名雪艦隊にダメージを与えた私は、あゆの陣地目指し戦車部隊を前進させていた。
「よぉし! 索敵範囲内にあゆの戦車隊が引っ掛かったぜ!」
 先行させていた偵察車の索敵によりあゆの戦車隊を発見した私は、B29を2ユニット向け、九七式改の機体数を大幅に減らし、続けてシャーマン戦車を向けてトドメを刺した。
「ワハハ! 見ろ! チハタンがゴミのようだ!!」
 シャーマン戦車5輌を投入し、あゆの九七式改3ユニットを殲滅したことに私は笑いが止まらなかった。日本の戦車が4国の中で最弱とはいえ、こうまで圧倒することができるとは。
 対戦車戦を想定しておらず、あくまで歩兵の護衛用と認識されていたのが、日本の戦車の弱さだったりする。ちなみにチハという呼称は3番目(イ、ロ、ハのハ)に作られた中戦車(中を表すチ)という意味であり、そのあまりのへっぽこ振りから、チハタンと愛玩物的な呼称で揶揄されている。
「さて、お次は航空隊を探さねば!」
 私はもう1輌の偵察車を走らせ、あゆの航空隊を探そうとする。艦載機はみんな空母に搭載されているだろうから、陸上には飛燕と二式大挺がどこかにいるはず。
 いくら頑丈なB29とはいえ、飛燕の攻撃を食らい続ければ機体が持たないだろう。何とかあゆに発見される前にこちらから発見しなければ!
「クッ! ダメか!!」
 けど、P512ユニットを飛ばしてまで索敵を行ったけど、残念ながら発見には至らなかった。これは、あゆの反撃に気を付けなくちゃならないな!
「ついにボクの番が来たね! 祐一くんに一気にダメージを与えるよ!!」
 自ターンが回って来たあゆは、意気揚々にユニットを動かした。
「行っけぇー!」
 まずは美緒と芳佳の乗った零戦二二型が、私のSB2CとTBFを1ユニットずつ撃破する。この距離から向かって来られるということは、あゆ艦隊は名雪艦隊の近くにいるってことだな。
 その後あゆは大和級戦艦を前方に出し、駆逐艦と艦載機で空母を護る陣形を取った。ここで爆撃機等を飛ばしても、F4Uに返り討ちに遭うもんな。あゆにしてはなかなか賢い選択だ。
「次はにっくきB29を落とすよー!」
 続けてあゆは飛燕2ユニットをB29に向けて来た。飛燕の奮戦により機体数は減ったものの、B291ユニットの撃墜に成功した。その後は戦車隊を後退させてターンを終了した。
 初めてにしてはそこそこの戦術眼を持ち、侮れない相手だな、あゆは。
「あうーっ! 名雪さんの戦車を一気に壊滅させるわよぅ!!」
 前ターンでの雪辱を晴らすように名雪の戦車隊に自軍の戦車隊を向ける真琴。頭脳はともかく数では上回っているため、真琴のT34/85はそれなりに奮戦し、2ユニットを失ったものの先行していた名雪のティーガー、パンターをそれぞれ2ユニット撃破した他、残りの3ユニットのうち1ユニットにもダメージを与えた。
「続けてさっきやられた飛行機のお返しよぅ!」
 真琴はサーニャ操るMiG−3をミーナ操るBf109Gへと向けた。このゲーム始まって以来初の名前のあるパイロット同士のドッグファイト! 激戦の末、双方とも機体数を半分まで減らした互角の戦いを演じ、真琴のターンは終了した。
 こうしてこのターンは終了した。現時点での新たに生産したユニットを除いた各々の残存戦力は、下記のような感じだ。

名雪……ティーガー・5、パンター・4、偵察車・2、歩兵・3、補給車・2、軽巡洋艦・2、Bf109G・2、Fw190D・2、Ju87・2、He111・2

私……シャーマン・10、偵察車・2、歩兵・3、補給車・2、アイオワ級戦艦・1、駆逐艦・2、エセックス級空母・1、P51・2、F4U・2、SB2C・1、TBF・1、B29・1

あゆ……九七式改・3、九八式・2、歩兵・4、補給車・2、野砲・3、大和級戦艦・1、駆逐艦・2、赤城級空母・1、零戦二二型・2、飛燕・2、天山・2、彗星・2、二式大挺・2

真琴……T34/85・17、歩兵・6、MiG−3・1、TB−3・1

 これに加え名雪は新たにティーガー1ユニット、あゆは九七式改を2ユニット、二式大挺1ユニットを、真琴はT34/85を5ユニットを生産した。名雪は新しい戦艦を生産する余力がないので止む無く戦車を、あゆは役立たずのチハタンを生産するくらいなら、二式大挺を生産するという感じだろうな。
 真琴は真琴で頭を使わず、とにかく戦車を増産って感じだな。うーむ。ソ連の戦車は強いので量産されるのはありがたいけど、航空機が少ないのはちょっといただけないな。
 そんな感じに、自ターンが始まるまでユニットを失った者は新たに生産し、戦局は新たな局面を迎えようとしていた。



第四拾九話「星空の夜に」


「まずは真琴ちゃんの戦闘力を奪うことから始めるよー」
 名雪はサーニャの操るMiG−3に無傷のエーリカ機を向けた。その結果エーリカ機は機体数を4に減らした代わりに、サーニャ機の撃墜に成功したのだった。
「次は残りの戦車を叩くよー」
 名雪は2ユニットのJu87で小破のT34/85にダメージを与えた上で、無傷の戦車隊を向けて迎撃に当たった。これにより真琴の戦車隊を3ユニット撃破した。
「焦らず無理は禁物だよー」
 名雪は中破状態のティーガーを後方の占領都市まで下げ、同時にミーナ機も真琴の攻撃が及ばない占領下の飛行場まで一気に下げた。
「巡洋艦はあゆちゃんの艦隊の方に移動して……Fw190はあゆちゃんの陸上部隊の救援に向かうよー」
 名雪は巡洋艦をあゆ艦隊と合流させた傍ら、あゆの策的範囲内に姿を現した私のB29にFw190を向ける。
「落ちちゃえー!」
 名雪はまず名無しのパイロットが指揮するFw190でB29にダメージを与え、続けて元ネタがハルトマンに次ぐ300機撃墜の記録を持つゲルハルト・バルクホルンな、ゲルトルート・バルクホルンの指揮するFw190でトドメを刺した。こうして虎の子であったB29は2ユニットとも撃墜され、以後生産する余力のない私は、確実に戦力を削がれた結果となった。
「落ちろー!」
 名雪のターンが終了し、私の番が回って来た。私はまず、こちらの艦載機をこれ以上失わないようあゆのゼロ戦にF4Uを向けた。
「クッ! 落とせなかったか!」
 F4U2ユニットを使い美緒機を攻撃するものの、残念ながら1機を残し撃墜には至らなかった。相手の戦闘機が1機でも無傷で生きている状況では、爆撃機を出していたところで徒に撃墜されるだけだと思い、私は空母に帰還させつつ艦隊そのものを後退させる。
「B29の仇、ここで討ってやるぜ!」
 私は続けて索敵に出ていたP51を戻し、あゆの飛燕の撃墜へと向かった。これにより、あゆの飛燕は全て撃墜することができた。しかし、まだまだ名雪のFw190Dは健在であり、油断はできない。
 その後は陸上ユニットをあゆの陣地へと向け、ターンを終了した。
「よーし! ここから一気に反撃開始だよ!」
 あゆは美緒機を空母に戻すと、次に芳佳機を私が後退した空域に、向けた。
「見〜つけた! 祐一くんの艦隊! 大和の主砲をお見舞いしてあげるよ!!」
「クッ! しまった!?」
 大和の射程範囲外に逃げたつもりが、ギリギリで射程内に引っ掛かっていたようだ。
「いっけー!」
 大和の46センチ砲が、私のエセックス級空母に火を噴く。戦艦の主砲に空母の装甲が耐えられるはずもなく、私の空母は搭載した艦載機ごと海の藻屑となって消えた。
「これで祐一くんの艦隊は裸になったも同然だね!」
「クッ! やるなあゆ!!」
 傷付いた戦闘機では、相手の爆撃機や攻撃機を撃墜することはできない。しかも、空母を失っては近隣の占領した飛行場まで後退せねばならず、艦隊は裸になったも同然だ。
「駆逐艦は後で何とでもなるから、まずは戦艦を落とすよー!」
 あゆは空母から全ての天山と彗星を発進させ、戦艦の雷撃、爆撃を行った。いくら頑丈な戦艦でもさすがに4ユニットのも集中砲火を浴びては持つはずがなく、あえなく撃沈となってしまった。
「P51の迎撃は名雪さんに任せて、陣地に近付いて来たシャーマンを撃破するよー!」
 あゆはまず二式大挺3ユニットでシャーマンの機体数2,3まで減らした上で、無傷の九七式改を向けた。性能では圧倒的にシャーマンに劣る九七式改だけど、これだけ機体数に差があれば性能差はないにも等しいもので、あゆは機体数を減らしながらもシャーマン3ユニットの撃墜に成功した。
「ガンガン行くわよぅ!」
 出番が回って来た真琴は、あゆ陣地方面に向かっていた戦車を戻してまで名雪の撃破に専念した。機体数を減らした名雪の戦車は無傷のT34/85によって殲滅された。また後方都市部に退避していた戦車も、引き返して来たT34/85の餌食となり、あえなく撃破された。
 こうして真琴陣地に向かっていた戦車隊は全ユニット撃破されてしまった。
「歩兵も一気にやっちゃえー!」
 真琴は未行動の戦車を歩兵や偵察車の迎撃に当たらせた。これにより真琴陣地に向かっていた名雪の部隊は、航空機と補給車を残し全滅した。
 大きな流れがあったこのターンの新規生産分を除いた残存戦力は下記のような感じだ。

名雪……ティーガー・4、パンター・3、偵察車・1、歩兵・1、補給車・2、軽巡洋艦・2、Bf109G・2、Fw190D・2、Ju87・2、He111・2

私……シャーマン中戦車・7、偵察車・2、歩兵・3、補給車・2、駆逐艦・2、P51・2、F4Uコルセア・2

あゆ……九七式改・5、九八式軽戦車・2、歩兵・4、補給車・2、野砲・3、大和級戦艦・1、駆逐艦・2、赤城級空母・1、零戦二二型・2、天山・2、彗星・2、二式大挺・3

真琴……T34/85・19、歩兵・6、TB−3・1

 これに加え名雪は新たにティーガーとパンターを2ユニットずつ生産、あゆは飛燕を2ユニット生産、私はB17フライングフォートレスを1ユニットにシャーマン3ユニットを生産、真琴はT34/85を5ユニットを生産した。
 名雪とあゆはそれぞれ失った分のユニットを補充する形で、私は本当はB29を生産したかったところだけど、予算の都合で一世代前のB17で妥協した。真琴は相変わらず戦車ばかりを生産した。
 戦況は私の艦隊がほぼ無力化されたのに対し、名雪の真琴方面に進撃していた部隊がほぼ壊滅と、双方痛み分けという形だ。この先戦況がどう転ぶかまったく予想がつかなくなってきたな!



「うにゅ、うにゅぅ……」
 次ターン、名雪がどう攻めるのか楽しみにしていたら、何やら睡魔が襲ってきたみたいだ。名雪はウトウトとしながら焦点の定まらない目で、首を前後にゆっくりと動かし始めた。
「もうこんな時間か」
 ふと時計の針に目を向けると、時刻は既に11時を回っていた。熱中していて気が付かなかったけど、もう3時間も遊んでたのか。
「……。今日はこれまでだな」
 名雪が眠くなってきただけじゃなく明日は予餞会があり何かと忙しい。もう少し遊びたいところだけどこの辺りが止め時だと思い、私は終了を宣言した。
 当初の目論見では3時間もあれば終盤戦に差し掛かっていると思ったのだけれど、現状はようやく中盤戦に差し掛かったばかりという感じだ。
 実の所対人4人で遊ぶのは今回が初めてだったりするので、時間の計算が完全に狂ってしまった。もう少し小規模でユニット数も少ないMAPを選べば良かったなと思いつつ、これよりユニット数を減らすと面白みに欠けただろうな。だから途中までしかできなかったとはいえ、妥当な選択だったと私は思う。
「えーっ!? まだ遊び足りないわよぅ!」
 いいところでゲームを中断しなければならないのがひどく不満なようで、真琴は顔をぷくっと膨らませて私に抗議の態度を取った。
「私たちは学校だし、お前だって明日はバイトだろ? セーブしておけば続きはいつでも遊べるんだし、今日はもう大人しく寝よう」
「う〜〜、分かったわよぅ」
 真琴は腑に落ちないようだったが、渋々終了を認めた。
「じゃあボクは名雪さんを部屋に連れてくね」
 あゆは半分眠りの世界に入っている名雪を起こして歩かせつつ、私の部屋を後にした。
「じゃあ今日はお休み、祐一」
 そして真琴も2人に続き部屋を後にした。こうして大戦略の決着は別の日へと持ち越された。



 深夜2時頃、私は尿意にかられ、足音を立てないよう廊下を静かに歩きながらトイレを目指す。
「わっ!」
 階段を降り一階へと向かおうとした矢先、誰かにぶつかった。
「うぐぅ〜、痛いよ〜」
 その独特の口癖から、ぶつかったのがあゆであることが姿が見えなくても分かる。
「何だ、あゆか。どうしたんだこんな時間に?」
 一体こんな時間に何の用があるんだと、私はあゆに訊ねる。
「トイレに行きたくなったから起きたんだよ」
「何だあゆも同じか」
「祐一くんも?」
「ああ、そうだ」
 冷静に考えればこんな夜分に考えられる用はトイレくらいしかないので、双方の目的が同じであっても不思議ではない。
「ついでだから一緒に行くか?」
「そうだね」
 目的が同じならわざわざ別に行く必要ないと、私はあゆと共に階段を降りる。
「祐一君、終わったよ」
「分かった。じゃあ次は私の番だな」
 あゆと入れ代りで私はトイレに入ろうとする。
「どうしたんだ、あゆ?」
 しかし、いあざトイレに入ろうとすると、何故かあゆが私の手を掴み離そうとしない。
「手を離さないと用がたせないんだけど?」
「怖いから手を離したくないんだよ」
 外見だけじゃなく中身も小学生ですか、テメェは。
「1分以内に終わらせるからその間の辛抱だ」
「分かったよ」
 あゆは1分くらいならと渋々手を離してくれた。私はあゆと手を離しトイレに駆け込むと、約束どおり1分で用を足した。
「祐一くん、すごく怖かったよ〜〜」
 トイレから出ると、そこには足をガクガクに震わせたあゆが立ち尽くしていた。1分待つことさえできないだなんて、どこまで怖がりなんだよお前は。
「まったく。高校生にもなって夜中出歩けないようじゃ、大人なんかになれないぞ?」
 仮に社会人になり一人暮らしすれば、夜中に誰もいないアパートへと帰って来るなんて、普通にあるだろうに。だから、冗談抜きに夜が怖いようじゃ真っ当な社会人になんかなれやしない。
「うぐぅ……。祐一君は怖くないの?」
 2階へと戻る最中、あゆが私の腕にぎゅうっと寄り添いながら訊ねてきた。
「昔は怖かったさ。でも今は好きかな?」
「どの辺りが好きなの?」
「そうだな。好きなのは闇と言っても完全な闇じゃなく、闇の中に微かに光がある闇かな?」
「わずかに光がある闇?」
「口で言うより実際に見た方が早いな。今から外に出るぞ」
 そう言い私は階段ではなく玄関の方へ向かおうとする。
「えっ、今から!? うぐぅ〜、ヤダよ〜」
 外に出ると言った途端、あゆは私の腕を強く引っ張り、2階へと退散しようとする。
「いいから、いいから」
 嫌がるあゆを私は半ば強引に外へと連れ出した。
「うぐぅ〜、やっぱり怖いよう〜」
「仕方ない。あゆ、こうすれば怖くないだろ?」
 私は少しでもあゆの恐怖心を取り除いてやろうと、後から優しく抱き締めた。
「あっ。ゆ、祐一くん……」
「どうだ? 少しは恐怖心が和らいだだろ?」
「うん。祐一くんが抱いててくれれば怖くないよ」
 気の落ち着いた声で喋るあゆ。何となくだけど抱いた直後よりあゆの身体の鼓動が少しは静かになった気がする。
「そうか。けどな、私に抱き付かれて恐怖心を払拭してるようじゃまだまだだな」
「どういうこと?」
「夜空を見上げてみろってことだ」
 きっとそこには恐怖を感じない素晴らしいものが広がっているはずだと言わんばかりに、私はあゆに夜空を見上げるよう促す。
「夜空を?」
 あゆはキョトンとしながらも、ゆっくりと顔を上げ夜空を見上げる。
「うわぁ〜、キレイ……」
 その瞬間、あゆは心が開放されたかのような透き通った声をあげた。あゆが感慨に耽るのも無理はない。今宵の空に雲はなく、宇宙の彼方まで瞬く星々が煌びやかに光り輝いていたからだ。
「いいか、あゆ? 子供の頃っていうのは恐怖のあまり足元しか見ないものだ。だけど成長し、闇に対する恐怖心が薄くなったある時、ふと空を見上げる。そうすると、今まで見えなかったものが見えてくるんだ」
「それがこの星空?」
「ああそうだ。この大海原に広がる星々を見た瞬間、闇に対する認識は一変する。怖いものが美しいものへと変わる。どうだ? 少しは好きになれたか?」
「うん! ボク、こんなに素敵なものが夜空に広がっているだなんて、これっぽっちも知らなかったよ……。うぐぅ、すごく綺麗だよ〜〜!」
 あゆはついさっきまでの恐怖心はどこへやらという感じに、満天の星空をしばらく魅入っていた。その後私はあゆが満足のいくまで一緒に星々を観察し続けた。



「ねえ、祐一くん。祐一くんはいつから怖くなくなったの?」
 家の中に戻り各々の部屋へと分かれようとする直前、あゆがそんな事を訊いてきた。
「いつだったかな? 小学生になった辺りから怖くなくなった気がする」
 詳しくは覚えてないけど、その辺りには既に夜空に対する恐怖心を克服していたと思う。
「ふーん。そんなに早くからなんだ。ボクも見習って、もっともっと夜空を好きになるよ!」
 特に見習うことでもないと思うけど、強く決心するあゆ。まあ、そのくらいの意気ごみを持てれば、もう夜が怖いだなんて弱音は吐かなくなるだろうな。
「じゃあ、お休み祐一くん」
「ああ、お休みあゆ」
 私はあゆにお休みの挨拶をし、自室へと戻っていく。
(本当にいつから怖くなくなったんだっけな……)
 布団に入ると、しばらく私はあゆの質問に答えるように、己の記憶を辿りながら深い眠りへと就いていく。



「いやだよ〜〜、こわいよ〜〜」
 昭和天皇っていうエライ人がしんじゃった日のよる。春菊おじさんはいきなりぼくをおんぶして、お外に出そうとしたんだ。
「どうしてそんなに怖いんだ、祐一?」
「だって明かりがなくてまっくらで……」
 夜のお外はまっくらだからこわいって、ぼくは言ったんだ。
「ははっ、そんなんじゃ舞君に笑われるぞ?」
「う〜〜」
 舞おねえちゃんの名まえを出されて、ぼくはあんまりいいきもちじゃなかったんだ。
「いいかい祐一? 夜空が真っ暗だというのはまったくの誤解だ」
「どういうこと?」
「百聞は一見に如かず。外に出るぞ」
「わーっ! ヤだよぉ〜〜! こわいよぉ〜〜!!」
 春菊おじさんはこわがるぼくをおんぶしたまま外に出たんだ。
「こわいよ、こわいよ〜〜!」
「祐一、怖がらずにお空を見上げてごらん? それでも怖いならすぐに家の中に入るから」
「う、うん……」
 それなら見てもいいかなっておもって、ぼくは勇気を出してお空を見たんだ。
「わぁ〜〜キレイ……」
 お空を見てぼくはビックリしたんだ。だって、くらいお空がこんなにキラキラ光っているなんてしらなかったもん!
「祐一、少しは怖くなくなったかい?」
「うん!」
「そうか。なら祐一が大人に一歩近付いた記念に、伯父さんと一つ約束しないかい?」
「やくそく?」
「ああそうだ。覚えていたらでいい。もしも祐一が大きくなった時、舞君の、そして神夜さんの支えになって欲しい」
「かぐやさんって、だれ?」
 舞おねえちゃんはわかるけど、かぐやさんという人ははじめてきいたんだ。だからどんな人なのって、ぼくは春菊おじさんにきいたんだ。
「伯父さんにとって、とても大切な人だよ……」
 春菊おじさんは、かぐやさんをたいせつな人だってしか言わなかったんだ。
「よくわからないけど、やくそくするよ!」
「ありがとう祐一。じゃあそろそろ家の中に戻るか」
「ううん! もうちょっとお星さまを見ていたいんだ」
「そうか。なら祐一が眠くなるまでお星さまを見ているか?」
「うん!」
 そうしてぼくはねむたくなるまでずっとお星さまを見たんだ。目がさめたときはおふとんの中だったんだ。春菊おじさんは朝起きたら、ぼくのしらないとおくのところに行ってしまったんだ。



「水瀬さん、ご準備は整いましたか?」
「ええ。詩音さん、本当に私が行けば神夜さんは今まで通りの生活を続けられんですよね?」
「お約束します。彼女のお力は私たちにとって必要なものには間違いありません。ですが、あのお方のお側にお仕えし続けるのが彼女に与えられた使命ならば、私たちに干渉する道理はありません」
「彼女の立場をご理解していただいて、感謝の言葉もありません」
「いえいえ。本当はあなたも巻き込みたくないんですけどね。ですが、今あのお方にお力が備われていないことを奴等に知られるわけにはいきません。私が代わりを務められれば良かったのですが、何分奴等には顔が知れ渡っておりますので」
「構いませんよ。秋子はまだ若い。2,3年も経てば私を失った悲しみを乗り越えて新たな恋に生きるかもしれない」
「春菊さん。失礼ですが、そう簡単に忘れられるものじゃありませんよ?」
「これは失礼。あなたはまだ悟志君をお探しなんでしたものね」
「ええ。富竹さんのお話が本当なら、悟志くんは奴等の手の中でしょうから。あなたも奥さんもきっと、あなたのことをずっと想い続けると思いますよ?」
「それは喜んでいいのか悲しんでいいのか分かりません。ですが、秋子が何十年経っても私のことを忘れずに想い続けていたのなら、その時は友と交わした約束を守ろうと思います」
「そうしてください。その時が来たなら、その時またあなたの代わりを見つければいいだけのことですから」
「申し訳ありません」
「いえいえ。話が逸れましたね。そろそろ参りましょうか?」
「ええ。名雪、そして祐一。後のことは頼んだぞ。大きくなって一人前になったのなら、私の代わりに神夜さんを支えてやってくれ……!」

…第四拾九話完


※後書き

 えー、以前の更新から2ヵ月半ほど経ってしまい、続きを楽しみにしている方には本当に申し訳ない限りで。まあ、更新が滞っている時は同人誌の執筆をやっていると察してください。
 何か作中の大戦略の方も中断してしまい、読んでる方には拍子抜けだったかなと。正直真っ当に終わらせるためにはもう一話必要で、あんまり引っ張るネタでもないと思い、中断した次第です。
 さて、物語の方は次回でようやく五十話ですね。気が付けば旧版と比べて30話も多くなってるんだなと。
 次回は予餞会の話で、そのエピソードが終われば当面はシリアスな展開が続くと思います。そろそろ佳境に差し掛かろうとしているので、何とかクオリティを保ち続けたまま執筆を行いたいものですね。

五拾話へ


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