「石森萬画館」第五十六回訪問記

平成二十年十一月二十二日(土)

 平成十年十一月二十一日、オイスタンプラリー開催日に石巻市マンガランドを初めて訪問してから十年。
 いつもは九時十一分水沢発の普通列車に乗るが、この日は九時三十五分発の臨時快速「伊達な旅仙台・宮城号」(盛岡・仙台間)に乗る。緑色の車体の三両編成のディーゼル車、一両目と三両目は指定席なので二両目に乗る。この車両はたまに見掛けるが乗るのは初めて。列車は水沢の後は平泉、一ノ関に停まり、筆者は一ノ関の次の小牛田で降りて発車を見送る。丁度同時刻に小牛田にはやはり臨時列車「こがねふかひれ号」も停車中。石巻線に乗り換え、石巻到着はいつもと変わらぬ十一時四十六分。待ち時間は短い方が心理的負担が軽いし乗り換えも少ない方が楽。水沢から石巻までディーゼル車のみで到達。
 風の強い石巻市。十年前の記憶をたどりつつ歩き始める。当時からシャッター通りだったマンガロード、あれから無くなった店等は多いが新しく出来た物はあまり無い。そして旧墨汁一滴跡に着く、相変わらず更地で自動車が一台置いてある。十年前のあの日、建物の二階に集っていた漫画家志望の高校生達は今どうしているだろうか。
 八幡家。いつものかば焼き定食と茶わん蒸し。遂に教育長辞職、本当にろくなニュースの無い石巻市。
 石巻中央一局ATMで資金調達。
 内海橋の手前、萬市場も三十日を以て閉店で、店内の商品を割引販売している。数年振りに入ってみるが欲しい物は無い。
 中瀬に入って定例の作田嶋神社参拝。
 晴れてはいるが風で寒い。子供達が公園で遊んでいる。二階から入館しようとするがスピーカーから流れて来る特撮主題歌に足を止めて外で暫し聴き入る。「キョーダイン」「ズバット」「17」「ジャッカー」「スカイライダー」昭和五十年代前半の名曲群。聴き入りながら公園を見下ろす。鴨の群れが川岸で遊んでいて、人間の子供が近付いて来ると飛び立って川面に移動する。
 珍しく直接企画に入る。第38回特別企画展「萬画家 石森章太郎 マンガからミリオンアート〜さらなる未来へ〜」十月四日(土)から一月二十五日(日)まで。生誕七十周年企画の一つ。
 未完成原稿、世界旅行時の写真、各漫画家から寄せられた絵等、途中までは興味深く見入る。一峰大二描くイナズマンの青が美しい。展示方法も凝っている。
 「BLACK」M48bT1が聞えて来てその方に駆け寄れは「俳優&声優」コーナーで章太郎出演作上映中。イソギンジャガー、野球選手、倉田との共演等の場面だが、これの説明パネルに間違いあり。その隣の「作詞家」コーナーの歌詞表示が更にひどく間違いだらけ。きちんとCD等の解説書で確認すればあんな間違いはしない。これで一気に白けてしまい、最後まで見る前に一度企画を出てしまう。ついでながら、「俳優&声優」の「真」では原田大二郎が喋る場面ばかり映していたが、章太郎の台詞「一芸に秀でた人間は気難しいもの」云々こそ紹介して欲しかった。
 BZでいつものコーヒー一杯。ゲストやショー等の催し物がある日でもないのに、BZのみならず館内全体に客が多く入っている。
 気を取り直してまた企画に入り、最後まで見る。工藤稜の海斗は巨大ヒーローのようにも見える。
 常設では館内人気投票の上位四作品として「009」「1号ライダー」「ロボコン」「エッちゃん」の原画展示中。
 一階から二階への通路の壁に章太郎著「マンガ家入門」の抜粋が貼られている。「龍神沼」の全ページの技法について章太郎自身が解説を付している。
 十五時半頃に辞去。
 久方振りに和田社長の店を訪ねて暫し歓談。
 向かいの粟野蒲鉾店で揚げ物十枚。夕方に行ったのでは笹蒲鉾は入手できない。
 十七時十二分の小牛田に乗って水沢帰着は十九時五十二分。小牛田でまた「こがねふかひれ号」を見掛ける。

 あの肌寒い曇天の日から十年。今にして思えば、萬画館開館を心待ちにして旧墨汁一滴に通い、集った日々もそれはそれで楽しかった。旧墨汁一滴の頃の訪問記を読むと毎回のように店内で筆者は当時の関係者達と構想の今後について熱く語り合っているが、ここ数年は萬画館内で誰かと語り合う事も滅多に無く(たまにはある)、以前の常連達の顔を見る事も最近はあまり無い。
 開館前は当時のパソコン通信でマンガランド構想について話題にしていた。「009」愛好家は反応がいいのに対して特撮愛好家の反応は極めて鈍く、特撮愛好家は章太郎自身に対する関心が低いように思われた。しかし今は特撮愛好家の間でも石森両館は注目されているようではある。仮面ライダー記念館ではないが、萬画であれ映像であれ石森作品に関心のある人は訪れるべき場所と思う。
 筆者自身が普段、伝票や文書の一字一句、漢字の新旧字体や異体字(たとえば部首「しんにゅう」の左上の点が一つか二つか)を厳しく問われるような仕事をしているだけに、石森両館に限らず展覧会一般についてそう言う見方をしてしまう。それにしても「作詞家」「俳優&声優」両コーナーはあまりにも杜撰。歌詞を正確に書き写すことも出来ないのかと言う事である。企画意図や素材がどうであれ誤記の多い展示はそれだけで説得力が無い。作詞家・石森章太郎は以前から筆者は注目していた側面なのでそれを取り上げた事自体は評価するが、肝心の歌詞表記がでたらめでは話にならない。どうも筆者は展覧会の中に一点乃至数点大きな間違いを見付けると、それを以てその展覧会自体を否定してしまいがちである。
 いつか改めて「作詞家」について特集して欲しい。色彩や敵の名前を詠み込む特徴ある詞でいくつもの名曲を残している。
 「他の漫画家が描いた章太郎作品」と言うのもふるさと記念館開館以来よく見られる企画で、面白くはあるが目新しくはない。ただ、章太郎が後進に与えた影響や今も寄せられる尊敬の念の大きさは改めて解る。
 萬市場は初めから要らなかったような気もする。

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