「梨花ちゃんってあの、雛見沢大災害で行方不明になった……」
「そうだ、この子だよ!」
赤坂さんは達矢の問いに答えるように警察手帳を取り出し、大切そうに挟み込んでいた写真をみんなに見せた。
(姉さんっ!?)
その写真を見て私は驚かずにいられなかった。写真に写っていた少女は、舞姉さんを幼くしたような顔立ちの少女だからだった。
「この写真は雛見沢に行った時、僕が梨花ちゃんに頼まれて撮ったものなんだ」
写真を見つめる赤坂さんの目はどこか懐かしく、そして悲しみに包まれたものだった。
「お父さんったら、いっつもお母さんの写真と一緒にこの娘の写真を挟んでいるんですよ! まったく、お母さんと同じくらい大切な人が他にいるだなんて、妬けちゃいます!」
「ははっ……。でも、確かに梨花ちゃんは僕にとって雪絵と同じくらい大切な人かもしれない。雪絵が亡くなったことを知り、絶望の淵に投げ込まれた僕を雪絵と逢わせてくれて、荒んだ僕の心を癒してくれたのは他ならない梨花ちゃんだからね……」
「話してくれませんか? 20年前の雛見沢で何があったのか」
まだ確証は持てない、姉さんが赤坂さんが探している梨花ちゃんの妹である舞花ちゃんである確証が。もしかしたなら、赤坂さんの話を聞けば白黒がハッキリするかもしれない。そう思い私は赤坂さんに訊ねてみた、20年前の雛見沢で起きたことを。
「そうだね、話そう。君には今度話すって約束してたし。せっかくだし、みんなにも話そう。ひょっとしたらそこから梨花ちゃんに辿り着けるかもしれないし……」
赤坂さんは深呼吸をし、静かに語り始めた。
「僕がこれから話すことはあまりに不可思議で信じられないかもしれない。でも、その話に嘘偽りは一つもない。そう、あれは忘れもしない夏の日々。ひぐらしがなくあの頃の、大切な大切な思い出……」
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第四拾話「暇潰しの夏」
「そもそも僕が雛見沢を訪れることになったのは、20年前に起きた当時の建設大臣である犬飼氏の孫誘拐事件の捜査をするためなんだ……」
私やあゆが生まれるより少し前の昭和40年代後半、岐阜県鹿骨市雛見沢地区にダムを建設するという話が持ち上がった。雛見沢に住む人々はそのダム建設計画に断固として反対したという。
「そんな中、誘拐事件は起きたんだ。真相は今でも分かってないけど、大臣の孫を誘拐した組織の一つとして、“鬼ヶ淵死守同盟”が持ち上がったんだ」
鬼ヶ淵死守同盟、それはダム建設に反対する雛見沢の住人たちが一致団結して立ち上げた反ダム建設の抗議団体だったという。
「そして僕は本部の命令で調査を行うため、雛見沢村を訪れたんだ……」
新幹線や鈍行を乗り継ぎ、赤坂さんは雛見沢の地に降り立ったという。
「初日は現地の公安の方や大石さんと接触して、大石さんに連れられ一通り雛見沢を回った。そして次の日は、単独で調査に行ったんだ」
もちろん捜査目的であるというのは秘匿で、雛見沢を見て回りたい観光客を装ったとのことだった。そしてバスで雛見沢に降り、村を案内してくれる案内人を待とうとバスを待ち合わせる小屋の中に入って行ったところ、一人静かに眠る少女の姿があった。
「その娘こそが、古手梨花ちゃんだったんだ。僕は彼女を一目見て、その、何と言うか……まるで自分の理想の娘像を具現化した少女だと思ってしまったんだ……」
実の娘の前では話辛いことなののだろう、赤坂さんは顔を赤くしながら初対面の梨花ちゃんに抱いた感情を述べた。
「ホントッ、初めて会った女の子に理想の娘像を重ねるだなんて、筋金入りのロリコンですよ、お父さんはっ! 私が生まれたから良かったものの、もし男の子だったらどうしてたんでしょうね……!?」
案の定美雪さんにとっては気分のいい話ではなく、プンプンと怒りながらそっぽを向いた。
「ふわ〜〜わ……。みぃ、こんにちはなのです」
しばらくじっと梨花ちゃんを見続けていると、突然梨花ちゃんが目を覚まし、赤坂さんに挨拶したという。
「見かけない方なのです。あなたは誰なのですか?」
「あっ、えっと、僕は赤坂って言って、観光でこの村を訪れた人で、決して怪しい人じゃないんだ!」
唐突に声をかけられたことに途惑い、赤坂さんはあたふたしながら自分の名を語ったとのことだった。
「見知らぬ幼女をじぃ〜〜〜〜〜と見続けてて、どこが怪しい人じゃないんですかねぇ……?」
美雪さんが鋭い視線で睨み、赤坂さんは頭を掻きながら苦笑いした。
「観光で来たのですか! それならボクが案内するのです。こう見えてもボクはこの村で一番雛見沢を知っているのですよ、にぱ〜〜☆」
赤坂さんが観光で来たと言うと、梨花ちゃんはニッコリと微笑んだという。
「その屈託のない笑顔に僕はときめいて……じゃなくて、案内ならこれから来る村の人にやってもらうと言ったら、梨花ちゃんがじゃあボクもついて行くって言ったんだ」
これ以上梨花ちゃんに抱いた想いを表現しようとすると、美雪さんの不機嫌が直らない思ったのか、赤坂さんは自重しながら話を続けた。
「ほうほうほう。理想の娘像を抱いた少女と一緒に色々回れて、さぞかし楽しかったんでしょうねぇ〜〜!」
しかし、美雪さんは容赦なくツッこむ。やれやれ、親に対する愛情も度が過ぎると苦労が絶えなさそうだな〜〜。
「まあ、とにかく梨花ちゃんは一緒について来たんだ。一番雛見沢を知っているというのは、僕と一緒に色々見て回るための口実だと思ったんだ。でも、それは僕の思い違いだった」
行く先々の場所で、梨花ちゃんはこの場所は昔はこうで、今はこうなったと、まるで老人が在りし日の故郷に想いを馳せているかのように、行く先々で色々と解説したらしい。
「お陰で僕は、調査で来たつもりが、行く先々の景色が冗談抜きで綺麗だったこともあり、本当に旅行している気分になったんだ」
そして雛見沢の色々な場所を回り、最後にとっておきの場所だと案内された所が、鬼ヶ淵死守同盟の本部がある古手神社だったという。
「古手神社が同盟の事務所を兼ねている様が学生運動みたいで懐かしいだろうって案内人に訊かれたから、僕はこう応えたんだ。『国の政策に暴力で対抗するやり方には同意できない。政策に反対するならばきちんと民主的な手続きを経て話し合いで解決すべきだ』って……」
そう応えたら梨花ちゃんはこう呟いたという。
「赤坂の言っていることは正しいのです。雛見沢のご先祖様の一部も、時の朝廷の施策に猛反発して、武力で対抗したのです……。でも、武力による介入はそれを上回る圧倒的な武力に押し潰され、この村に逃げて来たのです……」
「……!? 祐一、今の話って……」
「ああ、私も思った……」
赤坂さんの回想に反応し、名雪が小声で囁いてきた。俺も名雪と同じことを思い、小声で返した。
「名雪が話してくれた能力者の蝦夷の人たちが昔の雛見沢に逃げた話と似ている……!」
梨花ちゃんが話したという話は、春菊さんが昔名雪に話した話の内容と酷似したものだった。ひょっとしたら偶然似ているだけかもしれないが、神夜さんと梨花ちゃんに何かしらの接点がある以上、偶然の一致とは到底思えない。
「武力による抵抗は悲劇しか生まないのです。だから、話し合いで解決できるものならばそうしたいのです。ですが、国がこちら側との話し合いに応じず暴力で訴えてくるならば、こちらも力には力で対抗するしかないのです……。矛盾しているかもしれませんが、力から身を護るのは力しかないのです。
それに……一度故郷を追われた人たちに、また故郷をなくさせる思いをさせたくないのです……」
そう梨花ちゃんは、もの悲しそうな顔で呟いたとのことだった。
「僕は梨花ちゃんがそういう風に言うのは、『親や同盟の幹部たちにそう教育されたから』だと思ったんだ。どんな運動だって、純粋無垢な子供の主張は、下手な大人が同様の主張を行うより世論を大きく動かすものだろ?」
確かに。例えば子供に「戦争はしたくないから憲法9条の改正には反対です」などと感想を漏らさせて、「こんな小さな子供だってこう言ってるんだから」と、自分たちの主義主張の助けとするのは、自称市民、平和団体などの常套手段だ。
「辛気臭い話はここまでなのです……。見晴らしのいい景色はこっちなのですよ!」
梨花ちゃんはまた笑顔を取り戻し、率先して赤坂さんを見晴らしのいい場所に案内したという。
「その場所は見晴らしのいい高台から村を全貌できる所で、僕はあまりの美しさに言葉を忘れるほどだった……」
「ここはボクの一番お気に入りの場所なのですよ。人の営みで村の景色は移り変わりゆくものなのですが、ここの情景は何百年経とうと代わり映えのしない美しさを保っているのです……」
両手を大の字に広げ、全身に風を受けながら梨花ちゃんは呟いた。その姿は、不思議と神々しさに満ち溢れたものだったとのことだった。
「そして僕はあまりの美しさに、こう応えたんだ。『子供が生まれたら雪絵と一緒にまたこの景色を見に雛見沢を訪れたい』って……」
「今、何と言ったのですか……?」
そう言った瞬間、梨花ちゃんがピクッと反応したという。
「僕はついうっかり口が滑ったと一瞬焦ったんだ。妻が出産を控えているのに一人旅なんて怪し過ぎるって」
でも相手は子供だしこの程度で正体がバレるわけないと、赤坂さんは「今回の旅行は前から決まっていて、妻の家族も付き添ってくれているから大丈夫だ」と苦笑いしながら答えたという。
「でも、そんな釈明は梨花ちゃんには通用しなかったんだ……」
梨花ちゃんはゆっくりと赤坂さんの方に振り向き、そして……
「赤坂……東京へ帰れ!」
と、鋭い目つきで赤坂さんを睨み、威嚇したという。その言葉は突風に木霊し、赤坂さんの心に強く響いたとのことだった。
「その時僕は形容し切れない恐怖を抱いた。豹変した梨花ちゃんにもだけど、何で僕が“東京”から来たことを知っているんだと……」
赤坂さんは村の案内人とコンタクトを取った際にも、どこから来た者かは言葉を濁して一言も語らなかったという。
「だから、梨花ちゃんが僕の素性を知っているわけないんだ……。なのに梨花ちゃんは僕に東京に帰れと強い口調で言う……」
そして梨花ちゃんの言葉を汲み取り、赤坂さんはある仮説を抱き戦慄を覚えたという。
「ひょっとしたら、最初から僕の素性は村人に知れ渡っていて、梨花ちゃんは村の実力者から僕を脅すよう命じられて今まで付き添ってたんじゃないかって……」
純粋無垢な子供につき合わせて警戒心を解き、子供の意見として村の主義主張を訴えさせて懐柔させ、最後の最後でとっとと東京に帰って反対の立場を取れと脅迫するという、組織的な策略にまんまとハメられてしまったのではないかと。
「出産間近の妻を置き去りにして旅に出るなどとは、不届き千万! もしも旅先で事故に遭い帰らぬ者になったらどうするつもりだ! そなたには想い人に永久に逢えなくなる苦しみ、悲しみが理解できぬのか!!」
豹変した梨花ちゃんは、赤坂さんの正体を知り脅迫しているというよりも、赤坂さんの軽率な行動を叱っているという感じだったという。
「僕を叱る梨花ちゃんはさっきまでの梨花ちゃんじゃなかった。まるで千里眼を持ち人々の心させ見通せる神が乗り移ったような……。後から大石さんに訊いた話だと、梨花ちゃんは村人たちに“オヤシロさまの生まれ変わり”と崇め奉られているということだった。梨花ちゃんのそんな姿を見た後では、僕は大石さんの言葉を信じるしかなかったんだ……」
そう、それはまさに梨花ちゃんにオヤシロさまが乗り移り、赤坂さんに啓示を下しているかのようだったとのことだった。
「ゴメンなさいなのです。もう一人の“ボク”が赤坂にキツイことを言ってしまったのです。でも、もう一人のボクは赤坂の身を案じているからこそキツイことを言ったのだって理解して欲しいのです……」
その後、梨花ちゃんはまたさっきまでの純粋無垢な子供に戻り、ペコリと頭を下げたという。
「もう一人のボク……?」
それはつまり、自分は本当にオヤシロさまの生まれ変わりで、さっきは取り憑いていたオヤシロさまが表に出て来たということなのだろうか……?
そう言えば、姉さんは以前“自分はオヤシロさまの生まれ変わりじゃない”と言っていた。生まれ変わりであることは否定しているものの、雛見沢の神の名を知っている……。ということは、やっぱり姉さんが梨花ちゃんの妹である、舞花ちゃんなのか……?
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「もう一人のボク? 何だか遊戯王みたいだね。ひょっとして遊戯みたいに、何かの原因でオヤシロさまという神様が乗り移ったとか?」
オカルトマニアの達矢が、嬉々として分析を開始した。姉さんとの関連性で頭がどうかしそうな私とは対照的に、第三者視点で話が聞けて楽だなお前は……。
「その話は順を追ってするよ。とにかく、その時の僕は梨花ちゃんに一種の疑惑を持ってしまって、それはその日の夜に聞いた話で確定的になったんだ……」
その日の夜、赤坂さんは大石さんに紹介された情報屋に、前日に行われた園崎家の親族会議の話を聞かされたという。親族会議って言っても、それは死守同盟の定例会みたいなもので、会議には同盟の重鎮の他に、梨花ちゃんも加わっていたとの話だった。
「梨花ちゃんは会議中、ずっと静かに瞑想をするように座り続けていたって話だった。そしてその会議の中では極秘だった建設大臣の孫の誘拐話も持ち上がったと僕は聞いたんだ」
極秘の情報すらも知り得ている死守同盟の情報網に驚きつつ、次に持ち上がった話題に赤坂さんは戦慄したという。
「それだけじゃない、その話の次に僕の話題が持ち上がったと言うんだ……」
赤坂さん本人の名前こそ挙がらなかったものの、大臣の孫誘拐事件を捜査しに、警視庁の人間が雛見沢を訪れたということは筒抜けだったという。
「警視庁? それは昔でいう所の検非違使みたいなものか?」
そんな時だったという。瞑想を続けていた梨花ちゃんが静かに口を開いたのは。
「梨花ちゃんが口を開いた瞬間、会議に集まった人々が皆、オヤシロさまがご降臨されたと梨花ちゃんの方に頭を下げって話だった……」
それは、梨花ちゃんにオヤシロさまが降臨した瞬間だったという。
「……成程。公安というのが一種の間者であり、政を司る者共と直接関係のない者ならば、下手な刺激はせぬことだ。寧ろ政を司る者共と関係のない者ならば、我等の味方とするのも肝要。
我等の目的はあくまで鬼ヶ淵の死守であり、朝廷と敵対することではない。余は徒な争いは好まぬ。目的を違えるでないぞ」
その古語調の語り口調は到底小学校に上がったばかりの少女のものとは思えぬ、威厳と神々しさに包まれたものだったという。
「その時僕は悟った。梨花ちゃんは大人に命じられて僕に付き添ったんじゃない、“オヤシロさま自ら”が僕をずっと監視していたんだって……」
梨花ちゃんがオヤシロさまの生まれ変わりだというのは、その時の赤坂さんには到底受け入れられるものではなかったという。でも、その仮説が正しければ、梨花ちゃんのあらゆる発言の辻褄が合うとのことだった。
「このまま誘拐事件の捜査は打ち切り、梨花ちゃんの言うとおり大人しく東京に帰った方がいい? 一瞬そう臆したけど、僕は捜査を続けることにした……」
そして次の日、事件は孫の財布が発見されたことで急展開を迎えた。財布が見つかった後、赤坂さんは大石さんと共に財布の取得場所へ急行したとのことだった。
「取得場所に向かう途中、住民たちが激しい反対運動を繰り広げているダム建設現場を通ることになったんだ……」
住民たちに道を塞がれ、大石さんは一旦車を降り、村人の説得に行ったとのことだった。
「大石さんを待ち続けていた時、車に差し掛かった人影があったんだ。僕は大石さんが戻って来たとばかり思ったんだけど……」
何と、その人影は梨花ちゃんだったという。
「梨花ちゃんは無言で僕に睨み付けるような視線を向けたんだ。そしたら……」
まるでヘビにでも睨まれたように、赤坂さんの身体はピクリとも動かなくなったとのことだった。
「まるで金縛りにでも遭っているような、そんな感覚だった。その時は何が起きたのか理解できなかったけど、あれは多分“オヤシロさまの力”だったと思う……」
つまり、梨花ちゃんが何かしらの意図を持って、赤坂さんの動きを封じたということか? 一体何のために……?
「赤坂さん、お待たせしました。すぐに道を開けてくれるそうですよ。赤坂さん……?」
「大石さんに声をかけられても、僕は口の一つさえ動かすことができなかったんだ……」
「どうかしたんですかぁ、赤坂さん?」
「……」
「んっふっふ! いざ現場に向かうことになって、怖じ気付きましたかぁ〜〜?」
「……」
「本当にどうか……!?」
「僕の様子が尋常じゃないと思った大石さんは、僕の方を向いた。そしたら大石さんもまた身動きが取れなくなったんだ」
そして次の瞬間、勝手に助手席側の鍵が開いたとのことだった。
「はろろ〜〜ん! お元気ですか〜大石さん!」
鍵が勝手に解かれ、車の中には一人の少女が入って来たとのことだった。
「なぁぁ、園崎魅音!? 一体何の用ですっ!?」
その少女は、園崎家次期頭首として注目され、反対運動でも率先して陣頭指揮を取り補導歴もある、園崎魅音だったという。
「まさか私たちがこれから何をしようとしているか悟り、阻止しに来たとでも言うんですかっ!?」
「いえいえ、その反対です。協力しようって言ってるんですよ。婆っちゃが“憂慮”したんですよ、可哀想だからそろそろ誘拐されたお孫さんを解放してもいいんじゃないかって」
魅音ちゃんが言う婆っちゃとは、現園崎家頭首で、雛見沢の実質的な支配者である園崎お魎とのことだ。そのお魎が直接的な命を下さずとも、憂慮しただけで気を利かせた誰かが事を実行に移す体制が整えられていたらしい。
「だから警察にお膳立てして助け出そうって言うんですか、信じられませんね、そんな話!」
「信じる信じないはそちらの勝手です。ですけど、今あなたたちは園崎、古手両家のご子息を相手にしていることをお忘れなく。それに……」
「それに……?」
「どうやって私が車の中に入って来たと思います……?」
「!?」
まさか超能力でも使って勝手に鍵を開けた!? これもオヤシロさまの神通力なのかとなのかと、赤坂さんは身震いしたという。
「もちろん私が勝手に開けたんですよ、クックック……」
「勝手に開けた!? どうやって!?」
「雛見沢に伝わる“鬼の力”とでも言っておきましょうか。ちなみに私ができるのはそれだけじゃないですよ、例えばこう……」
魅音ちゃんが目を瞑り、二人の方に手をかざした。すると……
「おわっ!?」
手を触れずにギアがローにチェンジされ、大石さんがアクセルを踏まずとも勝手に車が動き出したとのことだった。
「こういう感じに手を触れずとも車の運転をすることもできちゃいます」
(手を触れずに車を動かすだって!?)
あれっ!? 確かそんな芸当をどこかで見たことある気がするぞ……。どこだ、どこだ……!? 私は妙な既知感に襲われた。魅音ちゃん程の行為ではないにせよ、似たような魔術だか何だかを、ずっと前に見たことあるような気がする……。
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「詩音、二人を脅かすのはそれくらいにしておくのです」
しかし、そこで梨花ちゃんが魅音ちゃんを諭しながら、車の中に入って来たとのことだった。梨花ちゃんが車の中に入って来ると共に、二人も金縛りから解放されたという。
「そうですね、少し度が過ぎちゃいましたね。ごめんなさい、二人とも。私たちは最初に言ったとおり、あなたたちに敵意はありません。ただ、協力すると言ってるだけです。私たちの申し出、受けてくれますよね?」
「やれやれ、これ以上鬼に弄ばれるのは勘弁願いたいです。不本意ではありますが、あなたたちのご同行を許可しましょう」
とうとう大石さんは折れ、二人の同行を許可したという。
「ありがとうなのですよ、にぱ〜〜☆」
そうして二人を乗せ、再び車は動き出したととのことだった。
「しかし、“詩音”とは何です?」
「ああ、私のことですよ。実は私、“魅音”じゃないんです。魅音の双子の妹、詩音なんです」
「はっ!? 詩音……? 園崎の嬢ちゃんが双子だなんて初耳ですよ……」
「普段は二人きりでいることがなくて、外に出る時は大抵魅音の名を騙っていますからね。ちなみに、よく無茶やらかして補導されているのはお姉じゃなく、私の方ですので」
やれやれ、名前は初耳だが顔はしょっちゅう合わせていたのかと、大石さんは苦笑したという。
「それともう一つ。婆っちゃが“憂慮”したのは事実ですけど、私は園崎家の誰かに命令されて行動しているのではありません。私はただ、梨花ちゃんに付き添っているだけです」
驚くべきことに、二人に協力するのを提案したのは詩音ちゃんではなく、梨花ちゃんとのことだった。
「申し訳ないのです、詩音をこんな危険なことに付き合わせてしまって」
「いえいえ、そんなことありませんよ〜〜。ようやく“鬼の力”も使いこなせるようになって、思いっ切り力を使ってみたいって常々思ってましたので」
すまなそうに語る梨花ちゃんを、詩音ちゃんはまるで遠足にでも行くかのように、軽く笑い流したという。
「梨花ちゃん、君はどうして危険だと分かっていることに……」
赤坂さんは訊ねたという、どうして危険だと自覚していることにわざわざ首を突っ込もうとしているのかを。
「簡単な理由なのです。赤坂、あなたを死なせたくないのです。嘗ての自分が味わった悲劇をもう二度とは繰り返させぬと、もう一人のボクが言って聞かないのです」
「そう聞かされた時、僕は悟ったよ。もう一人の梨花ちゃん、つまりオヤシロさまは、ずっとずっと僕の身を案じていたんだって。だから危ないことはやめて東京に帰れと叱責し、それでも帰らないから、直接僕を護りに来たんだって……」
オヤシロさまの加護があるならきっと大丈夫だ、きっと何事もなくお孫さんを救出することができる。あらゆる緊張感は解け、安堵した気持ちで赤坂さんは現場へと向かって行ったとのことだった。
…第四拾話完
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※後書き
え〜〜、そういう訳で、今まで散々名前だけ出ていた梨花ちゃま、満を持しての登場です! 基本的なストーリーラインは原作のままなのですが、細かい所が変わっております。その変更点が、この作品における梨花ちゃんの立ち位置から来ているものです。つまり、原作とは違ったキャラクターになっているということです。
感の良い方はもう正体に感付いたかもしれませんが、詳しいネタ明かしは次回以降ということで。
ちなみに、回想シーンで詩音が出て来たのは単なる趣味です。俺の嫁補正って奴ですよ(笑)。ひぐらしで一番好きなキャラなので、作中でも他ひぐらしキャラより優遇されたキャラになるだろうなぁと。 |
四拾壱話へ
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