「鬼柳か……。苗字に『柳』の字が入ってるということは、その柳也さんって人の子孫っていう意味かな?」
「確証は持てない。けど、雛見沢を訪れていたことから、その可能性は非常に高いと思うんだ」
 達矢の質問に赤坂さんがそう答えた。公安の刑事が確証を持たずに可能性が高いと推察するんだ、梨花ちゃんとの約束がいかに赤坂さんにとって重要な約束であることがよく分かる。
「分かったよ……。ボク、分かったよ……!」
 神夜さんが写った写真を真剣な眼差しで見つめながら、何かを悟ったようにあゆは呟いた。
「お母さんは、ううん、お母さんのお母さんも『月宮』の姓を受け継いだ人はみんな、神奈さんが故郷に帰るのをずっとずっと待ち続けていたんだ。お母さんは詳しいことを話す前に旅立ったっちゃけど、赤坂さんの話を聞いてお母さんの使命が分かった気がする……」
 まるで自分がその意志を継ぐんだと言わんばかりの声で語るあゆ。そこには外見を大人っぽく着飾っただけの子供ではなく、精神的にも成長した一人の少女の姿があった。
 そんなあゆの姿を見て、私はちょっとだけときめいてしまう。やれやれ、達矢とあゆを結ぶためのダブルデートだっていうのに、自分があゆにときめいてちゃ本末転倒だな。
「まったく、あんまり深く考えるんじゃないぞ」
 張り詰めた顔を続けるあゆの気を少しでも和らげようと、俺はあゆの頭をわしゃわしゃと撫で上げる。
「わっ!? うぐぅ〜〜! 裕一くん、くすぐったいよ〜〜!!」
 するとあゆは、いつもの調子でうぐぅと言いながら嫌悪感を示した。その無邪気な姿に、私は一種の安堵感を抱いてしまう。大人びたあゆもいいけど、やっぱりあゆにはしばらく無邪気なままでいて欲しいと思ってしまう。
「せっかく博物館に来たんだし、他の所も見ようぜ!」
 私は自らそう提案し、博物館の奥へと向かって行った。



第四拾弐話「渡せなかった贈り物」


「……例えばさっきの昔話には“火縄銃”が出て来るわけだけど、鉄砲が日本に伝来したのは1543年。つまりこの昔話は、少なくとも1543年以降に成立したものなんだよ。鉄砲がない時代に鉄砲が出て来る昔話が成立するわけないでしょ?」
「うん! 確かにその通りだね。ボク今の昔話、てっきりもっと昔のものだと思ってたよ〜〜」
 2階のシアター室に向かい流れている映像を見終えた後、達矢の昔話談義が始まる。その話をあゆは興味津々に聞き入る。ようやく2人のデートらしくなって来たことに、私と名雪は互いに顔を合わせながらほっと胸を撫で下ろす。
「こういう風に一重に昔話と言っても、成立したのは比較的新しい江戸時代だったり、古いのでは平安や神話の時代まで遡ったりするんだ」
「じゃあじゃあ! 有名な桃太郎さんや金太郎さんは、いつくらいの話なのかな?」
「桃太郎は室町時代辺りで、金太郎は江戸時代辺りって話だよ。ちなみに金太郎は成人したら坂田金時っていう名前に改名して、源頼光っていうお侍さんに仕えたって話なんだよ」
 まるで子供が昔話を聞くように、達矢に昔話の成立時代を聞くあゆ。そのあゆに対し、達矢は簡潔で分かりやすい上に、豆知識も織り交ぜた説明を行った。
「へぇ……。金太郎さんが熊さんとお相撲を取ったのは知ってたけど、お侍さんの家来になったって話は初めて聞いたよ……」
 そんな感じに、あゆは新たな昔話の発見に終始感心したりはしゃいだりしながら、達矢の話を聞き続けていた。
「ああ、悪いけどちょっとトイレに行って来るわ」
 いい雰囲気になったところであゆと達矢の2人きりにさせようと、私は「お前もタイミングを見計らって怪しまれないように出るんだぞ」と、名雪に目でサインしつつシアター室を後にした。



「赤坂さん、赤坂さ〜〜ん!」
 トイレから出ると、私はその足で館内にいる赤坂さんを探し、見つけたと同時に声をかけた。
「む〜〜。何ですかぁ、裕一さん! 人がせっかくデートの邪魔をしないように気遣ってたんだから、私とお父さんのデートを邪魔しないでくださいね!!」
 すると、あからさまに不機嫌な顔の美雪さんに釘を刺された。お父さんとデートって、その顔だと冗談なのか本気なのか分からないんだけど……。
「こらこら、美雪!」
 赤坂さんは焦った顔で美雪さんを口止めした。そりゃあ赤の他人の前で娘にデートって面と向かって言われたら、穴があったら入りたいほど恥ずかしいだろうなぁ。
「それで、話ってなんだい、裕一君?」
「はい。実は赤坂さんに大事なお話があるのですが、あんまりみんなの前で行う話ではないので、この場をお借りしてお話しておこうかと」
「成程。何の話かは分からないけど、口外できないような内容、且つ緊急性のある話なんだね」
 さすがは刑事というべきか、赤坂さんは私の意思を汲み取り、耳を傾けてくれた。
「はい。これは自分自身確証が持ててないのでハッキリとは断定できないんですが……私は舞花ちゃんと思わしき人を知ってます」
「何だって!?」
 舞花ちゃんの名前を出した途端、赤坂さんの顔が真剣な眼差しに変わった。
「詳しく聞かせてもらえないかな、裕一君」
「はい。私の先輩に当たる人でして、名前を川澄舞って言うんですけど、容姿がまるで赤坂さんが写真で見せた梨花ちゃんを大人にしたような人なんです」
「……」
 私が姉さんのことを語ると、赤坂さんはしばらく黙り込み、深い思考に耽っているような仕草を見せた。
「お父さん、会ってみた方がいいと思う。他人の空似だったら空似でいいんだし」
 最初に沈黙を打ち破ったのは美雪さんだった。さっきまで不機嫌そうな顔をしていた美雪さんは、いつの間にか真剣な顔をして赤坂さんに強く訴え出た。
「……。そうだね、一度会ってみよう」
 そうして赤坂さんは美雪さんに促されるように、姉さんに会うことを了解した。
「しかし、僕の方からいきなり会いに行くのは警戒心を強めるだけだし、裕一君の方から僕が会いに行くことを予め語っておいてくれないかな?」
「分かりました。私も自宅とかは分からないので、明日の放課後に学校で待ち合わせる形でいいでしょうか?」
「うん。それで構わないよ。有力な情報ありがとう、裕一君」
「いえいえ……」
 その後私は赤坂さんに学校の道程等を教えると共に、携帯の番号を交換した。結局私は、梨花ちゃんは既に亡くなっているかもしれないという重要事項を口にすることはできなかった。
 自分の口からそれを言うのは忍びないので、せめて赤坂さん本人に生死を確かめて欲しいと思い、私は姉さんのことを語ったまでだ。
「裕一〜〜、そろそろ戻らないとあゆちゃんに怪しまれるよ〜〜」
 その後私は頃合を見て名雪と共にシアター室に戻り、4人で1時間ほど館内を見学し、遠野駅へと戻って行った。



 デートを終えこのまま帰るのもいい、博物館でそれなりのフラグを立てられたし。しかし、最後にお土産を買うという口実でプレゼントを与えるイベントがあってもいいのではないか? 私はシアター室に戻る最中、名雪とそういった打ち合わせをした。
 そうして私たちは駅近くの物産館に寄ることになったのはいいのだが、いいのだが……
「ねえねえ、あゆちゃん! このカッパのキーホルダーどうかな、どうかな〜〜?」
 達矢の対応があんまりなってなかったので、また打ち合わせで一時退避して戻って来た時には、名雪が意気揚々とあゆにキーホルダーを薦めていた。ダブルデートを持ち上げた本人が一番計画を歪めているのは、相変わらずどうかと思う。
「すまないな達矢、名雪が相変わらずで」
 本人にはいたって自覚がないようだから、私が代わりに達矢に謝っておいた。
「ううん、別にいいよ。結局僕は月宮さんの相手にはなれないんだから」
「それは悲観しすぎだと思うぞ? 今日が初デートなんだから、これから関係を深めていけば……」
「ううん、多分無理だと思う。月宮さんは裕一が好きだと思うから」
「えっ!?」
 突然の達矢の指摘に、私は戸惑ってしまう。あゆの好きなのが私だなんて、何かの冗談にしか聞こえない。
「僕と君に対する月宮さんの態度の違いを見れば分かるよ。僕に対する態度は、明らかに友達レベル。それ以上でもそれ以下でもない」
「……」
「でもね、君への接し方は恋人……と言えるかどうかは分からないけど、そんな関係を遥かに超越した、決して途切れることのない固い絆で結ばれている気がしてならないんだ……」
「考え過ぎじゃないのか、それは?」
「そんなことないよ。それに、君自身も月宮さんが好きなはずだよ」
「えっ!?」
 私があゆを好きだって!? 確かにさっきちょっとだけあゆに惹かれてしまったけど、それが恋愛感情だなんては到底思っていない。
「君の月宮さんに対する接し方は、小学生が好きな子にいたずらするような、純粋で無邪気な接し方をしているように見えてしょうがないんだ……」
「……」
 言われてみれば、確かに自分のあゆに対する接し方は、子供のように無邪気なものな気がするな。
「僕は君たちを応援するよ! 2人が結ばれるようにって心から願うよ!!」
「たっ、達矢!?」
「だから、ここは僕じゃなくて君が何かをプレゼントするべきだと思うんだよ」
「達矢……。分かったよ、私は自分の気持ちに素直になってみる」
 あゆを好きだという気持ちがまだ自分の中で整理し切れていない。けど、あゆのあの目、自分の成すべきことを自覚したあゆの目を見た時、私はあゆに惹かれたと共に、あゆの側でずっとあゆを支え続けたいと思った。
 そう、名雪が語った「“源氏の血を継ぐ者”と“月讀の巫女”に交わされた、遥か遠き日の約束」を果たすという意味でも。あの話の中で名雪が言っていた“帝”とは、恐らく神奈さんのことを指す。そして月宮の姓を継ぐ者は、代々神奈さんが生まれ故郷に戻って来るのを待ち続けている。
 そんな月宮の姓を継ぐ者と源氏の先祖は約束したんだ、『自分たちの子孫が月讀の巫女の助けとなる』って。だから、私があゆを支えたいと思うのは運命、源氏の血を継ぐ者に課せられた使命なのだろう。
 そういえば秋子さんも違う意味で言ってたな、私があゆを好きならそれは運命だって。運命の繋がりを信じるなんて、少女趣味的なことこの上ないけど、でも何だか、運命の繋がりっていうものを少しは信じてみたくなった。
「……探してみるか」
 そうして私は達矢に薦められるがままに、あゆへのプレゼントを探し始めた。
(一体何を貰って喜ぶんだろうな、あゆは……)
 参考までにあゆが何を欲しがっているか、名雪たちの方に目を向ける。
「う〜〜ん、悪いよ、名雪さん」
 熱烈にプレゼントを与えようとする名雪とは対象的に、あゆは遠慮がちな態度を取っていた。どうやらキーホルダー系はあんまり欲しくないみたいだな。
(となると、食べ物系か?)
 そう思い、土産菓子などが置かれているコーナーの方に赴き、辺りを見回してみる。しかし、たい焼き以外のあゆの好物が分からないし、何だか食べ物は場違いな気がする。
 あゆが受け取るかどうかは分からないけど、やっぱりキーホルダー系が妥当だと思い、私は再びアクセサリー系のコーナーへと戻る。
(プレゼント、プレゼント……。あゆにピッタリなプレゼント……)
 そう思い数多くのキーホルダーを凝視するが、あゆに似合いそうな物はない。いや、似合いそうな物がないというより、自分があゆに渡したいのはこんなもんじゃない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・という想いが込み上げて来る。
 何か他に、あゆに心から渡したいと思う物、大切な、大切な何かがあった気がしてならない……。
「あれっ?」
 気が付いた時、私は涙を流していた。私は、何で泣いてなんかいるんだ? ただあゆにプレゼントを渡したいだけなのに、どうしてこんなにも切なくなるんだ……? 渡したくて渡せなかった大切な贈り物が、あったとでも言うのか……?



「……ねえ、どうしてそんなの私のプレゼントを拒むの!? 昨日はお母さんに喜んで服を買ってもらってたっていうのに、私からのプレゼントは受け取れないって言うの!?」
「名雪っ!」
 私の悲しい心は、突然響き渡った名雪の怒鳴り声でかき消された。
「うっ、うぐぅ……! くっ、苦しいよ、名雪さん……」
 声のする方を振り向くと、激しい剣幕で名雪があゆのマフラーを掴みながら締め上げている光景が目に映った。
「名雪! お前は一体何をしてるんだ!?」
 私は急いで2人の元へ駆けつけ、名雪をあゆから力尽くで引き離そうとする。
「どうして、いらないなんて言うんだよ! わたしはこんなにもあゆちゃんに何かをプレゼントしたいと思ってるのに!! わたしのプレゼントを受け取ってよ!!」
「名雪、落ち着け! プレゼントってのは一方的に渡すものじゃないだろ!!」
 あゆにプレゼントを渡したいっていう名雪の執念は尋常ではなく、男である私が無理矢理引き剥がそうとしても、名雪は微動だに動かない。
「わたしの邪魔をしないでよ、裕一! どうしてもあの時も、今も、わたしの邪魔ばっかりするの!!」
「あの時っていつだよ!? 私は名雪の邪魔なんかしたことないぞ!」
「分かんないよ! そんなの分かんない!! わたしの邪魔をしないでっ!!」
「なっ!?」
 名雪の怒りが頂点に達した瞬間、まるで地響きでもあったかのように、周囲のキーホルダーが空中へと舞い上がり、辺りへと飛散する。
(魔物!? いや違う! 似ているけど違う!!)
 現象は学校や水瀬家で起こった現象と酷似している。けど、いくらなんでもこんな所に魔物が襲ってくるわけない。となるとこの現象はまさか!?
「名雪! お前は一体何をしでかしたんだ!?」
 そう! タイミング的に考えて、今のは名雪が起こしたとしか思えない。考えてみれば名雪は應援團であった春菊おじさんの子供。春菊さんが持っていたであろう能力を引き継いでいても不思議じゃない。
 そうなると水瀬家での一件は、名雪の仕業だろう。どうしてこんなことをしているのかは分からないけど、とにかく名雪がやったことだろう。
 じゃあ、学校の一件は? まさかノートを取りに行った私にわざわざ嫌がらせをするわけない。ひょっとしたらノートに名雪の力が残っていたのかもしれないし、本当に魔物の仕業なのかもしれない。
 しかし、仮に私の推論が正しかったとして、得体の知れない魔物と名雪が同じことができるだなんて、それは一体どういうことなんだ……?
「うぐぅ……。名雪さん、やめてよ、やめてよぉ……!」
「!? あっ! ああっ!? あああっ!?」
 あゆの悲鳴を聞くと、突然名雪は手を離し、激しく動揺し始める。
「そんなつもりじゃないのに、そんなつもりじゃなかったのに、わたし、わたし……」
 そして自責の念にかられるように、頭を抱えながらフラフラとおぼつかない足取りで後ずさる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、あゆちゃん……! わたし、どうかしてたよ……。わたしはただあゆちゃんにプレゼントをしたかっただけなのに、自分の気持ちを抑えられなくて、こんなことを、こんなことを……。本当に、本当にごめんなさい!!」
 名雪は自らの非のうちを認め、何かに脅えるようにあゆに謝罪の言葉をかけた。
「名雪さん……。もういいよ、謝らなくて。名雪さんの気持ちはよく分かったから……」
 あゆは苦しい目に遭わされたというのに、名雪を責める様子もなく、優しい言葉で名雪を許したのだった。
「あゆちゃん……ありがとう、ありがとう……」
 そうして2人は仲直りし、和気藹々に話し合いながら帰路に就いた。一時はどうなるかと思ったけど、何だかんだで2人は元の鞘に収まった。こういうのを喧嘩するほど仲が良いとでも言うのだろうか?
 いや、名雪の怒り方は、そんな範疇には決して収まらない、何かの執念が元になっているとしか言いようがない。本当に名雪は、どうしてあそこまであゆに何かをプレゼントしたかったんだ?



「あうーーっ! 行きたかった、行きたかったーー! 真琴も遠野に行きたかったーー!!」
 夕食時、ダブルデートの話題に花を咲かせていると、真琴が自分も遠野に行きたかったと駄々をこね始めた。
「そう言われてもなーー。お前のバイトの邪魔をしちゃ悪いと思って誘わなかったんだよ」
 本当はバイト云々ではなくダブルデートだから誘わなかっただけなのだが、あゆが同席している以上ダブルデートの話題を出すわけにもいかず、私はそう答えるしかなかった。
「遊びたかったーー! 真琴も一緒に裕一と遊びたかったーー!!」
「なんだぁ? お前はバイトをサボってまでも、遊びに行きたかったのか?」
「あぅ……そ、それは……バイトも大切だけど、それでも裕一と一緒に遊びたかったーー!!」
「まったく。バイトが大事か遊ぶのが大事か、どっちかにしろ」
「あうー! もういい! 裕一なんてキライ! だっいキライーー!!」
 真琴は大声で怒鳴り散らすと、そのままダンダンと音を立てながら2階へと、上がっていった。
「裕一、言いたいことは分かるけど、もうちょっとオブラートに包んだ言い方ができなかったかな?」
 ワガママな真琴の言動に呆れながら夕食を取っていると、名雪に釘を刺された。
「私としてはキツイ言い方したつもりはないんだけどな」
「裕一くん。真琴ちゃんは寂しかったんだよ」
 すると、今度はあゆが名雪のフォローをするように、私に話しかけてきた。
「寂しかった?」
「真琴ちゃんはね、裕一くんと一緒にいたいだけなんだよ。一緒にいて遊びたかった人が他の人と遊びに行ってたから、それですねてるんだよ」
 女性であり真琴と同じ無邪気な性格であるせいか、あゆの指摘は妙に説得力がある。
「分かったよ。ちょっと真琴の所に行って来る」
 私は夕食を急いで口にかっ込むと、そのまま真琴の部屋へと向かって行った。



「おーーい、真琴ーー」
 真琴の部屋の前に立ち声をかけるが、返事はない。私と口を聞きたくないほど拗ねているのだろうか?
「真琴、入るぞーー」
 このまま真琴の返事を待っていても埒が開かないので、仕方なく私は無断で部屋の中へと入って行った。
「真琴?」
 しかし、部屋の中に真琴の姿はなかった。
「ここにいないとなると、考えられる場所は一つしかないな」
 あれから一階へと降りた形跡はないので、真琴は二階に留まったままだ。となると、他に行く場所は一つしかない。
「やっぱりここにいたか、真琴」
 自室に入ると、まるで子猫のように丸くなり、私の蒲団の中で寝ている真琴の姿があった。
「裕一のバカァ……だっいキライ……」
 などと寝言で私を罵倒している割には、ぐっすりと眠りに就いている。バイト疲れが溜まっているだけかもしれないが、これはあゆの言ったとおり単に構って欲しいだけなのかもな。
「……。今日は一緒に寝てやるか……」
 遠野に連れて行ってやれなかったせめてものお詫びとして、今晩は真琴と一緒に寝ることにした。そうと決まれば話は早い。私は一旦部屋を出ると風呂に入り歯を磨き、再び部屋へと戻り蒲団の中に潜り込んだ。
「あぅ……裕一ぃ……」
 私が蒲団に入るや否や、真琴は本能的に私を感じ取ったのか、強い力で私に抱き付いてきた。
「やれやれ。本当にお前は甘えんぼさんだな……」
 そう思いつつ、私は真琴の髪を優しく撫で上げる。すると手には、まるで動物の毛皮のようなふかふかとした心地良い感触が伝わった。何だろう? ずっと昔にもこんな風に真琴と一緒に寝たことがある気がしてならない。やっぱり私は、ずっと昔に真琴と出会っているのだろうか?
「あぅ……気持ちいいよぉ……」
 真琴は頭を撫で上げられると、泣きっ面から安らいだ顔へと表情が変化した。
「そんなに気持ちいいのか? ならもっとなでなでしてやるぞ」
「あぅ、あぅ、あぅ〜〜……」
 何度も何度も頭を撫でて上げると、真琴はあぅあぅと可愛い声で快感を表した。
「あぅ……裕一の身体、あったかいよぉ……まるでお父さんみたい……」
「ははっ。この年でお父さんは勘弁願いたいな。せいぜい“お兄ちゃん”にしてくれ」
「あぅ……裕一……お兄ちゃん……」
 真琴は私の言葉に従うように、私をお兄ちゃんと呟きつつ深い眠りに就いていった。正直お父さんって言われるのはちょっと遠慮願いたい。でも、お兄ちゃんって呼ばれるのはいい気がする。
 出会った頃は到底妹だなんて思えなかったけど、今なら真琴のことを妹として認識してもいいかもしれないな。



(今日のダブルデートは、失敗かな?)
 私は真琴と添い寝したまま、今日のダブルデートを振り返った。ダブルデートの目的はあゆと達矢を結び付けることにあったのだから、失敗したと言っても過言ではないだろう。
 でも、赤坂さんやあゆに関する重大なことを知ることができたし、何より自分のあゆに対する想いを再認識することができた。デート自体は失敗だったけど、得られた物は大きい。
(プレゼント、渡せなかったな……)
 結局あのゴタゴタのせいで、あゆにプレゼントを渡すことはできなかった。今までと違った視線であゆを見れるようになっただけに、あゆにプレゼントを渡せなかったことが余計に悔やまれる。
(今度また、何かをプレゼントしよう……)
 次の機会には絶対にあゆに何かをプレゼントしようと心に誓い、私は明日の学校に備え深い眠りへと入っていった。

…第四拾弐話完


※後書き

 え〜〜、月1更新と言っておきながら、3ヶ月以上間が空いてしまい、本当に申し訳ありません。一応この3ヶ月、仕事のシナリオ執筆にやみなべ祀の合同誌と、執筆行為そのものをサボっていたわけではないことをお伝えしておきます。
 さて、今回は後日談みたいな話なので、あんまり大きな動きはなかったなと。それでも、軽い伏線は色々と張っていたりするんですけどね。
 次回はまた間が空くかもしれませんが、そろそろ話の方も核心に迫って来ますので、次回をお楽しみにお待ちください。

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