「ねっ、スゴイでしょ? 早苗先生」
古河家を後にし水瀬家へ向かう最中、あゆが自慢するように早苗先生の話題を振ってきた。
「ああ、確かにすごいな早苗先生は」
進学校に通っている身だからこそ深く自覚できるが、今自分が行っている勉強は、「受験のための記号覚え」であり、それは知識習得のための学問とは遠くかけ離れたものだ。
智の探求とは、人間の本能的な欲求だと思う。空に輝く星は何だ、雪という言葉は他国の言葉では何と言う? そういう風に世の中のありとあらゆるものに疑問を投げかけ探求し続けるのが学問の本質であり、その探究に必要な知識を身に付けるのが“勉強”なはずだ。
しかし、学校に入るための記号覚えに特化した受験勉強は、そういった学問の愉しさとは乖離した無機質な存在だ。故に受験勉強は大方において苦痛しか感じないものだ。
世の中に多く存在する塾という施設は、学校以上の記号覚えに特化した機関だ。しかし、早苗先生の私塾は違う。早苗先生は、学問本来の楽しみを子供に教えようと塾を営んでいるのだ。そこには記号覚えの伝道師ではない、本物の教師の姿があった。
「しかし、まさかお前が私塾とはいえ塾に通っているのは意外だったぞ?」
まあ、早苗さんの私塾は勉強できる子が行く塾というよりは、勉強できない子に勉強の楽しさを教える塾という感じなので、あゆが通っていても不思議ではないが。何というか、単にあゆという人間と塾とが重ね合わさらないだけという感じだけど。
「うん! ボクにとっては塾っていうより“学校”だから」
「学校?」
「うん。今のボクは早苗先生以外のところへは通っていないから、あそこが今のボクにとっての学校かな?」
どういうことだ? あゆは高校に通っていないのか? 確かに世の中何らかの事情で高校を中退し、フリースクールなどに通っている学生はいる。
そういった意味ではあゆが諸事情で高校に通っておらず、早苗先生の下で勉学に励んでいても不思議ではない。問題は何故早苗先生の所かだ。名雪の話を聞く限りでは、あゆは連絡もつかないような遠くに引っ越したという感じだった。なのになんで、自分がいた街の私塾に通っているんだ?
まさか、引っ越した先でうまくいかず、名雪の知らぬ間にこの街に戻って来たとでも言うのだろうか? それに、両親が既に亡くなったあゆが、どこに引き取られているかさえ俺はよく知らない。
思えば今のあゆは謎だらけだ。あゆ、お前は一体何なんだ……?
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第参拾話「君への贈り物」
「いらっしゃい、あゆちゃん」
水瀬家へ帰ると、待ちに待ったとばかりに、名雪が笑顔であゆを出迎えた。
「こんばんは、名雪さん」
対するあゆも、笑顔で名雪に挨拶をした。二人の笑顔は打算も何もない、本当に心の奥底から出た笑顔に感じた。この二人は本当に仲が良かったんだなと、微笑ましく思う。
「もうっあゆちゃんったら、相変わらず他人行儀だよ。同級生なんだし、『なゆちゃん』でいいって昔から言ってるのに」
「うん。だけどね、ボクにとってはやっぱり『名雪さん』なんだ。学校でいじめられてたボクを助けてくれたのはいつも名雪さんだったから。だからボクにとってはどんなに親しくなっても名雪さんは名雪さんなんだ」
「あゆって、小学校時代いじめられていたのか?」
あゆの口から出たいじめの話。別段俺は驚かなかった。普通の高校に通わず早苗さんの私塾に通っているのだから、いじめか何かを受けて中退したのだろうというのは、何となく想像がついてたからだ。
「しかし、いじめの原因はなんだったんだ?」
「それはあゆちゃんのお母さんが原因だったんだよ」
「あゆのお母さん?」
「祐一、あゆちゃんのお母さんの職業は話したよね?」
「ああ、巫女さんだろ?」
月讀の巫女というちょっと特殊な名前の巫女だけど、一般的な普通の巫女さんと変わらないだろう。
「うん。けどね祐一くん、ボクのお母さんは神社に仕える巫女さんじゃなかった。ボクのお母さんはね……“イタコ”だったんだよ」
「イタコだって!?」
イタコって確か、あの恐山にいる口寄せで魂を呼び憑依させて死者の声を聞かせる霊媒師のことか。
「それもただのイタコじゃないんだよ。あゆちゃんのお母さんは本当に霊を呼び寄せられるイタコだったんだよ」
「本当のだって!? 何か証拠でもあるのか?」
「証拠かどうか分からないけど、お母さんがお父さんがいなくなった直後、あゆちゃんのお母さんにお父さんの霊を呼び出そうとした時、『死んでない者の魂を呼び寄せることはできない』って言われたんだって。
イタコっていうのは一種のセラピストだから、本当に呼び寄せられるかどうかは別として、基本的に霊を呼び寄せて欲しいって言われたら、その人の心を癒そうと霊を呼び寄せるはずでしょ?
でも、あゆちゃんのお母さんはそうしなかった。本当に霊と交信できる人じゃなきゃ、行方不明な人が本当に死んだかどうか分かりはしない。だからわたしはあゆちゃんのお母さんは本物のイタコだったと思うんだよ」
それは、親友の手前ということもあり、名雪がお世辞の意味を込めて“本物”と言ってるのかもしれない。しかし、同級生の親が霊媒師と聞き、いい顔をする者は確かにいないだろう。だからといっていじめが正当化されるわけでもないが。
ん? 待てよ、月讀の巫女は魂を呼び寄せられるイタコ……? ということは、仮に魂というものが存在し現世に留まり続けていたとして、月讀の巫女はその留まりし魂を呼び寄せるのが使命だとしたら。つまり、月讀の巫女は“帝の子の子孫”ではなく、“帝の子の魂そのもの”を待っているということにはならないだろうか?
第一、子孫を待っているだけなら、イタコである必然性はない。魂を待っているからイタコである必要があるということはないだろうか。何にせよ、あゆの母さんも春菊伯父さんもいない今、真相は闇の中だけど。
しかし、“魂を呼び寄せる”か。ひょっとして、あゆのお母さんも應援團たちのような何かの能力を持った人だったかもしれないな。
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「ふ〜〜食った、食った」
夕食は、豪華な鍋だった。総勢5人による鍋パーティは盛大で楽しかった。こんな充実した夕食会も悪くないと俺は心から思った。
「さてと、腹いっぱい食ったことだし、風呂はいって寝るか」
部屋に戻ると満腹近くまで食べたせいか、俺は睡魔に襲われ始めた。明日は旗日だから夜更かししてもいいところだが、平日の疲れを今日中に取り休日は万全の体勢で過ごすのも悪くはないと思い、俺はひとっ風呂浴びて寝ようとタオルと着替えを抱えて風呂場へと向かった。
「あっ、祐一くん、これからお風呂?」
「ああ。あゆは?」
「ボクはこれから名雪さんのお部屋でおしゃべりだよ」
「そうか、そりゃ良かったな……って、なんであゆがここにいるんだ!?」
つい自然に会話を進めてしまったが、あゆが俺の目の前にいたことに驚きを感じ得なかった。
「名雪さんがね、ゆっくり話したいから今夜は泊まってって、言ってきたんだ。秋子さんも了承してくれたから、泊まることになったんだよ」
「そうか。家の人には連絡したのか?」
「うん! 最初泊まるって言った時はちょっと驚かれたけど、訳を話したら佐祐理さんもちゃんと了承してくれたんだ」
「そうか。佐祐理さんの許可が出たなら……って、ええっ!? さ、佐祐理さんだってぇ!?」
家の人のことを訊いたつもりが、いきなりあゆの口から佐祐理さんの名前が出たことに俺は驚いた。
「あれっ、言ってなかったけ? 今のボク、佐祐理さんの家に預けられているんだよ」
何でも、親戚もいなく引き取り手がいなかったあゆを、日人さんの知り合いということで一郎さんが引き取ることになったとの話だった。
あゆがどこの家に預けられているか気にはなっていたが、まさか佐祐理さんの家だったとは。世間は案外狭いものだな。しかし、佐祐理さんも人が悪いな。あゆが同居してるならしてるって……
……あれっ? まて、おかしいぞ……? 確か俺が初めて佐祐理さんの家を訪れた時、佐祐理さんは確かに一人しかいないって言ってたはずだ。佐祐理さんは自分一人しか住んでいないという素振りを見せたのに、あゆは佐祐理さんの家に住んでいるという。一体どういうことだ……?
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(いかん、いかん。俺としたことがまた変な考え違いをするところだった)
あゆの発言に悩んだまま風呂にはいったが、数分間湯船に浸かって頭を整理すると、あゆが佐祐理さんの家に住んでいても別段不思議ではないと思い始めた。
思えば佐祐理さんの家を訪れたあの日、あゆは直前まで俺といたのだ。その後あゆは栞を追いかけていって、家には帰っていない。つまりあの時間帯佐祐理さん一人しか家にいなかったのだ。用はあの時の佐祐理さんの“一人”とは、“一人しか住んでいない”という意味ではなく、“今は一人しかいない”という意味だったのだろう。
まったく、今日は名雪とあゆから興味深い話を聞いてしまったせいか、つい俺の思考も突拍子のない方向に走ってしまった。もう少し落ち着いて考えるようにしないとな。
「ん? 誰だ?」
ふと扉の方へ目を向けると、人影らしきものが目に映った。
「あゆか? 悪いがもう少し待ってくれ」
「祐一〜〜、いっしょにお風呂はいろ〜〜」
「ま、真琴ぉっ!?」
てっきりあゆかと思った人影の正体は真琴だった。驚いたことに真琴は、裸で扉を開けたかと思うと、そのままズカズカと風呂場へ入り込んできた。
「ちょっと待て! 決して俺は嬉しくないなんてことはないが、もう少し常識というものを考えろ、常識ってものを!」
真琴のような少女と一緒に風呂にはいるなど、まるで夢のような話だが、現実的には大問題だ。特に、名雪とあゆに白い目で見られるのだけは避けたい。
「え〜〜? だってさっき名雪さんとあゆさんがいっしょにおフロはいろうとかって言ってたよ」
「それは女同士での話だ! いい年した男と女が家庭の風呂に一緒に入るのは大問題だぞっ!?」
「そんなことないよ。だって真琴、むかしは祐一と一緒にオフロにはいってたもん」
「一緒にはいってた!? いつの話だそれっ?」
ちなみに俺自身には昔に真琴と一緒に風呂にはいった記憶はないぞ。
「う〜〜ん、よくおぼえてないけど、昔いっしょにはいってた気がする」
いつの頃かは分からないか。しかし、この証言は真琴の素性を知るいい手がかりになるかもしれないな。
「仕方ないな、一緒にはいるか」
「わぁい、やったぁぁ〜〜!」
もしかしたなら、一緒に風呂にはいることで何か分かるかもしれない。そう思い、俺は真琴と一緒に風呂にはいることにした。あくまで一緒にはいるのは真琴の素性を知るためであり、決してやましい理由でじゃないぞ?
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「あう〜〜きもちいい〜〜」
真琴は単に一緒にはいるだけじゃ物足りないようで、俺に重なるようにはいってきた。風呂桶に腰掛けた俺の上にちょうど座るように浸かる真琴。敢えて言うが、この体勢はひじょ〜〜うに、マズイ。見方によっては風呂ん中でヤッているようにも取れる光景だ。
「祐一〜〜、なでなで、なでなでして〜〜」
「なでなで? 仕方ないなぁ」
真琴がなでなでして来て欲しいと甘えてきたので、俺は頭を優しく撫でてやった。
「あう〜〜」
頭を撫でてやると、真琴はすごく嬉しそうだった。真琴とこうして風呂にはいってても、不思議とやましい気持ちにならない。何と言うか、娘と一緒に風呂に入っている父親の気持ちというか、そんな心境になる。
それに何故だか懐かしい気分になる。やっぱり俺は、ずっと昔に真琴とこうして風呂にはいったことがあるのだろうか?
真琴と一緒に風呂に浸かった後、俺は部屋に戻りそのまま眠りに就いた。さて、休日の明日はどう過ごすとしよう。
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「いってきま〜〜す!」
その日もぼくは、あゆちゃんと待ちあわせの約束をして、遊びにいこうとしたんだ。
「祐一、どこに行こうとしてるの?」
けど、その日は名雪にとめられたんだ。
「いーじゃんかよ、どこに遊びにいったって、ぼくの勝手だろ!」
「でも、気になるんだよ、祐一がどこに行ってるか。今年の冬の祐一は何かヘン。いつもの“お姉ちゃん”のところにいかないと思ったら、どっかちがうところにいっちゃうし……。たまにはわたしと遊んでほしいな……」
「おまえとは家でいっしょなんだし、わざわざ遊ぶひつようもないだろ?」
「祐一はそれでいいかもしれないけど、わたしは祐一がとられたみたいでヤなんだよ!」
「オレは なゆきの モノじゃない!!」
何か自分がモノみたいに扱われて腹が立ったから、ぼくは名雪をサガ台詞でどなってあゆちゃんのところへ遊びにいったんだ。
「祐一、まって、まってたっら〜〜!!」
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何回も会っているうちに、あゆちゃんはだんだん元気になってきたんだ。それでその日ぼくはあゆちゃんをもっと元気にしてやろうと、駅前のパチンコ店の2階にあるゲームセンターにつれってたんだ。
「祐一くん、これ何?」
あゆちゃんは色々あるゲームの中でクレーンゲームが気にいったみたいで、目をキラキラさせながら、クレーンゲームを見たんだ。
「クレーンゲームだよ。知らないの?」
「うん、学校でゲームセンターで遊んじゃダメだって言われてるから、見るのは初めてなんだ」
「そっかぁ、きびしい学校なんだね。学校で禁止されてるならつれてこなかったほうがよかったかな?」
って、あゆちゃんをゲーセンにさそったことをちょっと後悔。
「ううん、祐一くんといっしょにいられるなら、ちょっとくらいルールやぶったってだいじょうぶだよ」
「そう、それなら良かった」
「ねえ、祐一くん、これはどうやって遊ぶの?」
「うんっとね、クレーンゲームっていうのは、上からぶら下がっている手みたいので下にある景品を取るゲームなんだ」
あゆちゃんがクレーンゲームの遊びかたを聞いてきたから、ぼくは遊びかたを教えてあげたんだ。
「へぇ〜。ボクにもとれるかな?」
「欲しい人形があるの?」
「うん! あの天使さんのお人形!!」
そう言ってあゆちゃんはクレーンゲームの中にある小さな天使の人形を指差したんだ。
「よーし! それならぼくが取ってあげるよ!!」
あの天使の人形を取ってあゆちゃんにあげれば、それはプレゼントになる。ぼくはあゆちゃんにプレゼントがしたくて、人形を取ってあげることにしたんだ。
「ありがとう。でも祐一くん、とくいなの?」
「ああ、これでも『ゲーセンの赤い彗星』って呼ばれてるんだ。一度に通常の3倍は取れるぞ!」
「へぇ〜〜スゴイや祐一くん!」
「ヘヘッ」
あゆちゃんにほめられてぼくはとってもうれしかった。
「一発でゲットしてプレゼントするって約束するよ。さあ、いくぞ〜! ガンダムがただの白兵戦のMSでないことをみせてやる〜!!」
そう意気込んで、僕は投入口に百円を入れてゲームを始めたんだ! さあ、一発でゲットしてあゆちゃんにプレゼントするぞ〜〜!
「あれっ!?」
けど、うまくクレーンに人形をはさむことができなかったんだ。
「クソッ、もう一回!」
ぼくは一発で取ることができなかったのがくやしくて、また百円を入れて挑戦したんだ。
「くそっ、今度こそ!!……ザクとは違うのだよ! ザクとは!!……」
その後300円、400円ってお金を入れたけど、ぜんぜん取れなかったんだ。
「祐一くん、もういいよ……」
あゆちゃんが横でもういいって言ってきたけど、ぼくはあゆちゃんとの約束を守りたくて、あゆちゃんの笑顔がみたくて、あきらめないで続けたんだ。
「……νガンダムは伊達じゃない!!……やらせはせん! やらせはせん! やらせはせんぞ〜〜!!……」
それから1,000円以上使ったけど、ぜんぜん取れなかったんだ。
「……私とてザビ家の男よ! ただでは死なん!!……まだだ! まだ終わらんよ!!……って、あれっ!?」
そして気がついた時には、おこづかいを全部使ってしまったんだ。
「そんな、弾切れ!? こんな時にっ!! なんで二千円近く使って取れないんだよ! 機体の調整が完全じゃないのか!?」
「ちゃんと動いてたよ……」
そんなことはわかってるよ。でも、でもっ、お金がかかった以上にぼくはあゆちゃんが欲しがってた人形が取れなかったのがくやしくて、機械にでも当たらなきゃ気分が落ちつかなかったんだ。
「ごめんあゆちゃん、約束守れなくて……」
ぼくはあゆちゃんに約束を守れなかったことをあやまったんだ。
「ううん、あれだけがんばっても取れなかったんだからしかたないよ。ボクはその祐一くんの気持ちだけもらえればじゅうぶんだよ」
「あゆちゃん……」
よくがんばったって、あゆちゃんはぼくの頭をなでなでしてくれた。そんな風にぼくをなだめてくれるあゆちゃんの気持ちがうれしかった。でも、あゆちゃんになだめられたから、余計にとれなかったのがくやしくて仕方なかった。
その日はそれであゆちゃんとわかれたんだ。そしてぼくは心にちかったんだ。次にあゆちゃんに会うときまでに絶対天使の人形をゲットして、あゆちゃんにプレゼントするんだって!
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「名雪おねがい、1,000円でいいからお金かして!」
ぼくは家に帰ると名雪に頭を下げてお金をかしてくれるようにたのんだんだ。お母さんにはお年玉もらったばかりだし、頼める相手は名雪しかいなかったんだ。
「貸すのはべつに構わないけど、何に使うの?」
「うんっとね、ゲーセンで欲しい人形があるんだ」
「人形?」
「うん! 天使さんの人形!!」
「天使さんの……人形……!?」
何の人形を取りたいか言った瞬間、何だか名雪の顔がちょっと鋭くなったんだ。ぼくはしまったと思って、今の発言を取り消そうと思ったんだ。
「天使の人形かぁ。祐一、そんなカワイイのに興味あったっけ……?」
けど、ぼくが取り消す間もなく名雪が訊いてきたんだ。
「う、ううん! 興味ないよ。だから今言ったのはまちがいで……」
「天使さんの人形なんて、いかにも女の子が好きそうなものだよね? どこかの女の子にプレゼントするのかな?」
「うっ、そ、それは……」
でも、ヘンに名雪のカンがするどくて、ぼくは取り消す暇もなく名雪にといつめられていったんだ。
「だから、ちがうって! 取りたいのは天使の人形じゃなくって他のものだし、女の子にもあげないし……」
「本当に? 祐一、わたしにウソや隠し事はしてないかな?」
「えっ!? ううん! してないよ、ウソや隠し事なんて……」
「本当に?」
「うん、本当本当……」
「そっかぁ……」
よかったぁ。何とか名雪をごまかせたぞと、ぼくは安心して胸をなでおろしたんだ。
「ウソだよっ!!」
「!?」
「今、ホッとしたでしょ? そんな態度取るなんて何かを隠してる証拠だよ!!」
けど、名雪はぼくの一瞬のスキを見逃さなかった。ぼくは「ウソだよっ!」って般若のような顔して怒ってくる名雪がこわくて、もう何も言い返すことができなかったんだ……。
「祐一が誰かにプレゼントするのは勝手だけど、そんなのにわたしはぜったいにお金を貸さないよ! 祐一のバカ!!」
そうして名雪は怒りながら自分の部屋に戻っていったんだ。う〜〜、どうしよう……名雪を完全に怒らせちゃった……。お母さんからも名雪からも借りられなきゃ、ぼくはどうしたらいいんだ……?
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「祐一く〜ん、舞ちゃんからお電話よ」
「えっ、お姉ちゃんから!?」
トボトボして一階へ降りると、秋子さんがお姉ちゃんから電話がかかって来たって呼んでくれたんだ。
「祐一、今年はどうして遊びに来ないの!?」
電話に出ると、いきなりお姉ちゃんが不満一杯の声で話しかけてきたんだ。
「ご、ごめんなさいっ、今年はちょっと色々あって……」
「もうっ、祐一のためにって一生懸命練習して、ゲッターロボ號のチェンジゲッターができるようになったんだよ!」
「えっ、それってもしかして號、翔、剴の3タイプチェンジの再現ができたってこと!?」
「うん、そうだよ」
うわぁ〜お姉ちゃん、ついにチェンジゲッターまでできるようになったんだなぁ。やっぱり、お姉ちゃんはスゴイや! お姉ちゃんの超能力は毎年遊びに来る度に上達していって、ぼくはそれを見るのが楽しみでこっちに来ていたようなものだったんだ。
「う〜〜、すごく見たいけど、でもゴメン……」
「何か来られない理由でもあるの?」
「うん、実は……」
ぼくはお姉ちゃんが名雪みたいに怒るのが怖くて、お姉ちゃんには正直に話したんだ。
「そっかぁ、あゆちゃんと一緒に遊んでるんだ」
「うん。だから、今年はちょっとお姉ちゃんのところにいけそうにないんだ」
「じゃあ仕方ないかなぁ」
「えっ!? 怒ったりしないの?」
てっきり名雪みたく怒ってくるかと思ったけど、お姉ちゃんはあゆちゃんの名前を出した途端、電話ごしににっこりと笑ってくれたんだ。
「うん。あゆちゃんのお母さん亡くなったって話だし、いま寂しいはずだから。だからあゆちゃんが悲しいことを忘れるくらいにいっぱい遊んであげて」
「うん、そうするよお姉ちゃん! あっ、そうだ! ちょっとお姉ちゃんに相談があるんだけど……」
ぼくはあることをひらめいてお姉ちゃんに相談してみたんだ。
「どう? お姉ちゃんならできると思うんだけど?」
「うん、試したことないけど多分できると思う」
「やったぁ〜〜! じゃあお姉ちゃん、ぼくの代わりに超能力で人形とってよ!!」
そう! お姉ちゃんの超能力なら、軽々人形を取れると思うんだ。そうすればあゆちゃんを喜ばせられるし、お姉ちゃんの超能力も見られるし、一石二鳥だよ。
「ダメ」
「えっ!? どうしてっ!」
でも、お姉ちゃんはきっぱりとダメだって言ってきたんだ。
「祐一、祐一はあゆちゃんのことが好き?」
「えっ!?」
突然お姉ちゃんにあゆちゃんが好きかって聞かれて、ぼくはドキッとしたんだ。
「う〜〜ん。どうなんだろう……。好きかどうかはわからないけど、でも放っておけないっていうか、ずっといっしょにいたいって言うかそんな気持ちにはなるよ」
「クスクス。いい、祐一? それが好きって気持ちだよ」
「そうなの? でもぼく、お姉ちゃんのこと大好きだけど、あゆちゃんみたいな気持ちになったことはないよ?」
「それはそうだと思うよ。だって祐一の“お姉ちゃんが好き”っていう気持ちと、“あゆちゃんが好き”っていう気持ちは違うものだろうから」
「う〜〜ん。ぼくにはよくわからないや……」
「いい、祐一? 好きっていう気持ちがよく分からなくても、祐一自身の力であゆちゃんを喜ばせてあげたいと思っているのなら、それは祐一自身が自分の力でやらなきゃダメだと思う。私がすれば簡単に取れるけど、でもそれだとあゆちゃんは喜ばないと思うよ」
「あっ……」
そうだ、あゆちゃんは言ってじゃないか、「祐一くんの気持ちだけもらえればじゅうぶんだよ」って。それは人形が取れなくても、ぼくがあゆちゃんのために取ろうとした気持ちだけで十分だったってことだよね?
あゆちゃんはぼくがあゆちゃんのためにがんばろうとした気持ちがうれしかったんだ。だからお姉ちゃんに取ってもらったら、あゆちゃんの気持ちを裏切ることになる。
「わかったよ、お姉ちゃん。ぼく、自分の力でがんばってみるよ!」
「うん、それが祐一にとってもあゆちゃんにとっても一番いいことだと思う。大丈夫、がんばれば祐一にだってできるはず。がんばって、祐一! 私も応援してるから!!」
「うん、ぼくがんばるよ! じゃあねお姉ちゃん!!」
「うん、また今度。上手くいったら絶対に私に連絡してね」
そうしてぼくは電話を切ったんだ。大好きなお姉ちゃんにがんばれって言われて、何だかぼくはとっても元気が出てきたんだ。よーし! 絶対に天使の人形をゲットして、あゆちゃんを喜ばせるぞ〜〜!!
「……。あゆちゃんのお母さんがお姉ちゃんの会いたかった人の一人なんだよね? そして、『月讀の巫女と源氏の血統を継ぐ者が惹かれ合うのは運命』だったよね、春菊おじさん? だから、あゆちゃんと祐一が知らず知らずの内に惹かれ合うのは仕方のないことなんだよね。
だから、これでいいんだよね……? 私も祐一のことは好きだけど、でも私にとっての祐一は“大切な弟”でしかないし、私は祐一にとっての『大好きなお姉ちゃん』でいられればそれで十分なんだから……。
だから梨花お姉ちゃんも、お空で二人の関係がうまくいくように応援しててね。月讀の巫女と源氏の血統を継ぐ者の約束が叶えば、お姉ちゃんが受け継いだ約束もきっと叶う、そんな気がしてならないから……」
…第参拾話完
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※後書き
| 26話からハイペースで書き上げ、ようやく30話まで書き上げることができました。一応今回が折り返しという感じになります。次から後半戦の開始なので、今のペースを維持しつつ書き続けたいものですね。 |
参拾壱話へ
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