「おはよう、祐一くん」
「おはよう、あゆ」
 1月15日成人の日の朝、爽やかに目覚めダイニングに向かうと、俺より早く起きたあゆが挨拶をしてきた。
「あゆ、名雪はまだなのか?」
「うん。名雪さんぐっすり眠ってて起こすの悪いなぁと思ったから、声かけないで降りてきたんだよ」
「ったく、友達が遊びに来てるのにぐっすり眠っているのかね、あいつは」
 今日は休みだからゆっくり寝ていること自体は問題ないが、せっかくあゆが泊まりに来ているのだから、朝食時くらい無理にでも起きてくればいいものを。
「あゆ、今日は何か予定があるのか?」
 共に朝食を取りながら、俺は本日のあゆの予定を訊いた。
「うん、今日は午前中早苗先生のところでお勉強する予定だよ」
「休日だってのに勉強するのか、真面目な奴だなお前は」
「えへへ」
 俺が感心した顔で頷くと、あゆが褒められたと思ったのか、笑顔で頷いた。その屈託のない無垢な笑顔は、何故だか自然と俺の心を和らげてくれる。
「じゃあ午後は?」
「午後は商店街で探し物を探す予定だよ」
「ああ、例の探し物か。いい加減何を落としたかくらい見当がついたのか?」
「ううん、全然」
 やれやれ。相変わらず何を落としたかもわからず、探し続けているのか。せめて何を探しているのかさえ分かってれば手伝いようもあるけど、目的の物が分からなければ徒に時間を浪費するだけだ。
「気が向いたら手伝ってやるから、思い出せるなら思い出しておくんだぞ」
 だけど、俺は約束した。今度探す時は俺も手伝ってやるって。何を探してるのかさえ分からない頼りないあゆ一人では、見つかるものでも見つからないだろうから。
 そして、約束したからにはどんなに困難な約束でも守らなければならない。何というか、あゆとの約束は絶対に破ってはいけない、そんな気がしてならない。
「祐一さん、申し訳ないですけど、午後は家にいてくれませんか?」
「えっ!? どうしてですか?」
「実は朝一番にお義姉さんから、今日の午後にも赤坂さんと一緒にこちらに伺うと電話があったのよ」
「えっ!? 母さんがこっちに来るの?」
 何でもここで会ったも何かの縁という感じに、父さんが赤坂さんがこっちに来るのに合わせて引越し作業を済ますことを提案したらしい。移動は秘書のたちばなさんが運転する車らしく、午後の2,3時には着くとの話だった。
「あゆ、すまんな。急な予定が入って手伝えそうにない」
 父さんたちが来るなら、息子の手前上家にはいなければならないだろう。手伝ってもいいと言った矢先急用で手伝えなくなったことを申し訳なく思い、俺はあゆに謝った。
「ううん、いいよ。お父さんとお母さんが来るなら、絶対会うべきだよ」
「ああ、そうだな……」
 既に両親のいないあゆにそう言われると、妙に説得力がある。あゆのように両親と会いたくとも会えない人はこの世の中に沢山いる。そんな人のことを考えれば、何気なく両親と接する日常的な風景も、この上なく貴重なものなのだろう。
「ごちそうさまでしたっ。じゃあ、祐一くんに秋子さん、また今度〜〜。名雪さんにもよろしくって言っててね〜〜」
 あゆは朝食を取り終えると、俺が食べ終わるのを待ってから水瀬家を後にした。俺は玄関先であゆを見送ると、その足でリビングへと向かって行った。



第参拾壱話「若葉の秋」


「それにしても、凄い雪だな……」
 あゆを見送りリビングに向かう途中、ふと廊下から外を見上げる。外は絶え間なく雪が降り続けている。今日成人式に行く人達たちはさぞかし大変だろうなと思いながら、俺はしばし雪景色を観賞した。これだけ雪が降り続けていると、ちょっと外に出る気にはならないな。
(さてと、何か面白い番組はないかな)
 こんな日は家でゆっくりとくつろぎながらテレビでも見るのが吉だと思い、俺はリビングに向かうと新聞を広げながら面白い番組があるかどうか探した。
(う〜む、あまり見たいような番組はないな……)
 しかし、ざっと目を通した感じでは見たいような番組がなかった。
(ん? この写真は……)
 見たいテレビがないので部屋に戻ってゲームでもしようとリビングを後にしようとしたら、ふと壁に掛けられている写真に目が止まった。興味本位に写真を覗くと、その写真には大木を中心として若い男女の三組のペアが写っていた。一組は俺の父さんと母さん、もう一組は秋子さんが映ってるから、恐らく隣は春菊伯父さんなのだろう。そしてもう一組は、俺の面識のない人たちだった。
「祐一さん、その写真が気になるのですか?」
 興味深く写真を眺めていると、突然秋子さんに声をかけられた。
「はい。この三組の内二組は母さんたちと秋子さんたちってのはわかるんですけど、もう一組が」
「この写真は私と春菊さんの結婚記念に撮った写真で、その方たちは、あゆちゃんのご両親よ」
「へぇ〜、この人たちがあゆの両親か」
 初めて顔を見るあゆの両親。父親である日人さんは顔立ちが中国人っぽく、その隣に写っているあゆの母親は巫女装束に身を包んでいた。
「それにしても、この写真の秋子さん若いですね〜〜」
 今でも十分若さを保った美しさを誇っている秋子さんだが、この写真に映っている秋子さんは、今の名雪とそう大差ない容姿だった。
「若いのも無理はないわ。結婚した当時、私はまだ18だったから」
「ええっ、18っていうと!?」
「ええ、高校を卒業してすぐ結婚したのよ」
ということは、今の秋子さんは35歳か。若いとは思ってたけど、俺の父さんと母さんと15歳くらい離れているのか。
「本当に若かったわ、あの頃は。そう、未熟ともいえるくらいに……」
 まるで未熟な過去を後悔するかのように、秋子さんは静かに語り始めた。自分と春菊伯父さんとの出会いを。



 秋子さんと春菊伯父さんの出会い、それは秋子さんが高校時代の頃まで遡るという。
「春菊さんは、私の高校で日本史を教えていた先生だったわ。授業で初めて顔を合わせた時、一目惚れしてしまったのよ、ふふっ」
 それから3年間、秋子さんは春菊さんにアタックし続けたという。春菊さんに一目置かれる存在になるため日本史の勉強を死に物狂いでやったり、家庭科の授業で作った料理を持っていったりと。
「高校生の時は料理も今と比べてずっと下手だったけど、それでも春菊さんは喜びながら食べてくれたわ。それが嬉しいと同時に美味しくない料理を食べさせてるのが申し訳なくて、春菊さんに美味しいお料理を食べさせたいって、料理の腕を磨いたりしてたわ」
 しかし、それほど熱烈にアピールし続けても、春菊さんは一向に振り向かなかったという。
「あの人は厳格な教師として他の先生たちからも尊敬されていたから、生徒と関係を持つのを良しとしない人だって分かってたわ。でも、私は諦めきれずにアタックし続けたのよ」
 そして、卒業も迫ったちょうど今頃の季節、秋子さんは意を決して告白したという。
「『春菊先生、初めてお会いした時からずっとずっと好きでした。卒業したら、結婚してくれませんか?』それが私のあの人に対するプロポーズの言葉だったわ」
 秋子さんはきっとダメだと思った。でも、奇蹟は起き、春菊さんはOKしたという。
「あの時は本当に嬉しかったわ。3年越しの想いがようやく届いたんだって……。でもね……」
「でも?」
「でもね、あの人が私のプロポーズを受けたのには理由があったのよ」
 あとから聞いた話だが、その当時の春菊さんは親友であった日人さんと、神夜さんを巡って争っていたという。
「春菊さんも日人さんもどちらも譲らなかったって、当時を知るお義姉さんに聞いたわ。そして、最終的には春菊さんが親友のために諦めたって……」
 そして、自ら愛しい人を諦め傷心の渦中にいた最中、秋子さんがプロポーズしたとのことだった。
「あの人は他の女と結婚することで、神夜さんを忘れようとしたのよ。だから、私が入り込める隙があった。そうじゃなきゃ、あの人の心の中に私が入れることなんて絶対になかった……」
「秋子さん! それはいくらなんでも言い過ぎな……」
 本当に好きな人を諦めるために違う女の人と結婚するなんて、春菊伯父さんはそんな軽薄な人じゃないと、俺は声をあげて否定しようとした。
「いいえ。結婚した後でも、春菊さんの心の中にはずっと神夜さんが居続けたのよ。その証拠に、あの人は日人さんが亡くなった後、頻繁に神夜さんの所へ行ってたわ……」
 あっ、そういえば名雪がそんなこと言ってたな。
「許せなかったわ。ようやく手に入れた大切な人の心の中に、昔愛してた女の人がいたことが。建前上は『残された親友の妻の面倒を見るのは友として当然の行為だ』みたいなことを言ってたけど、私は言い訳でしかないって分かってて、激しくあの人を問い詰めたわ。
 そしてある時春菊さんがボソッと本音を漏らしたのよ、『自分と神夜さんが惹かれ合うのは、千年近くにも及ぶ絆であり運命だから仕方ない」って……」
 それは名雪の言う源氏の血統を継ぐ者と、月讀の巫女の関係だろうか。
「春菊さんのご先祖と、神夜さんのご先祖から続いて来た絆だって。私の愛はそんな古ぼけた絆や運命に負けたのかって、悔しくて悔しくて仕方なかったわ……」
 そして昭和が終わったあの日、春菊さんは失踪した。その後秋子さんは名雪が昨日言ったように、神夜さんの元へ駆けつけたという。
「その時の神夜さんは、春菊さんが失踪したことで何か知ってる様子だったわ。イタコである彼女が『死んでない』っていうはずだから、何か隠してるはずだって。
 私は我を忘れて神夜さんを問い詰めたわ。『私の春菊さんをどこに隠したのよ! 春菊さんを返してっ!!』って……。そしたら、神夜さんは泣きながら『ごめんなさい、ごめんなさい』って謝り続けたわ……。
 その涙で私は察したのよ。神夜さんはあの人が姿を消した理由を知っていて、そして何らかの事情で私に話せないんだって。夫婦の間に隠し事があり、そして私でさえ知らないあの人の秘密を神夜さんが知ってるって分かった時、私は失望したわ。結局私は最初から神夜さんに負けてたんだって……」
……いいえ秋子さん。それは違いますよと、俺は心の中で叫んだ。名雪は春菊伯父さんの話をした後、念を押して俺に言った、「今の話は特にお母さんには絶対に話しちゃいけない」って。
 多分、春菊さんが隠し事をしていたのは、秋子さんを自分が抱えていた何かに巻き込みたくなかったのだと思う。だから、名雪に話したことも、春菊さんは秋子さんの話さなかったのだと思う。
 何で実の娘に話しても妻には話さなかったのか、疑問にが尽きないが、多分名雪は自分と同じ源氏の血を継ぐ者だが、秋子さんはそうじゃないから春菊伯父さんは何も語らなかったのだろう。
「結局、神夜さんは何も語らないまま亡くなったわ。あゆちゃん一人を残して……。もしかしたなら神夜さんはあゆちゃんに話したかも知れないって勘ぐったこともあったけど、さすがにあゆちゃんに聞くのは忍びないと思って問い質したことはなかったわ。
……でも、その代わりにあの娘には酷いことをしたわ……」
「酷いことって……」
「……」
 秋子さんはしばらく口を開かなかった。それほどまでにあゆに対して酷いことをしたのだろうか……?



「日人さんは台湾人のお父さんと日本人のお母さんとのハーフで、父方の親戚筋は1947年に台湾で起きた二・二八事件で虐殺され、母方の親戚筋は疎開で逃げて来たご本人以外戦災で亡くなったって聞いたわ。そして、神夜さんは捨て子で、育ての親だった方も身寄りのない人だったと聞いたわ。
 つまり、あゆちゃんのお父さんもお母さんも親戚筋は途絶えたのよ。だから、神夜さんが亡くなった時、あゆちゃんは本当に一人ぼっちになったのよ」
 再び口を開いた秋子さんの口から出た言葉は、神夜さんが亡くなり悲しみに耽る間もなく、孤児となったあゆを誰が引き取るか問題になったとの話だった。
「それで真っ先に名前が挙がったのが私だったわ。あゆちゃんの父親と春菊さんは親友同士だったから、水瀬家で預かるのが筋だって」
 けど、秋子さんは女手一人では名雪一人を育てるのが精一杯だからと、あゆを引き取る話を断ったそうだ。
「でもね、それは建前に過ぎなかった……。本音は自分を負かした女の子供を受け入れたくなかったのよ。あゆちゃんに罪はないって頭では分かってても、心では許すことができなかったのよ……」
 それは春菊さんを心から愛してたが故なのかもしれない。本当に春菊さんを愛してたからこそ、自分が誰よりも愛した大切な人の心にずっと居続けた神夜さんの子供を受け入れることができなかったのだろう。
「でもね、あゆちゃんを拒んだ私とは対照的に、是非ともあゆちゃんを迎えたいって名乗りでた人がいたわ。それが古河さんよ」
「えっ、あの古河さんが?」
「そう。何でも生前の神夜さんに大変世話になったとかで、そのお礼返しとしてあゆちゃんを引き取りたいって」
 何で古河さんとあゆがあんなに親しいのかずっと疑問だった。けど、その疑問がようやく解けた。きっと古河さんがあゆにたい焼きをタダであげているのは、そのお礼返しの一環なのだろう。
「だけど、最終的に引き取り先に決まったのは、倉田さんだったのよ。何でも日人さんは春菊さんと共に一郎さんが目をつけていた人で、その縁で引き取りたいって。
 古河さんは最後まで自分が引き取るって倉田さんと争ったそうよ。でも、息子の一弥を失い悲しみに打ちひしがれている娘の佐祐理の心をあゆちゃんを引き取ることで癒したいからって諭されて、最終的には引いたって訊いたわ」
 成程、そういった経緯であゆは佐祐理さんの所に預けられたわけか。そして、倉田家で預かる身となってもあゆと何かしらの形で繋がりを持ち続けたいみたいな理由で、早苗さんがあゆに勉強を教えているのだろうか。
「でもね、あゆちゃんはきっとこの街を離れたくなかったんだと思うわ。だってこの街はお母さんとの思い出が一杯つまった街だから。だからね、私はずっと後悔し続けてたのよ。もし私があゆちゃんを拒まず自分で引き取るって強く言ったら、きっと倉田さんも諦めてくれて、あゆちゃんはずっとこの街に居続けられただろうって……」
「だからこそ、だからこそ秋子さんは数年振りに姿を現したあゆを、あそこまで可愛がっているのですか? 自らの過去の罪を償うかのように」
「ええ、そうね。私の犯した罪なんてその程度のことじゃ絶対償えないって分かってるけど、それでも少しでもあゆちゃんに罪滅ぼししたくって。
 祐一さん、私は取り戻せるかしら? 私が望みさえすればあったはずの、あの娘と過ごしたであろう7年間の空白を、私は取り戻せるかしら……?」
「ええ。取り戻せますよ、絶対に」
 昔の秋子さんはどうあれ、今の秋子さんは心からあゆを受け入れようとしている。だから俺は言った。絶対に失われた時間は取り戻せるって。



「ねえ祐一さん? 祐一さんはあゆちゃんのこと好き?」
「えっ!? ど、どうして急にそんなこと……」
 突然秋子さんがあゆが好きか訊ねてきて、俺はどう答えていいか途惑った。
「いいから。好きなの、どうなの?」
「そうですねぇ。好きかどうかは分からないけど、からかい甲斐があるって言うか、一緒にいると楽しいって言うか、そんな気分になりますね」
「ふふっ」
 そう答えると、秋子さんは嬉しそうに微笑んだ。
「でも、どうしてそんなこと訊くんですか?」
「いえね、もし祐一さんがあゆちゃんを好きになったら、それは運命だろうなぁって」
「運命ですか?」
「ええ。春菊さんはあゆちゃんのお母さんを愛し、そしてお義姉さんはあゆちゃんのお父さんを愛してた。だから春菊さんもお義姉さんもどこかで自分たちの叶わなかった恋を祐一さんに叶えて欲しいと思ってると私は思うわ。二人が愛した者同士の間に生まれたあゆちゃんを」
「春菊伯父さんと母さんの想いなんて俺には関係ありませんよ。でも……」
「でも?」
「でも、確かに俺とあゆには運命的な繋がりがあるかもしれませんね」
 源氏の血統を継ぐ者と月讀の巫女との間に交わされた遥か遠き日の約束。多分その約束はまだ叶っていないのだろう。叶っていたらきっと春菊さんと神夜さんは結ばれていただろう。
 そして、自分たちの世代では叶わないとの自覚があったからこそ、春菊伯父さんは神夜さんを諦め、その代わり次代に願いを託したのかもしれない。遥か遠き日の約束を果たすという一族同士の願いを。
 だから俺とあゆ、そして名雪はその約束の絆によって繋がれた運命共同体なのかもしれないな。
 ガタッ……ゴトゴトゴト!!
(!? な、なんだっ!?)
 次の瞬間、何の前触れもなく部屋が揺れ出した。地震かっ!? い、いや違う、部屋が揺れてるんじゃない。部屋にある物だけが・・・・揺れてるんだ。
 そんなバカなっ、部屋が揺れずに飾ってある物だけが揺れるなんてそんなおかしなこと……い、いや待て! 俺はこの間似たような現象に出くわしたじゃないか!!
 この現象を何が起こしているのか理解した時、俺は戦慄した。そう、これはあの宵闇の校舎で体験した“魔物”の行為と瓜二つだ! まさか魔物が俺の存在を察知し、家まで追ってきたとでも言うのかっ!?
 その後揺れは数十秒続き、ピタッと止まった。揺れが鎮まった後も俺の心は落ち着かなかった。
「何なのかしら、今の揺れ……?」
「地震ですよ、地震。部屋のものが散らかっているかどうか気になるので、大丈夫だろうけど一応見て来ます」
 そう言い残し、俺はリビングを後にした。これは地震じゃなく魔物の攻撃ですとは、到底秋子さんには言うことはできなかった。多分魔物の狙いは俺だ。だから秋子さんを巻き込むわけにはいかないと、俺は不安と恐怖に駆られながら部屋に戻ろうとした。
「祐一っ!」
「おうわっ! な、名雪かっ!?」
 部屋に戻ろうとした矢先、突然後ろから名雪に声をかけられ、神経を研ぎ澄ましていた俺は、ビクッと仰け反った。
「なんだ、名雪。今起きたのか?」
「うん、今起きたばかり。これから朝食だよ」
「そうか。じゃあ俺は部屋に戻るから」
 俺は名雪に一言言って部屋に戻ろうとした。
「ねえ、祐一。ちょっと話があるから、ダイニングまで付き合ってくれない?」
「い、今からか?」
「うん。ダメかな?」
「う〜〜ん。まあ、他にやることもないし別に訊いてやってもいいぞ」
 部屋に戻ろうとしたけど、一人で朝食取るのも寂しいだろうと思い、俺は名雪に付き合うことにした。



「で、なんだ話って?」
 俺はダイニングに向かい名雪の対面に座ると、早速名雪の話を聞こうとした。
「うん。たっちゃんのことなんだけど」
「達矢のこと?」
「うん。実はね、たっちゃんの初恋の人はあゆちゃんなんだ」
「へぇ〜。変わった趣味してるな達矢の奴」
 あんないい年してもガキ臭さが抜けない人間が好きだとは、達矢も相当なロリコンだな。
「それでね、たっちゃんはまだあゆちゃんのこと好きだと思うの」
「そりゃそうだろうな」
 あの引越しを手伝いに来た時のあゆに対する改まり過ぎた態度をみれば、誰にだって容易に想像のつくことだけど。
「たっちゃん、結構消極的な性格で、多分自分からあゆちゃんに告白できないと思うんだ。せっかく数年振りに再会できたのに、初恋の想いを告白できないままでいるのは可哀想だと思わない?」
「そりゃ、確かに哀れだな」
「でしょ? だからね、わたしがたっちゃんをサポートしてあゆちゃんとの間を取り持ってあげたいと思ってるんだけど、どうかな?」
「いいことなんじゃない? いかにもお前らしいっていうか」
 二人の恋の問題に第三者が絡むのは余計なお世話かもしれないが、自分の幼馴染みと親友の仲を取り持ってやりたいと思うのは、いかにも名雪らしい気がする。
「それでね、明後日の日曜日に二人の関係がより親密になるようデートを計画しようと思ってるんだけど、祐一も協力してくれないかな?」
「デートを計画するのは構わないとして、何で俺も協力しなきゃならないんだ?」
 名雪曰く、いきなり二人にデートの話を持ちかけてはどちらも警戒してしまうだろうから、表面的には友達同士で出かけるという形にしたいのだそうだ。
「それでわたし一人が付き添うのも不自然だから、祐一も付き合ってくれないかなって。一見4人で遊んでいるように見せかけつつ、あゆとたっちゃん、わたしと祐一がペアになる形で。
 俗に言うダブルデートって感じかな? もちろんわたしと祐一は二人が親密になるように取り繕うのが目的で、時折アドバイスをかけたりとか」
 成程、確かに名雪一人だけじゃ変に勘ぐられるだろうな。俺と名雪がペアを組んでれば、達矢もあゆも自然と二人でペアを組まざるを得ないし。なかなかいい作戦だと思う。
「よし分かった。達矢の初恋が成就するよう、俺も協力してやるぜ!」
「ありがとう祐一。この話は今日にでもたっちゃんに伝えたいと思うから、祐一もデート先とか考えてみて」
「ああ、分かったよ。思い出に残るシュチュエーションをセッティングしてやるよ」
「それと、祐一はあゆちゃんにこのことを伝えて。もちろんデートのことは秘密で、あくまで四人で遊びに行くっていう風に」
「了解」
 そうして俺は明後日四人で遊びに行く名雪の計画に乗ることにし、部屋へと戻って行った。

…第参拾壱話完


※後書き

 今回は秋子さんの過去話が中心です。Kanon傳時代はちょっと触れられた程度ですが、改訂版では少し深くまで書いてみました。
 Kanon傳時代もそうですが、基本的に私は秋子さんを「等身大の人間」として描きたいと思っています。何と言いますか、あらゆる二次創作における秋子さんの完璧超人振りを否定してみたいなと。
 ちなみに、卒業してすぐ憧れの先生と結婚したなんて設定、「それなんて『めぞん一刻』?」という感じの設定ですが、実はKanon傳書いた当時は、『めぞん一刻』は名前程度しか知りませんでした。名雪の父親が教師という設定は、「CCさくら」が元ネタで、作中におけるさくらの父親が教師で、母親の声が秋子さんと同じ皆口裕子さんだからというのが理由です。
 あと、蛇足ですが、さくらの父親の声は田中秀幸さんなので、名雪の父親の脳内CVも田中秀幸さんだったのですが、『めぞん一刻』の惣一郎さんの声も田中秀幸さんであることを後に知りました。う〜〜む、何たる偶然(笑)。
 更に蛇足ですが、名雪の父親の脳内イメージは、これまた田中秀幸さんが声を当てている「紺碧の艦隊」の前原一征です。
 さて次回は満を持して赤坂さんが娘の美雪を引き連れて登場します。ますます浸透するひぐらしワールドという感じで。

参拾弐話へ


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