「石森章太郎ふるさと記念館」第五十回訪問記

平成二十年七月十九日(土)

 後で知るがこの日は「サイボーグ009の日」に認定されたそうではある。そして筆者にとっては節目の五十回目の訪問。
 八時四十分頃、マシン(自動二輪)で出発。いつもの国道四号線は平泉町近辺で工事中、矢印のとおり迂回路を通る。大体平泉町から一関市に掛けての辺りは道幅が狭く走りにくい。三百四十二号線に乗って新幹線の下をくぐれば行き交う自動車は少なくなるし道を歩いている人も滅多にいない。気温は三十度までは上がらず、陽光が照りつけているわけでもない。順調に走って丁度九時頃に現地に着く。北駐車場にマシンを置き本館に入ればエントランスに人々が参集して開会儀式の最中。
 第27回特別企画展「70th石ノ森章太郎展」この日から十月十九日(日)まで。既に何度も言及している生誕七十周年記念企画の一環。
 石森両館に通うようになって、章太郎は森羅万象を描いた萬画家であることを実感するようにはなったが、筆者にとっては彼はやはり第一にヒーロー作品原作者である。今回のポスターやチラシの図案は新旧の東映ヒーローが大部分を占めているのでそのつもりで見に行けばに非ず、勿論変身ヒーローや「009」が大きく展示されているがデビュー作「二級天使」の原画、不思議コメディーの歴代ヒロインの写真パネル等も大々的に展示されている。珍しいと思ったのはブロック紙・河北新報での連載。実はこの日は午後から仙台市内で後述の所用があって記念館にはいつもより短時間しかいられず、後でまた見に来る予定なので目を通す程度にしておく。
 記念館職員、友の会役員、当地の政界、なじみの人達と挨拶。よく「遠くから来てくれてありがとう」と言われるが「同じ水沢県ですから近くですよ」と答える。地理的には仙台市よりも水沢市の方が登米市に近い。エントランスで初代(現職)市長・布施孝尚氏に引き合わされていろいろ話を聞く、館の設備について熱く語る市長。熊谷副館長をつかまえて、今後予定のショーやスペシャルゲストについて

「偉い!」

と叫ぶ。
 常設の奥の方に市民が所蔵していた章太郎直筆色紙数枚が飾られている。「エンドーチェーン」元宮城県民にはあまりにもなじみのある店名。
 開会直後の来館者は先程の儀式に参集した高齢者が多く、ヒーロー作品世代人や親子連れはあまり見かけぬ。館内は混雑している。
 エントランスの片隅に何故か電王の変身ベルトが置いてある。これに友の会会員証を通すとどうなるのかは知らない。
 生家に赴いて小野寺おっかさんにも挨拶。また、居合わせた近所の女性から話を聞く。
 蔵楽の建物自体は再開している。バンダイの仮面ライダー人形、ヤマカノの仮面ライダー商品、十円や三十円の駄菓子、ラムネ等を販売しているが以前のような食事場所としての機能は未回復のようである。西條女史と女子店員一名。ラムネ一本を飲む。掲示されている飲食営業許可証を見れば新たにNPOが設立されている。
 石森両館共同でこの日から来年一月十八日までスペシャルスタンプラリー開催。A4の用紙に両館備え付けのゴム印を押すと記念品が貰える。訪問、押印の順番はどちらが先でもよい。
 十一時少し前に辞去する。小学校手前の泉田油店で給油、石越駅前にマシンを置いて十一時十六分の登りに乗車。
 付記。仙山線北山で下車して輪王寺植樹祭に参加。石森萬画館も参加している。板橋社長に会い、シージェッター海斗を見る。植樹マンと植樹ウーマンの「エコ戦隊ショー」が終わると観客の幼児から「海斗は?」と野次が飛ぶ。

 細部まで見たわけではないので特別企画展についての具体的な論評はまだ差し控えておく。夏休みの訪問には最適、とは言っておこう。例の地震では登米市も大きな被害は出ていない。
 それにしても八月から九月に掛けての企画連発である。前々から「原作者の地元に最新ヒーローが来なくてどうする」と主張しているので電王とキバの来館は大歓迎。そして最大の目玉は九月の倉田である、彼の来館は勿論初めて。「BLACK」終了と「RX」開始二十周年の今年、これ以上は望めない最高のスペシャルゲスト。今から楽しみで仕方ない。
 ところで、電王のベルトに友の会会員証を通してデンライナーならぬ軽便鉄道が出て来たら笑う。

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