「祐一くん、雪景色だよ、雪景色!」
 遠野ダブルデートの当日、私たちは電車で遠野へと移動した。車中でのあゆは終始子供のように座席に膝を乗せて座り、物珍しそうにはしゃぎながら窓の外を見続けていた。
「そんなに窓の外の景色が珍しいのか?」
 私自身東京からこちらに来る時は窓の外に広がる雪景色に目を向けたものだから、あゆの気持ちが分からないでもない。でもそれは私が雪景色を見慣れてない都会人だからで、毎年冬が来る度に、当たり前のように雪景色を見ていたあゆにとっては珍しくないものだと思うのだが。
「うん! だって、電車の窓から雪景色見たことないんだもん!」
(ああ成程、そういうことか)
 つまり雪景色が珍しいのではなく、電車を通して見る景色が新鮮だってことか。確かに、暖房の効いた温かい空間から眺める、歩くスピードとは比べ物にならない速さで移り変わる窓の景色は、目新しいものがあるかもしれないな。
「遠野に行けばカッパさんに会えるのかなぁ〜〜? うぐぅ、ボク楽しみだよ〜〜」
 百歩譲って河童がいたとしても、この時期は冬眠してそうなのだが、本人が楽しみにしているんだから無粋なツッコミがしない方が良さそうだな。
(しかし、こいつらはどうにかならんのか……)
 私は呆れた顔で名雪と達矢に冷たい眼差しで見つめた。元気一杯のあゆとは対照的な二人の体たらく振りには、お前らやる気あるのかとツッコみたくなる。
「く〜〜。イチゴサンデー……く〜〜」
 名雪は朝が弱いと言うのに昨日は1時近くまであゆと話し込んでたらしく、朝も寝坊して電車に遅れそうな所を無理矢理引っ張って来たところだ。
 今回はお目付けとはいえ、ダブルデートを発案したのは名雪なのだから、もう少し気合を入れて欲しいものだが。
「ふむふむ、成程……。つまり雛見沢村には地球外知的生命体の秘密基地があるってことか!!」
 そして当事者である達矢は、電車に乗ってからずっと『ひぐらしのなく頃に』を読み耽っていた。何でも電車の中からデートを始めるのは気持ちが整っていなくて無理だから、今は本を読んで気を落ち着かせるとのことだったけど……。
 私もこっちに来る時は同じ本を読んでいたけど、それは一人旅だからで、みんなでどこかへ出かける時に取る行動ではないと思うんだけど。
 ちなみに宇宙人なんたらかんたらの説は、雛見沢大災害は宇宙人による細菌テロだったという、大胆な仮説の一つだ。ひぐらしでは俗説の一つとしてちょっと取り上げている程度なんだけど、達矢はその説をすっかり信じ切っているようだ。
 まあ、宇宙人の仕業ではないにしろ、オウム事件の例を取るように、公式見解の自然災害ではなく、ある組織による大規模テロの可能性は否定できないけど。
(はぁ、こんなんでダブルデートが成功するんかねぇ……)
 ダブルデートの行く末に一抹の不安を感じつつ、電車は乗換駅である花巻駅を目指し、雪に彩られた線路を走り続ける。



第参拾九話「ドキ☆ドキ!? 大波乱の遠野ダブルデート」


 30分ほど電車に揺られ、私たちは乗換駅である花巻駅へと到着した。
「乗換えまでは1時間くらい余裕があるから、それまでは予定通りマルカンデパートの食堂で時間を潰すよ〜〜」
 花巻駅で釜石線に乗り換え遠野までは約1時間程度なのだが、待ち合わせの時間に大分空きがあるらしく、デートで最初に赴く場所は遠野ではなく、花巻のマルカンデパートとなった。
 新幹線ならともかく、鈍行の乗り換えに1時間もかかるなんて、都会では考えられないな。流石は田舎と言ったところか。
「イチゴパフェ、イチゴパフェ♪」
 駅から歩いてマルカンデパートに赴き、エレベーターで食堂のある階に向かう。デパートに着いてからずっと、名雪は上機嫌でイチゴパフェ、イチゴパフェと呟き続けた。そう言えばこの間、栞とここのパフェの話題で盛り上がっていたもんな。
「うぐぅ〜〜、やった〜〜! たい焼きがあるよ〜〜!!
 食堂はエレベータから出てすぐのところにあり、目の前にはメニューの見本が通路の左右に置かれたガラスケースに陳列されていた。あゆは見本の中にたい焼きを見つけると、大喜びでたい焼きの見本を指差した。まったく、わざわざ旅先に来てもたい焼きを喰うのかお前は。
「これが噂の“オバケアイス”か……」
 私はガラスケース越しに見本に目を向ける。すると右手側上方に、噂に聞いていたアイスの見本が陳列されていた。高さ20cmは軽く超えるエベレストのようなヴァニラアイス。これだけ大きいのに値段は100円なのだから、随分と良心的だな。
(しっかし、名雪はマジであれを喰う気かっ……!?)
 オバケアイスの左右にはパフェ類の見本が陳列されていた。通常の3倍はあるヴァニラアイスの、更に三倍はあるかに見える大ボリュームのパフェ類。大切りのフルーツを武装し、イチゴシロップをふんだんにかけたパフェの様は、正しくパフェの赤い彗星と言えるものだった。
「ここのウェイトレスさんたち、何だかメイドみたいでいいよね、祐一」
 私たちは各々食券を購入し、席に座りながら頼んだ品が届くのを待ち続けた。その間達矢はウェイトレスをまじまじと観察し、ウェイトレスがメイドさんみたいでいいと感想を漏らした。
 やれやれ、この程度のコスチュームでメイドを連想するんだから、真琴のメイド服姿を見たら鼻血を出して卒倒するだろうな。
「はぐはぐはぐ……うぐぅ、たい焼きはやっぱり焼き立てが一番だよ〜〜」
 10分ほど待つとメニューが届き、各々自分が頼んだものを食べ始めた。内訳は、あゆはたい焼き、名雪はイチゴパフェ、私と達矢はオバケアイスという感じだ。
「しかし、何でここのアイスは割り箸で食うんだ?」
 普通アイスと言えばスプーンで食うもののはずだが、何故かここのオバケアイスは割り箸で食うのがセオリーらしい。一体何で箸で食うんだと、私は誰もが疑問に抱くことを呟いた。
「何でも熱伝導でアイスが溶けるのを防ぐためだって話だよ」
「へぇ〜〜、達矢くん、物知り〜〜」
「あっ、いやっ、ははっ……。そ、それほどでも……」
 あゆに感心され、達矢は顔を赤らめながら微笑んだ。いいぞ達矢、今のは自然な会話で好感が持てるぞ。ギャルゲーなら好感度が1アップってところだな!



「な〜っはっはっは! いやしかし、ここは興宮のエンジェルモートを思い出させますな」
「エンジェルモートですか。僕も一度くらいは行ってみたかったものですね」
(ん? この声は……?)
 向かいの席から聞こえて来る談笑に聞き覚えのある声が混じっており、私は名雪たちに一言断って声のする席に足を運んだ。
「あ、赤坂さん! どうしてここに!?」
 声の主は赤坂さんだった。
「やあ祐一君、こんな所で会うだなんて奇遇だね。いやっなに、昨日から花巻温泉に泊まっているんだけど、美雪にせっかく岩手に来たんだから色々回りたいってせがまれてさ」
「親子水入らずで観光ですか、悪くないですね」
「なのにお父さんったら知り合いの人とここのデパートで待ち合わせしてるって言うんですよ。せっかく久々にお父さんと二人きりになれたと思ったのに! プンプン!!」
 美雪さんは親子水入らずの時間を潰されたことが不服なようで、不機嫌そうな顔でフルーツパフェを食べ続けていた。
「赤坂さん、彼はお知り合いの方ですか?」
「ああ、さっき話していた“祐一”君ですよ」
「ああ、彼ですか。んっふっふ、初めまして、相沢さん。私が親子水入らずに水を差した張本人の大石というものです。以後お見知りおきを」
 そう軽快な声で70をとうに過ぎた赤坂さんの知り合いである大石さんが、私に自己紹介して来た。
「えっ!? 大石ってまさか……」
「ええ、相沢さんが察しの通り、『ひぐらしのなく頃に』の共著者ですよ」
「え〜〜!? あっ、あの赤坂さんと大石さん!?」
 私たちの会話を耳にした達矢が、大声をあげながら駆けつけた。
「ファ、ファンです! さ、差し支えなかればサイン願えますか!?」
 達矢はあたふたと鞄からひぐらしを取り出し、二人の前に差し出した。
「なっはっは! いいですとも、いくらでもして差し上げますよ」  大石さんは上機嫌で快く達矢の本にサインした。続いて赤坂さんも恥ずかしそうな顔でサインした。
「あっ、ありがとうございます! 一生大切にします!!」
 達矢はサインがもらえたのがよっぽど嬉しかったのか、何度も何度も二人にペコペコと頭を下げた。
「しかし赤坂さん、どうして大石さんと待ち合わせなんかしてるんですか?」
「今大石さんは北海道に移り住んでいてね、僕が近くまで来たから久々に顔を合わせないかって話になったんだよ」
「成程」
「それと、秋子さんに頼まれた失踪事件に関して、大石さんの意見を聞きたいと思ってね……」
「!? お父さんのこと、何か分かったんですか……?」
 会話の中に秋子さんの名前が出て来たことに反応し、名雪が席を立って私たちの方に駆けつけた。
「あなたが例の娘さんですか。赤坂さんから一連のお話は聞きましたよ。長年刑事をやっていた私の感から言いますと……あなたのお父さんはご存命の可能性が非常に高いです」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。死体があがったならともかく、何も見つかっていない。それでいて遺書だけが残されたのは明らかに不自然です。恐らくあなたのお父上は自殺に見せかけられて、“何者かに拉致された”可能性が高いです」
「何者かに拉致って、この平和な日本でそんなことがあるんですか?」
 拉致と言うあまりに非日常な言葉が出てきたことに、私は疑問を投げかけずにはいられなかった。
「それがね、“あった”んですよ」
「あった?」
「ええ。時代は違いますが、70年代後半からから80年代にかけて、北朝鮮による拉致が頻繁に行われていたんですよ」
「えっ!? 北朝鮮って、あの……」
「ええ、昨今核疑惑で揉めに揉めているあの北朝鮮です」
「……」
 俄かには信じ難い話だった。北朝鮮が普通の国ではないことは重々承知だったけど、まさか日本人が拉致されていたとは。
「国は旧社会党の議員や総連からの圧力でなかなか事実関係を認めようとしないけど、公安では昔から北朝鮮による拉致事件の捜索を行っていたんだよ。時期のズレから春菊さんが北朝鮮に拉致された可能性は低いけどね」
「ありがとうございました。刑事さんたちから生きてる可能性が高いって言われたら、お母さんも喜ぶと思います」
 名雪は二人に深々と頭を下げ、席へと戻って行った。
「じゃあ赤坂さん、また今度」
 私も一礼し、席に戻って行った。その後4人で談笑しながらデザートを食べ、再び花巻駅へと戻って行った。
「そう言えば大石さん、その後“例の彼”からは何か連絡がありましたか?」
鬼柳往人きやなぎゆきと君ですか? 残念ながら北海道に引っ越す時に別れて以来、さっぱり音沙汰なしです。元気にやってくれてればいいんですけどねぇ……」



 花巻駅から電車で約1時間、私たちは遠野駅で下車した。今回のダブルデートで回る予定なのは、河童が住んでいるとかいないとかで有名なカッパ淵と、遠野市立博物館だ。
「最初にどっちを回ったほうがいいかな?」
 行く場所は決めていたものの最初にどちらを回るかは決めておらず、名雪がどちらを最初に回るかみんなに訪ねてきた。
「ボクは早くカッパを見たいから、先にカッパ淵がいいな!」
「博物館は時間が来ると閉まるから、先に博物館がいいんじゃないか?」
「でもこの時期は暗くなるの早いし、夕方カッパ淵行ったって面白みに欠けると思うな。博物館は駅からも近いし、カッパ淵が先でいいんじゃない?」
 4人で話し合った結果達矢の意見を参考にし、先にカッパ淵を見て回ることになった。
「ふう、ようやく着いたな」
 遠野駅からバスで約20分、伝承園という所で下車した。そこから約5分くらい歩き、私たちは常堅寺という寺に着いた。観光ガイドによれば、カッパ淵はこの寺の奥にあるということだった。
「カッパさん、カッパさ〜〜ん」
 あゆはお寺に着くや否や、一路カッパ淵を目指し、駆け足で向かって行った。
「うぐっ、わああ〜〜!」
 しかし、勢い余って滑り、顔から思いっ切り雪に突っ込んでしまった。
「うぐぅ、冷たいよぉ〜〜! 秋子さんに買ってもらった服がビショビショだよ〜〜!!」
「まったく、元気なのはいいが、あんまりはしゃぎ過ぎるなよ……」
 私は呆れ顔であゆに手を差し伸べ、雪の中から救い出した。
「ゴメン! ちょっと祐一と話があるから、先に行ってて」
 すると、突然名雪があゆと達矢に先に行くよう促した。
「う、うん! 分かったよ……」
 達矢は二人きりになるのが恥ずかしかったのか、顔を赤くしながらあゆと先にカッパ淵に向かって行った。
「何だよ名雪、話って?」
 一体何で名雪が引き止めたのか分からず、私はキョトンとした顔で名雪に訊ねた。
「ゆ〜いち、今回のデートの趣旨、分かってる?」
「分かってるも何も、あゆと達矢を結ばせるためのものだろ?」
「そう! だったら、さっきの場面はたっちゃんがあゆちゃんを助け出すのを待つべきだったんだよ! 祐一が率先して助けちゃ、デートの意味ないよ!!」
「んなこと言ったって、さっきのは非常事態でデートも何もないだろ。私は困っている人を見過ごすほどの白状者じゃないぞ」
「祐一、“私”って……?」
 会話の最中、私が自分のことを“私”と言ったことに、名雪は違和感を覚えたようだ。
「ああ、昨日あゆと第一人称に関して色々と揉めただろ? それでさ、あゆに直せって言う前に、まず自分から直してみようと思ってさ。そんな訳で私自身まだ慣れていないけど、これもあゆを女の子らしくするためだ、我慢してくれ」
「別に祐一が変えるのは構わないけど……わたしも同じことを言ったら、変えてくれたのかな……」
「?」
「とにかく! 祐一があゆちゃんを構いたくなる気持ちも分かるけど、今日はたっちゃんに花を持たせるように頼んだよ」
 一瞬影を落とした名雪だったが、すぐさま強い口調に戻り、私にああだこうだと忠告した。私は一応頷き、二人の後を追った。



「うぐぅ……川が凍ってるよ……」
 いざカッパ淵に着くと、ションボリした顔で淵にかかった橋から水面を見つめるあゆの姿があった。あゆに促されるように水面に目を向ける。すると、確かに淵には所々氷が張られていた。
 淵と言っても流れがゆっくりの小川っぽいから凍るのは仕方ないとして、これはデート場所として選定ミスかな?
「うぐぅ……川が凍ってたら、カッパさん寒くて冬眠してそうだよ……」
 寒さに関係なく河童は現れないと思うが。つーか、河童って冬眠するのか?
「大丈夫! 河童は冬眠してないと思うよ」
 しかし、ここで達矢がフォローを入れた。いいぞ、達矢! これであゆに対する好感度が大幅にアップだ!!
「だって河童の正体は地球外知的せいめ……」
「スマン! ちょっと達矢を借りるぞ!!」
 俺は咄嗟に達矢を連れ、二人で寺の方に戻って行った。
「何々? どうしたの、祐一?」
「た〜つ〜や〜! お前なぁ、あゆのご機嫌を取ろうとするところまではいいけど、“河童の正体は地球外知的生命体なんだよ!!”なんてMMRなネタふるんじゃない! 今のがギャルゲーだったら、好感度が3ポイントほど下がったぞ!!」
 名雪に達矢の肩を持つように言われたからではないが、達矢の対応があまりにズレていて、俺はツッコまずにはいわられなかった。
「河童の正体が地球外知的生命体だって説は、MMRじゃなくて、あすかあきおだよ」
「ツッコむ所はそこじゃないぞ、そこじゃ! ったく、普通の女の子が“河童の正体は宇宙人です”って言われて喜ぶわけないだろ? お前はもう少し女心を言うものをだな……」
「パチパチパチ……」
 達矢にああだこうだ説教していると、突然どこからともなく拍手する声が聞こえた。
「まさかこの場所で私と同じ考えの人と出会えるとは、夢にも思っていませんでした……」
 声の主は14,5歳くらいの長い黒髪が特徴的な、ミステリアスな雰囲気のある少女だった。
「まさか君も河童の正体は地球外知的生命体だと思ってるの!?」
「はい……。同志に会えた記念に、お米券を進呈……」
と、少女はどこからかお米券を取り出し、達矢に進呈した。
「あ、ありがとうございます……」
 達矢は途惑いながらも、少女からお米券を受け取った。
「ちなみにそのお米券を7枚集めると願いが叶えられる……なんてことはありません、がっくり……」
 何と言うか、ミステリアスと言うか、ちょっとヘンな少女だな……。
美凪みなぎ〜〜、そろそろ家に戻るぞ〜〜」
「はい、お父さん……。ではそういうことで……」
 父親に声をかけられ 、美凪という少女は深々とお辞儀をして私たちの前から姿を消した。
「何だったんだ、今の娘は……。会話から察するに地元の子か……?」
「ほらいたじゃない! 僕と同じ説唱える女の子が!!」
 達矢は自分と同じ考えの少女と出会えたことが嬉しくて、ほれ見ろと言う口調で私に話しかけた。
「いや、今のは特殊な例で、参考にはならないと思うぞ……」
 少なくとも、普通の女の子は初対面の人にお米券を進呈したりしないしな。そんなツッコミをしながら、私と達矢は再びカッパ淵へと戻って行った。



「うぐぅ、何だか祐一くんの喋り方がヘンだなと思ってたら、そんなことだったんだね! 祐一くんが優しい言い方になったのは嬉しいけど、ボクはボクのままだよっ!!」
「うん、それでいいと思うよ。祐一の気持ちも分かるけど、あゆちゃんが無理して第一人称を変える必要はないと思うよ」
 カッパ淵に戻り橋の上から淵の先を見つめると、河岸で楽しく談笑している名雪とあゆの姿が確認できた。微かに聞こえる話の内容を耳で拾う限りでは、私の文句を言ってるみたいだな。
「どうしたの祐一? 突然止まったりして……?」
「いや、何だか名雪が私の悪口を言ってるみたいだから、しばらくここで聞かせてくれ」
 当人がいないところで本音を暴露するなんてよくあることだし、この際名雪の私に対する本音を聞いてみたいと思い、私は足を止めて盗み聞きすることにした。
「何だか懐かしいなぁ、あゆちゃんとこうしてお話しするのって……。小学校の頃クラスの男の子にイジメられて泣き出したあゆちゃんを慰めながら帰ったこと思い出すよ」
「うんうん! ボクが誰々くんにイジメられたって泣いてると、いっつも名雪さんが助けに来てくれて、男の子たちを追い払って一緒に帰ったり、誰もいないところでボクを慰めてくれたり……」
「あの頃は楽しかったなぁ……。あゆちゃんと遊んだり、一緒にお勉強したり……。あゆちゃん、今昔みたく早苗さんに勉強教えられているんだよね? またあの頃みたいにあゆちゃんと一緒にお勉強してみたいなぁ……」
「だったら、一緒にお勉強しよっ、名雪さん。ボクも名雪さんと同じ気持ちだし、早苗さんも文句は言わないと思うし」
「ありがとう、あゆちゃん。部活とかで忙しくてなかなか時間取れないけど、今度古河さんの家に遊びに行くよ」
 私に対する愚痴を言い続けるかと思いきや、話は途中から二人の思い出話に変わっていった。それは私の知らない、あゆと名雪の関係。断片的だけれど、二人が本当に強い絆で結ばれた親友同士だというがこれでもかと分かった。
「祐一、そろそろ二人の所へ」
「いや、もうしばらくこのままにしておこう」
「えっ!?」
「スマン、達矢! 名雪がお前とあゆの仲を取り持とうとしたのは本心だと思う。でもあいつは、それ以上にあゆと二人きりの時間を楽しみたっていう想いの方が強いと思うんだ。だからもうしばらく二人きりにしていてくれ」
 これは私の推測だけど、名雪はまずあゆと二人でどこかへ出かけたいという気持ちがあったのだと思う。でも、その想いを直接あゆにぶつけるのは恥ずかしくて、回りくどいダブルデートをセッティングしてあゆと出かける口実を作ったのだろう。
 だからしばらくは二人きりにしておこうと思った。この遠野で過ごした時間が、二人の心の壁を隔てている7年分の氷を溶かしてくれると信じて。



「やあ、奇遇だね。またこんな所で会うとは」
「赤坂さん、どうしてここに!?」
 カッパ淵から遠野市立博物館へと向かうと、入り口で偶然赤坂さん親子に出会った。
「さっきも言ったけど、観光だよ。あの後宮沢賢治記念館を見て回って、今ここに来たばかりなんだ」
「ちなみに大石さんには、一足先に私たちが泊まっている温泉に行ってもらいました。せっかくのお父さんと二人きりの時間をこれ以上邪魔されたくないですからね」
 そう赤坂さんの腕にベッタリとくっ付いた美雪さんが小悪魔的な声で囁いた。本当に二人は仲のいい親子と言うか、重度のファザコンだなぁ、美雪さんは。
「へぇ、『北東北のイタコ展』か。イタコは恐山のイメージが強いから何だか新鮮だな」
 ここで再会したのも何かの縁だと、赤坂さんと一緒に博物館の中に入る。博物館では今、『北東北のイタコ展』という企画展が催されており、興味を持った赤坂さんは、まずその企画展が催されている特別展示室に足を踏み入れ、私たちも続いた。
 企画展ではボードに書かれたイタコの説明文を始め、イタコたちの写真や祈祷の際用いる小道具などが展示されていた。
「あっ! お母さんだ、お母さんだ!!」
 数ある巫女さんの写真の一つを、あゆは大声で指差した。どうやらイタコだった神夜さんの写真が掲載されてるらしい。
「おや、君の母親はイタコなのか? 是非詳しい話を聞かせて欲しいな」
 そんな時、突然スーツ姿の女性が特別展示室に現れた。
「うぐっ? お姉さん、誰ですか?」
「私はこの博物館の館長を務めている霧島聖きりしまひじりというものだ。展示されている写真は以前ここの館長を務めていた父が様々なイタコさんと会った時に、記念に撮影したものだ。
 私は会ったことない人ばかりなんで、良かったら君のお母さんがどの人だか教えて欲しいな」
「うんうん! この人がボクのお母さんだよ!!」
 あゆは写真に近付き、神夜さんの写真をじかに指差した。
「何だって……!? 君は、あの月宮神夜さんの娘さんなのか……!?」
 あゆが写真を指差した瞬間、聖さんの態度が一変した。
「お母さんが、どうかしたんですか?」
「ああ! 父の記録によれば、その神夜さんがこそが唯一の“本物のイタコ”、つまり本当に霊を呼び寄せ、自分に取り憑かせることができたらしい」
「な、何だってー!? あゆさんのお母さんが本物のイタコさん!? な、何か証拠はあるんですか!?」
 本物のイタコという言葉にオカルト好きの達矢が反応し、聖さんに詳しく聞こうとした。
「証拠になるかどうかは分からないが、父の記録によれば、父は神夜さんに会った際、本当に霊を取り憑かせる能力があるかどうか実験したそうだ。その時父は、亡くなった私の母の魂を呼んでくれるよう頼んだとある。
 そして、母の魂を乗り移らせた神夜さんは、会話の内容から口調に至るまで、亡き母のものだったと記録している。今はその父も蒸発して、真相は分からずじまいだが」
「何だって!? その話、詳しく訊かせてもらえないか!!」
 聖さんの話に驚き、赤坂さんが血相を変えて言い寄った。
「ど、どうかしたんですか、赤坂さん!?」
 赤坂さんのあまりの豹変振りに驚き、私は思わず声をかけた。
「そっくりなんだ! あの日の雛見沢で、梨花ちゃんが僕のために亡くなった雪絵を呼び寄せてくれた時と!!」

…第参拾九話完


※後書き

 タイトルにデートとあるのに、全然デートっぽいことをしていないのは仕様です(笑)。何だかんだで私は日常が書けないんですよね……。
 しかし、改訂版は地元ネタ自粛していたのに、今回は久々に全開だなと(笑)。ちなみに今更ながら、祐一たちが住んでいる街のモデルは岩手県奥州市(旧水沢市)なのですが、ついこの間までは名前出しても「どこそこ?」だっただろうなぁと。
 今なら「黒石寺蘇民祭が行われる街だ!」と言えば、「ああ、あのウホッ祭のところか」という感じに、大方の方は分かるのではないかと思います(笑)。
 さて次回は、いよいよこの作品における梨花ちゃまの立ち位置が判明します。話の展開としましては、ひぐらし暇潰し編のアレンジという感じになりそうですね。

四拾話へ


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