「石森章太郎ふるさと記念館」第百三十五回訪問記

令和元年八月二十四日(土)

 八月下旬でもまだまだ暑い。晴天の下、十時五十分頃にマシンで出る。
 南下するがいつもの行程とは違う。西磐井の平泉町や花泉町ではなく、東磐井の東山町、大東町から更に東南に進んで、山間部を走って正午頃に到着するのは藤沢町の大籠キリシタン殉教公園。江戸時代初期にここで三百余人のカトリック信徒が殉教したと言う。丘の麓に資料館があり、東北各地での布教と迫害、また当地の製鉄について紹介している。地区内にはカトリック教会はあるが、江戸時代初期にカトリックの圧迫を受けて神主が栗原郡に逃亡したり、寺院から住職が追放されたりして、今も寺院が無いと言う。
 資料館の背後の丘を登り切るのに十五分か二十分ほどかかった気がする。蝉が盛んに鳴き立てる。頂上の広場にクルス館と言う、屋根の上に十字架の立つ見た目は教会のような建物があり、中には船越保武の彫刻作品等が置かれている。鐘楼に上って鳴らしてみる。
 資料館には受付の人がいるがクルス館は無人。また、公園内で全く人と行き会わない。
 十三時十五分頃にふるさと記念館に向けて出発。すぐに県境を越えて登米市東和町米川に入り、国道三百四十六号線を通って南西に向かう。道の駅林林館のそばを通るが立ち寄る時間は無い。疾走している間は風に当たるので暑さは意識しない。ピンで留めていてもネクタイがまくれ上がって首に巻きつく。やがて北上川の橋を渡って中田町浅水に出れば見慣れた景色である。県道四号線に入って南東から石森に入り、伊勢岡神明社参拝後にいつもの北側駐車場にマシンを置く。所要時間三十分程。
 南側駐車場で夏祭り。いつもは舞台を設営しているが今回は移動式のトレーラー。プログラムは既に始まっている。抽選会の券を貰う。
 今回の目当ては十四時十五分と十八時半からのお笑いバルーンショー、バルーン漫談師カルーア啓子。今回初めて知る芸人である。喋りながらゴム風船で色々な作品を作る。会場の観客とも積極的に交流する。
 特別企画展のナゾトキは七月十三日から問題が入れ替えられている。エントランスで紙を受け取って今回は所要時間十五分で解ける。一ヶ所、筆者の勘違いが無ければ十分で解けたかも知れない。夏休み期間は子供が多く来るので問題を易しくしたと言う。
 生家には行かない。神輿の出発や帰還、よさこい等を見物し、屋台で買って飲食する。
 カルーア啓子は二回目のショーの後、本部テントの前で客の求めに応じて作品を作っている。
 十九時からのお楽しみ抽選会。今回も何も当たらず。
 閉会は二十時頃だが思うところあって残って片付けを手伝う。友の会会員ではあるが役割分担があるわけではない。テントの解体や運搬。
 二十一時過ぎに友の会の小野寺会長の号令で解散して帰途に就き、所要時間七十分程で帰着。

 カルーア啓子は漫談、バルーンアートに更に手品の要素もあって大変面白かった。この後、神奈川県大和市のFMやまとの彼女の番組を聴くようになった。登米市までの往復は自ら自動車を運転してだったそうで、帰路は相当疲労困憊していたと言う。
 もう何年も抽選会は外れ続き。毎年のように参加しても二回しか当たった事が無い。

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