「祐一くん、この先にボクのとっておきの場所があるんだよ」
あゆちゃんに連れてかれた場所は、この間お母さんといっしょに来て登らなかった、あの大きな鳥居がある山だったんだ。お母さんはいつも知り合いのお墓参りだって言って登ってたけど、お墓以外にも見所になるスポットな場所があるのかな?
「ねえ、あゆちゃん、まだ着かないの? もう登り疲れて足がヘトヘトだよ」
「もうちょっとのしんぼうだよ」
二つの鳥居の先は急な坂になっていて、木々のトンネルが続いていたんだ。トンネルをくぐった先は広い空間になっていて、トンネルを抜けた瞬間の太陽の光がまぶしかったんだ。その先はまたトンネルが続いていたけど、今度のはそんなにきつくなかったんだ。でも、ずっと登りっぱなしだったから、僕の足はもうヘトヘトだったんだ。
「祐一く〜ん。こっちだよ、こっち〜〜!」
「待ってよ〜あゆちゃ〜〜ん!」
もうヘトヘトになっているぼくと違って、あゆちゃんはまるで自分の庭を駆けめぐるようにはしゃいでぼくをさそうんだ。あゆちゃんは登り始めたこよりはしゃいでいるから、そろそろゴールが近いのかな?
「祐一くん、この階段を登ったすぐ先だよ」
「ええ〜っ!? この階段の先〜〜!?」
あゆちゃんが立ち止まったからようやく着いたのかと思ったけど、今度は坂の左側にある階段を登らなきゃいけないみたいなんだ。その階段は作りが悪く急で、200段くらいは続いてそうだったんだ。
「ほんとにあとちょっとだから。がんばって祐一くん」
「う、うん、がんばるよ……」
最初会った時はぼくがあゆちゃんをはげましたのに、今はぼくがはげまされている。何だかヘンな気分。でも、ぼくをはげませるくらいの元気さを見せているあゆちゃんは、何だかカワイイ。この先にたどり着いたらきっと、今まで見せたことない笑顔を見せてくるんだろうな。最高にカワイイあゆちゃんの笑顔を見るために、最後の気力をしぼってがんばるぞ〜〜!
「ふぇ〜……、ようやく登り終わったぁ〜」
そして登り切ると、ぼくはヘトヘトになって尻餅をついたんだ。
「お疲れ様、祐一くん。ここがボクのとっておきの場所だよ」
あゆちゃんに誘われたとっておきの場所、そこは生い茂った森に囲まれた神社だったんだ。何だろう? ぼくはここに来たのは初めてなのに、何だかフシギな感覚におそわれるんだ。まるでずっと来たかった思い出の場所に来たかのような。
「あれっ、あゆちゃんは……?」
気が付いたら、あゆちゃんの姿がなくなってたんだ。
「あゆちゃん、あゆちゃ〜〜ん!」
ぼくは何度もあゆちゃんの名前を叫んだんだ。自分からとっておきの場所に案内したっていうのに、一体あゆちゃんはどこに姿を消したんだろう?
「祐一く〜〜ん。ここだよ、ここ〜〜」
「あゆちゃん!?」
後ろの方からあゆちゃんの声が聞こえたから、ぼくは急いで後ろをふり返ったんだ。でも、ぼくの後ろには大きな木しかなくて、あゆちゃんの姿はなかったんだ。
「あゆちゃん、どこ〜〜?」
「木の上だよ、木の上〜〜」
「えっ!?」
ぼくは驚いて、木の上のほうを見たんだ。すごく大きくて太い、千年近く生きている木の上を。
「あゆちゃん!」
すると、そこにはあったんだ。太い木の枝に座って、とっても気持ち良さそうに全身で風を受けているあゆちゃんの姿が。
「何やってるんだ! 危ないぞ!!」
ぼくはあゆちゃんの姿が危なっかしく見えて、とても大きな声でさけんだんだ。
「平気だよ、ボク高い所大好きだもん。祐一くんも登っておいでよ〜〜」
「ぼくは高い所は苦手なんだよ〜」
「そっか、残念。この景色を祐一くんにも見せたかったから、ここに招待したんだけどな〜〜」
木の上から見える景色をぼくに見せられなくて、あゆちゃんは残念そうな顔をしたんだ。ひょっとしてあゆちゃんの言うとっておきの場所って、景色がキレイな木の枝の上なのかな? だったら、あゆちゃんに悪いことしたな。
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『フハハハハハハ! 高き場所が不得手と来たか。童女に出来ることが出来ぬ臆病者は初めて見るな。源氏の血もそこまで落ちぶれたか』
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(えっ……!?)
何? 何? 今の声……!? ザァーって流れる風の音に交じるように、ぼくを笑う声が森に響いたんだ。今の声は一体誰の声なんだろう?
「仕方ないよ。苦手なことは誰にだってあるし、ボクは祐一くんは臆病じゃないと思うよ」
「えっ!? あゆちゃんにも今の声が聞こえたの!?」
あゆちゃんがまるで謎の声の人と会話してるみたいだったから、ぼくはあゆちゃんにも今の声が聞こえたのか訊ねてみたんだ。
「うん! 祐一くんにも聞こえたんだね、赤い鬼さんの声が」
「赤い鬼さん?」
今の声が目に見えない悪鬼の声だって、あゆちゃんは言いたいのかな?
「あゆちゃんは知ってるの? 赤い鬼さんのこと?」
「うん、知ってるよ。話してもいいのかな、祐一くんに?」
『構わんよ。彼もまたこの地で約束を交わした源氏の子孫に変わりはないからな』
(約束? 子孫?)
一体何を言ってるんだろう、赤い鬼さんは? ぼくのご先祖様が神様と何か繋がりがあるってことなんだろうか?
「いい? 祐一くん。これからボクが話す話は、ボクがお母さんから聞かされた、ずうっとずうっと昔のおとぎ話。赤い鬼さんと羽の生えたお姫さまによって交わされた、遥か遠き日の約束の物語なんです――!」
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第参拾五話「遥か遠き日の物語」
「むか〜し、むかし。このみちのくの地には、背中に羽の生えた人間が住んでおりました。その一族は普通の人間より優れた知識や力を持っており、みちのくの人々からは翼人と呼ばれ、崇め祭られていました。
都の帝や貴族たちはその知識や力に興味を持ち、ある時翼人のお妃さまを自分たちのものにしようと企みました。みちのくの人々は怒り、翼人から授かった知識や力を用いて、朝廷と戦い続けました」
あゆちゃんが話してくれた昔話は、すごくフシギで面白い話だったんだ。まるでRPGの物語を聞いているみたいな楽しいお話で、ぼくはずっと声を出さずに聞き続けたんだ。
「みちのくと朝廷の戦いは熾烈を極めました。当初は兵の質と地の利で勝っていたみちのく側の圧勝でしたが、年が経つに連れ、次第に数で勝る朝廷側に押されるようになりました。
そんな中、朝廷側の将軍がみちのく側のリーダーに和平を持ちかけ、みちのく側のリーダーは和平に応じ、捕虜として将軍たちと一緒に上京しました。その時、お子を身篭っていたお妃さまも朝廷の文化にご興味をお持ちになり、同行なされました」
「あれっ、その話歴史の漫画で読んだことある! 確か、阿弖流為と坂上田村麻呂の話だったはずだよ!」
あゆちゃんの話した昔話が前に歴史の漫画で読んだ話にソックリだと思って、ぼくは漫画で読んだ話をあゆちゃんに話したんだ。
「うん、多分ボクが教えられた昔話は、祐一くんが漫画で話した話と同じだと思うよ」
もちろん、漫画で読んだ話には翼人のお妃さまなんて出てこない。だからあゆちゃんの昔話は、本当の歴史と昔の人が考えた物語が交じったものだと思うんだ。
「じゃあ、この後の話も知ってるんだね?」
「うん。確か阿弖流為は田村麻呂の願いも空しく、朝廷の人たちに殺されちゃったはずだよ。でも、お妃さまがどうなったかまでは分からない」
「分かったよ。じゃあお妃さまがどうなったかの話から続けるよ」
そう言って、あゆちゃんは昔話の続きを話し始めたんだ。
「お妃さまは朝廷の人たちから、知識と力を教えれば命を助けてやると申し渡されました。お妃さまは朝廷の話を受け入れましたが、教える場所は高野山というお坊さんたちがいる山でないとダメだと仰られました。
朝廷はお妃さまから出された条件を飲み、お妃さまを高野山へと連れて行きました。ですが、そこで待ち受けていたのは、お妃さまと親交の深かった高野の僧兵たちでした。
高野の僧兵たちは、朝廷からお妃さまを奪い、自分たちで保護しました。こうしてお妃さまは朝廷の魔の手から逃れることができました。
高野にお妃さまを奪われた朝廷は怒り、高野を攻撃しようとしました。両者の争いを良しとしないお妃さまは、生まれたばかりの自分のお子を朝廷側に差し出すことを条件に、朝廷側を退けようとしました。朝廷側はお妃さまの条件を受け入れ、こうして生まれて間もない翼人のお姫さまは、伊勢の月讀宮という場所に預けられるようになりました。
そして、お姫さまが月讀宮に預けられてから数百年後、お姫さまの元に、赤い鬼さんが現れたのです――」
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「赤い鬼さんは朝廷の有力者に仕えていた者で、都で流行していた病を鎮めるためにはお姫さまのお力が必要だと朝廷に呼びかけ、お姫様をお迎えに月讀宮を訪れたのでした。
お姫さまは都へ向かう条件として、離れ離れになっているお母さんに会わせることを赤い鬼さんにお申しなりました。赤い鬼さんはお姫さまの願いを聞き入れ、都へ向かう前に高野に立ち寄ることを約束しました。こうしてお姫さまは赤い鬼さんといっしょにお母さんの待つ高野山へと向かったのです」
「それで、お姫さまはお母さんに会えたの!?」
ぼくは昔話の結末が早く知りたくて、あゆちゃんに続きを迫ったんだ。
「うん、お母さんには会うことができたよ。そしてお母さんと再会できたお姫さまはその後都へ向かい、無事に病を鎮めることに成功しました。
病を鎮めた後、お姫さまは赤い鬼さんと一緒に、生まれ故郷であるみちのくの地へ帰ろうとしました」
「そして、お姫さまは故郷に帰ってめでたしめでたしなんだね?」
「ううん、違うよ。お姫さまはね、帰れなかったんだよ……」
「えっ!?」
お話の展開からして、お姫さまは故郷に帰ったんだと思ったんだ。でも、あゆちゃんはお姫さまは帰れなかったって言ったんだ。
「どうしてお姫さまは帰れなかったの?」
「それはね……。赤い鬼さんとお姫さまは、みちのくの地を目指して旅を続けました。ですが、二人がみちのくの地へ行くことを許さなかった朝廷の追っ手が、武蔵国で待ち受けていたのです。
赤い鬼さんは果敢に戦い、追っ手を追い払おうとしました。ですが、戦いの最中朝廷側の大将が呼び出した怨霊に捕らえられ、赤い鬼さんは苦境に立たされてしまいます。
その時、赤い鬼さんを護ろうと、お姫さまは怨霊をご自分の身に宿し、その背中に生えた大きな羽で空へと飛翔し、怨霊を天に返そうとしたのでした……。『必ずまた地上へと帰って来る』という約束を赤い鬼さんと交わし、お姫さまは天へと旅立っていったのでした……」
それは、とてもとても悲しい話だったんだ。ぼくはあゆちゃんの話を聞いているうちに、涙が止まらなくなったんだ。あゆちゃんの話は、不思議と他人事じゃない気がしてならないんだ。まるで、ぼく自身がお姫様を助けられなかったことを後悔するように……。
「そして、赤い鬼さんは大切なお姫様を失った悲しみを抱えたまま、みちのくの地を訪れたのでした。お姫さま連れてこられなかった悲しみに涙を流し続けた後、赤い鬼さんは決心しました。お姫様との約束を守るため、ずっとずっとこの地上でお姫さまの帰りを待っていようと。
そうして、今でも赤い鬼さんはお姫さまを待ち続けているのです。この鬱蒼とした木々が広がる山頂に生えた、この大きな木の下で……」
「えっ!? それって……」
それって、この場所の今あゆちゃんが登っている大きな木ってこと? じゃあ、じゃあ……!
「そうだよ、祐一くん。赤い鬼さんは、ずっとずっとお姫さまを待ち続けているんだよ。この木がまだ子供だった頃からずっと……」
あんまり信じられる話じゃないけど、赤い鬼さんは何百年もこの木の下で眠り続けているってこと? そして、超能力か何かでぼくに話しかけていたってことなのかな?
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「どう? 面白かった祐一くん」
昔話を語り終えて、あゆちゃんはぼくに感想を聞いてきたんだ。
「う、うん、とっても面白かったよ。こんなにすごい昔話、初めて聞いたよ。あゆちゃんのお母さんって、ものすごく物知りなんだね」
「ありがとう祐一くん。この物語はね、お母さんのお母さんだった人から聞いた話だって、お母さん言ってた。そして、お母さんのお母さんもまた、お母さんからこの物語を教えられたって」
「どういうこと?」
あゆちゃんの言ってることがよく分からなくて、ぼくはあゆちゃんに言葉の意味を聞いたんだ。
「ボクのお母さんは捨て子で、血の繋がっていないボクのおばあちゃんに拾われて育てられたって言ってた。そしてそのおばあちゃんも捨て子で、血の繋がっていないひいおばあちゃんに拾われて……。“月宮”の一族は、血統ではなく遥か遠き日の物語を語り継ぐという絆で結ばれた家族だって、お母さんは言ってた。
ボクが知ってるのはそれくらい。もっと詳しい話はボクが大きくなってから話すってお母さん言ってたけど、詳しい話をする前にお母さんはいなくなっちゃったから……」
「そっか……」
でも、あゆちゃんの一族が大切な物語を語り継ぐ人たちだっていうのはよく分かったんだ。それに、あゆちゃんの昔話は最後までとっても楽しかったんだ。こんな面白い話をしてくれたあゆちゃんに何かお礼はできないだろうかと、ぼくは考えたんだ。
「祐一くん、ちょっと後ろを振り向いてくれないかな?」
「えっ!? いいけど?」
ぼくが考え込んでいる時、突然あゆちゃんが後ろを振り向いてくれって言ってきたんだ。ぼくはわけも分からないままあゆちゃんに言われた通り、後ろを振り向いたんだ。
「あゆちゃん、まだ〜〜?」
「もうちょっと〜〜」
ぼくは待ち切れなくて声をかけたんだけど、あゆちゃんはまだだって言ってきたんだ。
「お待たせ、もういいよ」
あゆちゃんがいいって言ってすぐに、ぼくは振り返ったんだ。そしたらそこには木の上から降りたあゆちゃんの姿があったんだ。
「お待たせ。暗くなってきたし、今日はもう帰ろ、祐一くん」
あゆちゃんは木から降りると、もう帰ろうって言って来たんだ。
「うん……。ところでさ、何で後ろを振り向かなきゃならなかったの?」
この場で何かあゆちゃんにお礼をしたかったぼくは、頷きつつあゆちゃんを引き止めるように質問したんだ。
「えっと、それは……」
すると、あゆちゃんは顔を赤くしながらスカートの裾を押さえたんだ。ぼくは理由を察してそれ以上聞かなかったんだ。
「じゃあもう山を降りよう、祐一くん」
「うん……」
ぼくはそれ以上あゆちゃんを引き止める言葉が思い浮かばなくて、あゆちゃんと一緒に山を降り始めようとしたんだ。
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(あっ、そうだ――!!)
山を降りようとした瞬間、ぼくはいいアイディアを閃いて、早速あゆちゃんに話しかけたんだ。
「あゆちゃん、さっきお人形プレゼントしたよね? 実はあのお人形、ただのお人形じゃないんだ」
「えっ?」
「あのお人形はね、持ち主の願いをかなえてくれる、不思議な力のある人形なんだ」
「本当に〜〜」
ただのお人形さんじゃないのって言いたそうな顔で、あゆちゃんが疑問を投げかけてきたんだ。
「本当だよ。ただし、かなえられる願いは3つまで。それと、願いを増やしてほしいっていう願いはダメだよ」
「あっ、やっぱり」
「当たり前だよ。願いをかなえてやるほうの立場も考えてやらなきゃ」
「そうだよね、ゴメン。ところで、誰が願いをかなえてくれるのかな?」
あゆちゃんは苦笑いしながら、誰が願いをかなえてくれるか聞いてきたんだ。
「それはぼくだよ」
「あはは、そうなんだ」
「だからぼくにできないことはかなえてあげられない。死んだ人を生き返らせてくれとか、そのお人形を手を触れずに動かしてくれとかはできないから」
ぼくもお姉ちゃんくらいの力を持ってれば、お人形を動かすことくらいはできるんだろけどなぁ。
「でも、ぼくにできることなら何でもかなえてあげられるよ! さあ、何でも願いを言ってよ、あゆちゃん」
「うん、それじゃあ……」
あゆちゃんは遠くの空に想いをはせるように目をつむって考え込んだんだ。
「それでは、ボクのひとつめのお願いです……」
あゆちゃんは目を開けると、ぼくのほうを見ながら口を開いたんだ。
「ボクのこと、忘れないでください。冬休みが終わって、自分の街に帰ってしまっても、ときどきでいいですから、ボクのこと、思い出してください。それが、ボクのひとつめのお願いです。
……こんなのは、ダメかな?」
あゆは改まった口調でお願い事を言ったあと、申し訳なさそうにうつむいたんだ。
「言っただろ、ぼくにできることなら、なんでもかなえられるって」
「えっ、それじゃあ!?」
「うん、約束する。ぼくはあゆちゃんのことを忘れないし、絶対に、この街に帰ってくる」
「ありがとう祐一くん。それじゃあ、約束の指きり」
そう言ってあゆちゃんは左手の小指をぼくに差し出してきたんだ。
「うん、約束する!」
そうしてぼくは右手の小指を差し出して、あゆちゃんと指きりしたんだ。
「指きった! 約束だよ、祐一くん」
「うん!」
そうやってあゆちゃんと指を切った瞬間、突然ぼくたちに吹きかけるように、ビューって風が横切ったんだ。そしたら次の瞬間、辺りの景色が一変したんだ。大きな真正面にあった神社がなくなって、大きな木も一回りだけ小さくなったんだ。
そして、ぼくたちの目の前に、年老いた侍さんと、巫女さんが姿を現したんだ。誰だろう、この二人? 見たことのない、でもぼくはこの二人を何となく知っている気がしてならなかったんだ。
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「……約束しよう! 俺の子孫が必ず……助けとなると!!」
「はい、約束です」
声はかすかにしか聞こえなかったんだ。でも、その二人が何か大切な約束を交わしているのだけは分かったんだ。そして気がついた時には元の景色に戻っていたんだ。
「何だろう、今の?」
「えっ!? 祐一くんにも見えたの今の?」
「えっ!? じゃああゆちゃんにも?」
「うん。ボクにも見えたよ、お侍さんの恰好をしたおじいさんと、巫女さんの恰好をしたおばあさんが約束している姿が」
どうやら、あゆちゃんにもぼくと同じ人たちが見えたみたいなんだ。
「誰なんだろう? あの人たち?」
「分からない。でも多分、あの人たちがボクたちのご先祖さまじゃないかな?」
「どういうこと?」
「赤い鬼さんとお姫さまかなって思ったけど、どっちも普通の人間みたいだったし。だから、ぼくと祐一くんのご先祖さまじゃないかなって思うんだ」
「ぼくにはよく分からないんだけど……」
どうしてあゆちゃんがそう思えるのか分からなくて、ぼくは悩んだんだ。
「うんとね、実はさっきの物語には続きがあって……赤い鬼さんは一人じゃなかったんだ」
「えっ!? どういうこと?」
「もう一人いたんだって。赤い鬼さんとお姫さまの他にもう一人。その人が赤い鬼さんと一緒にここまで来て、この物語を語り続けたんだって」
つまり、さっきのおじいさんかおばあさんのどちらか一人があゆちゃんのご先祖さまだってこと?
「じゃあなんでもう一人がぼくのご先祖さまだって思ったわけ?」
一人があゆちゃんのご先祖さまかもしれないっていうのはわかったけど、もう一人の人がぼくのご先祖さまだっていう理由にはなっていないんじゃないって、ぼくは聞き返したんだ。
「う〜〜んと、それは何となくだよ」
「何となく?」
「うん。だって祐一くんはボクの助けになってくれたから。お母さんがいなくなって悲しんでたボクを助けてくれたから……。
だから祐一くんがボクの目の前に現れてボクを助けてくれたのは運命じゃないかなって思うんだ」
「運命?」
「そう、運命だよ。祐一くんのご先祖さまがボクたちの子孫に困ったことがあったら助けてやるって約束して、そして祐一くんがその約束に従ってボクを助けてくれた。
ボクには運命に思えて仕方ないんだ。ボクと祐一くんが出会ったのは決して偶然じゃなくて、お互いのご先祖さまが交わした約束を守る形で、ぼくたちは出会ったんじゃないかって」
「うん、ぼくも何となくだけどそんな気がする……」
何となくだけど、ぼくもあゆちゃんとの出会いが偶然じゃなく運命な気がする。昔から決められていた出会いみたいな。深い理由はないけど、何だかその方がカッコイイから、ぼくはあゆちゃんとの出会いは偶然だって思うことにしたんだ。
「そろそろ帰ろっか、祐一くん」
「そうだね」
お互いの出会いが運命だったことを確認して、ぼくとあゆちゃんは山を降りようとしたんだ。
「ねえ、祐一くん。手、繋いでもいいかな?」
「えっ!? う、うん、いいけど……」
山を降りようとしたら、あゆちゃんが手を繋ぎたいって言ってきたんだ。ぼくはちょっと恥ずかしかったけど、運命で結ばれた仲なら手を繋いで当然だと思って、ぼくは頷いてあゆちゃんに手を差し出したんだ。
「ありがとう、祐一くん。またいっしょにここに来ようね」
「うん」
ギュッとにぎったあゆちゃんの手は、とっても温かったんだ。しばらく忘れられそうにない、運命を感じる温かさだったんだ。そうしてぼくたちは仲良く手を繋ぎながら山を降りたんだ。またここに二人で来る約束をして。
「ただいま〜〜」
「こんな時間までどこ行ってたの!? 祐一!!」
水瀬家に戻った途端、名雪が大声で怒鳴りこんできたんだ。
「どこってそれは……」
名雪に押されてしゃべりそうになったけど、ぼくは黙りこんだんだ。何となくだけど、あゆちゃんとあの場所に行ったのは話さないほうがいいと思って。
「どうせあゆちゃんと一緒だったんでしょ! 一体二人で何をやっていたの!!」
「い、いいじゃないかよ! ぼくが何をしてたって名雪には関係ないだろ!!」
「関係なくない! どうしてわたしのいないところで二人だけで……。あゆちゃんもあゆちゃんだよっ……! わたしの前ではあんな笑顔見せたことなかったのに、どうして祐一の前ではっ……!!」
「名雪……」
その時のぼくには、名雪が何で怒ってるのか分からなかったんだ。だからぼくは名雪になぐさめの言葉すらかけることができなかったんだ。
「もういいよっ! 祐一もあゆちゃんもみんなキライだ〜〜!!」
そして名雪は泣きながらドタドタと音を立てながら自分の部屋に駆けこんでいったんだ。それから名雪がぼくに口を聞くことはなかったんだ……。
…第参拾五話完
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※後書き
え〜〜色々とお待たせ致しました。この回が正真正銘の中間点、折り返しとなる話です。次からが物語の後半に突入という感じです。
何だかんだいいまして、推敲作業を始めて1年以上の時間を費やし、ようやく中間点ですね(苦笑)。できるならあと一年以内には完結させたいものです。何せ、Kanonの話は終わっても、全体の物語はそれで終わりじゃないですから。
折り返しということで改めてお話しますが、このSSは6年前に完結した『みちのくKanon傳』のリメイク作品です。位置付け的には、「第4次におけるスパロボF」という感じです。リメイクを前提に色々追加要素加えたら、別物になったみたいな(笑)。
ちなみに、「Kanon傳」はそもそも知人のサイトへの投稿SSだったのですが、そのことを知ってる人は何人くらいいらっしゃるのでしょうね?
それと蛇足ですが、Kanon傳自体連載開始がDC版が出たりAIRが出た時期ですから、KanonSSでも古典に分類される作品なんでしょうね。まだSSが飽和状態になる前の時代の作品だから、そこそこ名が挙がったのかなと。
さて、今回の話となるあゆの昔話は、拙著『日月あい物語』のダイジェストとなっております。詳しい詳細を知りたい方はこちらをお読みくださいと。『日月あい物語』で起きたことを主軸に、『みちのくKanon』の話は成り立っているという感じで。
とりあえず、ようやく半分推敲し終えたということで、これからモチベーションを維持しつつ後半戦に突入したいと思います。 |
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