「石森章太郎ふるさと記念館」第百二十回訪問記

平成二十九年九月十七日(土)

 六時十分頃、曇天の下、マシンで出発。早朝の道は空いている、七時十五分頃北側駐車場着。
 一番乗り。暫くは筆者一人で心配するがやがて集まって来る。盛岡市の知人や山形県、新潟県の常連氏。九時半の開場時点で六十人が集まっており、定員五十人のシンポジウム、サイン会の券の配布はすぐ終了。
 盛岡知人と館内展示を見る。企画の矢口高雄展示の見事さに改めて感じ入る。一時間目から六時間目まで、主題毎にまとめてある。第一話の三平初登場から各地での活躍、釣りの蘊蓄、そして最終回まで。最終回では三平達が釣りキチ同盟を結成して東京都心で大行進をする。国会議事堂前に旗を押し立てて人々が押し寄せる場面には「一揆」と書かれた旗も見える。国会議事堂前の群衆、今となっては懐かしい光景である。
 特別企画展にちなんで魚偏の漢字を集めたクイズコーナーがある。初級中級上級の三段階に分かれており、筆者が太刀打ちできるのは初級止まり。中級から難しい字、珍しい字が頻出する。筆者は漢文訓読に関しては玄人だが、必ずしも多くの漢字を知っているわけではない。まして魚偏の漢字には日本で作られたものも少なくない。国字ならば当然、漢籍には出て来ない。出題の中にさわらかじかこのしろがあるが、果たして「魚偏に夏」の字はあるのかどうかが話題になる。
 矢口が漢詩を板に書いた書道作品、唐の張志和「漁歌子」。高校漢文で習う李白や杜甫等の近体詩とは異なる形式、ツーと言う。唐より後の宋代に大流行し、漢文、唐詩、元曲と並んで宋詞は時代を代表する文学。事典によれば張志和が詞の先駆者だと言う。
 ライブラリーに、付録と共に箱に入った「少年画報」昭和三十五年正月号復刻版がある。「まぼろし探偵」やアメコミ「スーパーマン」が載っている。大相撲記事で紹介されているのは横綱栃錦、若手の柏戸、若三杉等。この年に栃錦は引退。また、初場所で大鵬が新入幕で小結柏戸と初対戦をしている。栃若時代から柏鵬時代への移行期に当たる。紙面の通販広告がいろいろ怪しい。扱い商品は何故か万年筆が多く、銃器と思われる物も少なからず。尚、昔の雑誌には「はげましのお便りを出そう!」と漫画家の住所が明記されていたものだが、この復刻版では漫画家住所や広告業者の番地が削除されている。
 十一時過ぎには石巻市のSEI氏到着。シンポジウム等には不参加。彼も加わり暫時、三人で行動する。
 生家で少し休憩する。
 座敷で、筆者が最近入手した資料を各氏に見せる。
 ここで筆者の楽しみ、遠方からの客相手の内部案内。栃木県宇都宮市からと言う父母兄妹の家族四人連れを案内する。筆者の説明に特に母が熱心に聴き入る。そして二階で、章太郎愛用の机と椅子での記念撮影を促す。一階のテレビや二階のオーディオセットも両親には懐かしがられる。
 「たばごや」は予約等で満席。再び敷地を出てたけちゃんラーメンに入り、各自注文して食事。筆者は確か、ねぎみそラーメン。
 やがてSEI氏と別れ、筆者と盛岡知人はシンポジウム会場のシアターに入る。
 十三時半からの矢口高雄と谷川彰英のシンポジウム開催の前に、矢口自身の申し出でギャラリートーク。聴衆も企画に移動して、矢口自らマイクを握って作品や、各種商品について解説する。映画や芝居の世界では物語の進行方向は客席から見ると右から左と言うのが世界共通の決まりで、縦書きの日本の漫画はそれに合致していると言う。最近、フランスでの釣り具の見本市でDAIWAのカタログは表紙が三平の絵で大好評だったとか。
 再びシアターに戻ってシンポジウム開会。矢口は何回も見ている筆者だが谷川は十六年振り。
 谷川は元々筑波大学の教育学の教員。嘗て小学校の教科書を執筆した際に矢口の絵を使ったのだと言う。嘗て漫画が弾圧の対象だった時代を知る矢口は、自作の教科書掲載を「文部省への敵討ち」と称する。
 矢口の生い立ち、経歴。
 矢口が語る「おくのほそ道」の考証。平泉の夏草とは何か、山寺で鳴いていたのは何蝉か。芭蕉研究家や大学ともやりあったと言う。
 谷川曰く、学者でこれほど漫画家と交流があるのは彼自身のみだと。漫画家は人の悪口を言わないと主張する。
 十六時二十五分発。伊勢岡神明社参拝、帰着は十七時五十分頃。
 質疑応答いくつか。矢口作品の登場人物は全て矢口自身だと言う。矢口の好きな魚は美味な鮎。
 シンポジウムは十五時過ぎまで。サイン会に筆者も参加し、全員一律にカレンダーの袋に受ける。
 最後にもう一度企画を見てからエントランスに出ると萬画館関係者の一団がいる。
 十六時二十五分出発。伊勢岡神明社参拝、十七時五十分頃帰着。

 矢口は元気そうで何より。
 本当に漫画家が人を悪く言わないかどうかは知らない、手塚治虫の数々の所業は知られている。学者は他人の著作については批判的な読み込みが必須であり、学術誌に掲載される書評も必ず対象の不備、欠点を挙げなければならない。或る意味では学者は同業者の悪口を言うのが仕事。
 帰宅してから大修館書店大漢和辞典で「魚偏に夏」の字を引いてみるが、補巻まで動員しても載っていない。中共では諸橋大漢和より収録字数の多い字典も作られているので、諸橋大漢和に載っていないから存在しない字、とは断定できない。ただ、少なくとも古典に用例の無い字とは言える。

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