一体俺は、俺はどうしたんだ!? 何かを後悔し、力を否定する発言、一体俺は何に対して憤りを感じているんだ!?
「ぐううっ!」
 あの時が何を指しているのか必死に思い出そうとする。でも、いつものように頭痛と動悸が激しくなり、何も思い出せそうにない。いい加減知りたい、一体俺は何をそんなに苦しんでいるんだ!?
「祐一君、どうしたの!? 大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫です、いつものことですから……」
 俺は突然体調を崩したことを心配する伊吹先生に、作り笑顔で応えた。実際、こっちに来てから過去を思い出そうとする度に苦しみ出すのはいつものことだ。いつも起こっていることとはいえ、あんまり気分のいいものじゃないけど。
 ぽんぽん……
(えっ!?)
 そんな時だった。苦しんでいる俺を慰めるかのように、頭の上に小さくて柔らかい手の温もりが覆い被さった。
「ふ、風子ちゃん?」
 それは風子ちゃんの手だった。
「苦しいの苦しいの、飛んでけ飛んでけですっ」
 そう言いながら風子ちゃんは優しい手つきで俺の頭を撫でる。中学生に慰められるのは情けないと思いつつ、風子ちゃんに頭を撫でられたことで、不思議と苦しみはなくなった。
「ありがとう。風子ちゃんのお陰で苦しまなくなったよ」
 苦しみが消えた俺は、お返しとばかりにお礼の言葉を投げかけながら頭を撫で返してやった。
「べ、別にたしたことないですっ。さっき、おにぃちゃんに頭なでなでされて痛くなくなったから、そのお返しですっ」
「おにぃちゃん?」
「さ、さっきほんのチョッとだけおにぃちゃんと思っただけですっ! ほ、ほんとにちょっとだけですっ!!」
「ぷっ、ははっ!」
 プイッとしながらもちょっと顔が赤い風子ちゃんの態度に俺は思わず笑ってしまった。しかし、おにぃちゃんか。最初会った時ビクビクしていたことを考えると、少しは好感度が増したようだな。
「ふふっ、珍しいわね、ふうちゃんが他の人に懐くなんて」
「えっ!? どういうことです、伊吹先生」
「ふうちゃんね、人見知りが激しくて、友達もそんなにいないのよ。だから、ふうちゃんが他の人に親しく懐くのは珍しいなって」
 まあ、確かに初対面の時の態度を見る限り、人懐っこいようには見えなかったけど。
「そうだわ! 祐一君、せっかくだからしばらくふうちゃんの相手をしてくれない?」
「えっ!?」
「私は私の方で美術部の面倒も見なくちゃならないし。ふうちゃんにもいい機会だと思うけど、どうかしら?」
「風子は別に構いませんです」
「風子ちゃんが構わないって言うなら、俺も別に構いませんよ」
「そう、ありがとう。じゃあふうちゃんのことよろしくね、祐一君」
 こうして俺は、ひょんなことから、しばらく風子ちゃんと二人で作業をやることになった。若干の不安は残るけど、風子ちゃんがいいって言うなら、まあいいか。



第参拾七話「げんしけん第0079回定例會議『改めて問う、萌えの是非!』」


「……」
 しかし、相手をすればいいって、具体的にどうすればいいんだ? 俺は名案が思い浮かばず、最初の方はただ自分の作業に熱中しているだけだった。風子ちゃんの方も俺を警戒することなく作業に熱中しているので、別に問題はないか。
「ところでそれ、本当にヒトデなのか?」
 俺は前々から疑問に思っていたことを、思い切ってぶつけてみた。形からみればカワイイお星様にしか見えないオブジェだが、風子ちゃん本人はヒトデだと言っているようだ。そんな可愛げのない物を本当に掘っているのか俺は訊ねてみた。
「ヒトデさんはヒトデさんですっ!」
 自分が掘っているのがヒトデ以外に思われるのが嫌だったのか、風子ちゃんはプイッとしたふくれっ面で応えた。
「それ、カワイイ?」
 百歩譲ってポケモンのヒトデマンやスターミーならまだ分かる。しかし、海にうようよと漂っているヒトデは、可愛さの欠片もないと思うのだが?
「か、カワイイに決まってますっ! こうやって抱くと……ふわ〜〜ん」
 どれだけヒトデがカワイイ生物であるかを実証するため、風子ちゃんは徐にヒトデを抱き始めた。すると、途端に風子ちゃんは恍惚の笑みを浮かべ始めた。
「風子ちゃん?」
「ほわ〜〜……」
 試しに声をかけてみるものの、風子ちゃんは返事の一つさえしない。
「お〜〜い、お〜〜い!」
「ふぇ〜〜……」
 耳元で囁きかけても へんじがない ただの しかばねの ようだ
 ぷにぷに。
「はふ〜〜……」
 軽く頬をつねってみるが、それでも返事がない。どうやらこれは相当にハイ状態なようだな。
「!」
 俺はここでちょっとした悪戯心に芽生えた。この行動不能状態の風子ちゃんを團長に見せれば、團長は一体どんな反応をするのかと。



「徳川、いつになったらメイド服購入するんだ?」
「え〜〜!? 個人的にも欲しいところだけど、今の部費じゃとても買えそうにないよ〜〜」
「ったく、部費が足りねぇなら、無理矢理部員増やして部費を上げてくれるよう生徒会に呼びかけろよな!」
 げんしけんの部室前に第二音楽室から風子ちゃんを引っ張って訪れると、中から團長が達矢に無理難題を吹っかけている声が聞こえてきた。いくら舞台用の衣装だからと力説しても、魂胆見え見えのメイド服は購入できないと思うのだが。
「失礼しま〜〜す」
「おう、相沢! お前もヒマつぶしに……」
 團長が俺に声をかけている途中で絶句した。
「ああああああ、相沢〜〜! お、お前がか、か、かかえているそれは〜〜!」
 團長は興奮のあまりに呂律が回らないようだ。俺は團長のあまりに予想通りの反応に、心の中で大爆笑していた。
「おい、徳川に相沢! てめぇらとりあえずドアの目の前に立って風子ちゃんが逃げないようにしな!」
 突然團長は俺と達矢に命令し出した。内容を聞く限り、ひょっとしてここでヤるつもりか!?
「大丈夫、いくら團長でも人がいる前で幼女を犯したり、4Pでやらないか? なんていう訳ないから」
 さりげなく、俺の心を察するかのように、達矢がフォローを入れながらドアの前に立ち尽くした。しかし、その言い分だとお前が一番ヤりたそうなんだが、ロリ萌え鬼畜ゲーマーの達矢君?
「はっ!?」
 俺たちがドアに立ちしばらくすると、ようやく風子ちゃんが意識を取り戻したようだ。
「っ!?」
 意識を取り戻した風子ちゃんは、すぐさま凍り付いた。何せ、気が付けば見知らぬ場所に立っていたのだから、驚くのも無理はない。
「……」
 風子ちゃんはあまりの衝撃にまったく口を開かない。せっかくだから、ここで俺がこの間読んだ漫画の台詞を流用して、風子ちゃんの今の心情を表してみるとしよう。



「う〜〜ヒトデさんっ、ヒトデさんっ」
 今、ヒトデさんを求めて全力疾走している風子は、中学校に通うごく普通の女の子ですっ。 強いて違うところをあげるとすれば、人見知りが激しいってことですっ。名前は伊吹風子ですっ。
 そんなわけで、おねぇちゃんが先生やっている高校にやって来ましたですっ。
「っ!?」
 ふと気が付けば、見知らぬ部屋に男が座っていたですっ。
 ウホッ! ヘンな男……
「ハッ!」
 そう思っていると、突然その男は風子の目の前で、膝を曲げ始めたんですっ!
「座らないか?」



 以上、俺の完全主観な風子ちゃんの代弁終わり。実際の風子ちゃんは團長の姿に脅えて立ち尽くしているだけだったりするのだが。
「おいでよ、おいでよ〜〜」
 そして團長は、満面の笑みを浮かべながら膝をポンポンと叩き、キモイ声で風子ちゃんを誘っている。
「俺の膝の上はとお〜〜っても気持ちいいぞ〜〜」
「ほ、ホントに気持ちいいんですかっ?」
 気持ちいいという言葉に反応し、ようやく風子ちゃんが口を開き始めた。
「ああ、とっても気持ちいいぞ〜〜。妹の有紀寧なんか、いつも俺の膝枕で昼寝してるぜ!」
「そ、それならちょっとだけ試してみるですっ……!」
 風子ちゃんはゴクリと生唾を飲みながら、恐る恐るおぼつかない足取りで團長に近付いていった。
「カモーン、風子ちゃん。女は度胸! 何でも試してみるもんさ」
「そ、それでは、お言葉に甘えて寝てみますですっ」
 そして風子ちゃんは、團長に誘われるがままに、團長の膝枕に頭を乗せた。
「はっ!? こ、これはっ」
 そして、風子ちゃんは團長の膝枕に頭を乗せるや否や、驚きの声をあげた。
「な、何て寝心地のいい膝枕なんですかっ!?」
 どうやら團長の言は誇張ではなく、本当に気持ちいいようだ。風子ちゃんの目は次第に膝枕の魔力に取り憑かれたようなうっとりとした目へと変化し、数分後には静かに眠り出してしまった。
「ダッハッハッハ、言ったとおりだろ? 毎日のように有紀寧を寝かせている俺の膝枕の気持ち良さは、高級枕並みの心地良さだぜ!」
 自分の膝枕が風子ちゃんに好評だったことが嬉しく、團長は大声で笑い出した。しかし、口に出して言えないが、他人の妹を膝枕に乗せて喜んでいる姿は気持ち悪いとしか言いようがない。
「ウーッス、ヒマ潰しに漫画読みに……」
 そんな時、げんしけんに潤と斉藤が入って来た。普段通り友達の家に上がるように気軽に部室へと入る潤。しかし、目の前に広がる異様な光景に、言葉を失ってしまったようだ。
「や、やりやがった! ついにやりやがった……!! 前々からヤバイと思ってたけど、ついに現実の少女に手を出しやがったな!!」
 しばらくの沈黙の後、潤が俺の気持ちを代弁するかのような言葉を放った。うんうん潤、お前はいっつも俺の気持ちを代弁してくるな。
ホント、いい友人だよ。でもなぁ、自分からわざわざ死亡フラグを立てる行為は、勇気というより無謀だぞ……。
「ほう……。そんなに死にたきゃ今すぐあの世に送ってやるぜ、北川ぁ〜〜!」
 案の定團長は北川の発言に激怒し、魔闘気を纏いながら拳をボキボキと鳴らし始めた。
「わっ、わわ〜〜!」
 團長の殺気に過敏に反応した風子ちゃんはパッと目を覚まし、そのままメタルスラムのように逃げ出した。
「あっ、風子ちゃん! 北川テメェ、よくも俺と風子ちゃんのお楽しみタイムを邪魔しやがったな! 覚悟しろよ、このヲタク野郎〜〜!! 今すぐ地獄の冥土喫茶に送ってやるぜ〜〜!!」
 そもそもの原因は團長自身が大声をあげたことなんだが、團長は潤に責任転嫁し、殴りつけようとした。
 ガシィ!
 しかし、その腕を寸での所で斉藤が止めた。
「宮沢團長、アンタのリーダーとしての素質は心から尊敬している。だがしかし! 散々二次元を卑下しながら三次元の少女に萌えるアンタの態度にゃ虫唾が走る!!」
「ほう、やんのか斉藤……。それじゃあお言葉に甘えてテメェから先に地獄へ送ってやるぜ!」
「そう簡単に送れると思うなよ! 超肉体を身に付けた俺の力は、團長をも凌ぐんだぜ!!」
 そう言い、斉藤は上半身の制服を気合で吹き飛ばし、團長に対抗しようとした。怨霊との戦いの際自分から進んで“力”を使おうとしなかった斉藤が、ここで力を使おうとしている! その姿勢から、斉藤の本気度が手に取るように分かる。
 しかし、力を発動する度に毎回毎回制服を破る必然性はないと思うのだが? ひょっとして斉藤は、破ることを前提で同じ制服を何十着も持っていたりするんだろうか。
「まったく、相変わらずバカやってるわね……」
 そんな中、香里と副團がげんしけんの中に入って来た。一触即発の團長と斉藤を見て、香里は呆れ顔で冷たい視線を送った。
「うるせ〜〜! 美坂、テメェは黙ってろ!!」
「これは俺と團長の男を賭けた戦いなんだ! 女のお前は入ってくんな!!」
 香里の言葉に反応しつつも、二人は鎮まることなく今にも決闘を始める勢いだった。
「待て、二人とも。この勝負、僕が預かる」
 二人が拳を上げ互いに殴りにかかろうとした最中、二人の間に副團が入って制した。
「君たちの言い分はよく分かった。だが、ここは平和主義的に話し合いでいこうじゃないか」
「話し合いだと!? まさか西澤!!」
「そうだ、ここにげんしけん会長権限により定例部会の開始を宣言する! 今回のテーマは、『改めて問う、萌えの是非!』だ!!」



「では、これよりげんしけん第0079回定例会議『改めて問う、萌えの是非!』の議論を開始する。司会はいつものようにこの西澤麗が担当する」
 副團の一声により、げんしけんの定例会議が始まった。聞くところによれば、定例というのは洒落で、実際は不定期に行っているらしい。一応同好会が「漫画、アニメ、ゲームを含めたあらゆるヲタク文化を研究する会」という主旨に基づき設立されている手前上、こういった同好会の体裁を保つための会議は不定期に行われているとのことだった。
「ではまず始めに、和人から意見を述べてくれ」
「うし! これからテメェラがどんだけキメェか証明してやるぜ!」
 團長は真っ先に指名されると、意気揚々に持論を展開し始めた。
「いいか、まず始めに断っておく! 俺は別にロボットやヒーローに燃えるのは全然問題ねぇと思うぜ! 何てったって、ロボットやヒーローは実在しねぇからな。実在しないものに憧れるのは至極健全だ。
 だがなぁ! テメェラが萌え萌え言ってるキャラは別だ! 女は現実に存在しているというのに現実の女を相手にせず、架空の少女にハァハァしているのは現実逃避もいいとこなんだよ!!」
「異議あり! 確かに女は現実に存在している! しかしだ、中には例外がある。例えば妹だ! 妹が欲しくて欲しくてたまらないけど、現実に妹はいない。だから架空の妹により、現実に妹がいない渇きを癒そうとする。
 この場合、“実在しないものに萌えている”んだから、全然問題ないはずだ」
 團長の、正論とも取れる意見に対し、斉藤が反論した。確かに、團長の言うことにも一理はある。しかし、團長の論には一つ決定的な間違いがある。それは二次元のキャラと三次元のキャラを同一視していることだ。
 我々萌えを求めるヲタクは、何も現実にいそうな女性を求めているのではない。斉藤のいうような妹キャラや、ドジっ娘など、現実の女性とは一線を化す少女たちを求めているのだ! 團長はそこの所が分かってない!!
「そうだ! そうだ! 萌えは健全な精神的活動だ! そして萌えの対象はあくまで二次元であり、三次元ではない! しかしだ、團長、アンタはあろうことか“三次元の実妹”に萌えている! オレからしてみれば、三次元妹に萌えている團長のほうがキメェんだよ!!」
 斉藤を援護射撃するように、北川が團長を非難した。ここは議論の場だから團長も無茶をしないと踏んでの発言だろうが、いつも以上に容赦ないな……。
「あ゛っ! 兄が妹を可愛がって何が悪い!? 俺が妹を可愛がるのは、テメェラが言う萌えとは断じて違うんだよ!!」
 團長が潤に対して猛烈な反撃をした。確かに、実の兄弟を可愛がるのはごく自然な行為だ。しかし、團長の可愛がり方は度が過ぎている。妹にドレスを着させて悶え苦しむ様は常軌を逸し、可愛がるのレベルではなく、萌えのレベルに到達していると言える。
「あたしからも一ついいかしら?」
 男たちが熱い議論を交わしている最中、紅一点である香里が発言の許可を求めた。今までの議論は男性主観において行われていたものだから、女性である香里の意見は貴重な意見になりそうだな。
「確かに宮沢君の言うように、兄が妹を可愛がる行為は自然だと思うわ。あたしだって実の妹である栞が可愛くて仕方ないし」
「そうだそうだ! 俺は至って健全なんだよ!!」
 香里の意見にそうだそうだと團長が同調した。
「でもね宮沢君。自分の妹が可愛いからと言って、他人の妹を可愛がるのはどうかと思うわよ」
「ぐうっ!」
 香里の核心を突いた台詞に團長は言葉を煮詰まらせた。自分と同じ実妹萌えからの意見だけに、これは痛い。
「ううん。他人の妹を可愛がるのは悪いことじゃないと思うよ。問題なのは、対象が三次元なことだけで」
 その香里の意見に対して、達矢が反論した。つまり達矢は、他人の妹に萌える行為も、二次元が対象なら問題ないといいたいのだろう。
「それに同じ妹と言っても、二次元と三次元はまったく違う。実際に妹を持ってるからこそ、二次元妹の素晴らしさが分かるってもんだよ」
 ゲッ! そ、それってつまり実妹がいる上で、妹キャラに萌えてるってことか!? 達矢に妹がいるのも初耳だが、実妹持ちの上に妹キャラに萌えられるとは、團長とは違った方向に変態趣味だな……。
「さて、大方の意見が出揃ったところで、新参者の相沢君、君は何か意見はないかね?」
「えっ? 俺ぇっ!?」
 唐突に副團が俺に話題を振ってきたことに、俺は驚いた。
「今の所意見を述べてないのは君だけだからね。慣れない会議で大変かもしれないが、何か一言頼む」
 言われてみれば、確かに一度も口を開いていないのは俺だけだな。このまま傍観者でいるつもりだったが、話題を振られた以上何か言わないとな。
「うん。僕からもお願いするよ。何せ君は従姉妹と同棲の上に道端で拾った少女まで囲ってるんだからね」
「何ぃ〜〜! 相沢、テメェそんな羨ましい環境で暮らしていたのかこの野郎!!」
「水瀬ん家に住んでいるのは知ってるが、いつから美少女飼ってやがったんだ〜〜!?」
 達矢の爆弾発言に対し、潤と斉藤が猛烈な怒りに任せた言葉をぶつけてきた。
「ちょ、ちょっと待て〜〜! お前ら『三次元萌えは邪道』だと思ってるんじゃないのか? だったら、三次元の従姉妹や家出少女と同居していることに恨みを買う言われはないぞ!?」
 今までの二人の主張を要約すると、「三次元萌えは邪道であり、二次元萌えこそ思考の精神的活動だ」ということになる。俺も二人のその主張には賛同で、三次元萌えは外道だと思っている。だから二人から攻撃される所以はないと、俺は反論した。
「うるせ〜〜! 確かに三次元萌えは邪道だっ!! しかし、従姉妹と同居とか純粋に羨ましいんだよ、相沢〜〜!!」
「実際は妹も欲しいっ! 幼馴染みも最高だ〜〜!! しかぁし! 俺の人生にはそんなものは存在しなかった!! だからこそオレは二次元に走ったんだよ! 自分の欲しかった物が満ち溢れた二次元に!!」
「何だ何だ? ひょっとしてお前ら、実は三次元に相当の執着があるんじゃないか?」
『そうだ!!』
 俺の問いに潤と斉藤は即答した。まったく、本心が分かりやすい奴等だな……。
「やれやれ、まったく持って甘いなお前たち……!」
『何っ!?』
「三次元への未練を残しつつ二次元に走るなど、信念が足りん! 貴様等のような奴はヲタクの風上にもおけないぜ!!」
『な、なんだとーー!!』
 俺は二人の弱点を見つけたとばかりに、及び腰から一転し、猛烈な攻勢へと出た! 案の定二人は俺の挑発に乗り怒り心頭だ。
「いいか! そもそも俺等萌えヲタクは、三次元に絶望したからこそ、二次元に走ったんじゃないのか!?」
「グッ……そ、それは……」
 散々二次元の素晴らしさを説きながら、露骨なまでの三次元への執着をあらわにした潤。最早お前に萌えを語る資格はないという俺の強い問い掛けに、潤は口を詰まらせ沈黙を続けるしかなかった。
「俺は三次元世界の現実を知っているからこそ、二次元に走り続けている人間だ! 例えばだ斉藤、お前は幼馴染みというものにどういったイメージを抱いている?」
「そ、それは……毎朝自分を起こしに来てくれ、時たま料理とかも作ってくれる優しい理想的な女性だ!!」
 俺の問い掛けに対し、斉藤は典型的な幼馴染み像を明示した。
「では、実際幼馴染みを持っている達矢に聞く! 名雪は毎朝お前を起こしに来たりするか?」
「ううん。祐一が来るまではどっちかって言うと自分が起こしに言ってたかな?」
「な、なんだってーー!?」
 あっさりと達矢が斉藤の抱いていた幼馴染み像を打ち砕いた。いきなり現実を叩きつけられたことに、斉藤は驚愕の声をあげるしかなかった。
「なゆちゃんは面倒見がよくて優しい面もあるけど、お姉さん的に厳しく当たることもあるよ」
「う、嘘だ嘘だ嘘だ! 朝起こしに来ずお姉さんぶる同い年の幼馴染みだなんて、そんなの嘘だーー!!」
 自分の抱いていた理想の幼馴染み像が次々と現実という名のハンマーによって破砕され、斉藤は正気を失い錯乱し続けた。
「そういうもんだ。一緒に生活していてよく分かるぜ。朝せっかく起こそうと思ったら半ギレされて目覚ましを投げられるわ、その謝罪としてイチゴサンデーを強制的に奢らされるわ、幼馴染みキャラがいかに扱い辛い人間だってことが……」
「祐一いるーー?」
「いひっ、名雪!? どうしてここに……?」
 カッコ良く斉藤を諭して締めようと思った矢先、名雪が突然げんしけんに現れた。突然の名雪の来襲に、俺は冷静さを保つことができなかった。い、今の討論、聴かれちゃいないだろうな……?
「部活終わったから一緒に帰ろうと思って祐一を迎えに来たんだよ。第二美術室で作業していると思ったけどいなかったから、もしやと思ってげんしけんの方に来たんだよ」
「そ、そうか……」
 この反応だと、さっきの俺の発言は聞いてなかったようだな。……そうであると願いたい。本当は聞いてたけど今はみんなの前だから黙っていて、二人切りになったら存分にお返しだなんて展開だけは絶対に避けたいものだ……。
「もう帰らないと買い物する時間がなくなるから、早く帰ろ」
「ああ、そうしたい所だけど……」
 果たして白熱している議場から勝ち逃げする形で退散するのはいいものだろうかと、一瞬悩む。
「……イチゴサンデー、何杯奢らせようかな……?」
「ひっ……!?」
 その一言を聞いた時、俺の血の気はサーっと引き、足がガクガクと震え出した。や、やっぱりさっきの聞こえていたのか……。
「は、はい、分かりました……。そういうわけで帰るが、構わないよな?」
「あ、ああ、構わないよ。君は正規の部員でもないし、このまま帰っても部会には影響はない」
 副團は引きつり哀れみの眼差しで満たされた顔で、俺の退場を許可した。 完全に覇気を奪われた俺には、もう大人しく名雪と帰る選択肢しか残されていなかった……。
「じゃあそういうわけでさようなら……」
 こうして俺は名雪に強制連行される形でげんしけんを後にした。「現実の幼馴染みってこえー……」去り際にそんな無言の声が聞こえた気がしてならなかった……。

…第参拾七話完


※後書き

 え〜〜、暑中見舞い描いたりはしてましたが、基本的にはモチベーションが著しく下がっていて更新が遅れました……(苦笑)。
 さて、今回のネタはずっと前からやろうと思っていたのですが、なかなか入れるタイミングが見当たらなくて、今回に至ったという感じでした。
 それと、前回辺りまではシリアスな話が続いていましたが、あと2,3話はコメディタッチの話が続きそうですね。

参拾八話へ


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