「石森萬画館」第七十回訪問記

平成二十四年七月二十二日(日)

 萬画館開館後七十回目の訪問。古来希なり。
 家を出る時は涼しいが敢えてもう一枚は羽織らず。七時六分発の上り列車に乗り、十時四分着。車内では居眠りに徹する。
 やはり重ね着は不要な石巻市。気温は低くないが曇天であり、陽光が照り付けると言う事は無く過ごしやすい。駅前交番は工事中だがロボット刑事の絵は外壁に掲示されている。
 いつもの道を歩く。路傍の数ヶ所で「一箱古本市」が開催されている。立ち止まって覗いてみるが購入はせず。
 八幡家は去る十一日(木)に再開。きれいに修復された建物。以前とは内部構造が変わっている事が外からも判る、即ち以前はスタンドだった場所が事務室になっている。まだ食事時前なれば通過。
 八幡家の路地を抜け、今回の主目的地である石巻まちなか復興マルシェに着く。旧丸光の跡地に六月九日に開業した商業施設である。敷地内に飲食店や食料品店等、複数の店が入って営業している。当日、「萬画の国・いしのまき 復活祭」開催。開館十一周年記念行事。
 最初に「まんぼう」の木村統括部長に会い、その他、顔なじみの現職や元の関係者に会う。
 十時半のシージェッター海斗ショーに十分間に合う。今回も脚本はファリンクス登場編。ファリンクス登場の前の頃は夏の灯ろうまつりでのショーを見て「同じ脚本を何年使うのか」と非難したものだが、斯かる状況下ではそうも言っていられない。
 十一時から式典。「まんぼう」の西條社長、石巻市の笹野副市長、東京国際アニメフェア実行委員会事務局の鈴木チーフプロデューサーが登壇して挨拶。副市長からは年内中の萬画館再開が表明される。
 萬画館支援・江古田原組えこだはらぐみなる組織から「まんぼう」に自動車贈呈。新車・三代目萬画館号が入場し、谷川彰英、原ゆうこ、森嶋則子の三氏から、西條社長に大きな鍵が贈呈される。
 人造人間キカイダーモニュメント除幕式。以前はマンガロードに立っていたのが流失してしまい、これはアニメフェア実行委から寄贈された二代目。前述の来賓達と多くの幼児達が紐を引っ張って除幕。手足が幾分細いようにも見える。そして幼児達はキカイダー像に群がり、記念撮影をする。一連の式典は十一時半前には終了。
 敷地内は立錐の余地も無いと言うほどではないがそこそこ賑わっており、人々は食事や買い物をしている。「しみん市場」では地元の野菜や魚介を販売していて、他の店では弁当や菓子を売っていたり、食事を提供したりしている。「まんぼう」のテントでは商品販売の他、マンガキーホルダーや灯ろう作りを開催中。
 店舗の一つ、石巻復興支援センター(以下「センター」)の店内に元「まんぼう」従業員がいる。今はこちらに移籍していると言う。その紺のエプロンと丈の長いスカート姿が実にいい。
 「いしぴょん」と「いしぴぃ」が来場している。
 「センター」でつくね一本を、また石巻ぎょうざ道場で水餃子、揚げ餃子、焼き餃子それぞれ一皿ずつと飯を喰う。
 腹ごなしを兼ねて中瀬に向かう。今月より修繕工事が本格的に始まっているがこの日は工事休み。萬画館の向かい、木製遊具の隣に工事事務所が建っている。「石ノ森 画館」の文字や手形プレートなどは全て外され、館の敷地内には入れない。マリーナ中瀬にコカ・コーラの自販機が置かれている。即ち中瀬にも通電している。作田嶋神社の旧社殿跡の北側に、少しひしゃげたトラックコンテナが置かれ、それには「作田島船魂稲荷神社仮社殿」と表示してある。前回訪問時には無かったコンテナである。尤も、仮社殿とは言ってもコンテナにそう書いてあるだけで、礼拝施設として整えてあるのではない。
 「まんぼう」関係者との会話の中で、例のトヨタCMに対する登米市民の怒りの声を伝え、撮影裏話を聞く。また、萬画館復興予算投入についての最近のネット上での騒ぎについても敢えて話題にする。市や「まんぼう」に対しても予算投入について多少の反対意見は寄せられたと言う。この件について騒ぎの発端である週刊ダイヤモンドのウェブの記事の信憑性の低さ、内容の誤謬は筆者もつとに指摘し、「まんぼう」も承知しているところ。現地取材をしていないのが明白な記事である。尚、今回は少なくとも筆者のいる間には会場で反対、抗議活動等は見掛けず。
 海斗が、新しいマンガロードスタンプラリーの帳面を無料で配っている。一冊もらう。
 十四時頃に八幡家に行ってみると予約満席の旨の貼り紙。紀代子女将に再開についての祝辞を述べる。女将はマルシェにも来る。
 「センター」で食品等を買い、もう帰るつもりで十四時半頃に駅に向かうが、駅で時刻表を検索すれば、当初予定の十六時二十五分発の一つ前の十五時十九分発に乗っても、水沢着の時刻は変わらない。乗り換え待ち時間は短い方がいいので、この際、マンガロードスタンプラリーに挑む。駅内から、帳面の地図を見つつスタンプを探して押印していく。十五ヶ所。多少、遠回りが必要な場所もある。粟野蒲鉾店はシャッターが下りていて向かいの理容和田の前に置いてある。
 十五時半頃、マルシェに再び到着、達成。「センター」に提出してキカイダー缶バッジを貰う。暫し休憩。既に会場は片付けに入っている。十六時頃に「センター」に別れを告げて帰途に就き、二十五分の小牛田行きに乗る。ほぼ同時刻に発車の仙石線と暫く並走するので、「銀河鉄道999」テレビシリーズ最終回、惑星こうもりでの999と777の発車場面を想起するが、仙石線に謎の金髪美女が乗っているのを見たわけではない。水沢着は十九時五十五分。

 河北新報によれば「会場には家族連れなど約1000人が詰め掛け、」との事。とにもかくにも盛況で何よりであった。
 マンガランド支持者はプライスレス等と主観的な思い入れを主張するのに対して、反対者は具体的、客観的な金銭の数字を挙げて問題にしているのだから、理屈で勝負すれば反対派の勝ちである。しかしもう予算執行は始まっているのだから今更どうこう言っても仕方ない、やはり知らなかった人の不明さである。郵政民営化のようにあれだけ大騒ぎした事柄でも、実施の後で「こんなの知らなかった」と文句を言う人はいる。
 筆者は十四年間、八十回近く石巻マンガランドを訪問して、その都度の記録を発表する事で応援して来た。実に行動と言論を兼ね備えた応援であると自負している。但し、筆者には「所詮よそ者」且つ「被災者とは言えない」と言う致命的弱点がある。萬画館復興予算に今更反対する人達には、ネットで騒ぐだけ、一回くらい関係者に取材する程度ではなく、できるものなら十分な質と量を備えた、立派な反対運動をして欲しい。社会に訴えるには新聞広告、街宣、訴訟、選挙等、手段はいろいろある。本格的な反対運動を乗り越えてこその萬画館復興である。
 日取りは明示されなかったが、萬画館の年内再開は市当局から明言された。十二月ならば我が「帝國」十五周年。個人的に併せて祝おうか。
 如何に文化財と雖も、旧石巻ハリストス正教会は「旧」の字のとおり、既に宗教施設としての機能を失っている。その一方で作田嶋神社は個人所有の小さな無人の神社でも、現役の神社として機能していた。同社は特に文化財等と言うわけではなかったが江戸時代の古地図にも記載がある古い神社である。現地住民にはこちらも忘れて欲しくない。
 八幡家を訪問しながら食事をできなかったのは一度や二度ではない。次回訪問時こそ鰻と茶碗蒸しにありつきたいがマルシェの餃子以外の店も気になる。悩ましいところだ。
 復興の象徴になったキカイダー。その青と赤、且つ中の機械の透けて見える姿は正義にも悪にもなり切れない不完全さの発現である。くれぐれも萬画館の復興が中途半端にならないように願う。

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