「富竹さん! 富竹さん! しっかり!!」
 私は富竹さんの口から雪玉を除去すると、必死に声をあげて起こそうとする。しかし、一向に意識を回復する気配がない。
「しんでるぜ」
 へんじが ない ただの しかばねのようだ
「祐一、冗談言ってる暇があったら、富竹さんを早く起こさなきゃ」
 名雪に白い目で見られたので、私は顔をペチペチと叩いたり大声で名前を呼んだりしながら、富竹さんを起こそうとする。
「うっ、ううっ……」
 その甲斐あり、富竹さんは意識を取り戻した。
「富竹さん、一体何があったんです!?」
 私は目覚めたばかりの富竹さんに、早速意識を失った時のことを聞き出した。
「シャアだ、赤い彗星だ……」
「赤い彗星のシャア!?」
「一瞬の出来事だった。沙都子ちゃんのトラップに引っ掛かって足元を掬われ、何とか抜け出した時、サングラスをかけて赤いスキーウェアを着こなした不審な男にバズーカ砲を強奪された……」
 その後富竹さんは正体不明の男に向かい応戦したという。でも……
「その男は通常の3倍とも言えるスピードで僕を圧倒した。唖然として口を開けた瞬間に雪玉を突っ込まれて、ごらんの有様だよ」
 一部始終を話した富竹さんは、慣れない雪上とはいえサバイバル経験豊富な自分が敗れたことに痛くプライドを傷付けられたと、大きな溜息を吐いた。
「……」
「どうしたの? 祐一」
「いや、犯人に思い当たる節があって……」
 状況を見て犯人は一人しか考えられない。冷静に考えれば、あの男がこんな面白いゲームを断るわけがない。あの男が犯人だとなると、團長に雪玉を投げ付けたのも同一人物だろう。つまりあの男は最初からこ戦場に身を隠し、ずっと機会を窺っていたのだろう。
 頑なに拒んでいたのは興味がないからではなく、秘密裏に参加し、戦場を掻き乱したかったからだろう。いずれにせよ、あの男が乱入したからには、このゲームは一筋縄ではいかなくなるだろうな。



第四拾七話「大惨事超雪合戰〜終焉の雪原へ〜」


 私は名雪を先に進ませると、自分は一旦陣地方面へを戻って行った。犯人の確証は持てる。しかしより確実な証言を得るために、私は戻らなくてはならない。
(反応が2つ!?)
 陣地付近に来ると、未確認の反応を2つ認識した。私と名雪に気付かれずに、別ルートで陣地へと向かっていたということか。
「美雪! 僕が雪玉を防ぐから、美雪は攻撃の方を頼んだよ!」
「分かってます、お父さん!」
 陣地へと進撃して来たのは、赤坂さん親子だった。
「数ではこちらが有利です。みんなで攻撃すれば絶対に守り切れます!」
「分かりましたですっ! 風子、がんばりますですっ!!」
「はっ、はい!」
 栞の指示により応戦し続ける風子ちゃんと渚ちゃん。しかし、名雪のように的確な指示を出しているわけではなく、がむしゃらな総力戦を行っているだけだった。
「はあっ!」
 飛んで来る雪玉を、驚いたことに拳で粉砕する赤坂さん。それにより、美雪さんは被弾を気にすることなく攻撃に専念できている。
 連携の取れてない栞たちと、しっかりと役割分担がなされている赤坂さん親子。数では確かにこちら側の方が有利だ。しかし、連携さでは圧倒的に劣っていると言わざるを得なかった。
「そんな統率の取れてない攻撃なんて、敵じゃありませんよ!」
 美雪さんは鋭い指摘をしつつ、風子ちゃん目掛けて雪玉を発射する。
「きゃふっ!?」
 攻撃一辺倒で防御が手薄になっていた風子ちゃんは、あっさりと撃墜された。
「くっ! これ以上は!!」
 このままでは赤坂さん親子に全滅させられてしまうと思った私は、急いで救援に向かい、赤坂さんに向けてサブマシンガンを発射した。
「考えたね、祐一君。確かにその武器だと拳で防ぎようがない。けど!」
「!!」
 赤坂さんは銃口から発射される雪玉を片手で防ぎつつ、氷の爪を私に向けて来た。
「女の子に接近戦を仕掛けるのは気が引けたけど、相手が君なら手加減はしないよ!」
「くぅっ!」
 マズイ! さっきの動きを見る限り、赤坂さんは典型的なインファイターだ。接近戦を持ちかけられたら私に勝ち目はないっ!?
「そう簡単に、やらせはしないっ!」
 私は奇策とばかりに赤坂さんの顔面目掛けて拡散バズーカを発射した。
「くっ!」
 さすがの赤坂さんも至近距離からの目潰し攻撃には対処できず、思わず目を腕で塞いでしまう。
「沈めー!」
 私はその隙をつき、赤坂さんの的目掛けてつららサーベルを振り下ろした。
「くぅっ! やるね、祐一君!」
 その一撃は見事赤坂さんの的を貫き、私は辛うじて赤坂さんを撃墜することができた。
「お父さんっ!?」
 父親が撃墜されたことに、美雪さんに僅かばかりの動揺が見られた。
「今ですっ!」
 栞はその隙を見逃さず、バズーカを発射した。
「しまったっ!? けど、ただじゃ!!」
 美雪さんは防御を考えず手に持ったウォーターガンを栞の的目掛けて発射した。
「きゃっ!」
 栞の雪玉が美雪さんの的を貫いたのとほぼ同時に、美雪さんのウォーターガンが栞の的を貫いた。こうして2人は同士討ちに終わった。
「2人だけになっちゃいましたね、祐一お兄さん」
「そうだな。けど強敵2人を倒せただけでも良しとしなきゃ」
 こちらの残存戦力は、私、名雪、渚ちゃん、圭一さん、礼奈さんの5人。対する敵チームは、魅音さん、沙都子さん、團長、有紀寧ちゃん。人数で勝っている上に、男の数も多い。敵陣地には恐らく團長と有紀寧ちゃんの2人しかいないだろうから、渚ちゃんを陣地に残しておいても名雪さえ生き残っていれば、何とか敵陣地を落とすことができるだろう。
「それよりも渚ちゃん、一つ確認しておきたいことがあるんだけど」
「はい?」
「君はバスであゆと真琴を連れて来たって言ってたけど、あれって嘘だろ?」
「えっ!? えっと、それは……」
 私が問い質そうとすると、渚ちゃんは視線を逸らして焦りの色を見せた。
「正直に答えてくれ! バスにはもう一人いたか、もしくはその人に送られて来たんじゃないのか?」
「はっ、はい……。祐一お兄さんの考えている通りです……」
 渚ちゃんは観念して、自分の発言に嘘があったことを認めた。
「やっぱりそうか……。君のお父さんが来ているんだな?」
「はい。実はバスじゃなくてお父さんに送られて来ました……」
 渚ちゃんは告白した。古河さんが私たちに内緒でゲームに乱入すると言い出し、渚ちゃんたちを自家用車で送って来たことを。
「お父さんにはみんなには黙ってろって言われてて、今まで秘密にしてました。本当に、ごめんなさいです!」
 渚ちゃんは私たちに嘘を吐いたことを深々と頭を下げて謝罪した。
「謝る必要はないよ。團長に雪玉をぶつけたのも古河さんだろ?」
「はっ、はい、恐らく……」
 私は頭をくしゃくしゃと掻き毟りながら苦笑いした。古河さんが自分の娘をナンパした男を放っておくわけがない。となると、古河さんの狙いは一人しかいない。
「渚ちゃん、謝るなら一つ約束してくれないか?」
 私は謝罪する代わりにと、ある約束を渚ちゃんと交わそうとする。
「……。はい、構いませんよ」
 渚ちゃんはしばらく考えた後、にっこりと微笑み、私とある約束を交わしてくれた。
「ありがとう。渚ちゃんは引き続き陣地を守っていてくれ! 私は君のお父さんを止めてくる!!」
 このまま古河さんを放ったままにしておくとゲームそのものが崩壊すると思い、私は約束を交わし終えると渚ちゃんを陣地に残し。他のみんなのところへと駆けつけていく。



「二人とも、今は戦っている場合じゃない! 戦場に不審者が侵入したんだ!」
 私は交戦中の魅音さんと礼奈さんの間に入り、古河さんがゲームに乱入したことを伝える。
「何だって!? そりゃホントかい!?」
 古河さんの話を聞くと、魅音さんは驚き武装を解いた。
「祐一くん、本当に富竹さんからその人が奪ったのかな? かな?」
「本人を確認したわけじゃないけど、多分そうだと思います」
 私は状況から考えてまず間違いないことを礼奈さんに強調した。
「クックック、やってくれるねぇ、おじさんたちのゲームに乱入して来るなんて。こりゃあ、その古河さんって人を倒すまで一時停戦だね!」
「停戦?」
「当然! イレギュラーが紛れ込んだらゲームにならないじゃない。まずは協力して邪魔者を排除しなきゃ!」
「呉越同舟だね、だね!」
 そんなこんなで魅音さんの提言により、ゲームは一時休戦となった。
「成程。そういうことなら、まずはその古河さんとやらをフルボッコにしなきゃな!」
「おっほっほ! 私たちの部活を土足で踏みにじるだなんて、いい度胸しておりますわね!」
 事情を説明すると、圭一さんも沙都子さんも休戦し共に古河さんを倒すことに賛同してくれた。
「魅音さん、團長は状況的に見て有紀寧ちゃんと一緒に陣地を守ってます?」
「うん。『陣地とゆきえぇは俺が守る!』ってシスコン全開でね」
「なら余計に古河さんを止めなきゃいけません! このままだと團長が倒されただけじゃなくフラッグまで奪われる可能性があります!!」
 万が一第三者の手によりフラッグが奪われてしまう事態になれば、ゲームが根底から破綻してしまう。最悪の事態になる前に古河さんを撃墜しなくてはならないと、私たちは魅音さんチームの陣地へと急ぐ。



 魅音さんチームの陣地が近付くと、敵の反応が二つと名雪の反応があった。
「ゆきねぇ! とにかくドンドン雪玉を作るんだ!」
「はい! お兄ちゃん!!」
 有紀寧ちゃんに雪玉を作り続けるよう指示し、絶え間なく名雪に雪玉を発射し続けている團長。名雪は素早い動きで攻撃を回避し続けているが、いかんせん2対1では分が悪く防戦一方だった。
「名雪! 無事か!?」
「うん。祐一、他の敵は?」
「残すところはあと團長と有紀寧ちゃんだけだ。それよりも……」
 私は名雪に戦況を報告しつつ、富竹さんの装備一式を強奪したのは古河さんだと教えようとする。
「そうかい。そりゃあ良かった!」
 けどそんな時、突如として不敵な声と共に富竹さんの反応が現れた。
「なっ、何だこの反応はっ!? つっ、通常の人間の3倍近くのスピードだぞ!?」
 目立つ赤色のスキーウェアを着こなした古河さんのスピードが尋常ではなく、私は驚愕する。雪上ではどうしても走るスピードはアスファルトの道路などに比べて著しく劣る。そんな環境下で、一体どうやってこんなスピードを出しているのだと。
「古河さん、ミニスキーを履いてるね」
「ミニスキー? 何だそりゃ?」
 聞き慣れない単語に、私は名雪に詳細を訊ねる。
「子供がよく遊びで履くプラスチック製の小さいスキー板のことだよ」
 雪国育ちではない私には馴染みの薄いものだが、名雪たちも小さい頃はよく履いて坂道から滑ったらしい。成程、古河さんのスピードの秘密は、足に履いたミニスキーということか。
「だっ、誰だテメェは!?」
 未確認の敵が突如として目の前に現れたことに、團長は狼狽しながらバズーカ砲を古河さんに向ける。
「オウオウ、小僧! テメェよくも俺の渚に手出してくれたなぁ! 覚悟はできてんだろうなぁっ?」
「俺の渚だと!? いつから渚ちゃんはテメェのようなロリコンスケベ親父のものになったんだ!? あ゛あっ!?」
 團長は古河さんが渚ちゃんの父親だとは露ほどにも知らず、ロリコンのレッテルを張り古河さんを罵倒する。
「生まれた時からだよ! 渚は俺の可愛い娘だよ!!」
「へっ……? ひょ、ひょっとして、お父さまであらせられますか……?」
 ようやく團長は相手が渚ちゃんの父親だと理解し、真っ青な顔になる。
「俺の純情可憐な渚をナンパしようなんざ、一億年早ぇんだよ、小僧!!」
 古河さんは怒りの感情を露にしながら両手にサブマシンガンを持ち、團長に向かい発射した。
「ぶげっ! ぐわわっ!?」
 スカウターの付いていない右目と股間目掛けて細かい雪玉を連射し続ける古河さん。小さいとはいえ圧縮された雪玉を目や股間に食らい続けるのは苦痛でしかない。
「トドメだ! 小僧!!」
 古河さんは仕上げとばかりに右手の武器を素早くバズーカ砲へと変え、團長の口元へと発射する。
「がっ!? モガッ……!」
 悲鳴をあげて大きく開いている口へと放り込まれる雪の塊に、團長は瞳孔を開いて気絶した。
「きゃあっ!? おっ、お兄ちゃん!?」
 実の兄があまりに無惨な姿に打ちのめされたことに、有紀寧ちゃんはガタガタと身震いしながら恐怖する。
「アバヨ、小僧!」
 古河さんはすっかり戦意喪失した團長の的を、サブマシンガンを連射して破り捨てた。
「さーてと、これで残すはお嬢ちゃんだけだな」
「あっ……あああ……。お兄ちゃん、助けてください……」
 鬼神の如き古河さんの姿に気圧され、有紀寧ちゃんは涙目で意識のない兄に助けを乞うた。
「なあ、嬢ちゃんよぉ、痛い目には遭いたくないだろ?」
「は、はぃ……」
「おじちゃんだって可愛い子を痛め付けるのは趣味じゃねぇんだ。どうだ? その後ろにある旗をこっちに渡すってのは?」
 古河さんは半ば脅迫する形で有紀寧ちゃんに降伏を迫った。
「わ、分かりました……」
 有紀寧ちゃんはブルブルと震えながらフラッグを引き抜き、古河さんに受け渡そうとする。
「ちょいと待ちな! 勝手に乱入された上に旗まで奪われるわけにはいかないね!」
 けど古河さんが旗を受け取ろうとした瞬間、魅音さんがサブマシンガンを古河さんに向けて撃ち出した。
「なっ、なんだぁ? 敵はあと2人じゃなかったのかよ!?」
 古河さんは奇襲攻撃に驚きながらも、素早い動きで魅音さんの攻撃を回避した。
「ええ。確かにまだ休戦を結んだことを知らない敵は2人だけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですよ、古河さん!」
 私は決して嘘は吐いてないと言わんばかりに、古河さんに向けて拡散バズーカを発射した。
「クッ! この俺を言葉巧みに誘い込むとは、上等じゃねぁか、小僧!」
 古河さんは一瞬怯んだもののサングラスをつけているため目くらましにはならず、ニヤリと口元を歪めながら私に強襲して来た。
「圭ちゃん、レナ、沙都子! ここでアイツを生かしたままにしちゃ部活動メンバーの名折れだよ!!」
「分かってるぜ! 覚悟しなオッサン! 俺らの底力を見せてやるぜ!!」
「不正はレナたちが許さないんだよ! だよ!」
「オッホッホッホ! 私たちを敵に回したことを、骨の髄まで後悔させてあげますわ!!」
 先遣隊の4人は一致団結し、一斉に古河さんに向かって行った。
「おーっと! さすがにこの数じゃ多勢に無勢。ここは一旦引き下がるとするぜ!!」
 古河さんは戦況が自分に不利と知るや否やフラッグの奪取を諦め、サブマシンガンを乱射しながら森の方へと身を隠すように後退した。
「逃しませんわよ! その先には私の仕掛けたトラップが多数ありますわ。大人しく自滅なさいませ!!」
 沙都子さんはご自慢のトラップに古河さんを巻き込もうと、追撃を開始する。
「えっ!? きゃあっ!?」
 けど沙都子さんは森に入った直後に作られた落とし穴へと落ち、木の上から落ちて来た雪にバサバサと被り、撃墜されてしまった。
「沙都子ちゃん、大丈夫!?」
「おかしいですわ、こんなところにトラップを仕掛けた覚えはないでございますのに……」
 駆けつけた礼奈さんに対し、沙都子さんは唖然とした声で見知らぬトラップに引っ掛かったことを告げた。
「ガッハッハ! トラップを仕掛けたのは嬢ちゃんだったか! あまりに面白い物が仕掛けてあったからよ、いくつか解除して作り直したり配置換えしたりしてやったぜ!」
 古河さんは木陰からひょっこりと姿を現し、してやったりと大声で笑い出した。
「キィー! 策士策に溺れるとは、悔しいでございますわー!!」
 自分のトラップに絶対の自信を持っていたが故に、古河さんが仕掛け直したトラップに気付かずに引っ掛かってしまった沙都子さん。自分の慢心さに声をあげ、沙都子さんは本気で悔しがる。
「トラップ使いの沙都子を逆にトラップに嵌めるとは、上等じゃねぇか、オッサン!」
 圭一さんは古河さんを賞賛しつつ、背中に背負ったウェスバーやら手に持ったサブマシンガンを古河さんに向けて一斉放射した。
「遅せぇよ!」
 けど古河さんは素早い動きで圭一さんを牽制し、攻撃は外れてばかりだった。
「くそっ! これならどうだぁっ!!」
 これだけ一斉放射を続けられればさすがに回避できないと言わんばかりに、圭一さんは再び砲撃を行った。
「だから当たんねぇつってんだろ!」
 しかし、その攻撃もあっさりとかわされてしまう。
「ぐおおー! 何故だ、何故だぁっ!? 豪雪地帯の雛見沢で育った俺の攻撃が、どうして当たらないっ!?」
 雪国育ちの自分が何故これほど翻弄されるのかと、圭一さんは次第に焦燥感に捕らわれていく。
「圭ちゃん、圭ちゃん。圭ちゃんは一回も雛見沢の冬を体験してないでしょ?」
「ぐああ、しまった、そうだったー!!」
 魅音さんに鋭いツッコミを受け、頭を抱えながら叫び狂った。思えば圭一さんは遠距離攻撃ばかりで接近戦で戦う姿を見せてなかったけど、そういった理由があったのか。
 ということは、圭一さんは雛見沢に引越しした年の夏に、例の大災害に巻き込まれたということなのだろうか?
「ヘッ! 雪国育ちの人間に雪国を知らねぇガキが勝てると思ってんのか!」
 古河さんは圭一さんをこれでもかと挑発しつつ、サブマシンガンを連射する。
「うおおー! ガキ、ガキって言うなー!! 俺はこれでも29だぞ!!」
 自分はそんな幼い年ではないと、半ばキレ気味に圭一さんは反撃を試みる。
「俺は36だ! 俺より7も下ならガキにゃ変わりねぇぜ!!」
 古河さんは勝ち誇ったように自分の年を告白し、左手の武器をつららサーベルに持ち替えると、間髪入れず圭一さんに向かって投げ付ける。
「しっ、しまった!? ぐああっ!!」
 まさか近接兵器を投擲してくるとは夢にも思わなかったのだろう。圭一さんは重装備が仇となり回避することが叶わず、雪面にドサッと滑り落ちるように撃墜された。
「圭一くん! 沙都子ちゃんだけじゃなく圭一くんまで倒すだなんて、おじさんなかなかできるね。こうなったらレナも本気で戦うよ!!」
 礼奈さんは圭一くんの撃破を目の当たりにすると表情を変え、着ていた服や帽子、リストバンドを外した。
「えっ……!?」
 それらの物が放り出された瞬間雪面にメリ込み、私は驚愕する。雪にめり込むほどの服って、一体どれ程の重さなんだ……?
「行っくよー!」
 礼奈さんは氷塊の鉈も投げ捨てると、2本のつららサーベルを持ち、古河さんの方へと突進して行った。
「はっ、早い!?」
 そのスピードはミニスキーを履いた古河さんすら凌駕したもので、私は驚かずにはいられなかった。
「出たね、レナの『双剣のレイナ』モードが!」
「双剣のレイナ? 何なんです、それ?」
 魅音さんの口から聞き慣れない二つ名が出たことに、私は詳細を訊ねた。
「レナの本来の戦闘スタイルは、素早さを活かしての接近戦なんだよ。普段は百キロ近くの重りを付けてて大柄な武器を振るってるから分かり難いけど」
「ひゃっ、百キロってどうしてそんな重りを!?」
 孫悟空じゃあるまいし、修行の一環だとでも言うのだろうか?
「だって、ピッコロさん、かぁいいだもん!」
「はい?」
 私の疑問に、礼奈さんはピタッと止まりながら顔をこちら側に向け、にやついた顔で意味不明な答えを喋った。
「あの額に付いた触覚がすごくかぁいいんだよっ! はぅ〜〜! だからレナはピッコロさんみたいに普段は重い服を着てるんだよ〜〜」
 悟空じゃなくてピッコロの方ですか。しかしあの爬虫類的なナメック星人を可愛いだなんて、どういう趣味してるんだ、礼奈さんは?
「ヘッ! 無駄口叩いてる暇はねぇぜ!!」
 礼奈さんが私との会話に耽っている隙を狙い、古河さんはサブマシンガンを連射する。
「遅いよ!」
「なあっ!?」
 礼奈さんは瞬時に古河さんの攻撃を回避すると、あっという間に古河さんの懐に飛び込み、2本のつららサーベルを的に突き立てようとする。
「くぅっ!」
 近接武器を投擲により失ってしまった古河さんは咄嗟に左腕を出し、辛うじて礼奈さんの攻撃を受け止める。
「魅ぃちゃん! 今だよ!!」
「分かってるって! 総員、古河さんに向かい一斉放射、てー!!」
「了解!」
「分かりました!」
 魅音さんの掛け声により、私と名雪は手持ちの武器で古河さんに一斉放射を仕掛ける。
「クッ! こいつはヤベェぜ!! 一時撤退だ!」
 攻撃の多くは古河さんに命中するものの、残念ながら撃墜までには至らなかった。しかし、古河さんを怯ませ、撤退を促すまでに至った。
「みんな! このまま追撃するよ!!」
 ミニスキーで背中を見せながら撤退していく古河さんの後を、私たちは追っていく。
「それにしても、古河さんどこに逃げるつもりなんだろう? 味方になる人なんていないと思うんだけど」
「いや、一人だけいる!」
 私は名雪の問い掛けに対し、一人だけ思い当たる節があると答えた。
「えっ? 誰、それ?」
「渚ちゃんだよ! 実の父親に懇願されたら、寝返るかもしれないぞ!」



「渚! 渚! 俺に協力してくれ!!」
 陣地側に辿り着くと、既に古河さんが渚ちゃんの説得を行っていたところだった。
「……。分かりました。いいですよ」
 渚ちゃんはニッコリと微笑み、古河さんへ協力しようとする。
「渚、恩に着るぜ! さすがは俺の娘だぜ!!」
「……と言いたいところですけど、祐一お兄さんとの約束がありますので」
「へっ? 小僧との約束って?」
「こういうことです」
 渚ちゃんはキョトンとする古河さんに対し、水鉄砲を発射した。
「はい?」
 一瞬何が起きたか理解できなかった古河さん。けど、胸につけられた的は既に破られた後だった。
「なっ! なっ! なんじゃこりゃー!?」
 しばらくして古河さんは胸の違和感に気付き、的に手をかざす。すると、濡れた感触が掌を覆った。濡れた手をジッと見つめ、自分が既に死んでいることを自覚した古河さんは、激しい声をあげて絶叫した。
 実は陣地を後にする際、私は渚ちゃんと「もしも古河さんが味方にならないかって誘ってきた時は仲間になったフリをして不意を突いてくれ」と約束していたのだ。
 こうして古河さんは事態を見越していた私の奇策により、呆気なく撃墜となった。
「クックック! これで共通の敵は倒したし、今から戦闘再開だよ!!」
 魅音さんは古河さんの撃墜を確認するや否や、一方的に休戦協定を破棄し、私たちに銃口を向けてくる。
「きゃあっ!?」
 突然の寝返りに対処できず、名雪は撃墜されてしまった。
「名雪! このっ! 一方的に休戦協定を破るだなんて、卑怯じゃないか!」
 私は背後をつく攻撃に怒りを覚えながら、魅音さんに銃口を向ける。
「クックック! 言葉巧みに古河さんを翻弄したアンタに言われたくないね! 第一おじさんは“古河さんを倒すまで停戦”って言っただけで、倒した後いつから戦闘再開するかは一言も言ってないよ?」
 だから嘘は一言も言ってないってか! 年の功か、言葉遊びも俺以上だな!
「くうっ!」
 咄嗟の攻撃に私は身を守ることが叶わず、あえなく撃墜となってしまった。
「これで残すところはレナだけだねっ!……って、あれ? レナはどこ?」
 残された礼奈さんがどこにいるか探そうとするが、周囲に気配はない。
「くっ! 一体どこに!?」
「ここだよ、ここだよっ! 魅ぃちゃん!!」
「へっ?」
 魅音さんが遠くを見つめる中、突如として懐に入って来た礼奈さんが木陰から身を屈ませてザザザっと姿を現し、神速で魅音さんの懐に飛び込み、2本のつららサーベルで的を斬りつけた。
「アルェー!?」
 完全な奇襲攻撃に、魅音さんは成す術なく撃墜されてしまう。
「本気を出したレナに、スピードで勝てると思ってるのかな? かな? これで圭一くんとのデート権は、レナのものだよ! やったー!!」
 礼奈さんは魅音さんを倒したことよりも、圭一さんとデートできることの方が嬉しそうだ。
 その後敵陣地へと戻ると、残されているのが自分だけだと知った有紀寧ちゃんは、あっさりと降伏した。
 こうして激戦に激戦を重ねた雪合戦は、私たちのチームの勝利によって幕を閉じたのだった。

…第四拾七話完


※後書き

 3話に渡って繰り広げられた雪合戦も、この回を持って終了です。合戦と言いますかただの雪上サバゲーになっているのは突っ込まない方向で(笑)。
 さて今回、ほとんど思いつきで書きました(笑)。最終的に圭一チームが勝つ流れだというのは決めてましたが、赤坂さんせんと、渚の裏切りシーンはその場の閃きという感じです。ですから、先の展開が読み難い回になっていたのではないかと思います。
 ちなみに作中で出て来るレナの「双剣のレイナ」というネタは、北斗の拳ラオウ外伝天の覇王に出て来る、“レイナ”というキャラクターの二つ名です。
 名前がレイナなだけではなくアニメ版での声優さんが中原麻衣さんとのことで、こりゃあネタにするしかないなと(笑)。
 この後は2話ほど旧版拾九話のリメイク的な話が続きます。今回と同じく流れは同じだけど、中身は大幅に変わる展開になるかと思います。

四拾八話へ


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