「平城山」「星は光りぬ」
入選 永田 峰雄 「何と美しい絵姿」
入選 Br 小川 裕二 「国を裏切るもの」
2位 Br 今村 雅彦 「プロヴァンスの海と陸」「五月の夜」「木兎」「ごめん下され皆様方」
    二次の今村 「お前こそ心を汚すもの」

 

 

87年音楽コンクール声楽部門本選会 出演者と放送曲目

3位 Sp 蒲原 史子 「慕わしい人の名は」「千鳥と遊ぶ智恵子」(清水)
「アウー、夢かしら」(ラフマニノフ)「優しいささやき」
3位 Sp 谷上 セツ子 「素敵な春に」(小林秀雄)「ハンスとグレーテ」(マーラー)「昨日彼が
私に薔薇の花を持ってきてくれた」(マルクス)「岩のように動かずに」
3位 Sp 藤本 いくよ 「鐘が鳴ります」「私を連れ去って」(ザンドナイ)「夜」(ベルク)
「おお、私の小さな心よ」(マスカーニ、ロドレッタ)
入選 Sp 梶山 明美 「ああそは彼の人か〜花から花へ」
入選 Ms 大国 和子 「重い鎖に縛られて」
入選 Sp 山崎 小桃 「氷のような姫君の心も」
入選 小林 彰英 「この清らかな住い」
入選 Sp 川原 敦子 「私の生まれたあのお城へ」(アンナ・ボレーナ)
入選 Ms 加納 里美 「お願い涙を流させて」(ウェルテル)

 

 

88年音楽コンクール声楽部門 二次予選男声の出演者と放送曲目

Br 大貫 史雄 「国を裏切るもの」  
Br 佐野 正一 「ノスタルジア」(チマーラ)、「儚い幻」(エロディアード) 本選出場
Br 秋山 隆典 「無慈悲な神の命ずるままに」  
Br 田辺 とおる 「そう、南風のように心は燃えて」(ワーグナー、恋愛禁制)  
Br  村 俊英 「国を裏切るもの」  
Bs 斉藤 明夫 「悲しい胸の思いは」  
 辻 秀幸 「フェデリコの嘆き」  
土師 雅人 「海の歌」(チマーラ)、「おおパラダイス」 本選出場

88年音楽コンクール声楽部門 本選会男声と上位入賞者の出演者と放送曲目

入選 土師 雅人 「冷たい手を」
3位 Sp 横山 美奈 「嵐の日」(R.シュトラウス)、「誰が明かりを消すのだろう」(林−谷川)
2位 Ms 白土 理香 「汚れちまった悲しみに」(石桁)、「悲しみと涙のうちに生まれ」
3位 Ms 加納 里美 「舟唄」(團−白秋)、「愛よ私に力を与えてくれ」(デリラ)
入選 Br 佐野 正一 「彼の苦しみを見て下さい」(コシ、挿入アリア)

この年は、1位なしの2位白土を始め、めったに無いほど低レベルの年だったと言える。
中でも土師は、何でこれで本選進出なの!、というアペルトなパッとしない声。
男声で聴けるのは佐野だけ、というのが正直なところであった。

88年の音コンについては上記のような断を下してしまっていたのですが、このHPを
開設して以後、田辺とおるさん、秋山隆典さんと相互リンクする仲になってしまいました。
お二人とも、HPをお持ちなだけでなく、実力派歌手として大活躍中とのことです。
お二人には申し訳ないのですが、上記の感想はそのままとし、音コンの時点では
パッとしなくても人気歌手になる方もいる、という良い例として紹介させていただきます。

その後,佐野正一さんとも相互リンクすることになりました。
以前から、このHPを見ておられたそうです。(2002年9月)

 

89年音楽コンクール声楽部門 二次予選男声の出演者と放送曲目

Br 森野 光生 「ため息をついている間に」
Br 小島 聖史 「遥かに」(ドニゼッティ)
Br 大貫 史雄 「六騎」
小迫 良成 「悩み」(トスティ)

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日本音楽コンクール

入賞者一覧 1970〜

パート表記なしはソプラノ、( )内は入賞時の年令
別段( )内は特筆すべき二次落ち者

1970年 第39回
1位 T若本 明志(27) 2位 菊原 吏英(28) 3位 A西 明美(23)
入選 竹村 靖子(25)、Bs玉木 豊(27)、Br秋元 康善(23)

1971年 第40回
1位 Bs斎 求(24) 2位 高木 鳰子(27) 3位 Br工藤 博(29)
入選 Br岡崎 雅明(27)、Br水野 賢司(23)、田中 千恵子(24)

1972年 第41回
1位 Bs岸本 力(25) 2位 Br岡崎 雅明(28) 3位 T林 誠(27)
入選 Br秋元 康善(25)、Br佐藤 光雄(30)、Ms杉浦 綾子(28)、T餐場 知昭(23)
(Br宮本 哲朗)

73年の二次、本選進出者の記事(当時の毎日新聞)には佐藤光男とあり、佐藤光政はありません。
72年入選の佐藤光雄を含めて同一人物なのか、知っている人は知っている事なのでしょうか。

1973年 第42回
1位 Bs佐藤 光政(31) 2位 秋山 恵美子(28) 3位 Ms妻鳥 純子(25)
入選 Ms梶井 裕子(23)、横山 あけみ(24)、T餐場 知昭(24)
(Br島村 武男)

1974年 第43回
1位 出口 正子(23) 2位 岩崎 由起子(29) 3位 Ms梶井 裕子(24)
入選 日比 啓子(25)、T郡司 忠良(30)、山本 恵子(25)
(Bs池田 直樹、Br黒崎 錬太郎、T山路 芳久)

1975年 第44回
1位 Ms大藤 裕子(26) 2位 Bs高橋 啓三(28) 3位 松井 洋子(22)
入選 Br大島 幾雄(26)、T林 誠(30)、T山路 芳久(25)、沢田 昇子(28)
(Ms小見 桂子、片岡 啓子、豊田 喜代美、本宮 寛子)

1976年 第45回
1位 Br勝部 太(26) 2位 Br水野 賢司(28) 3位 T山路 芳久(26)
入選 Br黒崎 錬太郎(34)、Br大久保 真(27)、長浜 公子(25)、清水 邦子(27)、日越 喜美香(28)
(Ms持木 文子)

1977年 第46回
1位 Br黒崎 錬太郎(34) 2位 Br山村 民也(25) 3位 秋山 雪美(27)
入選 T岡崎 勝久(31)、清水 邦子(28)、A天田 美佐子(30)、Bs柳沢 安雄(28)

1978年 第47回
1位 長浜 公子(27) 2位 木村 紀子(26) 3位 市原太郎(28)
入選 立原 ちえ子(24)、名古屋 木実(26)、五十嵐 郁子(25)、Bs木川田 澄(33)

市原多朗は、78年の記事(当時の毎日新聞)では「太郎」となっていました。

1979年 第48回
1位 T市原 多朗(29) 2位 Ms町村 ひろ子(29) 3位 野田 広志(29)
入選 橘 洋子(25)、五十嵐 郁子(25)、岩永 圭子(24)、T岡崎 勝久(33)
(遠藤 優子、桑原 英子、清水 まり、T川上 洋司、Bs峰 茂樹)

1980年 第49回
1位 遠藤 優子(28) 2位 桑原 英子(27) 3位 前沢 悦子(29)
入選 Br太田 実(28)、坂本 てる子(29)、菊池 由子(24)、Br長谷川 左(28)
(Br福島 明也)

1981年 第50回
1位 清水 まり(29) 2位 藤井 比呂恵(24) 3位 菊池 由子(25)
入選 中村 紀子(32)、T田代 誠(24)、Br太田 実(29)、Br大村 亨吾(28)
(Ms永井 和子、T石原 克美)

1982年 第51回
1位 釜洞 裕子(25) 2位 Bs戸山 俊樹(27) 3位 番場 ちひろ(24)
入選 T加納 堅志(33)、岩永 圭子(27)、T川上 洋司(31)、松井 菜穂子(25)
(平松 英子、坂口 直子)

1983年 第52回
1位 田島 郁子(26) 2位清水 知加子(26) 3位石川 睦美(24)
入選 関山 千枝子(24)、佐藤 元子(26)、新井 咲子(28)、渡辺 美佐子(27)、水野 貴子(24)
(Bs谷 茂樹)

1984年 第53回
1位 なし 2位 五十嵐 修(34)、佐竹 由美(24) 3位 松波 千津子(25)
入選 Br福島 明也(27)、大沼 美恵子(27)、T持木 弘(33)、松園 まゆみ(25)、愈 子正(29)
(T田代 誠)

1985年 第54回
1位 Br福島 明也(28) 2位 岩井 里香(28) 3位 西川 裕子(25)
入選 水野 貴子(26)、羽根田 宏子(27)、T岩城 拓也(29)、二見 忍(29)、遠藤 久美子(24)
(Br牧野 正人、佐藤 ひさら、T五郎部 俊朗)

岩井理花は、当時の記事(毎日新聞)では「理香」となっていました。

1986年 第55回
1位 佐橋 美起(25) 2位 Br今村 雅彦(24) 3位 T愈 子正(31)
入選 Ms小浜 妙美(28)、山口 道子(27)、垣花 洋子(29)、T永田 峰雄(32)、Br小川 裕二(34)

1987年 第56回
1位、2位なし 3位3名 蒲原 史子(26) 谷上 セツ子(33) 藤本 いくよ(25)
入選 梶山 明美(26)、Ms大国 和子(32)、山崎 小桃(30)、T小林 彰英(28)
    川原 敦子(26)、Ms加納 里美(27)
(塩田 美奈子)

1988年 第57回
1位なし 2位Ms白土 理香(26) 3位2名 横山 美奈(26) Ms加納 里美(28)
入選 斉藤 京子(26)、T土師 雅人(28)、川原敦子(27)、Br佐野 正一(24)

1989年 第58回
1位 澤畑 恵美(27) 2位 日紫喜 恵美(27) 3位 安達 さおり(25)
入選 吉田 美保(27)、柳沢 涼子(30)、Ms浜田 理恵(24)、Ms藤川 真佐美(30)
(Ms菅 有美子)

1990年 第59回
1位なし 2位 川副 千尋(30) 3位 永吉 伴子(29)
入選 T小迫 良成(28)、A栗林 朋子(27)、Br佐野 正一(26)、吉田 美夏(30)、Br堀内 康雄(25)

1991年 第60回
1位 Ms重松 みか(33) 2位 吉田 美夏(31) 3位 Bs妻屋 秀和(27)
入選 Br浦野 智行(29)、小渡 恵利子(28)、加納 香子(31)、春日 悦子(30)
(佐藤 美枝子、Br佐野 正一、Bs志村 文彦、Bs田島 達也)

1992年 第61回
1位 Br三原 剛(31) 2位 A小川 明子(25) 3位 森野 由み(26)
入選 安倍 恵美子(25)、Br松井 康司(34)、Br成瀬 当正(32)
(Br浦野 智之、森川 栄子)

1993年 第62回
1位小渡 恵利子(30) 2位 Ms菅 有美子(33) 3位 Bs久保田 真澄(25)
入選 河野 明子(30)、松田 昌恵(31)、尾上 理香(33)、Bs志村 文彦(28)

1994年 第63回
1位 Ms栗林 朋子(31) 2位 Sp松下 悦子(34) 3位 Br浦野 智行(32)
入選 Bs佐藤 泰弘(30)、Br成瀬 当正(34)、森 麻季(24)、Br青戸 知(26)
    西 由起子(31)、Br藤村 匡人(30)

1995年 第64回
1位 佐藤 美枝子(29) 2位 Ms中島 豊子(33) 3位 松原 有奈(28)
入選 岡崎 多佳子(28)、砂田 めぐみ(24)、T加茂 下念(36)
(尾上 理香、青盛 のぼる)

1996年 第65回
1位 森川 栄子(32) 2位 浦野 智行(34) 森 麻季(26)
入選 Br田代 和久(32)、斉藤 三和子(35)、Br谷口 伸(27)、服部 麻美(30)
    Br吉原 輝(27)、神尾 志保(32)

1997年 第66回
2位 青盛 のぼる(35) Br清水 良一(30) 3位 Bs若林 勉(33) Br泉 良平(27)
入選 蔵野 蘭子(32)、基村 昌代(27)、福田 玲子(24)
(Br谷 友博、Br井原 秀人、林 正子)

1998年 第67回
1位 Bs若林 勉(34) 2位 西 由起子(35) 3位 Br萩原 次巳(32) 悦田 比呂子(36)
入選 Br安藤 常光(29)、山村 奈緒子(25)、山本 香代(29)、斉藤 紀子(31)、砂川 涼子(25)

1999年 第68回
1位 Br谷 友博(28) 2位 福田 玲子(26) 3位 砂川 涼子(26)
入選 Br森口 賢治(26)、増田 のり子(31)、Br小林 由樹(34)
(T村上 敏明、Br田代 和久)

2000年 第69回
1位 砂川 涼子(27) 2位 Br安藤 常光(31)  3位 増田 のり子(32) Br成田 博之(32)
入選 Br萩原 次巳(35)、Br浅井 隆仁(30)、Ms福原 寿美枝(35)、Br小玉 晃(31)
    Br宮本 益光(28)、Br小林 由樹(35)

2001年 第70回
1位 木下 美穂子(30) 2位  T望月 哲也(28) 3位 山本 美樹(27)
入選 馬原 裕子(28)、T小貫 岩夫(34)、Br小林 由樹(36)、Ms山下 牧子(30)

 

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