「しかし、嘗ての蝦夷の民がどんな人達なのは分かったけど、その話と春菊伯父さんの話はどう繋がるんだ?」
いや、春菊伯父さんが何らかの大きな流れに巻き込まれたのではないかとの推測は成り立つ。もしかしたなら春菊おじさんは、“知り過ぎたから消された”などという仮定さえ成り立つ話だった。
しかし、先程の名雪の話にあゆのお母さんの接点が見当たらない。一体神夜さんはさっきの話とどんな関係にあるのだろう?
「それはね。あゆちゃんのお母さんが、その“帝”に仕えていた巫女さんの後継者だってお父さんが言ってた」
成程。その仕えていた巫女が月讀の巫女ということか。あゆの苗字は“月宮”と、月の文字が刻まれている。それは仮に帝を“太陽”とするなら、“太陽な帝を影から支える月のような巫女”という意味で、月讀の巫女と言っているのだろうか。
「そして今からずっとずっと昔、月讀の巫女さんと、わたしと祐一の先祖の人が約束したんだって。『自分たちの子孫が月讀の巫女の助けとなる』って」
「助けになる? そもそも月讀の巫女は何の助けが必要なんだ?」
何となくだが、あゆのご先祖様と俺たちのご先祖様が約束を交わしたという趣旨は分かった。しかし、助けになると約束したということは、月讀の巫女が抱えてる何かしらの問題を助けることが前提となっているはずだ。では、月讀の巫女が約束をするほどやり遂げなければならないことは何なのだと。
「それはね、待っているらしいよ」
「待ってる? 誰を?」
「さっきの話に出てきた“帝”の子供が、この地に帰って来るのを待ってるってお父さんは言ってた」
帝の子供が帰って来るのを待ってるだって!? ちょっと待て、さっきの話だとその帝は1200年近く昔の人だぞ。つまりその子供も1000年以上昔の人だ。だからそんな昔の人を待っているというのは、随分とまた奇妙な話だ。
いや待てよ、子供を待つというのは一種の比喩で、その“帝の子孫”を待っているということなのではないだろうか? つまり、あくまで俺の仮定だが、帝は雛見沢に能力者を逃がすと同時に自分の子供も逃がした。肝心の帝がどうなったかは分からないが、阿弖流為同様処刑された可能性は高い。
けど、密かにみちのくの帝の血は逃れた子供によって守られ、その子供は1200年以上雛見沢で帝の血統を守り続けている。そして月讀の巫女はほとぼりが冷め、再び帝の血を引き継ぐ者がこの地に帰って来るのを待っていることにならないだろうか。
(ん……? 雛見沢に帝の子孫が逃げた……。ということは、まさか、まさかっ!?)
俺は前述の仮定から、恐ろしい推論を導き出してしまった。帝の子孫は雛見沢でひっそりと暮らしていたハズだった。でも、この情報化社会の現代、現政府に嘗て滅ぼしたはずの帝の血脈が雛見沢で受け継がれていることを知られてしまったとすれば……?
逃亡してから1200年近く経っているのだ。その血を引き継ぐ者は直径の者だけに限らず村人全体にまで広まっているはずだ。もう昔みたく特定の者だけを処刑するという風にはいかない。
ならばどうするか? 簡単な話だ。災害に見せかけて村ごと消してしまえばいいのだ。そう、つまり俺の導き出した恐ろしい推論とは、雛見沢大災害は国が帝の子孫を村ごと葬るために仕組んだ大規模テロではないかということだ。
そして国はこれで再び邪魔者が滅びたと安堵した。けど、実は滅びてはいなかった。何かしらの方法でその子孫は逃れたのだ。その逃れた子孫こそが真琴であり、真琴は国の陰謀から逃れつつ嘗て自分の先祖がいた土地に戻って来たのだ。
あまりに突拍子のない推論だが、しかしこの推論が正しかったら、一つ一つのピースがうまくはまる気がしてならない。まずは、真琴だ。真琴が自分の名前以外を語らないのは、語れないからだ。自分が狙われている立場の人間なら、素性を語らなくても不思議ではない。
そして、春菊さん。恐らく春菊伯父さんは10年以上前に、何らかの方法で真琴と接触し、そのことが国にばれて自殺に見せかけられて殺されたのでは……?
いや、流石にそれはない。春菊伯父さんが殺されたのなら、真琴だって既にこの世にいないはずだ。ん? 待てよ、仮に真琴を支援する組織かなんかがいて、春菊さんはその組織に所属しているのでは?
その組織はあくまで影の組織であり表沙汰には活動できないから、戸籍上死んだことにならなければならず、自殺に見せかけて失踪したとか。これだと、春菊伯父さんが失踪した時期と真琴が俺の前に現れた時期のタイムラグの説明ができ、更には春菊さんが真琴をかくまう意味で水瀬家へよこしたとの説明がつかないこともない。
前者と後者では、後者の方が無理がない気がする。そして前者か後者かで、数日後には現れるであろう赤坂さんの正体も大きく異なる。前者なら赤坂さんは国から真琴の暗殺を任されたテロリストであり、後者だと真琴を支援するために派遣された協力者ということになる。
(いかん、いかん。いくらなんでも考え過ぎだぞ俺!)
推論に推論を重ね、あまりに飛躍してしまった論を展開してしまったことを俺は反省する。確かな証拠もなく推論を推し進めるのは危険極まりない。とりあえず今思いついた論はすべて頭の中に閉まっておくとしよう。
「わたしが知ってるのはこれくらい。最初に言ったけど、本当に誰にも話しちゃダメだよ?」
「ああ、分かってるって」
何だかんだで、名雪の話は真実の度合いを抜きにしても簡単に人に話せるものではない。秘密を共有したことで名雪への親近感がちょっと増しつつ、俺たちは帰路を急いだ。
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第弐拾九話「あゆの學校」
「了承」
帰宅しあゆを家に呼ぶことの是非を秋子さんに訊ねると、一秒で了承してくれた。そういう訳で俺は着替えてあゆを見つけるため商店街へ繰り出すことになった。
「祐一、お帰り〜〜。お腹すいたからなにか買ってきて〜〜」
商店街へ繰り出そうとすると、俺が帰って来たのを察知し真琴が部屋から出て来るや否や、挨拶を返す間もなく何か買って来てと頼んで来た。
「はぁっ? 晩飯まで待ってろ」
「ヤダヤダヤダヤダ〜〜! お腹すいたぁ〜〜。肉まん食べたい食べたい食べたい〜〜! 買ってきて、買ってきて〜〜!!」
と、真琴は廊下に転がりながら手足をブンブン振り回し子供のようにダダをこね始めた。まったく、相変わらず子供だな真琴は。パンツ丸見えだけど、全然気にならないのかアイツは。
まさか、この態度が自分の素性を隠すための演技とは到底思えない。やっぱり、真琴が雛見沢から逃げて来たという推論は、完全に俺の思い過ごしだろうなと思った。
「やれやれ。これから商店街行くから、そんなに食いたいのならついて来い」
「わぁい〜〜、やったぁ〜〜!」
真琴は肉まんが食えると分かるや否や、大手を振って喜び出した。そんなこんなで俺は真琴と一緒に商店街へ行くこととなった。
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「あう〜〜おいしい〜〜」
真琴はコンビニで肉まんを買ってやると、喜びながら貪った。
「しかし、まさか肉まん蒸し器にいきなり手を突っ込もうとするとは、夢にも思わなかったぞ」
驚いたことに、真琴は肉まんを視認するや否や、蒸し器に手を突っ込んで肉まんを取り出そうとした。俺は急いでその手を掴み、何てことをするんだと叱ったら、真琴はキョトンとした顔をした。どうやら真琴には“物を金で買う”という概念がないようだ。まったく、どこのお嬢様なんだよ真琴は。
(さてと、あとはあゆだが……)
真琴の用を済ませあとはあゆを探すだけだが、これは大した問題じゃないと思った。何故なら……
「祐一く〜〜ん」
(ほぅら、やっぱり……)
軽快な声と共にあゆが近付いてくる気配を感じる。予想通りというか、俺の方から見つけようとしなくても、勝手にあゆのほうから見つけ、俺に襲い掛かってくるのだ。
(さぁて、今日はかわしてみせる!!)
この間は見事後方からの奇襲攻撃を食らってしまった。今回はかわしてみると思いつつ、何か面白い回避方法はないだろうかと、俺は考える。
(そうだっ!)
俺は技を閃くかのように頭上で電球がピコーンと光り、早速閃いた回避方法を実行に移した。
「真琴、ちょっといいか?」
「あうっ?」
俺は肉まんを貪ることに夢中な真琴を軽く抱えて移動させた。
「祐一く〜〜ん……うわわ〜〜!」
「あ、あう〜〜!」
俺は迫り来るあゆに対して、真琴を盾のように配置することで難を逃れた。前方不注意なあゆと肉まんを食うのに集中していた真琴双方とも回避する余裕はなく、見事に衝突してしまった。
「うぐぅ〜〜、いたいよぉ〜〜」
「あう〜、あう〜」
二人とも地面に転びながら鼻を擦ったり腰を擦ったりして痛みを訴えている。
「うぐぅ〜ひどいよ祐一くん」
「あう〜〜、祐一のバカー!!」
「ははっ、すまんすまん」
俺は同時に激しく攻め立てる二人の叱責を、笑いながら受け流した。何というか、この二人をからかうのはすごく楽しい。ははっ、子供だな、俺。
「それはそうとあゆ、実はだな……」
俺は頃合いを見て、水瀬家に遊びに来ないかとあゆを誘った。
「うん! 行く行く〜〜」
誘った途端あゆは今までの不機嫌さがどこかに吹き飛んだかのように、喜びながら承諾してくれた。
「あっ、そういえば祐一くん。この間祐一くんが言ってた、『せっとう』の意味がわかったよ」
と、あゆは自慢するような声で語ってきた。そういや前、窃盗罪がどうのとあゆをからかったけな。
「ほう? そりゃ勉強熱心なことだ。で、どんな鳥だか分かったのか? 勉強の成果を俺に聞かせてくれ」
あゆのことだからきっと、「動物図鑑」でも調べて「せっとう」という鳥を探してたんだろうな。なかなか目的の鳥を見つけられず、うぐぅ〜と苦悩するあゆの姿を想像して楽しみながら、あゆの成果を聞き出そうとした。
「うんとね、せっとうは……」
「うんうん」
「窃盗罪は刑法第235条で定められた罰則で、『他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役に処する』刑罰のことだよね?」
「はいっ?」
何か今、物凄く難解な言葉があゆの口からサラッと出たような……。
「ちなみに、『さぎ』はどうだ?」
聞き間違えかと思い、今度は詐欺罪について訊ねてみた。
「うんっと、『さぎ』は……。刑法第246条で定められた罰則で、『人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する』刑罰のことで、第2項では、『前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする』って定められているんだよね?
あっ、あと第246条の2で、『前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、10年以下の懲役に処する』って、電子計算機使用詐欺における罰則が定められているんだよね?」
「……」
あのぉ、何か先程以上の難解な言葉を仰っているのですが……。普段のあゆからは想像も付かない言葉が飛び出したことに、つい俺は敬語でツッコんでしまった。
「ちなみにそれは自分で調べたのか?」
「ううん。早苗先生に教えてもらったんだ。祐一くんに『さぎ』に『せっとう』とボクの分からない言葉聞かれたから早苗先生に訊いてみたら、『それは鳥のお名前じゃなくて法律のお名前』って教えてくれたんだよっ」
どうやら自分で調べたのではなく、先生から聞いた話のようだ。あゆが独学で学んだ知識ではないことに安堵しつつ、このあゆに刑法なんて難解なものをあっさり教えた早苗という先生の教育力に脅威を感じる。
「なあ、あゆ? その早苗先生ってのはどんな人なんだ?」
あゆほどの人間に難解な言葉を覚えさせる早苗先生とは一体どういう人物なのだろう? 興味が湧いた俺は、あゆに訊ねてみた。
「うん! お料理も上手でとっても優しい人なんだよ」
「へぇ、料理が上手で優しく、その上教育上手な人なのか。一度会ってみたいな、その早苗ってあゆの先生に」
名前や料理が得意なことから、その先生は間違いなく女性だろう。きっと秋子さんと伊吹先生を足して2で割ったような素敵な先生なんだろうと、俺は勝手に想像力を膨らませる。
「じゃあ、今から会いに行こうっか?」
「今から? だってこれから俺の家に来るなら学校に戻ってる時間はないんじゃないか?」
「大丈夫大丈夫、すぐそこだから」
と、腕を引っ張るあゆに連れられながら、俺は急遽早苗先生に会うこととなった。
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「なあ、あゆ?」
「なに、祐一くん?」
「俺のことからかってるだろ?」
「えっ? ううん、からかってなんかいないよ?」
「いいや、絶対にからかってる! お前はさっき早苗先生に会わせるって行ったじゃないか。てっきり俺は学校に連れてくのかと思ったけど……ここはないだろ、ここは!」
「うぐぅ、ひどいよ祐一くん。早苗先生はここの学校の先生なんだよ!」
「ここの学校の先生って言われてもなぁ……」
あゆが案内した場所に俺は苦笑するしかなかった。何せその案内された場所が学校などではなく。“古河パン屋”だったのだから。何で先生に会わせるって言われて、パン屋に連れて来られなきゃならないんだ……?
「あっ、あゆお姉さんに、祐一お兄さん、こんにちはです。今日はお二人でご一緒にお買い物ですか?」
「なんの ようだ! こぞう!!」
古河パン屋の中に入ると、古河親子が対照的な態度で挨拶して来た。古河さんの態度は相変わらずとして、渚ちゃんは今日もお店の手伝いか。冬休み中だとはいえよく頑張るなと感心する。
「あう〜〜、いいニオイ……」
パン屋の中に入ると、真琴がパンの香ばしい匂いに反応して、パン屋の中を徘徊し始めた。
「真琴、いくらいい匂いだからって勝手に手に取って食べるんじゃないぞ!」
と、一応真琴に釘を刺しておく。こうでも言わないと、さっきみたくまた手を出しそうだからな。
「おっ、誰かと思えばこの間の小娘じゃねぇか」
真琴の顔に見覚えがあるのか、古河さんが思い出したように真琴に声をかけた。
「古河さん、真琴のこと知ってるんですか?」
「ああ、真琴って言うのかあの娘は。知ってるつうかなんつうか、この間パンの匂いにつられて店の中に入って来たんだよ。何故だかすっ裸で腹空かしていたようだから、余ったパン食わせて、服やらバッグやらを貸してやったんだよ」
「ということは、あのジオン公国のバッグは?」
「ああ、俺んのだ。いいモン見せてもらったお礼ってつーことで、他に良さそうなのがなかったから、貸してやったんだよ」
いいモンって、真琴の全裸姿を見れたことか? 確かにこんな年頃の少女の裸なんて滅多に見られるもんじゃないが、思ってても普通娘の前でそんなこと言うかっ!? まったく、この人は節操がないと言うかマイペースと言うか……。
「真琴ちゃんが着ている服は、わたしの何ですよ。えへへ」
と、渚ちゃんが微笑んだ。古河さんには若干の下心があったとはいえ、見ず知らずの少女に衣類を貸し与える辺りの親切心は見習うべきものがある。
そして、何となくだが、真琴の素性についての手がかりを得た。相変わらずどこの誰かは分からないが、全裸で空腹な状態で古河パン屋に迷い込んだという、俺と出会う前の状況を知ることができた。
しかし、空腹なのはまだ分かるとして、全裸姿って言うのはどういうことだ? この社会で生きている限り、裸で街を歩くことなどあり得ない。そうえいば真琴は通常の女の子より身なりに関心がないし、パンチラすら気にしないほど羞恥心がない。そんな普段の真琴の動向と、古河さんとの接触当時全裸だったことに何らかの因果関係があるのだろうか?
「あの後どうなったか気にはなってたが、小僧の家で保護してたのか、関心関心」
「保護したというか、成行きで居候になっているって感じですね」
そう言いつつ、無償で真琴に衣類を貸してあげた古河さんに、真琴の同居人としてお礼をしたいと思い、パンを買う形でお礼返しをしようと店内を見回す。
「ん? なんだ、このパンは?」
店内を見回すと、「大特価」という見出しが貼られたパンが目に入った。近付きどんなパンなのか名札に目を通すと、何やら「甘くないジャムパン」とのことだった。
なんだ、甘くないジャムパンって? イチゴジャムとか通常のジャムじゃない何か特殊なジャムを用いているのか。
「すみません、これ買いたいんですけど」
一体どんな味のパンなのか興味が湧き、俺は甘くないジャムパンをトレイに乗せてレジに持って行った。
「さなえのパンは ぶきです よろしいですか?」
「へっ?」
「だから、早苗の焼いた『甘くないジャムパン』は武器だって言ってんだろうが!」
何だ、パンが武器って……? そんなにこのパンは独特な味がするのか?
「普通の客なら黙って売るところだが、小僧に免じて金はいただかねぇ。その代わり今すぐそのパンを食べてみやがれ!」
「は、はぁ」
俺は古河さんに促されるように、パンを口にしてみた。
「……」
パンを口にした瞬間、言葉では説明できない味が口の中に広がり、俺は冷や汗をかき始めた。
「そいつは早苗特製のパンだが、そいつを食べてどう思う?」
「何と言うか、すごく、独特な味です……」
「だろ? この味は食べ物つうか武器だろ?」
確かにこの殺人的な味は到底食べ物とは言えない……。
「これ、ジャムパンなんですよね……?」
「ああ」
「材料は何なんですか……?」
「残念ながらそいつは俺も知らねぇ。早苗が教えてくれねぇんだよ」
材料が謎のジャムパンを売るなんて、古河さんは正気なのか? まったくその早苗さんっていう人は一体。ん? 早苗さん……?
「お父さん! お客様の前でお母さんのパンをそういう風に言うのはっ!」
「じゃあ何か、渚は早苗のパンを普通に食えるっていうのか?」
「えっ!? え、えっとそれは……」
「あ、あのぉ、お取り込み中申し訳ないんですが、その早苗さんってのは……」
親子で口論している間に俺は入り、早苗さんについて聞いてみた。
「ん? なんだ小僧、早苗に用があるのか?」
「はい、実は……」
俺はあゆの語る早苗先生と古河家の早苗さんが同一人物なのか訊ねてみた。
「ああなんだ、俺じゃなく早苗の方に用があったのか。早苗は今奥の部屋でガキ共に勉強教えてるところだ」
「お母さん、近所の小学生たちに私塾という形でお勉強を教えているんです」
どうやら古河さんの奥さんであり渚ちゃんのお母さんである早苗さんは、自宅で私塾を経営しているらしいとのことだ。あゆが先生なんて言ってたからてっきり学校の先生だと思ったが、私塾の先生だったのか。
「あの、勉強風景を見学してもいいですか?」
しかし、あのあゆに難解な言葉を教える早苗さんがどんな人か興味は尽きず、俺は見学していいか訊いてみた。
「俺は全然構わねぇぜ。気に入ったら是非『魁! 早苗塾』に入ってくれ。なぁに、早苗は中高の教員免許持ってるから、小僧の教育だってバッチリできるぜ!」
「入塾するかどうかはともかく、お言葉に甘えて見学させていただきます」
古河さんの許可をもらい、俺はあゆと共に古河家の奥へと入っていった。
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「じゃあ、問題よ。でんきタイプ、レベル43、とくこう80のピカチュウが、威力95のでんきタイプの技10まんボルトで、みず、ひこうタイプ、とくぼう120のギャラドスを攻撃した時のダメージはいくらでしょう? 前述の数値を、『ダメージ=((LV×2÷5+2)×攻撃力×技の威力÷防御力÷50)+2』の公式に合わせて算出してみて」
古河家の中へ入っていくと、ポケモンのダメージ計算式を問題として出すおしとやかな女性の声が聞こえて来た。この声の主が早苗さんなのだろうか?
「はい、早苗先生! 基礎ダメージが26.32で、これがピカチュウと10まんボルトの同タイプ補正で1.5倍になり、更にでんきタイプはみずとひこうのどちらにもこうかはばつぐんだから、2×2の4倍になり、最終ダメージは157.92になります!!」
「正解よ。どう? 一見TVアニメより弱いピカチュウに見えるけど、こうやって相性を考えて戦えば、十分強いのよ」
「すげぇや! ピカチュウよええっていっつもライチュウに進化させてたけど、こんど進化させないまま使ってみよ〜〜!」
声からして問題を解いているのは小学生だろうか? 早苗さんが出した問題は高校生の俺でもちょっと複雑に思う計算式だったけど、それをスラスラ解くとは大したものだ。
「あの、お取り込み中失礼します」
俺は楽しそうにやっている間に入るのは悪いと思いつつ、部屋の中へと入っていった。
「あら? 見かけない子ね? どこの子かしら?」
「相沢祐一って言います」
「祐一君ね。秋生さんやあゆちゃんから名前は聞いているわ。こうして会うのは久し振りね」
と、昔を懐かしむかのような顔で早苗さんは微笑んだ。俺はやっぱり昔、この人にも会ったことがあるのだろうか?
「それにしても、随分と難しい計算式を小学生に教えていますね」
「ええ、確かに普通に学校で習う問題よりは難しいわね。でも、こう教えた方がみんな楽しく覚えてくれるのよ」
「どういうことです?」
「例えば機械的な計算式を出されても、普通の子供は楽しく感じないわ。でも、今のポケモンのダメージ計算式のように、自分の身近なものを題材にした問題として出せば、楽しみながら学べるのよ。
そして、そう教えれば、一見生活に役立たなく見える算数の知識も、自分たちの遊んでいるものの中に使われているって分かれば、興味を抱くものだわ」
成程。確かに計算ドリルなんかの問題を機械的に解いたって、楽しみは湧かない。でも、同じ数式でもゲームのダメージを計算したりすれば、一気に楽しいものへと変化する。一般的な教育の概念に囚われず独自の教育論で勉強を教える早苗さんに、確かに俺は教師としての威厳を感じた。
…第弐拾九話完
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※後書き
| 前半で祐一がああだこうだ推論述べていますが、あくまで「推論」ですので、祐一が言ってることがすべて正しいとは限りませんので、その辺りは気を付けてお読みください。この、「主人公が必ずしも正しいことを言ってると限らない」というのは、ひぐらしから学んだことの一つでもありますね。
さて、次回はようやく30話ですね。改訂前は30話ってほぼ終盤でしたが、今回は次回でようやく折り返しというのが辛い所ですね。 |
参拾話へ
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