「ダッハッハ! 楽しみだな〜〜、赤坂のダンナがどれだげの雀力を持ってるが!」
一階へと降りると、ちょうど父さんが赤坂さんたちと雀荘に行こうとしている所だった。
「先生、最初に断っておきますが、現金を用いた麻雀は厳禁ですよ! 一介の政治家が賭け麻雀をしていることが世間に知れたら、どれほどの問題になるか」
玄関先で、橘さんがしつこく父さんに注意する。橘さんの言ってることは至極真っ当な正論だけど、あの父さんが何も賭けない麻雀をするなんて思えないんだよなぁ。
「まあまあ、橘さん。現金を賭けるのはともかく、夕食を奢るくらいなら構わないと僕は思いますよ」
「おうおう! ながなが話がわがるじゃねぇが、赤坂のダンナ!」
公安の刑事という堅物な身分の割には意外に話が分かるじゃないかと、父さんは豪快に笑いながら赤坂さんの肩をドンドンと叩いた。
「いえいえ。僕も若い頃は融通が利かなかったものですが、雛見沢に行った時に大石という刑事さんに色々と教え込まれましてね、それから徐々に堅物じゃなくなっていったんです」
と、昔を思い出すように赤坂さんが語った。大石さんと言うと、「ひぐらし」の共著者か。本のイメージだと老獪な刑事という感じだったけど、父さんみたく大風呂敷な側面も持った人なんだろうな。
「しかし、赤坂のダンナ! 夕食ぐれえぇでも自分がら切り出すどごを見っど、腕には相当の自信があるな?」
「ええ、少なくとも相沢さんに負ける気はしませんよ」
「がっはっは! 上等だぁ。その冷めだ面泣がしでやっがらよ、楽しみにしてな!」
「ふふっ、お父さんもですが、私も視野に入れないと痛い目遭いますよ?」
豪快な勝利宣言をする父さんの横で、美雪さんが不敵な笑みを漏らした。
「なんだ、なんだぁ! 嬢ちゃんも腕に自信あるってか?」
「ええ。これでもお父さん直伝の雀力を誇ってますから」
「面白ぇ! 親子揃っでの天才雀士っでごどが! よぅし、そっちが親子なら、こっちも親子だぁ! 祐一、おめぇも来い!」
「いえっ! 俺も!?」
話の展開でいきなり父さんが俺を麻雀に誘って来た。そりゃ、「アカギ」やら「哲也」やら読んで多少の知識はつけてるけど、正直まともに対戦できるほどの雀力は誇ってない。仮にコンビ打ち対戦とかしたら、俺が父さんの足を引っ張って大敗する結果にしかならないのは、火を見るより明らかだ。
「あなた! 祐一をそんな不埒な遊びに誘うのはやめてくれます!?」
「はっはっは。分がってるって。そんじゃいくべ、橘!」
「はい。僕にどこまでできるかは分かりませんが、出来得る範囲で先生のサポートをしますよ」
しかし、母さんが叱責したことにより、当初の予定通り橘さんが付き合うこととなった。
「残念ですね。祐一さんが相手なら私、賭け麻雀じゃなく脱衣麻雀勝負でも良かったのに……」
「だ、脱衣って……ぶっ!」
自分があがる度に、恥らう顔で一枚一枚服を脱ぐ美雪さん。その姿を想像すると、つい鼻の中に熱いものを感じてしまう。
い、いかん落ち着け、祐一。これは孔明の罠だっ! 冷静に考えれば雀力で圧倒的に劣る俺が美雪さんを脱がせられるはずがない! 寧ろ脱がされるのは俺の方だ!!
「ふふっ、祐一さんのおチ○チ○って、小さくてカワイイですね♪」
なんて言われた日にゃぁ、もう二度と表立って外を歩けなくなるじゃないか! い、いや、俺自身は小さいと思ってないから、ただの被害妄想だけど。
「ここここら、美雪! 父さんの前でお前はなななんてことを……!」
美雪さんの脱衣麻雀発言に、赤坂さんは酷く動揺した。そりゃ実の娘に目の前で脱衣麻雀するだなんて言われたら、世の中のお父様方は動揺するに決まってるって。
「ふふっ、冗談に決まってるじゃないですか。そんなに顔を赤くしちゃって、お父さん、カワイイ〜〜」
と、小悪魔っぽく微笑む美雪さん。赤坂さんを冷かす美雪さんの笑顔を見てると、本当にこの二人は仲の良い親子だとしみじみ思える。何となくだけど、仲のいい関係って相思相愛って言うよりは、こういう風に気軽に冗談を言いあえる関係なんだろうなと思ってしまうな。
「まったく、冗談でも言っていいことと悪いことが……」
「まあまあ、赤坂のダンナ、ながながめんこい娘さんじゃねぇが! 脱がねぇのは残念だが、十分楽しめそうだな!」
「ほう? つまり相沢さんは美雪の裸が見られるなら見てみたいと、そう思ってるのですね……?」
「あっだり前だろ、赤坂のダンナ! こんなめんこい娘の裸見られる機会なんざ、そうそうねぇべがらよ!」
「そうですか……。実際にそういった事態にはならなかったとはいえ、貴方を本気で倒さなくてはいけないようですね……!」
多分美雪さんの裸を見たいというのは、父さんの冗談なんだろうな。……冗談であると信じたい。
でも、そんな父さんの冗談を赤坂さんは本気で捉えたようで、愛娘を不埒なHentaiロリコン親父から護ろうと、闘志をメラメラと燃やし始めてしまった。これは、ただの遊びでは終わりそうにないな……。
「あの、赤坂さん、頼んだ主人のこと、よろしくお願いします」
父さんと赤坂さんの間に入るように、秋子さんが頼み込む声で赤坂さんに声をかけた。どうやら秋子さんは、俺が下に降りて来る僅かな時間の間に、春菊伯父さんのことを頼んだようだ。
「……ええ、分かってますよ。その件は僕の追っている事件とは無関係でしょう。ですが、行方不明になっている旦那さんを死んだと諦め切れずに探し続けたい水瀬さんのお気持ちはよく分かります。そう、最愛の妻を失った僕には余計に……」
本来行方不明者の捜索は公安刑事の本来任務ではないだろう。でも、赤坂さんには断り切れなかったのだろう、自分と同じく最愛の人を失った秋子さんの願いを。少しでも生きている可能性があるのなら、その僅かな可能性に賭けてみたい。自分のような最愛の者を失った悲しみに包まれた人をこれ以上増やさないためにも。
秋子さんに生真面目な笑顔で返す赤坂さんからは、そういった硬い決意のオーラーがにじみ出ているようだった。
「ではお邪魔しました。時間があれば東京に帰る前にもう一度顔を出してみたいと思います」
そうして赤坂さんは、父さんたちと一緒に市街地の方へと繰り出して行った。
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第参拾参話「克服すべき心傷」
「ふう、うるさい人がいなくなると静かなものね」
母さんは父さんたちに同行しないで、騒がしい人たちがいなくなってせいせいしたと、リビングでゆったりとお茶を飲み続けていた。
「あの、母さん、ちょっと話があるんだけど」
そんな母さんに、俺は声をかけた。
「何、祐一?」
「母さんに聞きたいことがあるんだけど……ここじゃ話し辛いから俺の部屋に来てくれない?」
俺は父さんたちを見送った秋子さんに変に感付かれないよう気を遣いながら、母さんを自室へと招きいれた。
「へぇ、なかなか整理してるじゃないの。東京にいた頃とは大違いね」
母さんがまるで審査員のようにウンウンと感心しながら部屋を見回した。
「親戚の家とはいえ自分の家のように散らかして使うのは秋子さんに悪いからな」
「で、話って何、祐一?」
他愛もない会話を交わした後、母さんは俺に訊ねて来た。
「母さんは……知ってるんじゃないか?」
「知ってる? 何を?」
「俺が知りたいと思っていることの何もかもを……」
「……どうして、そう思うのかしら?」
一瞬母さんの顔がきつくなった気がする。すぐにいつもの顔に戻ったけど、その顔は明らかに知ってる顔だった。
「母さんは知ってるんじゃないか、春菊伯父さんがどうなったかを」
「兄さんが? どういうこと?」
「春菊伯父さんは自殺したっていう話だけど、実は死んでなくてどこかで生きていて、そして母さんは春菊さんの行方を知ってるんじゃないかって」
こんなことはとても秋子さんの前じゃ言えない。もしもこの話題を秋子さんの前でしたら、きっと秋子さんは人が変わったように母さんを問い詰めるだろう。だから俺は秋子さんの前でこの話題を切り出すわけにはいかないと、母さんを部屋に呼び寄せたのだ。
「どうして祐一は母さんが兄さんの行方を知っていると思うのかしら? その根拠をしっかりと定めない限り、私が答えられることは何もないわよ」
「根拠は……母さんだって知ってるんじゃないか? “源氏の血を継ぐ者”と“月讀の巫女”に交わされた、遥か遠き日の約束を」
「!? 祐一、どうしてその話を!?」
名雪から聞かされた話を切り出した途端、母さんの顔が一変した。触れられたくない禁忌に踏み込まれたという感じに。
「名雪から聞いたんだ。春菊伯父さんから教えてもらったって」
「そう、兄さんはもう話してたのね……。一族に課せられた約束を実の子に……」
「母さんだって源氏の血を継ぐ者には違いない。だから春菊伯父さんが名雪に話した話を知っているはずだ」
「そう、確かに知っているわよ、私もね……。でも、その話と兄さんが行方不明になったことがどう繋がるの?」
「それは名雪との会話の中で出て来たんだ、その約束に絡めて“雛見沢”の名前が。そして雛見沢村とこの街が密接な関係にあることを……。
これは俺の想像なんだけど、春菊さんはその約束に関係して行方不明になったんじゃないかって……」
赤坂さんと真琴がその約束に関わっていないことは、さっきの会話の流れから大体分かった。でもその代わり新たな疑惑が生まれた。舞先輩が本当に舞花ちゃんだったとしたら、それこそ俺が推理したように、雛見沢と関係のあるこの地に逃れてきたことになるのではないかと。
そして佐祐理さんは言っていた、舞先輩は應援團のメンバーに相応しい人間だと春菊叔父さんに見定められたって。見定めたということは、春菊伯父さんは舞先輩がどんな人間だかを知っているということになる。それはつまり舞先輩が雛見沢の出身者であることも知っていることになるんじゃないだろうか。
「さぁて、どうかしら?」
「とぼけないでくれよ、母さん! 俺は本気で訊いてるんだ!!」
このすっとぼけよう、やっぱり母さんは何かを知っている! 母さんが知っていることは多分簡単には話せないことなのだろう。でも、それを話せば秋子さんも赤坂さんも、自分たちが探している人に会えるんじゃないか? 俺にはそう思えて仕方ない。
「祐一、あなたはいつから『俺』って言うようになったの!?」
「えっ!? そ、そんなの関係ないだろっ!」
「関係あるわ。祐一、昔は自分のことを『ぼく』って言ってたわね? いつから『ぼく』じゃなく『俺』って言うようになったの」
「え、えっと、それはその……『ぼく』って言い方は子供っぽいからいつの間にか『俺』って言うようになった程度で深い意味は……」
母さんに本筋と関係のない質問をいきなりされたことに途惑いつつも、俺は適当に答えた。でも、改めて訊かれると、いつから第一人称を変えたのか自覚がない。多分小学生の辺りだろうけど、詳しくは覚えていない。
「そう、覚えてないのね……。それじゃ、私が話すことは何もないわ」
「どういうことだよ、母さん! 何で俺が第一人称を変えた自覚がないと話すことがないんだよ!!」
「それはね……。祐一がまだ自分の果たすべき“約束”を果たしてないからよ」
「えっ!?」
「祐一が果たすべき“約束”を果たしているのなら、何で『ぼく』から『俺』変わったのか分かるはず」
「俺の、果たすべき“約束”……?」
なんだ? 俺は一体誰と何を約束したんだ……? 一体誰と……?
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「やくそく、だよ……」
あれっ、なんだろう……? 確かに俺は誰かと約束を交わした気がする。とっても大切な人ととっても大切な約束を……。
ドクンッ……!
(えっ……!?)
な、なんだ? 大切な人と交わした大切な約束を思い出そうとすると、突然胸が苦しみ出した。
ドクン! ドクンドクンドクン……!!
「うっ……ぐぅっ……!」
どうして? どうして? どうして!? 俺はただ大切な約束を思い出そうとしているだけなのに。なのに、何でたったそれだけのことでこうまで苦しみ出すんだ……!?
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「祐一、祐一!」
「か、母さん……」
気が付いた時には、母さんが苦しんでいた俺を優しく介抱してくれていた。どうやら俺は一瞬意識を飛ばしていたらしい。
「ごめんね、祐一。長い歳月があなたの心の傷を癒してくれたと思ったけど、まだダメみたいね……」
俺を優しく解放する母さんの顔はどこか悲しげだった。まるで俺の苦しみを癒せない自分を責め立てるかのように。
「心の傷? 母さんは俺のこの痛みの原因を知っているのか!?」
「……」
「母さん! 答えてくれ!! 俺、こっちに来てからずっと変なんだよ! 何か昔のことを思い出そうとする度に、今みたく胸が張り裂けるように苦しくなるんだよ。
一体俺は何をそんなに苦しんでいるんだよっ! この苦しみの正体を教えてくれ! 母さん!!」
お願いだ母さん、知っているのならこの苦しみの正体を教えてくれ、俺をこの苦しみから解放してくれ、母さん……っ!!
「いい? 祐一。確かに私は祐一が何で苦しい思いをしているか知っている。でもね、その苦しみは自分自身の力で解決しなきゃならないのよ」
「俺自身の、力で……?」
「そう。きっと私が言った所で祐一の苦しみは治まらない。ううん、心の傷の正体を知ったことで今以上に苦しむかもしれない。
だからね、その心の傷の正体は自分で気付かなきゃダメなの。自分で気付いて、そして自分自身で克服しなきゃならないの。そうしなきゃ祐一はこれ以上前に進むことができないわ……」
「……」
そして母さんは話してくれた。そもそも俺を水瀬家に引越しさせたのは、俺のこの心の傷を俺自身の力で癒させることが目的だったらしい。もしも、俺の心の傷が癒されていたなら、望み通り東京での一人暮らしも許可したとのことだった。
「約束するわ、祐一。祐一自身が心の傷を克服し、大切な約束を果たしたのなら、祐一が知りたいことのすべてを話してあげる」
「俺の知りたいことをすべて?」
「ええ。兄さんのこと、“源氏の血を継ぐ者”と“月讀の巫女”に交わされた、遥か遠き日の約束に関することもすべて。
いい? これだけは覚えておきなさい、祐一。すべての約束はね、たった一つの約束へと収束されるの」
「えっ!? それはどういう……」
「祐一が果たすべき約束も、あの赤坂さんが交わしたという約束も、そして“源氏の血を継ぐ者”と“月讀の巫女”に交わされた約束さえもすべて、“日と月の遥か遠き日の約束”に繋がるの……。
それは異なる音で始まり一つの旋律を奏でる追複曲のように……」
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(一体なんだ、“日と月の遥か遠き日の約束”って……)
あの後母さんは、数時間後に水瀬家へ戻って来た父さんたちと、父さんの実家がある宮古の方へと向かって行った。そして俺は夕食後、リビングで母さんが残していった言葉の意味を理解しようと思考を張り巡らせていた。
母さんの言い方だと、“日と月の遥か遠き日の約束”というのは、“源氏の血を継ぐ者”と“月讀の巫女”に交わされた、遥か遠き日の約束は別物という感じだった。
けど、どちらにも“遥か遠き日の約束”という共通項がある。少なくともどちらの約束もずっと昔に交わされた約束には変わりないのだろう。その約束が一体どういう約束なのか、同じ約束なのか違う約束なのかは分からないけど。
「祐一さん、どうかしたんですか?」
「秋子さん! いえ、何かいいバイトがないかって新聞の求人広告見て探してたんですよ、ははっ」
俺は秋子さんに声をかけられたことに反応し、咄嗟に手元にあった新聞を読むフリをした。名雪だけじゃなく母さんからもしつこく言われたけど、遥か遠き日の約束云々の話は秋子さんには厳禁だってことだからな。
俺は秋子さんにヘンに勘ぐられないように、なかなかいいバイトが見つからず悩んでいるように誤魔化した。実際問題小遣い稼ぎのためにバイトしようとは思っていたし、嘘は吐いていない。
「祐一、バイトは学校の校則で禁じられているよ」
「えっ、そうなのっ?」
「うん。隠れてコッソリやっている人は何人かいるって話だけどね」
咄嗟にバイトの話題を出したら、名雪の口から校則でバイトは禁じられていると言われた。う〜〜む、それはそれで困ったぞ。こっちに来てまで小遣いを仕送りしてもらうのは母さんに悪いし、どうしたものか。
「お小遣いが欲しいなら私があげますが?」
「いえ、居候の身でそこまで秋子さんに迷惑はかけられませんよ」
さすがにそこまで水瀬家のお世話になるのは申し訳ない。ここはしばらく余ったお年玉やら貯金やらを使って繰り越すとしよう。
「ねえねえ祐一、バイトって何?」
俺がバイトを諦めようとしている横で、真琴がバイトは何かと訊いてきた。
「なんだお前、バイトも知らないのか? まったく、本当にどこの箱入り娘だよお前は」
などと真琴のあまりの無知振りに呆れながらも、俺は簡単にバイトの説明をした。
「ふ〜〜ん、つまりバイトってのをやればお金っていうものがもらえるの?」
「ああ、そのお金があればお前の好きな漫画も買い放題だぞ」
「ホント! 真琴、バイトやる〜〜!!」
好きな漫画本をいくらでも買えるって言った途端、真琴が両手を振りながら喜び出した。まったく、相変わらず自分に正直な反応をする奴だな。
「しかし、家でゴロゴロしているよりは遥かに健全とはいえ、真琴を雇うような所はあるかな?」
最大の問題は真琴のやる気や技能以前に、真琴のような子供を雇うところがあるかどうかということだ。少なくとも俺が雇う側だったら、真琴のような世間知らずの子供は雇わないだろうな。
「あら、それなら古河さんの所とかどうかしら?」
「あっ、それいい手ですね、秋子さん」
成程、古河さんの所か。確かにあそこなら真琴を雇ってくれそうだ。ついでに、バイトする傍ら早苗さんの元で勉強もできる。お金を稼ぎながら勉強もできるとは、まさに一石二鳥だ。
「明日俺が古河さんのところでバイトできるように上手く言ってやるよ。真琴、これで明日から漫画買い放題だぞ」
「わ〜〜い、やった〜〜。祐一、ありがと〜〜」
「こ、こら、抱き付くな!」
真琴はバイトできるのがよっぽど嬉しかったのか、満面の笑みで俺に抱きついて来た。俺は名雪と秋子さんの視線が気になりつつも、真琴に抱き付かれることに嫌悪感は抱かなかった。何だろうな、真琴には娘というか妹というかそういった者へ感じる愛しさを覚えてならない。
俺は昔も真琴をこうしていたのだろうか? なあ、真琴。お前も俺の失われた記憶に絡んでいるのか?
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(さてと、明日は土曜か)
蒲団に寝転ぶと、俺は週末の予定に関して整理をしていた。明後日の日曜は達矢とあゆのデートをサポートするのは言いとして、何やら名雪があゆを連れて明日買い物に行きたいから、呼び出して欲しいとの話だった。
どうやら、日曜のデート時に来て行くあゆの服をコーディネートしたいらしい。そこまで気を遣う必要もないと思ったが、名雪は名雪であゆとの失われた7年間の友情を取り戻したくて必死なのかもな。
(しかし、明日は佐祐理さんはいないのか……)
自分がいない間舞が寂しくしていたら支えになって欲しいと俺は佐祐理さんに応えた。あの時は頷いたけど、実際どこまで今の俺に舞先輩を支えられるのかは分からない。
でも、俺は舞先輩との関係を修復したいと思ってる。何故なら、舞先輩には色々と訊きたいことがあるからだ。舞先輩の姉に関して、雛見沢の関係者であるかどうかに関して、そして俺自身さえも忘れてしまった昔の俺のことを。
記憶の奥底に封印された在りし日の舞先輩との関係に思いを馳せながら、俺は眠りに就いた。
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「う〜〜ん、どうしよう、どうしよう……」
その日ぼくはお風呂に入りながらウンウンと悩んでたんだ。あゆちゃんに天使の人形をゲットしてわたしたいけど、もうお金がない。お母さんからお金はもらえないし、名雪も貸してくれそうにない。お姉ちゃんの言うように自分の力で何とかしたいけど、お金がなきゃどうしようもないな〜〜。
「なあ、真琴。お前には何かいい考えがあるか?」
と、ぼくは一緒にお風呂に入っている真琴に相だんしてみたんだ。
「あう〜〜」
けど、真琴はあう〜〜って鳴くだけで何も答えてくれなかったんだ。ま、狐の真琴が人間の言葉を理解できるわけないしな〜〜。
「祐一く〜ん、舞ちゃんからお電話よ」
「えっ、お姉ちゃんから! 何の用だろう?」
お風呂からあがると、タイミングよくお姉ちゃんから電話がかかって来たんだ。
「こんばんは、祐一」
「こんばんは、お姉ちゃん。何か用?」
「うん。祐一、お人形さんは取れた?」
「うん、それが取りたくてもお金がなくて取ることができないんだ」
「そう……。でも、それならちょうど良かった。実はね祐一、明日祐一のところに遊びに行こうと思ってるの」
「えっ!? こっちに来るの、お姉ちゃん?」
「うん。いつも祐一に来てもらってばかりだから……。ほんとはね色々歩いちゃダメなんだけど、明日ちょうどお姉ちゃんの友達だった人が遊びに来るから、お姉ちゃんの友達だった人と一緒になら、祐一のところに遊びに行ってもいいことになったんだ」
お姉ちゃんがぼくの所に遊びに来る! 何だろう? お姉ちゃんがぼくのところに来るのはとってもうれしいけど、でも同じくらいとってもはずかしい。
「だからね、その時私も人形を取るのに協力してあげようと思うんだ」
「えっ!? お姉ちゃんやっぱり取ってくれるの?」
「ううん。お金は貸してあげるけど、あとは祐一を見てるだけ。さっきも行ったけど、やっぱりこういうのは祐一が自分の力で取ってあげるのが一番だと思うよ」
「そっか。でも、お金を貸してくれるだけでもうれしいよ! ありがとう、お姉ちゃん!!」
「ううん。祐一の幸せが私の幸せだから……。じゃあね、また明日!」
「うん! また明日!!」
そうして、ぼくは明日会う約束をして電話を切ったんだ。
(お姉ちゃんが来る、お姉ちゃんが来る……)
部屋に戻ってからのぼくは、お姉ちゃんのことで頭がいっぱいだった。初めて会ったときからずっとずっと大好きであこがれだった舞お姉ちゃんがついにぼくのところに来る! もうぼくはうれしくてはずかしくて仕方なかったんだ!
「真琴! お姉ちゃんが来るんだぞ! お前の名前の元になったお姉ちゃんが明日遊びに来るんだぞ」
そう、沢渡真琴って名前は、舞お姉ちゃんの名前から取ったものなんだ。お姉ちゃんがこっちに来る前に名乗っていた沢渡舞子って名前から。昔の名前とはいえお姉ちゃんの名前をそのままつけるのははずかしかったから、「お姉ちゃんの妹」っていう感じの名前にちょっとアレンジしたけど。
「真琴、お前もお姉ちゃんに会わせてあげるぞ!」
「あうーっ、あうーっ!」
ぼくは、真琴を高らかにあげながら喜んだ。真琴もうれしいみたいで、ぼくに合わせるようによろこんでくれたんだ。
「そうか真琴、お前もうれしいのか?」
「あうーっ!!」
そうしてぼくは、真琴といっしょに早く明日にならないかなぁって思いながら眠りについたんだ。
…第参拾参話完
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※後書き
とりあえず前回の後書きに「次回で折り返し」って書かなくて良かったなと(笑)。本当は今回で半分書き切る予定だったのですが、案の定長引いてしました。
さて、今回はこの作品におけるKanonの意味合いを書いてみました。後付けで無理矢理感がありますが、一応自分なりに明示してみたかったので。
あと、祐一の母親は、裏事情の大方を知っているけど、話さないという感じですね。単に話すとネタバレになるというのもありますが(笑)。 |
参拾四話へ
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