本格推理
光文社文庫から「文庫の雑誌」として1993年から1999年まで刊行された鮎川哲也編「本格推理」は、一般から「本格推理」の短編(原稿用紙50枚以内)を募集し、鮎川哲也編集長が選出した入選作を掲載するという企画で、15巻まで、途中に特別編が入って16冊刊行されました。このページでは、全16冊のうち既読分について、私の評点と寸評を載せたいと思います。なお評点、寸評共にあくまで私の主観によるものである事をご了解下さい。評点については一般的な5段階評価としました。3、2の中には、印象が薄くてとりあえず「マァマァだったかな」で3、「たいしたことなかったな」で2、にしてあるものもかなりあります。
本格推理1 「新しい挑戦者たち」 1993年4月20日刊
柳之介の推理 利根 祐介 3 鳥 蕎麦米 単九 3 藤田先生と人間消失 村瀬 継弥 5 信州推理紀行 友杉 直人 3− 愛と殺意の山形新幹線 太田 宜伯 1 砧未発表の事件 山沢 晴雄 3 仮面の遺書 北森 鴻 3+ 静かな夜 神島 耕一 − 氷点下7度Cのブリザード 碑歳 美代 3+ 桑港の幻 琴代 智 − 牙を持つ霧 津島 誠司 − 赤死荘の殺人 二階堂 黎人 −
このアンソロジーが15巻まで続く事になったのには、第一巻に「藤田先生と人間消失」が投稿された事が大きかったのではないだろうか。私の評点は5、文句なしの名作だと思う。しかし、その後の村瀬がこの作品が評価された事をはき違えたのか、本格推理作家でなく人情話作家になろうとしているように見受けられるのは大変残念である。
「愛と殺意の山形新幹線」は高校生の作品ということで取り上げられたようだが、こういうひどい作品が採用されるのは納得行かない、後に続く投稿者への励みという点でも良くないのではないか。
「氷点下7度Cのブリザード」はなかなか面白い倒叙物だったのだが、犯罪が発覚するポイントをこれでもかとばかりこまめに作っており、それが”最大のポイント”がどれなのかはっきりしないという決定的な欠点になってしまった。最大のポイントでのサプライズが大事であろう。
本格推理2 「奇想の冒険者たち」 1993年10月20日刊
双子神社異聞 北野 安曇 3− 死霊 白石 千恵利 3− 落研の殺人 那伽井 聖 2+ 死線 佐々植 仁 3− 亡霊航路 司 凍季 2 汚された血脈 乙 蘭人 3 推理研の冬休み 佐々木 重喜 3 数文字 藤田 将文 3 落下する緑 田中 啓文 4− 調香師の事件簿(1) 蒼井 直人 3− 誰が彼を殺したか 勝 ・ 恵 2+ アンソロジー 江島 伸吾 − この巻で一番に評価した「落下する緑」は、探偵役の性格付けと最後のオチが鮮やかに結びついていて、爽快感がある。
「落研の殺人」は冒頭2ページほどの落語シーンに決定的なヒントがあるらしいのだが、私にはわからなかったので、この評点(作者には申し訳ない・・・・・かもしれない?)。
「推理研の冬休み」は、人によっては「オイオイ、これが本格推理かよ〜!」という感じの作品だが、私はそこそこ楽しめた。こういうのもたまにはあって良い。
本格推理3 「迷宮の殺人者たち」 1994年4月20日刊
葵荘事件 日下 隆思郎 3 落ちて死んだ男 高林 徹 2 狼どもの密室 佐々木 幸哉 3(2+1) イヴ・ステップの殺人 澤井 裕典 2 嵐の後の山荘 杉野 舞人 1+? 嵐の山荘 由比 敬介 2 霧の館 三津田 信三 1 密室の矢 柄刀 一 3 欠けたサークル 牧野 慎悟 2 酒亭「銀富士」の殺人 西新井 栄 2(3−1) 死人に口あり 古賀 牧彦 2 マグリットの幻影 新麻 聡 3 時空間の殺人 大家 有隆 3 「嵐の後の山荘」は物凄い奇想で、私は感覚的に受け入れられなかったのでこの評点としたが、いくらなんでもこの奇想に先例は無いだろうな!、と思わせる凄みをもっと評価するべきかもしれない。
「霧の館」は、私には作者が本格推理物を書こうとしたとは全然思えないので、第1巻の「愛と殺意の山形新幹線」と同じく、採用に抗議する意味での評点。
「狼どもの密室」は本格推理としては2なのだが、選ばれた舞台が好みなので1点おまけした。逆に、「酒亭「銀富士」の殺人」は謎解き自体は3なのだが、付け足されたオチが嫌いなのでこの評点。
本格推理4 「殺意を継ぐ者たち」 1994年8月20日刊
雪花の舞い 高張 是人 3+ 1/2 北条 義弘 2 内勤刑事(デカ) 池月 涼太 2 鳴く密室 濱田 健一 2 超能力者の密室 中村 英雄 3 偶然の目撃者 安浦 むつみ 2+ 開かれた数字錠 高村 寛昭 2 情景に誘われる悲喜劇 譲原 実 3 亡霊の殺意 木村 聡 2 完成の朝 森田 明良 2 遅すぎた推理 神田 貴仁 2 雪の上の五重奏(クインテット) 鈴木 一夫 2 たからさがし 谷 英樹 4 一番に評価した「たからさがし」は、人によっては馬鹿々々しくて嫌いかもしれないが、私は好きである。
この巻では2にしたものが極端に多いのだが、極端な奇想、犯行の可能性、動機などの面で私には受け入れられなかったためである。「開かれた数字錠」と「遅すぎた推理」は、共通するあるネタの使い方が私は嫌いであり、こういうネタは5巻の「クロノスの罠」のように美しく使って欲しい。心情的には1にしたいところである。また、「鳴く密室「と「雪の上の五重奏」は共通性のある奇想がポイントになっているのだが、やはり私には受け入れられない(評点は2のままで良いが)。
本格推理5 「犯罪の奇術師たち」 1994年11月20日刊
犬哭島(いぬなきじま)の惨劇 吉田 元紀 2 アリバイのゆくえ 九院 理 1(?) クロノスの罠 山口 三樹 4 鬼神たちの夜 深川 拓 − 夜間飛行 前田 諭 3− 黒い白鳥 石川 真介 4− 鬼が踊る夜(よ) 永山 智也 3− 天に昇る足跡 五月 たぬき 3 鳶(とび)と鷹(たか) 森 輝喜 3− シャチの住む密室 早川 亮 2 疾走する殺意 土屋 理敬 2(3−1) 極魔術師(きょくまじゅつし)ドクター・フランケン 天宮 蠍人 3− 妻は何でも知っている 大友 瞬 2+ 「クロノスの罠」の舞台もかなりの奇想なのだが、私は気に入った、秀作!。探偵役とそれを慕う主人公の描かれ方が美しいのでこれを膨らませ、余計な目撃者をカットしてまとめれば5になったと思う。
と書いていたのだが、その後下敷きになった作品を読んだため、評価を下げた。→ 「ネタバレ」ページへ
「アリバイのゆくえ」はちょっと問題作である。事件が起こった時点で現場が密室であった事が提示されているのに、結末ではアリバイについてしか解明されていない。作者はドアノブの内側のポッチを押して外側からドアを閉めると施錠されるドアを頭に描いていたのだろうが、そう書かなければダメである。鮎川先生がその点を直させなかった点も残念である。
「黒い白鳥」は、死因に現代の医学で解剖して見付け損ねるとは思えない点があり、この点で納得行くように書いてあれば文句なく4であった。
「疾走する殺意」は、全体の流れとしては3で良いのだが、最後のつまらない落ちでぶち壊している(本格としての解決ではなくなっている)のでこの評点とした。
「鬼神たちの夜」は余りにも長いので、1、2巻にあったような招待作と判断して評点を付けなかった。
本格推理6 「悪意の天使たち」 1995年8月20日刊
閉ざされた山荘にて 紫希岬 真緒 3 やさしい共犯 吉野 桜子 3 雪かきパズル 唄川 昼仁 2 殺しのからくり 中野 隆夫 2 不思議と出会った夏 依早生 加津朗 3 犬爺(いぬじい)さんの事件 霧承 豊 4− よりによってこんな時に 紫苑 明日香 2 サンタクロースの密室 羽月 崇 3− 時間収集家(タイム・コレクター) 佐藤 篤史 2 うちのカミさんの言うことには2 行多 未帆子 2 午前零時の失踪 鮎坂 雨京 2 青い城の密室 小波 涼 2 早春賦(そうしゅんふ) 天城 一 2 4巻と同じで、最も「変化球」の作品に最高の評点をつけてしまった。この巻で言えば「閉ざされた山荘にて」のような正統を目指したものは、なかなか高くつけにくいようである。
僕を悩ませるミステリーについて 紫希岬 真緒 4+ ゆり荘事件 日下 隆思郎 3 遺産相続ゲーム 八木 健威 1(?) ともしび 江島 伸吾 3 ふたたびの葬送 佐々 植仁 2+ 見えない足跡 永宮 淳司 2 仮面の中のアリア 鈴木 一夫 3(2+1) 蜘蛛の塔 天宮 蠍人 2+ 逆密室の夕べ 柄刀 一 3− オニオン・クラブ綺談 大友 瞬 2 鎧武者の呪い 村瀬 継弥 3 踊る警官 北森 鴻 5−
「僕を悩ませるミステリーについて」は、作中作の形を取っている事で成り立っている感じのパズル的な作品で(第3巻の「時空館の殺人」も同様だったが)、まともに書いたら評価出来る作品になったか疑問である。読者の好みも極端に分かれるようで、私は秀作と評価したのだが、家内(宮部ファン)の評価は1に近い2であった。
→ その後読んだ鮎川の「達也が嗤う」でも、家内と私の評価は同じ分かれ方だった。
対照的に「踊る警官」は、「本格」から外れていても面白いものは面白いという感じで、小説としては「本格味」を評価した「僕を〜」とは(5巻に載っている同タイプの「疾走する殺意」とも)全く桁の違うレベルである。流石、その後人気作家になった人である。
「遺産相続ゲーム」は、使われている騙し絵のようなトリックが私にはわからなかったのでこの評点。
「仮面の中のアリア」は、「狼たちの密室」と同じく使われている舞台が好みな分1点おまけ。
本格推理7 「異端の建築家たち」 1996年9月20日
ウルヂの壺 司 十巳呂 3− 三度目は… 黒戸 太郎 3+ 骨の過ごした日々 雅 鶇二 3+ 漱石とフーディニ 砂山 マモル 3 展望亭の殺人 加藤 元昭 3− 時計の家事件 中野 理香 2 孤島の殺人 湯川 聖司 2+ 妻は何でも知っている 2 大友 瞬 3− しおかぜ17号四十九分間の壁 我妻 起成 2− 密室のゆくえ 九院 理 2 壁に消えた男 利根 祐介 2 真冬の夜の怪 吉田 元紀 2+ 中だるみ的な低調さの中で「骨の過ごした日々」と並んで一番に評価した「三度目は…」は、「心あたたまる物語」の部分はかなり感動的なのだが、謎解き部分が弱くバランスが悪いのが難点で、「藤田先生〜」には遠く及ばない。
「漱石とフーディニ」は、犯行の核心的な点に対して謎解きをしていない(出来なかった?)のが大変惜しい。その点がクリアされれば、話の面白さや着目点は素晴らしいので、5に近い評点になったかもしれない。
「孤島の殺人」は謎解きとしてはもう少し高い評価でも良いのだが、所謂「新本格タイプ(私がイメージしているのは「月光ゲーム」)」のとってつけたような動機と犯人像に辟易するのでこの評点。
「しおかぜ〜」はその後「六枚のとんかつ」に収録された作品だが、その遊び心を許せなければ0点にも評価できる作品だと思う。私は一応許せるのだが、評点はこの程度しかつけられない。
本格推理8 「悪夢の創造者たち」 1996年9月20日刊
長雨 知念 俊太 3 中途半端な密室 東 篤哉 3 誰にでもできる密室 愛理 修 2 そして誰もいなくなった……のか? 黒田 研二 ? 白の方程式 大木 智洋 2 ベッドの下の死体 進身 達生 2 少年、あるいはD坂の密室 小波 涼 4+ 金智恵の輪 山沢 晴雄 南伊豆ミステリー館紀行 友杉 直人 2− おしゃべりな死体 剣持 鷹士 2+ 殺意の館 大石 直紀 3 二隻の船 林 泰広 2 「少年、あるいはD坂の密室」はなかなかの佳作。ラストの救いようの無さをもう少し何とか(本格らしい解決に)して欲しかったが、主人公兼探偵役の設定が非常に良い。現代の世相にマッチしているキャラクターだと思うので、シリーズ化してプロを目指せるのではないだろうか。
「殺意の館」は、どこかで読んだような話な上に読者に提示される手がかりが大変わかり易い。欠点とも言えるのだが、次巻に載っている「ある山荘にて」(武井)のような、「オイオイ、なんでそれだけの手がかりでそこまで推理出来るの?、名探偵過ぎるぜ!」と言いたくなるようなものよりは、私は割と好きである。とは言っても、「南伊豆ミステリー館紀行」のように余りにもひねりのない「モロ見えパターン」ではいくらなんでも酷すぎる、ワースト争いの有力候補である。
「そして誰もいなくなった……のか?」は、使われている叙述トリックを良く理解できなかったので、評点をつけるのはもう一度読んでみてからにしようと思う。
本格推理9 「死角を旅する者たち」 1996年12月20日刊
ある山荘にて 武井 学 3− ある山荘にて 吉田 豊 3− 初雪の舞う頃 紫希岬 真緒 3 十円銅貨 新麻 聡 3+ 無欲な泥棒−関ミス連始末記 吉野 桜子 2 白銀荘のグリフィン 柄刀 一 3− 女を探せ 上野 晃裕 2 小指は語りき 山本 甲士 3 森の記憶 八木 健威 2+ 密室、ひとり言 増本 宣久 4 それは海からやってくる 天宮 蠍人 2+ 五行相克の殺人 五月 たぬき 3− 「密室、ひとり言」は「本格推理」か?、と言われたら、私は「否」と答えるだろう。その上、実現の可能性がほとんどなさそうな犯行(?)方法なのだが、この巻の中では群を抜いて面白かった。実際にありそうな人間関係や動機を構築し、手がかりや伏線を提示し、実行可能と思われる犯行方法で組み立てられた平凡な作品(3−位の評点をつけたものが多いように思う)より、後で冷静に考えてみればばかばかしい、実際の世の中にはありえない大人向けのおとぎ話(ホラ話?)のような作品の方が遥かに面白い場合があることを再認識させてくれる作品と言えるだろう。
「十円銅貨」は、スケールは小さいが「日常の謎」と「心暖まる話」のバランスが取れ、それなりに楽しめる。
本格推理10 「独創の殺人鬼たち」 1997年7月20日刊
手首を持ち歩く男 砂能 七行 3− 鉛筆を削る男 二見 晃司 2 ダイエットな密室 内藤 和宏 2 エジプト人がやってきた 大倉 崇裕 2+ 紫陽花の呟き 鈴木 夜行 3− ビルの谷間のチョコレート 高島 哲裕 3− 夏の幻想 網浦 圭 3+ 冷たい夏 守矢 帝 2+ 透明な鍵 織月 冬馬 3− 飢えた天使 城平 京 3 サンタクロースの足跡 葉月 馨 SNOW BOUND−雪上の足跡− 荻生 亘 3 肖像画 濱手 崇行 3− 5年目の募集ということだが、この年はどうも低調で、つぎの11巻との2冊で4点以上をつけた作品は出な(出せな)かった。
唯一3+をつけた「夏の幻想」も、決して積極的に良い訳ではなく、「心暖まる物語」の部分がかなり出来がよいので謎の弱さを補ったという、7巻の「三度目は…」と似た感じの作品である。
中で惜しかったのは「ビルの谷間のチョコレート」。話のテンポ感やホームズ役とワトソン役のキャラクターなどかなり良い出来なのだが、肝心の謎のうち犯行方法が余りにもナンセンスで、「この話の流れだとこうなるのかなぁ、それじゃ余りにも・・・」と思っているとその通りになるのである。もう少しましな方法を考えてもらいたいものである。
本格推理11 「奇跡を蒐める者たち」 1997年11月20日刊
イエス/NO 有賀 南 2+ 屈折の殺意 佐久島憲司 2 黄金の指 目羅 晶男 3 JKI物語 司 直 2− 完全無穴の密室 飛鳥 悟 3− さわがしい兇器 矢島麟太郎 3 キャンプでの出来事 小松 立人 3 この世の鬼 赤井 一吾 1 暗い箱の中で 石持 浅海 3+ 怨と偶然の戯れ 鈴木 康之 2+ 魔術師の夜 由比俊之介 2 つなひき 魚川 鉾夫 2+ 10巻に続いて低調で、作者たちがいろいろな角度からひねった「本格」を絞り出そうとする努力は感じられるのだが、この巻では余り成功しているとは言えない。
「魔術師の夜」はその典型で、途中面白く読ませる部分もあるのだが、最後まで行くと読んで損した、馬鹿馬鹿しい、という感じが否めない。
その中で一発芸的な面白さである程度成功しているのが「この世の鬼」なのだが、余りにも希望のない最後の落ちを、整合性がありつつユーモラスで希望のある物にしてくれていれば、かなりの評点を付けられたかもしれない点が残念である。 と書いていたのだが、その後下敷きになった作品を読んだため、評価を下げた。→ 「ネタバレ」ページへ
僅かの差ながらこの巻で一番に評価した「暗い箱の中で」は、短い枚数の中で純粋に誰が犯人かを推理する事に焦点を絞り、動機については思い切って省略している潔さを「本格」としては評価するべきだと思ったのだが、この省略を許せない読者には受け入れがたい作品かもしれない。
本格推理12 「盤上の散歩者たち」 1998年7月20日刊
閉じこめられた男 雨月 行 3− 塩の道の証人 黒戸 太郎 2+ 南の島の殺人 東 篤哉 2+ 湯めぐり推理休暇伊豆湯ヶ島温泉編 飛児おくら 3+ 僕の友人 堀内 胡悠 2+ 消えた指輪 光原 百合 3 店内消失 風見 詩織 3− 壁の見たもの 獏野 行進 2 ホームにて 寺崎 知之 3− DEATH OF A DRESS CROSSER 女装老人の死 萩生 亘 2+ 地雷原突破 石持 浅海 3 翼ある蛇 赤井 一吾 2+ 霧湖荘の殺人 愛理 修 3 この巻は、軽い「若者会話調」的な乗りの作品が多い感じを受けるが、その中でも「湯めぐり推理休暇伊豆湯ヶ島温泉編」は滅多にない「珍作」と言えるだろう。ワトソン役と探偵役の性格付けややり取りもばかばかしいし、なにより「小説」がとてつもなく「下手」なのだが、不思議なことに「謎の提示と解決」の部分だけはかなりの水準に達しており、文章がまともなら4は行けたと思う。「孤島の殺人鬼」に載った「僕を悩ませるミステリーについて」と似たタイプの叙述トリックものだがかなり落ちる「壁の見たもの」と共に、本格嫌いの批判のターゲットになりがちな作品と言えそうである。
「店内消失」は、心暖まる日常の謎ミステリとしてかなりの水準に達しているのだが、解決の最後で逃げている部分があり(この点では第7巻の「漱石とフーディニ」と似ている)、ここで鮮やかに決めていれば4以上もあったと思う。
本格推理13 「幻影の設計者たち」 1998年11月20日刊
プロ達の夜会 林 泰広 4 死霊の手招き 飛鳥 悟 3 遺体崩壊 城之内 名津夫 4− 猫の手就職事件 南雲 悠 4− 黄昏の落とし物 涼本 壇児朗 2+ 水の記憶 八木 健威 2+ 紫陽花物語 砂能 七行 3− 「青い部屋」に消える 岡村 流生 3− 信じるものは救われる 谷口 綾 3 クリスマスの密室 葉月 馨 2+ ある山荘の殺人 湯川 聖司 3 暖かな病室 村瀬 継弥 3− 「遺体崩壊」はかなり凄い奇想なのだが、この奇想は面白く受け入れられた。しかし、ばかばかしい、と切り捨てる人も多いことだろう。
「猫の手就職事件」は、メインの謎に加えて最後に付け加えられている落ち(というより第ニの謎?)が私好みなので、おまけ気味の評価とした。
「信じるものは救われる」は、謎解きとしてはより評点の低いものより劣っているだろう。しかし、「心暖まる物語」と「謎」と「結末」のバランスが大変良いため、読後感が心地よい。
例えば「黄昏の落し物」では犯行の凶悪さと犯人の人間像のギャップ、「水の記憶」では(いたずらとしてはたちの悪い)いたずらをした少年グループが何故そこまでのいたずらをしたのか、納得の行くように書いていない点、に読後感の悪さが残ってしまい、評価を下げざるを得ない。
「暖かな病室」の村瀬は、本格推理小説を書こうとしているのではなく、泣かせる人情話を書こうとしているように感じられる。「藤田先生と人間消失」は本格として優れているからこそ名作である事を思い起こしてもらいたい。
本格推理14 「密室の数学者たち」 1999年6月20日刊
被誘拐者に発言させない事(誘拐の鉄則) 千桂 賢丈 3 手首は現れた 雨月 行 2 壊れた時計 森 輝喜 2+ 見えない時間 山沢 晴雄 3− ドルリー・レーンからのメール 園田 修一郎 5 時間を売る男 堀内 胡悠 3− 最終バスの乗客 坂本 富三 3− 問う男 林 泰広 4 溺れた人魚 目羅 晶男 3− 氷上の歩行者 琴平 荘介 2 あるピアニストの憂鬱 霧承 豊 我が友アンリ 田辺 正幸 2 教授の色紙 村瀬 継弥 3 「藤田先生と人間消失」を名作とすれば、「ドルリー・レーンからのメール」は傑作と呼ぶべきだろう。本題として提示されている謎解きの他に、もう一つの(より物語の本質である)秘密が鮮やかに伏線に沿って解き明かされる快感は「本格」の醍醐味と言えよう。
「問う男」の作者林氏は、第11巻の採用者アンケート「あなたの好きな本格推理は何ですか<国内編>」で、唯一自作(第8巻に掲載された「二隻の船」、はっきり言って悪いが駄作)を挙げているのには「変な人」と思っていたのだが、第13巻の「プロ達の夜会」に続き高レベルの作品を連発し、私の低評価を覆してくれた。その後プロ・デビューしたそうである。
「溺れた人魚」は本格推理としては充分に3なのだが、鮎川先生が寸評で評価している「ユーモア」が余りにも下手で辟易するのでこの評点とした。
本格推理15 「さらなる挑戦者たち」 1999年11月20日刊
風水荘事件 藤崎 秋平 2+ お寒い死体(ホトケ) 池月 涼太 3− 情炎 深川 拓 2+ 丑の刻参り殺人事件 飛鳥 悟 2+ 利口な地雷 石持 浅海 3− お誕生日会 朝岡 栄治 2+ 動く「密室」 嵯峨 大介 3 オニオン・クラブ奇談 5鍵のお告げ 大友 瞬 3+ 雪のウエディングドレス 柴田 哲良 3 隣りの部屋の殺人 田中 健治 3− テレポーテーション 行多 未帆子 4+ 六人の乗客 大森 善一 4 陽炎の夏 今里 隆二 この第15巻が鮎川哲也編集の最後となった訳だが、「テレポーテーション」は第1巻に掲載された「藤田先生と人間消失」と好一対の秀作と評価出来る。「飛ぶ教室」が大好きな私としては評価が甘くなっているかも知れないが、「謎解き」もそこそこのレベルに達しつつ、田舎町の少年たちの青春群像を爽やかに描いた読後感の心地よさは、全16巻の中でもトップクラスである。この作品から判断する限り、この作者の力量は吉野桜子(光原百合)より明らかに上である、と私は思う。
「六人の乗客」は、若干無理もある大胆な結末を一気に読ませ切ってしまうサスペンス調の作品で、第13巻の「プロ達の夜会」と共に同タイプのものとしてはトップクラスの面白さであった。