放課後、私たちは各々雪合戦会場である公園へと移動した。集団で歩くと不審がられるから散開して向かうのがいいという方針からだ。
 私はクラスメイトである潤と香里、それに急遽加わることになった名雪の4人で公園へと向かっていた。
「祐一、今日の雪合戦の主催者って、應援團の先輩さんたちなんだよね?」
 公園へと向かう道中、名雪が改めて訊いてきた。
「ああ。昨日の夕食時に話しただろ? 大手おもちゃ会社に勤めている應援團のOBが、新しく作ったおもちゃのテストを行いたいって」
 名雪は父親が関係者であるとはいえ、本人は今回の怨霊騒動に関しては無関係者だ。だから私は名雪には表向きな理由しか話していない。
「けど、何で今更そんなことを訊くんだ?」
 一度訊いたことを再確認するほど私の説明が不足していたのか、はたまた説明が怪しすぎて疑われたのかと思い、私は名雪に問い返した。
「ううん。應援團のOBなら、お父さんのこと何か知ってるかなと思って」
(ああ、そういうことか……)
 名雪が部活動もある中、何で積極的に雪合戦に参加したのか分かった気がする。つまりは名雪は雪合戦に参加することよりも、應援團のOBと接触し、春菊伯父さんの話を聞くのが主目的というわけか。
「そういや香里、妹さんは迎えに行かなくていいのか?」
 潤が栞を一人で公園に行かせて大丈夫なのかと心配そうな顔で香里に訊ねた。確かに病弱な栞を一人で向かわせるのは心配だな。
「迎えに行こうとは思ったんだけどね。だけど家に電話かけたら『お姉ちゃんとは死んでも一緒に歩きたくありませんから』って、皮肉めいた笑顔ですっぱりと断られたわ。あたし、とことん栞に嫌われているみたいね……」
 どこか吹っ切れたような寂しい声で呟く香里。香里としては多分、今回の雪合戦でこじれた姉妹関係を少しでも修復したかったのだろう。じゃなきゃ、病気の妹が外で遊ぶことを許可しないはずだ。
 姉がこれだけ妹と仲良くしようとしているのに、栞の方は相変わらず香里を拒否し続けている。香里の努力が空回りしているのは、何だか悲しいな。いつかこの二人が昔のように仲良く手を繋いで歩く日が来るのだろうか?



第四拾五話「雪原に集いし戰士たち」


「あっ、祐一くんに名雪さ〜〜ん!」
 公園に辿り着くと、既に待ち合わせ場所に来ていたあゆが私たちに手を振って近付いて来た。
「うぐうっ!?」
 けど、勢い余って足を滑らせ、雪面に思い切り顔を埋めてしまった。
「おっ、おい大丈夫かあゆ!?」
 あまりに豪快に突っ込んでしまったため、私は急いであゆの元に駆けつけた。
「えへへ、転んじゃった」
 てっきりあゆのことだから、「うぐぅ、痛いよ〜〜」と泣き叫ぶと思ってた。けど、起き上がったあゆは膝の雪をパンパンと払いながら、元気一杯な笑顔を私に向けた。
「やれやれ。転んで泣き叫ぶかと思ったけど、意外に元気じゃないか」
「うん! だってこれから雪合戦やるんだよ! このくらいで泣いてちゃ雪合戦なんてできないよ〜〜」
 成程、確かに一理あるな。激しい雪合戦を繰り広げれば、滑って転ぶどころか、顔面に思いっきり雪玉をぶつけられることだってあるもんな。転んで泣き叫ぶ程度のお子様じゃ到底務まらない遊びだな。
「祐一くんと名雪さんと雪合戦、雪合戦! うぐぅ、すごく楽しみだよ〜〜」
 その後あゆは、犬は喜び庭駆け回りという感じに、雪原で大はしゃぎだ。まったく、この無邪気なあゆの姿を見ているだけでこっちも元気になってくるから不思議だ。
「祐一! 祐一〜〜!」
「わっ!? ま、真琴!?」
 突然あゆが駆けつけた方向から真琴が突撃して来る。あまりに唐突なことで、私は真琴に押し倒される形で雪原へと身体を埋めた。
「あうー! 祐一とた〜〜っぷり遊べるわよぅ、あうーっ!!」
 私の胸元で小動物のようにすりすりと身体を擦らせてくる真琴。たっ、頼むから公衆の面前でそういうことはやめてくれ! ほらっ、潤と香里が白い目で私を見ているじゃないか〜〜。
「あゆっ! 後でたい焼きをおごるから、雪合戦が始まるまで真琴と遊んでてくれ!」
 このまま真琴に抱き付かれたままだと明日からロリコンのレッテルを張られそうなので、私はあゆにしばらくの間真琴の相手をしてくれるよう頼んだ。
「本当に!? やったー! 真琴ちゃん、あっちの方で一緒に雪だるま作ろー!」
 食べ物にあっさりと釣られたあゆは、真琴に雪だるまを一緒に作ることを提案した。
「雪だるま!? あうーっ、作る、作るー!」
 真琴は目をキラキラと輝かせながら私から離れ、あゆと一緒に雪だるまを作りにいった。やれやれ、これで一件落着だな。
「祐一、わたしもあゆちゃんたちと一緒に雪だるま作ってくるね」
「名雪、お前もか?」
「うん。普段あゆちゃんと一緒に遊ぶ機会がないから」
 そう言い残し、名雪はあゆたちの下へ駆けつけていった。やれやれ、本人は無自覚とはいえ、妹の面倒を見てやらずにはいられない性分なんだろうな。
 秋子さんはまだその時じゃないって言うけど、早く二人が実の姉妹だってのを明かしてやりたいものだな。
「しかし真琴の奴、よく公園に来れたな?」
 交通手段がないと思って真琴は誘わなかったんだけど、一体どうやって公園までやって来たのだろう?
「えへへ。わたしが連れて来ましたです、祐一お兄さん」
 そんな時、渚ちゃんがこれまたあゆが駆けつけた方向からゆったりとした足取りで私に近付いて来た。
「真琴ちゃんがお店でどうしても雪合戦に参加したいって叫んでたから、わたしがバスで一緒に連れて来たんです」
 昨日夕食時に話した時は移動手段の関係で参加できなかったのを泣き叫んでたもんな。その辺りを汲み取り真琴を連れて来た渚ちゃんには頭が上がらないな。
「あゆも渚ちゃんが連れて来たんだろ? わざわざ申し訳ないな」
 二人より渚ちゃんの方が年下だってのに面倒を見させるようなことをして本当に申し訳ないと、私は渚ちゃんに感謝の言葉を向けた。
「いえいえ〜〜。わたしも皆さんとご一緒に雪合戦で遊びたかったので」
「そうか。古河さんはやっぱり来ないのか?」
「はい。午後はお店も暇になるから、お母さんも遊んで来て構わないって言ったんですけどね」
 そう苦笑いする渚ちゃん。あの遊び好きな古河さんのことだから仕事をサボってまで参加するものだと思ってたけど、今回は頑なに参加を拒むな? そこまでして雪合戦を嫌う理由が何かあるのだろうか?



「お久し振りです、祐一さん」
 渚ちゃんと会話してると、笑顔で栞が近付いて来た。
「5日振りだね、栞ちゃん。身体の方は大丈夫なのか?」
「はい。お医者さんにもらった薬が思ったより効能が良くて、病人なのが嘘なくらい元気です!」
 にこやかな顔でガッツポーズをし、元気さをアピールする栞。確かにこの表情を見る限り、病気は回復に向かっているようだな。
「一人で来れたのね、栞……」
 私と楽しく会釈する栞の元に香里が安堵した顔で近付いて来た。
「ああ。せっかく祐一さんと楽しくお話してるのに、近付かないでくれます? 顔を見るだけでイラついて来ますので」
 そう栞は笑顔を崩さないまま、さらっと激しい拒絶の態度を香里に向ける。
「栞……」
「すみません、祐一さん。何かお姉ちゃんの顔を見たら笑顔が保てなくなりそうなので、少し頭を冷やして来ますね」
「あっ、ああ、うん……」
 栞は私に一言残すと、駆け足で私の元を後にした。病弱な人間にしてはやたらに軽快な動きだけど、あんなに身体を動かして大丈夫なのかな?
「意外に元気そうじゃねーか、栞ちゃん。予定が狂っちまったけど、何よりじゃねぇの?」
「だと、いいんだけどね……」
 栞の調子の良さを喜ぶ潤とは対照的に、香里の顔は暗い。あれだけ元気なのに、何か心配事でもあるのだろうか?
「おう! 結構人数が集まってるじゃねぇか!」
 そんな時、暗くなった場の空気を明るくするように、團長が有紀寧ちゃんを負んぶしながら公園に姿を現した。
「ほーら、ゆきねぇ。みんなにご挨拶するんだぞ〜〜」
 相変わらずの実の妹にはデレデレした表情で、團長は有紀寧ちゃんに挨拶を促した。
「はい、お兄ちゃん。初めての方は初めまして、私は宮沢有紀寧と申します。兄がいつもお世話になっております」
 團長の背中から降り、ペコリとみんなに挨拶をする有紀寧ちゃん。
「初めまして。わたしは古河渚って言います。今日の雪合戦、よろしくお願いします」
 そんな有紀寧ちゃんに対して、渚ちゃんは笑顔で二人に挨拶を返した。
「オレは宮沢和人だ。良かったら、携帯の番号を教えてくれねぇか?」
 初対面の渚ちゃんに対し、挨拶がてらいきなり気持ちの悪いデレっとした顔で携帯の番号を聞き出そうとする團長。頼むから年下に見境なく声をかける同時攻略的行為はやめてくださいよ、團長。そんなんだからあなたは世間からロリコンとしか見られないんですよと、私は心の中でツッコまざるにはいられなかった。
「あっ、あのぉ、わたし携帯電話持ってないんですけど……」
 しつこく迫る團長に対し、渚ちゃんは苦笑しながら携帯を持ってないことを伝えた。渚ちゃんは嘘を吐くような子じゃないので、本当に持ってないんだろうな。まあ、ここは持ってるにせよ持ってないにせよ、持ってないって答えるのが妥当だけど。
「じゃあさ、買ったら番号教えてくれよー。まずはオレのを教えるからよー」
 しかし、團長は引き下がらず執拗に携帯の番号を教わろうとする。
「えっ、ええと、その……多分お父さんが許可しないから難しいと思います……」
「ならオレがお父さんを説得してやるからよー! 娘さんをボクにくださ……じゃなくて、携帯を買ってくださいって!!」
「えっ、ええーっ!? そ、それはえーと、その……」
 團長の激しい攻めに劣勢気味な渚ちゃんは、困惑顔で言葉を濁すだけだった。渚ちゃんは基本的に優しい子だから、「あなたみたいなロリペド変態野郎には死んでも教えたくないです!」なんては口が裂けても言えないだろうからなぁ。渚ちゃんがそんな汚らしい言葉を使うとも思えないけど。
「あいてっ!」
 けどそんな時、渚ちゃんを團長から救い出すように、あらぬ方向から團長に向かい雪玉が投げられた。
「クソッ! 誰だ人が大事な話をしてるって時に! 血を見てぇのか、あ゛あっ!?」
 至福の時を邪魔されたことに憤慨し、團長は姿なき妨害者に対して啖呵を切った。どこの誰だか分からないけど、あの團長にお灸を据えた勇気ある行動に、ただただ敬服するばかりだ。
「やれやれ。少しは應援團としての礼節を弁えたらどうだ、和人?」
「そーそー。初対面の女子中学生にナンパしてる姿を他の生徒に見られたら、應援團の株が下がるってもんスよ」
 そんな時、團長を戒めるように、副團と斉藤が姿を現した。
「西澤に斉藤! テメェラの仕業か!? 覚悟はできてんだろうなぁ!!」
 團長は副團と斉藤を犯人だと勝手に決め付け、早くも臨戦体勢だ。頼むからケリをつけるなら殴り合いじゃなく雪合戦で決してはくれないだろうか。
「やれやれ。冷静に考えてみろ和人。影からコソコソと雪玉を投げ付けるような奴が、わざわざ口頭で忠告すると思うかい?」
「うっ! 言われてみれば……」
 副團に鋭い指摘をされ、團長の拳がピタリと止まった。確かに、副團ならそんな姑息な手段を用いずに、今のように最初から口で語るだろうな。
「第一可愛い妹の前で醜態を晒してもいいんスか?」
「うぐっ!?」
 トドメとばかりに斉藤から妹という単語が飛び出し、團長は冷や汗をかきながら有紀寧ちゃんの方に顔を向けた。
「ひっ、ぐすっ、お兄ちゃん、怖いよぅ……」
 阿修羅の如き兄の姿を見せ付けられた有紀寧ちゃんは、涙を流しながら実の兄に恐怖した。
「ちっ、違うんだゆきねぇ! 今のはそのっ、なんだっ……!」
「うぇ、うえぇぇん……」
 必死に妹を宥めようとする團長だったが、有紀寧ちゃんはなかなか泣き止みそうにない。
「よし、よーし。お兄ちゃんは怖くないですよ〜〜」
 そんな時、渚ちゃんが有紀寧ちゃんに近付き、優しく頭を撫で上げた。
「ぐすっ、うぅ……」
 すると有紀寧ちゃんは次第に泣き止み、笑顔を取り戻した。
「ううっ、すまねぇ、渚ちゃん、恩に着る! アンタのような聖人に携帯の番号を聞き出そうとするオレの性根が捻じ曲がってた!!」
 團長は有紀寧ちゃんを泣き止ませてくれたことに感謝しつつ、無礼な行為に及んだことを雪面に額を押し付けながら渚ちゃんに土下座した。
「そっ、そんなっ! わっ、わたしはただ有紀寧ちゃんをあやしただけで、頭を下げられても困りますぅ〜〜」
 渚ちゃんはそこまでしなくていいと、両手を前に出し横に揺らしながらあたふたと慌てふためいた。やれやれ、これで何とか一件落着だな。でも、一体本当に誰が雪玉を團長に投げたのだろう?



「あらあら、結構集まってるわね。ふぅちゃん、大丈夫かしら?」
 副團と斉藤が仲良く現れてしばらくすると、風子ちゃんを連れた伊吹先生が公園に姿を現した。
「正直、ちょっと怖いですっ! でも雪合戦はしたいですっ!!」
 伊吹先生の足元に隠れる風子ちゃんは、人見知りをしながらも、雪合戦には興味津々なようだ。
「ええっと、わたしは古河渚って言います。あなたは何て言うの?」
 そんな風子ちゃんに対し渚ちゃんは近付き、優しい声で自己紹介をした。
「風子は、伊吹風子ですっ!」
 風子ちゃんは渚ちゃんを警戒しながらも、ハッキリとした声で自己紹介した。
「風子ちゃんって言うんですね。今日の雪合戦、一緒にがんばりましょう〜〜」
 渚ちゃんはニッコリと風子ちゃんに微笑み、握手を求めた。
「わっ、分かりましたですっ! 一緒にがんばりましょうですっ!」
 風子ちゃんはやや緊張気味ながらも、渚ちゃんの握手に応じて手を差し出した。
「……。渚ちゃんって言ったわよね? もし良かったら私の代わりにふぅちゃんの面倒を見てくれないかしら?」
 渚ちゃんの友好的な態度を見て、伊吹先生は笑顔で渚ちゃんに風子ちゃんの面倒を見てくれるように頼んだ。
「えっ!?」
 突然初対面の人に面倒を見てくれるよう頼まれたことに、渚ちゃんは戸惑いの声をあげる。
「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はふぅちゃんの姉で伊吹公子って言います。よろしくね、渚ちゃん」
 そう言い、今度は伊吹先生が渚ちゃんに握手を求めた。
「古河渚です。よろしくお願いします、公子さん」
 渚ちゃんは最初の一声こそ戸惑ったけど、すぐに落ち着きを取り戻し、伊吹先生に握手を返した。
「今日はふぅちゃんの人見知りを少しでも直そうと思って公園に連れて来たんだけど、ちょっとクラスの生徒たちの面倒を見なければならないのよ。だから悪いけど、雪合戦が終わるまでの間、ふぅちゃんの面倒を見ていてくれないかしら?」
 伊吹先生は具体的な理由を述べた上で、改めて渚ちゃんに風子ちゃんの面倒を見てくれるよう頼み込んだ。
「生徒の面倒って言いますと、ご職業は先生か何かでしょうか?」
「ええ。祐一君たちの高校の先生を勤めているわ」
「そうなんですかー。わたしのお母さんも昔、中学の先生だったんですよ〜〜」
 伊吹先生の職業が以前の早苗さんと同じだと知ると、渚ちゃんはより親近感を持った声で伊吹先生と会釈を交わした。
「分かりましたです。同じ先生を親に持つ身としまして、責任を持って風子ちゃんをお預かりします!」
 そうして渚ちゃんは自分に任せてくれと、胸を張って伊吹先生の頼みを聞き入れた。
「ありがとう、渚ちゃん。それじゃね、ふぅちゃん。楽しくみんなと遊んでらっしゃい」
 伊吹先生は少し腰を低くして風子ちゃんの頭を軽く撫で上げ、学校へ戻ろうとする。
「風子、一人になりたくないですっ……」
 けど、当の風子ちゃんはやはり姉の下を離れたくないようだ。
「風子ちゃん、お姉ちゃんはお仕事が忙しいんだって。わたしが代わりに相手をするから、一人なんかじゃないよ」
 渚ちゃんはまるで赤ちゃんをあやすように、優しい声で風子ちゃんに手を差し伸べ、伊吹先生から離そうとする。
「……。分かりましたですっ! 風子、渚さんと一緒に雪合戦で遊びますですっ!」
 渚ちゃんの優しい呼びかけにより、ようやく風子ちゃんは伊吹先生から離れた。
「それじゃね、ふぅちゃん」
 そうして伊吹先生は渚ちゃんに風子ちゃんを預け、水瀬高校へと戻っていった。
「あっ、おねぇちゃん……」
 寂しそうな顔で伊吹先生を見送る風子ちゃん。渚ちゃんには懐いたようだけど、まだまだ姉の庇護下にいないと駄目な子のようだな。まあ、香里と栞みたいに姉妹の仲が険悪なよりは全然マシなんだろうけど。
 それにしても、有紀寧ちゃんといい風子ちゃんといい、渚ちゃんは年下の面倒を見るのが上手いな〜〜。何だかまだ14歳だってのに母親のような包容力を兼ね備えた子なんだな。



「あははーっ。何だか人がいっぱいで賑やかだね、舞ー」
「そうだね、佐祐理……」
 それからしばらくして、佐祐理さんと姉さんが公園に訪れた。
「数日振りですね、佐祐理さん」
 私は佐祐理さんに近付き挨拶をする。佐祐理さんは先週センター試験の関係で土曜日は学校にいなかったので、5日振りに顔を合わせることになる。
「初めまして。わたしは古河渚って言います。今日の雪合戦はよろしくお願いします」
 佐祐理さんと姉さんの姿を見るや否や、渚ちゃんが二人に近付き、自己紹介をした。
「私は川澄舞。よろしく、渚ちゃん……」
「あははーっ。佐祐理は倉田佐祐理と申しますー。こちらこそ今日の雪合戦はよろしくお願いしますー」
 渚ちゃんの自己紹介に対して、姉さんはクールな笑みを浮かべ、佐祐理さんは満面の笑みを浮かべて挨拶した。
「あなたが佐祐理さんなんですね。お姉さんからお話はよく聞いてます」
「ふぇ。お姉さんといいますと?」
「ああ。月宮あゆさんのことです。佐祐理さんの家でお世話になっている」
「えっ!? あゆちゃん……?」
 あゆの名前が出た途端、佐祐理さんが怪訝な顔をした。
「どうかしたんですか、佐祐理さん?」
 いつも顔を合わせているはずのあゆの名に妙な反応をする佐祐理さんが気になり、私は声をかける。
「はぇ、何でもありません。祐一さん」
 そう笑顔を取り繕う佐祐理さん。けど、その表情はやっぱりどこか動揺している。
「月宮あゆちゃん……。懐かしい名前……」
「えっ? 姉さん、あゆのこと知ってるんですか?」
 あゆと姉さんにとても接点があるとは思えず、私は姉さんにあゆとの関係を訊ねる。
「うん。実際に会ったことはないけど、よく祐一が私に話してたでしょ? 覚えてない?」
「えーと。話してたような、話してないような……」
 姉さんに問い返され、私は自分の記憶を探る。けど、姉さんにあゆの話をした記憶はどうにも思い出せそうになかった。
「祐一くんー! 雪だるまが完成したよー!!」
 そんな風に記憶を辿り巡っている中、あゆが雪だるまが完成したとはしゃぎながら駆けつけて来た。
「あっ! 佐祐理さん! 佐祐理さんも雪合戦に参加するんだね!」
 あゆは佐祐理さんの顔を見かけるや否や、元気いっぱいの声で話しかけた。
「えっ、ええ。あゆちゃん! 今日は思う存分一緒に遊びましょー、あははーっ!」
 そんなあゆに対して笑顔で返す佐祐理さん。そこにはさっき見せた動揺の顔はなかった。
「あなたがあゆちゃん……? 私は川澄舞。今日はよろしく……」
 姉さんは初めて顔を合わせるあゆに、自分から自己紹介した。
「川澄舞さん? 佐祐理さんのお友達さんかな?」
「うん、そう。佐祐理は私にとって親友と呼べる人……」
「親友さんかぁ。じゃあ今後ともよろしくだね!」
 姉さんが同居人の親友と分かると、あゆは改めて姉さんに元気な返事をした。
(あれっ、おかしいぞ……?)
 私はあゆの反応に違和感を抱かずにはいられなかった。佐祐理さんとあゆは一緒に暮らしてるんだ。それなら学校であったことの話なんかもするはずだ。
 それなら、あゆが姉さんのことを知らないはずはない・・・・・・・・・。いくら何でも親友の話を家で話題にしないなんてことは常識で考えてあり得ない。
(待てよ! それだと姉さんも……!?)
 佐祐理さんもまた、親友である姉さんに対しては自分のプライベートのことはある程度包み隠さず話していることだろう。なら、懐かしい名前・・・・・・なんて思い出に浸るようなことはないはずだ。
 何だ、何かがおかしいぞ? どうにも佐祐理さんとあゆの話は食い違っている感じがする。あゆは本当に佐祐理さんの家でお世話になっているのだろうか?



「良かった。あゆちゃん、ちゃんと祐一からもらったカチューシャ付けてるんだね……」
「えっ!? 姉さん、今なんて……?」
 私は姉さんの口から意外すぎる言葉が出たことに驚き、聞き間違えではないかと改めて姉さんに訊ねた。
「だからあゆちゃんが頭につけてるカチューシャ。あれって、7年前祐一があゆちゃんに誕生日プレゼントを渡したいって言って、私と二人で探し当てた物でしょ?」
「……」
 姉さんの言葉をイマイチ受け止められず、私の頭は激しく混乱する。姉さんとあゆのプレゼントを一緒に買いに行ったという話でさえかなり衝撃的なのに、そのプレゼントがあのカチューシャだって!?
 ああくそっ、ダメだ、思い出せないっ! 強固な鍵がかかっているように、あゆとの思い出は思い出そうとしても思い出せない。一体私は、何をそんなに拒んでるんだ!? 一体何をそんなに思い出そうとしないんだ!? 一体何を……。

…第四拾五話完


※後書き

 何だかんだでまた一ヶ月以上間が空いてしまいましたね……。まあ、その間アイマス小説と投稿小説を執筆してて、両方合わせてラノベ1冊分ほど執筆したので許してくださいです(笑)。
 さて、今回はKanon傳拾九話の雪合戦のエピソードに該当する回です。当初の予定では試合の方も書こうと思っていたのですが、何だかんだでキャラの顔合わせで丸々1話使っちゃいましたね……。
 しかし、佐祐理さんと栞って、作中の時間軸では「5日振りの登場」となるのですが、実際の執筆期間では約2年振りの登場になるんですよねぇ(笑)。この作品がどれだけの長期間に渡って連載されてるかが分かります。いい加減そろそろ終わらせないとなぁ。
 ちなみにキャラ交流の方は、CLANNADキャラはCLANNADで、渚を中心に絡ませてみました。この人間関係が活かせるCLANNADのSSがいつか書けたらいいなと(笑)。
 この後は2話ほど雪合戦の話となります。現段階で次回の話は半分ほど下書きを終えているのですが、どうやら1話では終わりそうにありませんでしたので。
 執筆に関しましては、一ヶ月ほどは同人誌の執筆をする予定がないので、しばらくはこちらに専念できると思います。今の執筆スピードは月に200Kですので、まとめて10話ほど一気に更新できたらいいなと思いつつ、執筆を頑張りたいと思います。

四拾六話へ


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