大石さんの車に連れられて財布の落ちた場所へ向かうと、そこで村の診療所の医者とすれ違ったとのことだった。そして、その医者が来た方向へ向かうと、脇に車が止められた小屋が視界に入ったとの話だった。
「……あの小屋は?」
「営林署の機材小屋です。夏場以外は利用されていないと聞きました」
「となると、黒の可能性が高いですね。行きましょうか」
 小屋が怪しいと判断するや否や、詩音ちゃんは一人車を飛び出したという。
「待て! 子供が行くのは危険だ!! 君は車で待ってた方が……」
「大丈夫ですよ。相手が園崎家の関係者・・・・・・・ならば、私の言うことを聞かないはずないですので」
 必死に引きとめようとする赤坂さんを、詩音ちゃんは余裕を持った顔で振り払ったという。
「確かに、詩音さんの言うことも一理ありますねぇ。ですが、一人で向かうのは危険です。私がご同行しましょう。赤坂さんは念のために裏に回ってください」
「了解です!」
 そうして赤坂さんは大石さんと二手に分かれたという話だった。
「みぃ。赤坂と一緒なのです」
「り、梨花ちゃん!?」
 悟られないよう、静かな足取りで小屋の後ろに回る。すると、梨花ちゃんが赤坂さんにぴったりと付いて来たとのことだった。
「あ、危ないよ! 君は車に……」
「大丈夫なのです。相手が怨霊でもない限り負けるはずがないともう一人のボクが言ってるのです。にぱ〜〜☆」
 それはオヤシロさまが自分や梨花ちゃんを加護してくれるという意味だと悟り、赤坂さんは渋々梨花ちゃんの同行を認めたということだった。
「ん〜〜。おかしな話だなぁ〜〜」
「どうしたんだ、達矢?」
 赤坂さんの話に達矢が疑問を持ち、私は何が引っ掛かったのか訊いてみた。
「だってオヤシロさまって神様でしょ? 神様なら怨霊を鎮めるのなんて人間を抑えるより簡単だと思うんだけどな」
 言われてみれば確かに。神様ともあろう者が怨霊を鎮められないとは奇妙な話だ。それが雛見沢という村を守護する神様ならば尚だ。
「追々話すけど、梨花ちゃんはオヤシロさまは神様じゃないって言ってたんだ。もう一人のボクは神様なんかじゃない、一人の人間に過ぎないって」
 神様じゃない!? ということは、潤たちのような能力者? 分からない、一体オヤシロさまって何者なんだ……?



第四拾壱話「雛見沢の夏影」


「グッ……クソッ、待て……!」
 赤坂さんが後ろに回ると、ちょうど小屋から少年を抱えて逃走を図ろうとする男と鉢合わせた。赤坂さんは咄嗟のことで判断がつかず、一瞬の隙を突かれて鳩尾に蹴りを食らわされ、逃走を許してしまったという。
「大丈夫なのですか、赤坂!?」
「だ、大丈夫だ……。それよりも早く犯人を……!」
「分かっているのです。一瞬だけもう一人のボクがあいつを止めるのです。だから赤坂は今の内に犯人を追うのです!」
「!? わ、分かったよ!」
 梨花ちゃんの言っていることが理解できなかったが、赤坂さんは梨花ちゃんを信用して犯人を追ったとのことだった。
「!? な、なんだ、どうしたんだ!? か、身体が動かん……」
 すると、追った先で犯人はまるで金縛りにでもあったかのように、立ち往生していたという。
「おおお〜〜!」
 その隙を見逃さずに、赤坂さんは犯人にタックルし、抱えた少年を引き離したという。
「大丈夫なのですか?」
 犯人から引き離された少年を、後から駆けつけた梨花ちゃんが丁重に保護したとのことだった。
「くそ〜〜! 一体俺は……」
 犯人はまるで狐にでもつままれたかのように困惑し、頭を抱えながら立ち上がったという。
「大人しく投降しろ!」
 誘拐された少年も無事保護し、赤坂さんは犯人に投降を呼びかけたとのことだった。
「投降しろと言われて投降するバカがいるかよっ!」
 犯人は赤坂さんの言葉を聞き入れずに、銃を向けたという。
「ッ!?」
「ヘヘッ、言っておくがニセモンじゃねぇぜ? 撃たれたくなかったらそのガキをこっちに渡しな!!」
「ぐっ……!」
 こちらも銃を持っているとはいえ今の体勢では抜くことは叶わず、赤坂さんは犯人に抵抗する術がなかったという。
「……撃てるものなら、撃ってみるがよい……!」
 しかし、銃を突きつけられ身動きが取れないでいた赤坂さんの目の前に梨花ちゃんが立ち、犯人を挑発したとのことだった。
「何だと!? 嬢ちゃんよぉ、この銃はオモチャじゃないんだぜ……?」
「だからどうしたと言うのだ? そのようなもの、所詮弓矢を発展させたものに過ぎぬのだろう? たかだか一丁の銃を無力化することなど、余にとってはたやすきことよ……」
「クソッ! ガキがぁ、舐めやがって!!」
 犯人は梨花ちゃんの挑発に乗るように、引き金を引いたという。
「なっ……!?」
 しかし、銃口より発射された弾丸はスピードを緩めながらコロンと地面に落ち、まるでコルクのようにコロコロと転がったとのことだった。
「だから言ったであろう? 銃など効かぬと……」
「くそー……そういうことか……。まさかこんなガキが……信じられねぇ……」
(何を言ってるんだ、この男は……?)
 目の前で起こった不思議な現象に、赤坂さんは言葉を失った。しかし、同じように驚いた犯人の言動は、まるで不可思議な現象を理解しているかのようだったという。
「ぐわっ!」
 そんな時、もう一人の犯人が転がるように姿を現したという。
「クックック、いい加減諦めたらどうです? 正直、今のあなたでは私には勝てませんよ」
「クソッ! この俺がこんなガキに手も足も出ないだと!?」
「いやはや、お手柄です、詩音さん。さすがダム闘争の最前線に立っていて実践経験豊富と言いますか、その様子ですと普段は相当手を抜いていたようですねぇ!」
「大石さん、詩音ちゃん!」
 もう一人の犯人は犯人で詩音ちゃんにこてんぱんに叩きのめされていたようで、犯人グループは完全に追い詰められたとのことだった。
「王手飛車取りってとこですかねぇ? 大人しく投降なさい!!」
「ヘッ……。確かに成す術ないな……。だが偶然とはいえ、ガキ一人じゃお釣りが来るくらい成果があったぜ!!」
 大石さんの呼び掛けを犯人は拒み、不敵な笑みを浮かべながら一目散に逃げ出したという。
「ま、待て!」
 ドサッ……
 赤坂さんが犯人たちを追いかけようとした矢先、ドサリと音を立てて、梨花ちゃんが倒れたという。
「り、梨花ちゃん!」
 赤坂さんは咄嗟に梨花ちゃんに駆け寄り、その小さくて華奢な身体を優しく抱き上げたという。
「梨花ちゃん! 梨花ちゃん!」
「みぃ……やはり人の器では負担が大き過ぎたと、もう一人のボクが言ってるのです……。でも、赤坂が無事で良かったのです……」
 そう言うと、梨花ちゃんは満面の笑みを浮かべながら意識を失ったとのことだった。
「梨花ちゃん、梨花ちゃ〜〜ん!!」



「……それから僕たちは保護した少年と共に、梨花ちゃんを雛見沢の診療所に連れて行ったんだ。診療所の先生によると梨花ちゃんは一種の急性的な過労で、命に別状はないって話だったんだ」
 とはいえ、梨花ちゃんが倒れたのは自分のせいだと思い、赤坂さんは梨花ちゃんが目覚めるまで側に付き添っていたとの話だった。
「みぃ……」
「梨花ちゃん!」
 梨花ちゃんが意識を取り戻すと、赤坂さんは咄嗟に手を握りながら声をかけたという。
「ここは……どこなのです……?」
「診療所だよ、良かった気が付いて……」
「赤坂、ずっとボクの側にいてくれたのですか?」
「ああ」
「ありがとうなのです。……でも、今はボクに構うよりまず、自分の身の安全を伝えるべきなのですよ」
「身の安全を伝える……? あっ!」
 梨花ちゃんに指摘され、赤坂さんは急いで雪絵さんの病院に電話をかけたとのことだった。
「しばらく連絡を取ってなかったから雪絵はカンカンだろうな、一体どう弁明して許してもらおうかなって、僕は雪絵とどう話そうかあれこれ考えながら電話をかけたんだ」
 けど、待ち切れない思い出でかけた電話で聞かされたことは、赤坂さんにとってとても信じられないことだった。
「えっ……!? あはは……冗談は、よしてくださいよ……? 雪絵が病院の階段から落ちて亡くなっ……た!? そんなの悪い冗談でしょ……? あははは……ヒドイなぁ、いくらしばらく連絡を取ってなかったからってそんな嘘吐いたら僕、怒ります……よ?……あは……あははははは……」
 何かの悪い冗談だと、赤坂さんは電話で聞かされた雪絵さん死亡の話を認めなかったという。でも、電話で詳細を聞く内にそれが事実であることを認めざるを得ず、赤坂さんは悲しみのあまり放心状態になったという。
「雪絵の死を受け入れられず、悲しみに満たされた僕は、朦朧とした意識で病院を飛び出したんだ……」
 それからのことはよく覚えていないという。ただ、気が付いた時、赤坂さんは古手神社の境内に足を踏み入れていたとのことだった。
「う……あう……雪絵、ゆきえぇ……。……お、お願いです、お願いです、神様……叶わないって分かってます……! でも、でも、ほんの少しでいいんです……雪絵に、雪絵に会わせてください! お願いします! お願いしま……す……!! うっ、うあああ〜〜!!」
 社殿の前で赤坂さんは今まで溜めていた涙を一気に放出し、一心不乱で神に願いを乞うたとのことだった。
「その時ほど、神に願いを託したことはなかったよ……。死んだ人間と逢えるはずなんてない、頭でそう分かっていても、僕にはどうしようもない悲しみを抑えることができなかったんだ……」
 けど、そんな赤坂さんの前に、梨花ちゃんが姿を現したという。
「赤坂、あなたの願いを叶えてあげるのですよ」
「えっ……!?」



「ボクが、赤坂の奥さんの魂を呼び寄せてあげるのですよ……」
 梨花ちゃんはそう赤坂さんを宥め、祭殿の奥へと赤坂さんを招きいれたとのことだった。
「それは梨花ちゃんのせめてもの慰めだったと思ったんだ。でも、それは単なる慰めなんかじゃなかった……」
 しばらくすると梨花ちゃんは祭具用の刀を抱え、巫女服姿で赤坂さんの前に姿を現したという。
「梨花ちゃん、その格好は? それにその刀は……?」
「これから死者の魂を呼び寄せる儀式を行うのです。この刀は鬼刈柳桜と言いまして、もう一人のボクの力を高めるための祭具なのです。一つの肉体に3つの魂を込めるのは人間の器のみでは限界があるからなのです」
 何を言っているのか赤坂さんには理解できなかったが、藁をもすがる思いで梨花ちゃんの動向を見守ったという。
柳也りゅうや殿、どうか余に力を……。我等の悲劇を二度と繰り返させぬためにも……!」
 遠い目で宝剣を見つめると、梨花ちゃんは刀を抱えながら舞を踊り、祝詞を唱えたとのことだった。
「迷えし御靈よ、我の體を傳いその想いを語らん……混魂我身こんこんわしん……」
 梨花ちゃんは祝詞を唱え終わると、一瞬身を静め、赤坂さんに近付きながら静かに語り出したとのことだった。
「あなた……」
「!? 雪絵、雪絵なのか!?」
「ええ……。この娘がさ迷っている私の魂を、ここに導いてくれました……」
 それはイタコによる口寄せだと、赤坂さんは一瞬で理解した。梨花ちゃんが自分のためにイタコを演じてくれたんだと。
「でも、それは演技なんかじゃなかった。梨花ちゃんは本当に雪絵の魂を呼び寄せてくれたんだ……」
「何か証拠でもあるんですか?」
「ああ。雪絵の魂を身に寄せた梨花ちゃんは、僕たちしか知らない名前を呼んだんだ。そう、これから生まれて来る子供の名前を……」
 そう赤坂さんは達矢の質問に応えた。梨花ちゃんは語ったのだという、生まれたばかりの子供の名前、美雪さんの名前を。
「えっ……美雪……?」
「ええ……。残念ながら私は助からなかったけど、お腹の中の子は、美雪は無事です、あなた……」
「美雪……? 生まれたのは女の子なのか!?」
「ええ……。だから悲しまないで、あなた……。生まれて来た美雪のためにも、精一杯生きて……! それが、それが私の最後の願いだから……」
「ああ、ああ分かったよ、雪絵! 約束する、僕は必ず生まれて来た子を、美雪を幸せにするって! 君を失った悲しみを乗り越えて、 精一杯生きてみせるって!!」
「……。ありがとう、あなた……。これでもう思い残すことはないわ……。さよならあなた、私の分までも美雪と幸せに……」
「!? 待ってくれ、雪絵! まだ話したいことがあるんだ! 行かないでくれ! 行かないでくれーー!!」
「……。余にできるのはここまでだ。御霊が浄化を願うのならば、余に引き止めることは叶わぬ。あとは御霊が無事に大気へと旅立つことを願うのみ。見届けてくれるか、赤坂殿?」
「……。はい、オヤシロさま……。一瞬だけでも雪絵と逢うことが叶って悔いはありません。あとは、あとは雪絵の安らかな旅立ちを願うだけです……」
「そうか……。柳也殿がおればそなたの奥方の御霊を仮初めの肉体に収め、一日くらいならば現世に留まらせることも叶ったのだが……。すまぬな……」
 梨花ちゃん……いや、オヤシロさまは赤坂さんにそう謝罪すると、再び舞を踊りながら祝詞を唱え始めたという。
「我等を護り賜し八百万神やおよろずのかみよ、願はくば愛しき夫に見届けられし御霊を、我が力持て無事空へと旅立たせん……。無魂大氣行……」
 赤坂さんの目には見えなかった。だけど、雪絵さんの魂が遥か彼方の大気へと旅立っていく様を、確かに感じ取られたとのことだった。



「ありがとう、梨花ちゃん。お陰で心が洗われたよ。何てお礼を言ったらいいのか……」
 御霊降ろしの儀式が終わった後、赤坂さんは梨花ちゃんに精一杯感謝の言葉を投げかけ続けたという。
「お礼なんていいのです。もう一人のボクが自分の味わった悲しみを赤坂に味わって欲しくなくてやっただけことなのですから」
「でも、それじゃあ僕の気持ちが治まらないよ! 何でもいい! お礼に何か梨花ちゃんの願いを叶えさせてくれ!!」
「分かりましたのです。何か考えておくのです」
 そう梨花ちゃんはにっこりと微笑んだとのことだった。
「何だか賑やかだね」
 境内に出ると、そこでは村人たちが一同に介し、何やら賑わっていたとの話だった。
「今日はお祭の日なのですよ」
「お祭?」
「雛見沢で唯一で一番のお祭、『綿流し』のお祭なのです」
「へぇ〜〜。でも、とてもお祭には見えないな……」
 目の前に広がっている光景は、村人たちが会釈を交わしながら飲み合っている、祭とは到底呼べないただの宴会にしか映らなかったとのことだった。
「昔は村中の人々が集まった賑やかなお祭だったのですが、すっかりと寂れてしまったのです……」
 そう、昔と今を比較する目で、梨花ちゃんは村人たちに悲しい視線を送ったという。
「梨花ちゃん……じゃなくて、もう一人の君は、昔の祭を知っているのか?」
「はいなのです」
 赤坂さんの質問に、梨花ちゃんはあっさりと応えたという。
「一体オヤシロさまってどういう神様なんだ。どうして君に取り憑いているんだ?」
「オヤシロさまは神様ではないのですよ。千年近くの刻をさ迷っているただの人なのですよ……」
「人……!? でも千年近くさ迷っているって……」
「詳しく話すと長くなるのですが……付き合ってくれますですか、赤坂?」
「あ、ああ!」
「ありがとうなのです。ここで話すのも何ですので、景色のいいところで話すのです」
 そう言い、梨花ちゃんは赤坂さんを景色のいい、あのお気に入りの場所へと案内したとのことだった。



「さて、まずはもう一人のボクが何者かであるからか話しますです」
 お気に入りの場所へ着くと、梨花ちゃんはゆっくりと口を開いたとのことだった。
「もう一人のボクは……この雛見沢でオヤシロさまと呼ばれている者は、背中に羽が生えた“人”なのです。ですが、その神秘さから神に近しき者と扱われ続けたのです……」
 その者は背中に羽が生えた少女で、名は神奈かんなというとのことだった。
「えっ!? 神奈ってまさか!?」
「ど、どうしたんだ、達矢!?」
「祐一、気付かない? 同じなんだよ……」
「同じだって、どういうことだ、名雪?」
「同じなんだよ、わたしたちの住んでいる街の名前と……」
(あっ……!?)
 名雪たちに言われて気付いた。そうだ、今私たちが住んでいる街の名前は確か、“神奈羽町”と言ったはずだ……。
「神奈って言うのは、伝説上の阿弖流為の娘さんで、僕たちの街はその名前にあやかってつけられたものなんだけど、まさかこんな所でその名前を聞くだなんて……」
「そうか、そういうことか……。君たちの住んでいる街が、神奈さんが帰りたかった街なんだね……」
「どういうことです、赤坂さん?」
「その羽が生えた少女はね、故郷に帰るのが夢なんだって言ってた……」
 神奈という少女は、愛しき者と共に故郷を目指し、旅を続けていたという。
「でも、旅の途中でもう一人のボクは愛しき人を護るために、怨霊を連れて大気へと旅立ったのです……」
 旅の最中、一行は武蔵の地で怨霊となった平将門に襲われ、神奈は愛する人を護るために将門の怨霊を連れて大気へと旅立っていったと、梨花ちゃんは物悲しい顔で話したとのことだった。
「その時もう一人のボクは約束を交わしたのです、愛しき人、柳也殿と! 『必ず地上に戻る』と!! でも……」
 将門の怨霊に呼び寄せられるように多くの怨霊が神奈の元へと集まり、神奈は思うように転生ができなかったとの話だった。
「怨霊の念はあまりに強く、念を払い地上に降りられるのは魂の一部だけで、記憶を持ち越すことはできなかったのです……」
 そうして、地上に降りても記憶を持ち越せずに、徒に時ばかりが過ぎていったとのことだった。
「ですが、ある時、記憶を持ち越せて降りることができたのです……」
 それが、古手家の先祖である、古手桜花だとの話だった。
「古手の人間は神奈と同じ人間の血を引いた者共でして、辛うじて記憶の引継ぎが叶ったのです」
 これは偶然なのか、それとも必然なのか。神奈の記憶を持ち越せた桜花は、自分が転生できた理由を模索し続けたという。
「そして調べに調べに、どうして転生できたのかを知ることができたのです……」
 それは、村人たちの純粋で強い信仰心だったという。何でも当時の村は荒れに荒れていて、村人たちは“神”の光臨を心から望んでいたとの話だった。
「村人のご先祖の一部は、もう一人のボクのお母さんが住んでいた村の人々だったのです。嘗て自分たちが崇めていた指導者を神格化し、再び村に光臨し人々を救ってくれることを、心の奥底から願っていたのです……」
 人々の強い願いや想いが怨霊の呪縛を解き放つ鍵となる。そう理解した桜花は、一つの言い伝えを村に残したとの話だった。
「その言い伝えが、『古手神社の8代目はオヤシロさまの生まれ変わりだ』という言い伝えなのです」
 8代毎にオヤシロさまは雛見沢の地に光臨するという言い伝え。毎回降りるというのでは言い伝えに強みがない。8代を隔てなければ光臨しないという強い信仰心こそが、神奈の魂をこの地に呼び寄せることができるのだと。
「そして、その目論見は見事成功し、もう一人のボクは8代毎に雛見沢の地に降り立つことが叶ったのです」
 そうして8代毎に転生することから、その神はいつしか御八代おやしろ様と呼ばれるようになったとのことだった。
「ですが、雛見沢は山間の寂れた村で、村を訪れる者はほとんどいなかったのです……」
 そもそも昔は渡航の自由が制限され、容易には村の外に出ることができなかったとのことだが。ともかく、せっかく記憶を引き継げても村の外には出られないジレンマがずっと続いたとのことだった。
「それを思えば、今はいい時代になったものです。今は自由に行き交うことが出来る上に、情報技術が飛躍的に発達したのですから」
 しかし、そんな時代に最大の危機が訪れた、それがダム計画だった。
「ダムが完成して雛見沢がなくなれば、もう永遠に記憶を引き継いで転生することはできなくなる。もう一人のボクは焦りました。そして自ら率先してダムの反対運動を展開したのです……」
 自らがオヤシロさまの生まれ変わりであるという立場を利用し、梨花ちゃんは村人の団結を煽り続けたとのことだった。
「悪いとは思っているのです……。もう一人のボクのワガママだけで日本中の多くの人を困らせただけではなく、村人の純粋な信仰心をも利用しているのですから……」
「……。大丈夫、誰もオヤシロさまに利用されてるだなんて思っていないし、ダム工事もなくなるさ!」
 公僕である自分が政府が推進しているダム計画に反対の意を示すのはあるまじき行為だが、赤坂さんはそう言って梨花ちゃんを励ましたという。
「ありがとうなのです……。赤坂、ボクには夢があるのです」
「夢?」
「もしもダム計画が中止になって雛見沢を救うことができたのなら……綿流しのお祭を盛大にしてみせるのです! すっかり寂れてしまったこのお祭をまた昔のように賑わせる……。そうすれば村人はおろか、日本中の人々が綿流しのお祭を見に集まるようになるのです!!
 そしてきっと、祭の噂を聞きつけて、柳也殿の意志を継いだ者がこの雛見沢の地を訪れてくれる……。ボクは、その時をずっとずっとこの雛見沢で待ち続けるのです……」
 あれからもう千年が経とうとしている。柳也殿はもう帰らぬ人となっているだろう。でも、柳也殿の意志を継いだ者が、必ず自分を探して旅を続けていると。そう信じて、梨花ちゃんは待ち人が雛見沢の地を訪れるのを待ち続ける夢と決意を語ったとのことだった。
「ですが……いつまでも待てないのです……。人の寿命には限りがあります……。ボクが果たせなければ、また8代待たなければならないのです……」
「梨花ちゃん……」
「赤坂、さっきのお願いですが、一つだけ聞いてくれますか?」
「あっ……ああ、いいとも! 他ならぬ梨花ちゃんの頼みだ!! どんな約束でも絶対に叶えてみせるよ!!」
「ありがとうなのです……」
 梨花ちゃんはにっこりと微笑み、静かに願いを語り出したという。
「……探して欲しいのです……」
「えっ……!?」
「柳也殿の意志を継いだ者が、必ずどこかにいるはずなのです! その者を探し出し、この雛見沢に案内して欲しいのです!! 警察は人を探すのが得意だと聞きました! だから、だからボクは赤坂に接触したのです!!」
 その時赤坂さんはなんで梨花ちゃんが自分に興味を持ち、親身になって接してくれたか理解したのだった。梨花ちゃんは園崎家の親族会議で自分の存在を知り、警察を借りて柳也殿の意志を継いだ者を探したかったからこそ、積極的に接触を試みて来たのだと。
「もちろん、お仕事を放り投げてまでも探して欲しいとは言わないのです。ですがもし、もしもう一人のボクを探している人に会ったら伝えて欲しいのです、『あなたの探している人は雛見沢にいる』って!!」
「ああ、約束するよ! 絶対に、絶対に君の探している人を雛見沢に呼び寄せるって!!」
「ありがとうなのです、ありがとうなのです……赤坂……」
「……そう涙ぐむ梨花ちゃんと僕は指切りげんまんしたんだ、必ず君の約束を果たすって……。この写真はね、その時撮ったものなんだ……。もう一人の梨花ちゃん、神奈さんを探している人を見つけたら、『この人があなたの探している人ですよ』って、写真を見せて教えるために……」
 手帳に大事に挟まれた梨花ちゃんの写真、それは赤坂さんと梨花ちゃんが交わした約束の、大切な大切な証とも言えるものなんだろうな……。
「それで赤坂さん、その人は見つかったんですか? 柳也殿の意志を継いだって人は?」
「ああ、見つかった、と言うよりも、雛見沢を訪れたらしい・・・んだけどね」
「らしい?」
 赤坂さんの微妙な言い回しに、私は疑問を投げかけずにはいられなかった。
「ああ。僕は会ったことないけど、大石さんが保護したらしいんだ。雛見沢大災害が起きた日にある少年を。その少年は大災害で母親と別れ離れになったという話だった。
 そして、その少年が語ったって言うんだ。『お母さんは背中に羽の生えた人を探してた』って……。
 だからひょっとしたら梨花ちゃんはもう、柳也殿の意志を継いだ人と逢えたのかもしれない。でも、大災害で梨花ちゃんもその少年のお母さんも行方不明になって、結局梨花ちゃんの願いが叶ったかどうかは分からずじまいなんだ……」
「それで、赤坂さんは梨花ちゃんを探しているんですね」
「ああ。もう逢えたのなら僕の出る幕はないけど、もし逢っていないのなら、僕が何としてでも逢わせてあげなきゃならないって」
「……」
 言えない。姉さんが梨花ちゃんの妹かもしれないだなんて、決して言えない……。だって姉さんの話が本当だったら、梨花ちゃんはもう亡くなっていることになるから!!
 この15年間約束を交わした相手をずっとずっと探して来た赤坂さんに、私の口からそんな残酷なことは言うことはできない……。
「だからせめて大石さんが保護した少年と接触できればいいと思ってるんだけどね。でも、その少年も大石さんが北海道に引っ越す前に母親を探しに行くっていったまま大石さんの下を離れて消息不明だって言うし。
 何度か大石さんに連絡がつかないかって聞いてるんだけど、さっぱり足取りが掴めないんだよね……」
「その少年の名前は、分かるんですか?」
「ああ。往人、鬼柳往人。それが雛見沢大災害の日に、大石さんが保護した少年の名だ――」

…第四拾壱話完


※後書き

 え〜〜、ヤンデレ格ゲーのシナリオを執筆していたために、前回より間が空きました。今月また仕事の話が入りそうなので、しばらくはまた月1更新になりそうです。
 さて、今回、ようやく梨花ちゃんの正体が判明しました。今まで何でクロスオーバーしているか分からなかったひぐらしが、これで何でクロスオーバーしているかお分かりいただけたことでしょう。
 このネタ思いついたキッカケは、原作の梨花ちゃんがループを繰り返している存在であり、またAIRにおいて観鈴ちんの前に転生した人間がいたはずですので、その人間を梨花ちゃんとしました。
 そういう訳で、原作とオヤシロさまの立場が違いますので、某あうあうあうは登場しません(笑)。と言いますか、あのキャラは完全に人間を超越した存在ですので、この作品の世界観には似つかわしくないのですよ。「超能力者はいるが神はいない」が、一連の作品の、テーマの一つですので。
 まあ、この作品には登場しませんが、ヤンデレ格ゲーの方には立ち絵付きで登場しますので、某あうあうあうのファンは、それで我慢してください(笑)。
 とりあえず今回でバラバラだった世界観が繋がり、ある程度謎だった部分も明かされたと思います。あとは“15年前の雛見沢で何が起きたか”ですが、この辺りは追々書くとします。
 更新ペースはあまり早くありませんが、ようやく終盤に差し掛かって来たので、頑張って書き続けたいですね。

四拾弐話へ


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