(しっかし、名雪も誘うなら自分で誘えよな……)
帰宅後、俺は名雪に頼まれあゆを探しに商店街へと繰り出た。デート用の服を買いに行くのを提案したのは名雪なのだから、自分で誘えばいいものを。
あゆちゃんとの連絡の取り方が分からないからお願いと言われて探しに出たのはいいが、俺自身あゆとの連絡手段を保有していない。さて、どうしたものか……。
「ちわ〜〜っす!」
仕方ないので、俺は古河パン屋にお邪魔した。仮に今いなくても数時間前まで早苗さんに勉強を教わっていた可能性はあるだろうし、何かしらの情報は得られるだろう。
「いっらっしゃいませ〜〜! 古河パン屋へようこそ〜〜♪」
「ぶっ!? ま、ま、真琴〜〜! お前なんて格好しているんだっ!?」
いざ古河パン屋の門を潜ると、入り口ではフリフリのメイド服を着た真琴が出迎えてくれた。確か古河さんの所でバイトするって話になっていたけど、何でメイド服なんか着てるんだ!?
「どう祐一? この服似合うかな?」
「に、似合うって言われてもなぁ……」
無垢な眼差しで俺を見つめる真琴の全身をまじまじと見る。間違いない、この服のデザインはPiaキャロットへようこそ!!2のメイド服タイプの制服だ。バイトしているのはいいとして、何でエロゲーのコスプレなんかさせられているんだ……?
「よぉ、小僧。さっそく噂を聞きつけてパンを買いに来たか?」
真琴のコスプレ姿に途惑っている俺の目の前に、恐らく事の元凶である古河さんが姿を現した。
「古河さん、真琴のこの格好は何なんですか!?」
「どうよ、Pia2のメイド服タイプの制服は? 高かったんだぜ、これ〜〜!」
「そうじゃなくて……。どうして真琴がPia2の制服を着てるんですか!?」
「ああん? そりゃ、ウチでバイトしたいと言って来たのはいいが、肝心のバイト服がない。だからしか〜〜たなく、俺のお気に入りの衣装を貸してやったってわけだ」
いや、そもそもパン屋でバイトをするのに制服を着る必然性がないんですが。つーかそれ、完全にあなたの趣味で着せてるんでしょうが!!
「なんだ、メイド服は嫌いか、小僧?」
「嫌いとかそういうレベルの話じゃなく……真琴はどう思ってるんだ?」
俺がどうのこうの言うより、ここは当事者である真琴の意見を聞いてみたいと、俺は真琴に話を振った。
「どう思うって、どういうこと?」
「そんな服を着せられて恥ずかしいとか着たくないとか思ってないかってことだ」
「全然。真琴、この制服大好きだよ!」
「本当にか?」
「うん!」
「本当の本当にか!?」
「うん!! だって秋生さん、『この制服を着たら給料100G多くやる』って言ってくれたんだもの。だから真琴、この服大好きだよ!」
「ふ〜る〜か〜わ〜さん!!」
俺は怒りに身を任せて古河さんを問い詰めようとした。金でいたいけな少女を釣って自分好みの制服を着せるとは、どこの援交オヤジだよアンタは! つ〜〜か、100G上乗せってなんだ!? ちゃんと金払う気あんのか!?
「ま〜ま〜。そんなにいきり立つなって、坊主。ど〜〜よ、この絶対領域とか、そそられねぇか?」
と、古河さんが、真琴のスカートから太腿部分を指差した。むぅ、確かにこのスカートとソックスの間に築かれた、僅かな生肌部分にはそそられる……。
「って、そうじゃなくって、そもそも何でこんな制服持ってるんですか!? ひょっとして渚ちゃんにコスプレ衣装着させようとして買ったんじゃないでしょうね!!」
「フッ! バレちゃしょ〜〜がねぇ!! おうよ! このコスプレ衣装は渚とコミケで親子コスプレするために買ったもんだ!!」
胸をドンと張ってカミングアウトする古河さん。自分の娘と一緒にコスプレするためって、どこの痛ヲタだよアンタは……。
「だがしかぁし、エロ同人が飛び交うコミケ会場に、まだR指定の本さえ買えない渚を連れて行くわけにはいかねぇ! だから、渚が高校に入学するまで大事にとっておこうと思っていたんだよ。
そんな秘蔵のコスプレ衣装をバイトの衣装として貸し出してるんだ、ありがたく思え、小僧!!」
いや、誰もありがたいだなんて思ってないんですけど。
「ちなみに俺用にはトレーズ様の衣装一式を揃えているぜ!」
いや、誰もそんなこと訊いてないんですけど。
「悪くはない。だが、エレガントは言い難いな……」
「ぐああ〜〜! やめてくれ〜〜!! 俺の中でのトレーズ様のイメージが崩れるぅ〜〜!!」
無駄に声が似ているだけに、俺は余計に精神的ダメージを負ってしまった。
「と、とにかく! 真琴にこんな服を着せるのはやめてください!!」
「わ〜た、わ〜たっ! じゃあこういうのはどうだ? 本来は店で働く時しか貸し与えないつもりだったが、特別に家に持ち帰ってもいいことにするぜ!!」
「う゛っ……!」
古河さんの提案に反応し、俺はイケナイ妄想に走りそうになる。
「どうよ? 小僧のミニマム脳ミソをフル回転させて妄想してみろ? 真琴ちゃんがメイド服を着て、『お帰りなさい、お兄ちゃん♪』と、学校帰りで疲労困憊のてめぇを出迎えてくれる様を!!」
「ううう……!」
俺は古河さんに誘惑されるように、妄想を開始する。
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「はぁ……ただいまぁ……」
学校から帰り、俺は玄関に尻餅をつく。退屈な授業に、疲れるだけの部活動。今日の学校生活も普段と変わらずストレスが溜まるだけのものだった。
「お帰りなさい、お兄ちゃん♪」
そんな俺を唯一癒す心のカンフル剤は、血の繋がっていない妹である真琴だ。真琴はいつも学校帰りの俺をメイド服で出迎えてくれて、その姿を見る度、俺の疲れは一蹴される。
「お兄ちゃん、オフロにする? ご飯にする? それとも、真琴に……する……?」
ヒラヒラのスカートを両手でたくし上げ、パンティーを披露しながら紅潮した顔で真琴が呟く。
「じゃあ、真琴で……」
俺は即答し、軒先で真琴を押し倒す。
「きゃっ……! 痛いよ、お兄ちゃん……優しくしてよぉ……」
「ああ、分かった……。優しくお前をいただくよ……」
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むうっ、確かにそれは悪くないかも……って、俺は真琴をダシになんて妄想してるんだ〜〜!!
「俺の負けです……。古河さんの好きなようにやってください……」
古河さんの誘導があったとはいえ、純真無垢な真琴を妄想のダシにしてしまった自己嫌悪に陥り、俺はとうとう折れてしまった。
「あ〜〜そうだ。そんなことより古河さん、あゆがどこにいるか知りません?」
俺はようやく本題を切り出し、あゆがどこにいるか古河さんに訊ねた。
「あゆか? あゆなら奥の部屋で早苗に勉強教わっているところだぜ」
「ありがとうございます。すみませんけど、ちょっとあゆを借りますね」
「デートか?」
「違いますよ! 名雪があゆを買い物に誘いたいって言うからあゆを誘いに来たんですよ」
「ああ、水瀬さんの娘さんか。何年経っても変わらんね、名雪ちゃんも」
「何の話です?」
「ああ。小僧は知らねぇかもしれねぇが、あの二人は実の姉妹のように仲良しでよ、ちっちゃい頃はよく家のパンを買いに来てたもんだぜ」
「へぇ〜〜」
俺の知らないあゆと名雪の間柄。確か名雪は小さい頃あゆと遊ぶのを秋子さんに禁止されてたって話だったな。親の言いつけを破ってまで仲良くしてたんだから、本当の本当に心を通わせた親友だったんだろうな。
「勉強中だが、遠慮なく誘ってくれ。きっとあゆも喜ぶと思うぜ!」
「はい!」
俺は古河さんの許可ももらい、奥の部屋で勉強しているあゆの元へ向かった。
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第参拾八話「團欒の夜」
「うぐぅ〜〜! みんなと一緒のお買い物、すごく楽しみだよ〜〜!!」
あゆを誘い、仕事帰りの秋子さんの車に送られ、一路町を目指す。車中でのあゆは最初から最後まではしゃぎ続けていた。
「それであゆちゃん。明日わたしと祐一にあゆちゃん、それにたっちゃんを誘って遠野に遊びに行こうと思っているんだけど、どうかな?」
車で移動している途中、名雪は明日のダブルデートのことに関してあゆに話した。
「うん、いいよ! 明日もみんなと一緒に遊べるなんて、ボクすごく幸せだよ〜〜!!」
名雪の提案にあゆは笑顔で誘いに乗った。実はあゆと達矢の仲を取り持つためのダブルデートだとは口が裂けても言えないのは申し訳ないけど、あゆが楽しめるなら、まあいいか。
「さ、着いたわ」
秋子さんに連れてこられた場所は、この間潤たちとMADムービーを見た大型スーパーとは別の大型スーパーだった。何でもあそこは駐車場がなく、自家用車での利用には不便な場所だとの話だった。
「あゆちゃん、あゆちゃん! この服はどうかな? それともこっちがいいかな?」
「うぐぅ〜〜名雪さん、そんな一片に着られないよ〜〜」
服飾コーナーに着くや否や、名雪は片っ端から気に入った服を取り集め、あゆに着させようとはしゃいだ。名雪のあまりのハイテンション振りに、さすがのあゆもたじろぐ始末だ。
(さて、俺も何か探すとするか……)
見守る立場とはいえ俺も出かけるんだし、服の一着も買っても損はないだろうと、俺は男性服コーナーに足を踏み入れた。
「飽きた」
……がっ、ほんの5分程度で俺は飽きてしまった。なんつ〜か、普段から服に金をかけない人間なだけに、服飾コーナーは酷く場違いというか、居たたまれない。
そもそも服なんてのは暑さ寒さが凌げればそれで十分なわけだし、世の中の人間はどうしてそんなに服に執着するのか俺には理解できん。
どんな服を買ったところで、所詮は“布の服”! DQ世界じゃたった数Gで買える最低の装備に、何千円はおろか何万円も投資するなんざ、正気の沙汰じゃない! 正直な所、コスプレ衣装に金を出す古河さんの方がまだ理解できるってもんだ。
人間は見た目よりも内面だと思うが、世の中の人間はそうじゃないのかね? 外見着飾るより、本でも買って知識量増やして内面磨いた方がよっぽど有意義だと俺は思うんだが。
(つーワケで、俺は自分自身の知的好奇心を満たすため、本屋で立ち読みして来るぜ! アバヨ、名雪!!)
と断り本屋に行こうと思ったが、名雪に怒られそうなので、寸での所で俺は断念した。
「祐一、この服似合うかな?」
あんまり暇なので、明日遠野に行ったら河童をゲットしてポケモンリーグに挑戦してやるぜ! などと痛々しい妄想に浸っていたら、突然名雪が声をかけてきた。
「なんだぁ? お前がどんな服着たところでどうせ中身は変わんないんだから、似合うんじゃねぇ?」
「わたしじゃなくって、あゆちゃんの服が似合うかって訊いてるんだよ!」
どうやら名雪じゃなくてあゆのことを訊いてるみたいだ。それならそうと初めからそう言え、紛らわしい。
「ゆ、祐一くん、どうかな? この服、ボクに似合うかな……?」
名雪好みの服を一方的にコーディネートされたあゆが、恥ずかしそうな声で俺の前に現れた。
「ぶっ!? な、なんだその格好は!?」
あゆは大人の魅力全開な服で固めれており、普段の小学生な雰囲気とのあまりのギャップに、俺は思わず吹き出してしまった。
「ぶっはっは! どこのお嬢様だよお前!! ヒーコラヒーコラバヒンバヒン!!」
あまりの似合わなさに、俺は腹を抱えながら茶魔語を噴出して爆笑した。ちなみにこの言葉は基本的に疲れを表す言葉で誤用だが、咄嗟の反応だから細かいことは気にしないでくれ。
「うぐぅ! ひどいよ祐一くん!!」
奇声を発しながら笑い転げる俺を、あゆは顔を真っ赤にして怒り出した。
「だってお前、それじゃまるで小学生が背伸びして大人の格好をしているようにしか見えんぞ」
「うぐぅ! ボクそんなに子供じゃないもん!!」
「大人は“うぐぅ”なんて言わないぞ?」
「うぐぅっ! 祐一くんの言ってることが分からないよ〜〜!!」
からかえばからかうほど、顔を真っ赤にして怒り狂うあゆ。まったく、あゆをからかうのは楽しくて仕方ないなぁ〜〜。
「祐一! あゆちゃんの言う通りだよ!!」
そんな時、不誠実な俺の態度に腹が立ってか、名雪が突っかかって来た。
「いい? あゆちゃんはわたしたちと同じ17歳だよ? 今年の春からはもう高校三年生であと3年もすれば成人なんだよ。それを踏まえれば大人っぽい格好をしたって全然不思議じゃない年齢なんだよ!!」
(あっ……)
名雪に言われて気付いた、いや自覚したと言うべきか。言われてみれば確かに、あゆは俺と同じ年なんだ。普段の元気活発な雰囲気から、あと数年で成人する人間だとは認識していなかった。
何だろう? ひょっとして俺はあゆに“まだ大人になって欲しくない”って、心のどこかで思っているのかもしれないな。7年前と変わらない、思い出の中のあゆでいて欲しいって。
「笑ってすまなかったな、あゆ」
俺はあゆに謝罪すると、改めてあゆの全身を凝視した。グレーを基調としたロングコートに、白いセーターとスカートを着込んだあゆ。その姿は選んだ名雪のセンスがいいのか、酷く大人っぽく見えた。
「訂正する。結構似合ってると思うぜ。でも……」
「でも?」
「髪が長い方がもっと似合ってるかなと思ってな」
身長が低いのは仕方ないとして、短い髪が幼さを強調してるかな? ショートカットじゃなくて、名雪ほどの髪の長さがあれば、年相応の女の子に見えないこともないなと。
「うぐぅ〜〜髪を伸ばすのはムリだよ〜〜!」
「ははっ、すまんすまん。まあ、それなりに似合ってると思うし、俺は名雪のセンスを信じるぜ」
7年前、実の姉妹のように親しくしてた名雪があゆのために選んだ服なんだ。だから、俺よりもあゆのことをよく知ってる名雪の目に狂いはないと思う。
「ありがとう祐一くん。ボク、明日はこの服を着て祐一くんたちと遊ぶよ!!」
こうして、一悶着あったものの、明日のデートの準備は無事終了した。その後は食材コーナーで夕食の材料を買って、帰路へと就いた。
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「わ〜〜い、すき焼きだ、すき焼きだ〜〜!!」
その日の夕食は、すき焼きだった。あゆは目の前に運び出された鍋を見て大喜びしながら箸をつけた。
「すき焼き、すき焼き〜〜!」
あゆに釣られるように、真琴もまた元気いっぱいにはしゃぎ出した。ホント、この二人がいると一気に家庭が明るくなるよな。
「真琴、はしゃいで取ると汁が跳ねて服にくっ付くから、慎重に取るんだぞ」
「分かってるわよぅ! お肉、お肉〜〜!!」
真琴は一応頷きつつも、鍋に勢い良く箸を突っ込んで肉を掴み取った。ったく、言ってる側からはしゃいで取るなよな……。
「ねえ、祐一?」
「なんだ、名雪?」
「真琴ちゃんの着てるあの服、何?」
真琴は古河さんから借りたメイド服が大層お気に入りらしく、家に帰って来てからずっと着替えずにいたようだ。家の中に突然メイドさんが現れたみたいで、名雪は違和感を拭えないんだろうな。
「何って、古河パン屋の制服だが?」
「あれが制服!? あんなお洋服着せてるお店なんて、絶対にないと思うんだけど……」
「そうか? いや、確かに今はないかもしれないが、あと4,5年もすれば、『お帰りなさいませ、ご主人様〜〜』なんてメイド服を着たウェイトレスさんが出迎えてくれる喫茶店がアキバにできるかもしれないぞ?」
「そんなの絶対にできないと思うんだけど……。あゆちゃんはどう思うかな、真琴ちゃんの服?」
真琴の格好に否定的な見解を示しつつも、自分のセンスに自信がないのか、名雪はあゆに話題を振った。
「ボク? ボクはカワイイと思うけどな」
「本当にそう思う?」
「うん! あんな女の子っぽい服、ボクも一度でいいから着てみたいよ」
「やめとけ、やめとけ。外見が男の子っぽいお前にゃメイド服は似合わん」
「うぐっ! ボク、男の子じゃないも!!」
「そう思うんだったら、『ボク』じゃなくて『私』って言ってみな? そうしたら女の子っぽいって認めてやるよ」
「えっ!? わ、私……?」
俺の突然の提案に、あゆはきょとんとした。あゆには悪いが、どんなに可愛い格好したって、「ボク」と言ってるようでは女の子らしくは見えない。ボーイッシュ娘の方が好みだという人間もいるだろうが、少なくとも俺は好みじゃない。
「ほら、言ってみな? 『私は月宮あゆです』って?」
「うぐうっ! いきなりそんなこと言われてもできないよーー!」
「じゃあ女の子っぽいと認めてやるわけにはいかないな」
「うぐう……。なら祐一くんがお手本を見せてよ!」
「えっ!? 俺が?」
「祐一くんも自分のこと『俺』だなんて、乱暴で祐一くんらしくないよ! 祐一くんが自分のこと「私」って言うんだったら、ボクも自分のこと「私」って言うよ!」
あゆは開き直ったように、まず俺の方から第一人称を変えろと言い出して来た。
「いや、確かに『私』って自分のこという男の人もいるけど、俺には『私』なんて似合わないぞ」
「ほら! 祐一くんだってできないじゃない!!」
「いや、それはいきなり言われたからで……」
「祐一、あゆちゃんだっていきなり変えるようにって言われたんだよ? そうやって自分にできないことを人に押し付けるのは良くないと思うよ」
あゆと俺の口論を仲裁するように、名雪が苦言を呈した。
「わたしはあゆちゃんは今のまま『ボク』でいいと思うし、メイド服を着たらすっごく可愛いと思うな」
「ありがとう、名雪さん」
名雪に褒められると、あゆは上機嫌に笑い出した。やれやれ、どうにも名雪はあゆのことになるとムキになるな。本当に名雪のあゆに対する態度は、友達って言うより過保護なお姉さんだな……。
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「あゆちゃん、一緒にお風呂入ろっ!」
「うんっ! 名雪さん!!」
夕食後、一休憩した後居間でテレビでも見ようと部屋から出ると、名雪の部屋から元気良く風呂場に向かうあゆと名雪の姿があった。高校生になっても一緒に風呂に入ろうだなんて、本当に仲良しさんだな。
「あれっ、秋子さん、何を縫っているんです?」
居間に着くと、TVもつけずに一心不乱に何かを縫っている秋子さんの姿があった。
「マフラーよ、あゆちゃんの」
「あゆの?」
「ええ。明日遊びに行くって言うから、あゆちゃんに何かプレゼントしたいなって思って。あゆちゃん、受け取ってくれるかしら?」
「受け取ってくれると思いますよ。秋子さんはあゆに対して後ろめたい思いがあるでしょうが、あゆは秋子さんに恨みなんて抱いてないと思いますよ」
「ありがとう、祐一さん。明日の朝まで頑張って縫ってみるわね」
「頑張るのは結構ですけど、張り切り過ぎて身体を壊さないようにしてくださいよ」
「ええ、分かってるわ」
「それにしても、あの二人は仲が良いですね」
話題を変え、俺はあゆと名雪の話題を振った。
「そうね。昔私が名雪にあゆちゃんの家に遊びに行くなってきつく言っても遊びに行ってたくらいだから、あの二人の絆は本物よ」
「ですね。いっそこのまま家族としてあゆを迎えてもいいんじゃないです?」
と俺は、半分本気、半分冗談で秋子さんに提案した。今まで名雪と二人暮らしだったところに俺や真琴に加えあゆの面倒も見ることになったら家計の負担は増大する。だから、簡単に家族として迎えることはできないだろう。
でも、本当の姉妹のように仲良くするあゆと名雪の姿を見ていると、二人を一緒の家で生活させたいと思ってしまう。
「そうね。名雪がいいって言うなら、考えてもいいわ」
「言うに決まってますよ。家計を支えている秋子さんがOKならもう決まったも同然ですね」
「そう、だといいんだけどね……」
「?」
何だろう? 秋子さんはあゆを家に誘うことに対して、何か不安や迷いがあるのだろうか?
「まさか、名雪が反対するとでも?」
今の二人の仲を見る限り、そんなことは絶対にないと言わんばかりに、俺は聞き返した。
「ええ……今は7年振りに再会した懐かしさに浸っているからいいけど、もし名雪が昔のことを思い出したら……」
「? ひょっとして昔、大喧嘩でもしたんですか?」
仲の良い友達とはいえ喧嘩をすることもあるだろう。でも、喧嘩するほど仲の良い友達だっていう言葉もあるし、仮に昔の喧嘩した記憶を思い出したとしても、今の二人ならあっさりと水に流して打ち溶け合えることだろう。
それは秋子さんの杞憂だと思いつつ、俺は秋子さんの邪魔をしないようにと部屋へと戻って行った。
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(にしても、俺らしくないか……)
部屋に戻ると俺は、夕食時のあゆとのやり取りを思い出していた。少しでもあゆに女の子らしくなってもらいたいと思って、ちょっとした提案をしたつもりだったんだけど、まさか自分の方が駄目だし食らうとは夢にも思わなかったな。
(そう言えば、母さんも似たようなこと言ってたっけな……)
母さんもやっぱり「俺」っていう第一人称は俺らしくないと思っているのだろうか?
(乱暴か……)
俺という言い方が乱暴かどうかは分からない。でも確かに、自分のことを「俺」と言うようになってからの俺は、昔より言葉遣いが粗暴になった気がしてならない。
(人を直すよりまずは自分からって言うしな……馴染めるかどうか分からないけど、少し改善してみるか……)
それで俺が心優しい人間になるかどうかは分からない。けど、あゆに「私」って言わせたかったら、まずは自分が手本を見せなければならないな。これからは“俺”じゃない、“私”だと……。
…第参拾八話完
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※後書き
え〜〜、雪歩SS書いてたり、病み鍋の合同本書いてたり、エロゲ脚本書いてたりで、更新が大幅に遅れました……。続きを楽しみにしていた方、申し訳ありませんでした。
今回は全体的にコメディタッチですが、祐一の第一人称がKanon傳時代の「私」に戻る重要な回であります。ちなみにKanon傳時代、祐一の第一人称が私だったのは、単に「その方が書きやすいから」なのですが、あめとんぼさんに、「最初は、祐一の一人称が『私』なので違和感を覚えるかもしれませんが、読んでいくうちに分かります。たぶんコレは作者の狙いだと…」なんて評価されましたので、「じゃあ改訂版では意味を持たすか」という感じに思いつき、「あゆに指摘されたから変えた」というネタに昇華しました。
さて、次回はデート話ですが、ただのデートでは終わりませんので、楽しみにしておいてください。
それとしばらくはまた、前述のエロゲー脚本の執筆に専念しますので、更新は遅めです。エロゲーの方はまだ詳細は喋れませんが、ある程度形になったらHP上で情報公開するかもしれませんので、楽しみにしていてください。
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参拾九話へ
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