「ルーキーズ本選〜ライバルたちの闘い〜」


「それではまず一組目。幻楼のみなさんに歌っていただきます曲は、『DAYBREAK’S BELL』です!」
 北澤司会の紹介が終わるや否や、舞台の照明が落とされ、曲が流れ始めた。
「西園寺大和、ストライク、行くぜ!」
「桂小次郎、イージス、出る!」
「コードネーム武蔵野刹那、エクシア起動……!」
(何だこの格好は!?)
 曲に合わせるように颯爽と登場した3人の姿に、俺は驚きを隠せなかった。3人は、全身を青や赤を基調とした近未来なスーツに身を包んでいた。その姿は、どこぞの特撮ヒーローを髣髴とさせるものだった。
「フフン! どうだぁい、弱小プロダクションのプロデューサー君? これが、我がアークピジョンが対FIMグランプリ用に開発した秘密兵器、その名もMOBILEモバイル SUITスーツだ!!」
 驚く俺を見下すように、誠Pが勝ち誇ったような声でスーツの名を語った。
「MSは、アイドルに最も適したパフォーマンス等のパターンをプログラミングし、そのデーターをスーツ状の端末にダイレクトに反応させたものさ! 1着200万はくだらない、資金が潤沢な我がアークにしか成し得ない技さ! 弱小765プロダクションにはこんなの作れないだろ!」
 このFIMグランプリは、2分という制限時間はあるものの、演出方法に関しての規定は特にない。つまり、基本的には何を行ってもいいのであり、アークのように他事務所の追従を許さないような高額な衣装を用意しても構わないわけなのである。
「アイドルたちはすべて予め決められたプログラムに基いてパフォーマンスを行っている。つまり、ミスはまったく生じないのさ!!」
 プログラミングミスさえしなければミスが起きない完璧なダンスというわけか。確かにその動きは器械的で無駄のないものに映る。でも、何となくだけど妙な違和感を抱いてしまう。
「いっくぜー! ヅラぁ!!」
 曲が間奏に入った瞬間、大和がマイクを反対に掲げたかと思うと、柄からビーム状の光が出て、小次郎に突進して行った。
「ヅラじゃない、桂だ!」
 対する小次郎は大和の呼称にツッコミを入れつつ、両手をクロスした。すると、ビーム状のシールドが展開され、大和のビームサーベルと激突する。
 互いのビームがぶつかることにより弾ける閃光。どうやらこれもMSに取り込まれた装置のようだ。携帯電話が通話以外の機能を兼ね備えたモバイルであるように、このMSも様々なパフォーマンス機能を兼ね備えたモバイルということか。
「エクシア、作戦行動に移る」
 刹那は両腕を構え、交錯する2人に焦点を合わせる。すると、手の甲からビーム状の光が伸び、サーベルとシールドの光を破裂させ拡散させる。
「これは美しい! ビーム輝くフラッシュバックに映る、刹那さんの影!! その名が示すような、刹那の光の美しさがそこにあります!!」
 近未来的なスーツのイメージに合わせた、光と音のコラボレーション。それはあまりにサイバーチックで、観客はおろか北澤司会すらも沸き立たせた。
 俺自身そのパフォーマンスには驚嘆せざるを得なかった。でも、やはり違和感は拭えない。幻楼のダンスも演出も最高レベルなのは間違いない。でもそれは、あくまで“MSの力”によるものだ。何というか、アイドルたちが機械に踊らされ、全然目立っていない感じがする。
 もっとも、そんなことを指摘したところで負け惜しみにしか聞こえない。結局のところ俺は何も言わずに、早くも勝利の余韻に浸っている誠Pの顔を見届けるだけだった。



「それでは次の三組目。サザンクロスの皆さんに歌っていただきます曲は、『愛をとりもどせ!!』です!」
 二組目のステージが終わると、スポットライトが眩く光だし、舞台が照らされた。
「えっ!?」
 しかし、前奏が鳴り出したステージには、レイとシュウの2人の姿しかない。シンとユリアの2人は一体どこに?
「YOUはSOCK! 愛で空が落ちて来るー♪」
 そんな時、歌詞に合わせるかのように、ギターを抱えたシンがステージ上に飛び降りて来た。
「なっ!?」
 そのあまりに大胆なパフォーマンスに、俺は目を疑った。決して軽くはないギターを持ちつつ飛び降り、その後平然と演奏しているのだから。
「YOUはSOCK! 俺の胸に落ちて来るー♪」
 続いてベースであるユリアが飛び降り、歌詞に合わせるようにシンの胸元に落ちて来る。シンは颯爽とユリアを抱き抱え、そのまま華麗に踊り出した。
「どぉ? これがシンちゃんの武道をダンス技術に応用した技、舞闘術ダンス・マカブルよぉ!」
 ステージを凝視する俺に、お嬢様口調で語りかけてくる夜叉HiMEP。成程。武道を極めたものだからこそ、飛び降りた後も平然と立ち尽くすことができ、成人女性を抱き抱えながらも踊ることができるというわけか。
「熱い心鎖で繋いでも、今は無駄だよ! 邪魔するやーつは指先一つで、ダウンさぁっ!!」
 最初出会った時とはまるで雰囲気が違う声色で歌うユリア。挙動不審でオドオドした態度はどこへやら。男に決して負けない猛々しい声。まるでガラスのを爪で引っかいているような不快で猟奇的なベース音は、聴いている者の心に恐怖を植えつけるほどだ。
『おおおー! ゴトゥーザ様の“空鍋”だぁーー!!』
 観客の何人かが、ユリアの独特なベース音に熱狂的な歓声をあげた。恐らく豹変後の気性をゴトゥーザ様と呼び、このベース音を空鍋と言うのだろう。確かに、空の鍋を擦ったらこんな不快な音が聞こえてきそうだな。
「シュウちゃん、そろそろ“グランゾン”の出番よぉ!」
「分かっています、姫。さて、行きますよ! 重力波の追複曲グラビトンウェーブカノン、発射!!」
 シュウはインカム越しに夜叉HiMEPの指示を受ける。そして、「YOUはSOCK! 俺の鼓動早くなるー♪」という歌詞に合わせるように、ドラムのテンポをあげた。
「クッ! なんだこの大地を揺り動かすようなドラム音はっ!?」
 一つのドラムを叩く音が会場全体に爆音を轟かせたかと思うと、その音が鳴り止む前に次のドラム音が響き渡る。その重々しく力強い旋律は、まさに重力波の追複曲と言えるものだった。
 しかもこのシュウ、通常のドラムではなく、鼓笛隊が使用するような腰に装着する特殊なドラムを使用している。それにより力強い足踏みのダンスを舞いながらドラムを叩き続けている。シンの舞闘術もすごいが、シュウのドラム技術も非凡と言わざるを得ない。
「すごい……。正確無比で、何ていう美しさ……」
 そんな時、レイのキーボードを弾く指の動きに、フェイトPが感嘆の声をあげる。一打一打に無駄がなく、正確に曲調に合わせて奏でられる変幻自在の旋律。まるで水鳥が羽ばたくような美しさに、俺の心も魅了されて止まない。
「どうやら2人とも、レイちゃんの伝説の福音レジェンドエヴァンゲリウムに心を奪われたようねぇ」
「伝説の福音?」
「ええそう。レイちゃんの操るキーボード、RX−78から奏でられる完璧なまでに統制の取れた調律。それがあたかも福音が神託されたかのような錯覚を起こさせるから、ファンの間ではそう呼ばれているわぁ」
 俺の質問に丁寧な説明を施す夜叉HiMEP。成程。確かにこの芸術的に整えられた旋律は、まるで賛美歌を聴いているような感覚に襲われるな。
「シンちゃん、今よ! あなたの南斗弧鷲拳を見せてあげなさい!!」
「はっ! 姫!!」
 歌も終盤に差し掛かった頃、夜叉HiMEPがシンに指示を出す。指示を受けたシンは、ギターの弦を弾くスピードを速め始めた。
「俺との愛を守る為、お前は旅立ちぃぃぃ! あしーたを、見失った!!」
「おーっと、出ました! シンさんの南斗弧鷲拳です!!」
 熱狂的な歌声で歌いながら激しくギターの弦を弾くシンの姿に、北澤司会も大歓声をあげた。
「何と素晴らしいギターテクニックでしょう! その名が示すように、鷲が弧を描くような凄まじい指捌き!! シンさんが扱うギター、インパルスの性能も相成り、演奏はクライマックスへと到達しました!!」
「みんな、残すは後奏のみよ! 有終の美を飾るように、各自全力を尽くすのよ!!」
『了解!!』
 歌が終わり後奏に入ると、夜叉HiMEPの指示に従い、4人がそれぞれ自分の持てる最大限の力を発揮する演奏へと入っていった。そしてダイナミックな協奏の末、サザンクロスの演奏は終曲を奏でるのだった。



「へぇ、なかなかいい演奏じゃない。伊達に粋がってただけのことはあるの」
 サザンクロスの演奏が終わると、その素晴らしい演奏を称えるように、なのはさんが姿を現した。
「なっ、なのはさん! そのコスチュームは!?」
 覇王エンジェルの出番が近付き、準備を整え再びオペレーションルームに姿を現したなのはさんの格好に、俺は驚愕した。何せ、今日は自らがステージに立つわけでもないのに、いつもの魔法少女調のコスチュームに身を包んでいたからだ。
「ああ、この格好? 今回はステージに立たないけど、ここから直接演出を行おうと思ってなの」
 そう言うなのはさんの手には、デバイスであるレイジングハートが握られていた。
「本当は指示するだけの予定だったんだけど、今日は初めての舞台。だから、出血大サービスで2人のサポートをするの。サポートに専念するとはいえ、やっぱり格好はちゃんとしなきゃなの!」
 FIMグランプリにおいて、プロデューサー自らが舞台装置を操作するのは規定に違反しない。だから、なのはさんがレイジングハートを使うのも、演出の一つとして認められるのだ。
 ちなみにデバイスとは、モンデンキント社がSmile Squadの依頼を受けて開発した、FIMグランプリ用の演出補助装置だ。アイドル自らが使用することにより、ビジュアルアピールに大きく貢献している。
 なのはさんの使用するレイジングハートは、魔法少女がよく持つ特殊なステッキの形をしている。杖の先端に付けられたライトと、柄に付けられたキーボードによるコマンド入力により、様々な演出を引き起こすアイテムだ。
 レイジングハートはなのはさんのイリュージョンマジックをより際立たせたもんな。今回のステージでもどんな風に使われるか楽しみだな。



「それでは四組目。覇王エンジェルの皆さんに歌っていただきます曲は、『SECRET AMBITION』です!」
 そしてついに、覇王エンジェルの出番が来た。さすがはなのはさん直々のプロデュースユニットということもあり、早くも会場は大歓声だ。
「胸に宿る熱き彗星は〜〜♪ 始まりの鼓動〜〜♪」
 前奏が流れ出ると、ステージの中心にスポットライトが当たり、1人で歌っている礼奈の姿があった。
「行くよ! マッハキャリバー!!」
 玲奈が1節を歌い終えたところで、勢い良く橘花がステージに踊り出た。その足にはローラースケートが履かれており、機敏な動きで礼奈の周囲を駆け抜ける。
 成程。礼奈がボーカルアピールをしている傍ら、橘花がボーカルアピールをしているというわけか。魔王エンジェルがボーカルのバーンさん、ダンスの明智さん、ビジュアルのなのはさんと三者三様に役割分担がなされているように、覇王エンジェルもきっちりと分担が決まっているわけか。
「橘花ちゃん、そろそろリボルバーナックルの起動なの!」
「はい! なのはさん!!」
 橘花はなのはさんの指示を受けると、グローブをはめた右腕を動かし始めた。
「ん? あれはパワーグローブ?」
 橘花のグローブが昔懐かしいパワーグローブに見え、俺は思わず声をあげる。
「パワーグローブ? 何それぇ?」
「昔のFCの拡張ツールだよ。腕にはめて使う奴」
 パワーグローブを知らない夜叉HiMEPに、俺は簡潔に説明した。パワーグローブはグローブ型のコントローラーで、指の動きをセンサーにより感知させ、ゲームの捜操作を行うというものだ。
「へぇ、さすがは男の子なの! よく知ってるの」
 俺がパワーグローブの存在を知っていることに、なのはさんは感心した。男の子って、なのはさんって確か俺より年下のはずなんだけどなぁ。夜叉HiMEPのような年上の女性に男の子って呼ばれるのは構わないけど、年下の女性に呼ばれるのは何だか複雑だな。
「でも、あれはリボルバーナックルっていう、橘花ちゃん専用のデバイスなの。使い方はプロデューサー君の言ったパワーグローブと変わんないんだけどね」
 成程。ただのグローブではないと思ってたけど、あれがデバイスか。ということは、リボルバーナックルもパワーグローブと同様、あくまでコントロール機能を有したデバイスに過ぎないのだろう。
 ならば一体、リボルバーナックルで何をコントロールしているんだ?
「なっ!?」
 橘花が腕を上下左右に動かし、付属のボタンを左手で操作すると、曲の流れが変わった。
「成程。リボルバーナックルを操作することで曲を奏で出しているのか」
「半分正解。リボルバーナックルはあくまでコマンド入力で命令を出しているだけ。実際に曲を奏で出しているのは、足に履いてるマッハキャリバーの方なの」
「なっ!?」
 なのはさんの説明によれば、リボルバーナックルのコマンド入力によりマッハキャリバーが連動し、ローラーの摩擦により曲を奏で出しているということだった。つまり、今流れているこの曲は、マッハキャリバーから出ているということか。
 ローラースケートを用いたダンスアピールをしつつ、曲を奏で出してボーカルアピールの補佐も行う。一つの動作で二つのことをこなすだなんて、あの橘花って子はなかなかの実力を持った子だな。
「レナちゃん、そろそろビジュアルアピールいっくよー! クロスミラージュの準備なの!!」
「はぁい、なのはさん!」
 歌を歌い終え、残り時間30秒くらいになったところで、なのはさんは礼奈に指示を出した。
「いっくよぉー! ファントム・ブレイズ!!」
 礼奈は腰に掲げた二丁拳銃を抜くと、周囲をローラースケートで走り回っている橘花目掛けて撃ち出した。
「おおっと! これは素晴らしい!! 礼奈さんの放った光が橘花さんを照らし、幻影を生み出しております!!」
 クロスミラージュの銃口からは可視光が発射され、橘花を照らし出す。すると、光の乱反射により、橘花の姿が分散した。
「レナちゃんのクロスミラージュは、波長の違う可視光をクロスさせることで、対象のホログラムを作ることができるの」
 成程。特殊な光で照らすことにより、まるで何人もの橘花が踊っているような演出を引き起こしているのか。ビジュアルアピールの効果でダンスアピールをより際立たせるなんて。それぞれのアピールを単独で行うのではなく、同時に行うことで相乗効果でそれぞれのアピールをパワーアップさせている。
(強い……!)
 正直今の俺では彼女に勝てる自信はない。当初俺は、アイドルにプロデューサーは務まらないと少なからず思っていた。でも、それが俺の目論見違いであることを身を持って思い知らされた。
「無駄話はここまで。そろそろ行くよ! レイジングハート、モードリリース!!」
 なのはさんは真剣な眼差しでレイジングハートを構えた。その凛々しい風貌は、まさに魔王の貫禄と天使の美しさに包まれたものだった。
「リリカル・マジカル……」
 そしてなのはさんは、ステップを踏みながら詠唱を始めた。
「ディバイィィン・バスタァァァーー!!」
 杖の先端に付けられた玉が光り出し、眩い直射光がステージへと降り注ぐ。すると、ホログラフィーによって映し出された橘花の幻影が光により四散し、破片がステージへと降り注ぐ。そうして、覇王エンジェルのステージにはピリオドが打たれたのだった。
「……。素晴らしい! 何という光の狂想曲!! これがリリカルマジシャンガールの実力なのかー!!」
『ワアアー! な・の・は! な・の・は! 覇王エンジェルーー!!』
 一瞬の静寂の後、会場には大声援が響き渡る。それは、まだ勝負が終わっていないのに、覇王エンジェルの優勝が確定したかのようだった。
 しかし、彼女たちが一位でも何ら不思議ではない。何せ彼女たちは、あの魔王エンジェルを超える素質を秘めているからだ。前にも言ったように、魔王エンジェルは、3人がそれぞれの得意分野をアピールするのが特徴のユニットだ。
 だけど覇王エンジェルは――なのはさんのサポートがあったとはいえ――魔王エンジェルが3人でやって来たことを、たった2人でやってのけているのだ。
 個々の能力は魔王エンジェルの3人にはまだ及ばない。けど、2人が協力して織り成すパフォーマンスは、魔王エンジェル以上の相乗効果をもたらしている。
 これは、驕りじゃなく、本当に魔王エンジェルを超える存在になりそうだな。
「やるわねぇ。遊びも極めれば芸になるってことを、身を持って教えられたわぁ」
 どうやら夜叉HiMEPも俺と同じ気持ちのようで、自分の負けを認めるように、なのささんに握手を求めた。
「ううん。サザンクロスの演奏に、私も本物の音楽というものを教わった気がするの!」
 そう言い、なのはさんはサザンクロスを賞賛しながら握手を返した。出会った頃は反目し合っていた2人だけど、お互いに全力でぶつかっていったことにより、ライバルな友情関係が芽生えたようだ。こういう関係を、強敵と書いて“とも”と呼ぶ関係なんだろうな。



「それでは六組目。星井美希さんに歌っていただきます曲は、『ふるふるフューチャー☆』です!」
 そして一組挟み、フェイトPのプロデュースする美希の出番が回って来た。
「……」
 これから自分のプロデュースするアイドルの発表が始まるというのに、フェイトPの顔はどことなく暗い。
「どうしたの、フェイトちゃん。浮かない顔して?」
「なのは……」
 何か心配事でもあるのかと、親友であるなのはさんが声をかけた。
「ううん、ちょっとね……」
 フェイトPは軽く首を横に振りつつ、ステージに眼差しを向けた。
「大好きハニィ〜〜♪ イチゴみたいに〜〜♪」
 そうして、美希のステージが始まった。恋人への愛情表現を甘酸っぱい声色で奏で、ゆったりとしたダンスを踊る美希。
(歌やダンスのセンスは悪くない。でも……)
 歌声は感情表現に乏しい。ダンスもリズムに乗ってない感がある。ビジュアル面はまあまあ鑑賞に耐えられるが、全体的に美希は明らかに練習不足だ。とてもではないが、デビューは数ヶ月ほど早かったという実力だ。
「なぁに、なのはさんが現役アイドルであるにも関わらず見事なプロデュース手腕を魅せたっていうのに、親友さんの方はさっぱりねぇ」
「うーん。これはちょっとルーキーズを闘えるレベルじゃないかな?」
 それは夜叉HiMEPもなのはさんも同じようで、フェイトPに辛辣な感想を述べた。
「2人がそう思うのも無理はない。あの娘はまだ事務所に入ってから2ヶ月しか経っていないんだもの……」
「2っ、2カ月だって!?」
 つまり、1ヶ月程度しかレッスンを積んでない状態でアイドルデビューしたってことか? いくらなんでもそれは時期尚早だ。どう見ても、第1四半期のルーキーズに出演させるのが目的でデビューさせたとしか言いようがない。
 FIMグランプリ最大の祭典、TOP×TOPに出演するためには通常番組に3回以上入賞、もしくは特別2回、特別と通常1回以上入賞する必要がある。
 新人アイドルに限っては、第二四半期以降デビューのユニットに限り、来年度に勝ち点を持ち越せるという特例がある。もっとも、第二四半期以降のデビューだと、その年のTOP×TOPに出演できる可能性は低くなる。
 だから、売り出し時期を狙うならば、第一四半期にデビューさせた方が有利というのは確かにある。でも、1人のプロデューサーとして言わせてもらえば、ルーキーズに出演させるために未熟なアイドルをデビューさせるのは愚考としか言いようがない。
 こんな強引なデビューをさせるだなんて。フェイトPのプロデューサーとしての資質に疑問を持たざるを得ない。そして案の定、美希のステージは、何もかもが中途半端なまま終わりを告げた。
「フェイトちゃん。これは黒井社長の命令? フェイトちゃんがこんな中途な状態でデビューを認めるわけないの!」
 自分の親友がそんな愚かな判断をするわけがないと、なのはさんはフェイトPを問いつめる。
「うん。なのはの言うとおり、これは社長命令」
「社長命令だって!?」
 つまり、美希のデビューはフェイトPの判断ではなく、961プロダクション社長直々の命令だってことか!? 一体なんで、黒井社長はそんな無茶苦茶な命令を?
「フェイトちゃん、ならどうして美希ちゃんのプロデュースを受けたの? こんな無茶に付き合うだなんて、フェイトちゃんらしくないよ!!」
「その理由は……なのはが一番知ってるんじゃないの?」
「えっ?」
「後輩の育成というのは建前でしょ? 本音はあの子、雪歩ちゃんと闘いたかったからじゃない?」
「……」
 フェイトPの質問に対し、なのはさんは沈黙したままだった。どういうことだ? どうしてそこまで雪歩のことを気にかけるんだ?
「自分がステージ立つことはできないけど、プロデューサーとして補佐することはできる。だから舞台衣装に身を包み、レイジングハートまで持ち出したんでしょ?」
「さすが親友だね、フェイトちゃん。その通りなの」
 なのはさんは観念するように、フェイトPに本音を暴露した。
「私もなのはと同じ。少しでも雪歩ちゃんと交わりたくて、美希のプロデューサーを自ら名乗り出た」
「どういうことだ? どうして2人ともそんなに雪歩のことを?」
 なのはさんはまだ分かる。ユニットメンバーであるバーンさんと明智さんがレッスンを施した雪歩の成果をこの目で見たいと思っても不思議じゃない。
 でも、フェイトPにはそんなに雪歩に拘る理由が見当たらない。まだシングルを一枚リリースしただけの無名に等しい雪歩を、昨年度のTOP×TOP準優勝者がここまで拘るのかが。
「それは私の名前が自ずと答えになっています、プロデューサーさん」
「名前?」
「はい。『T・ムーン』を直訳すると何て読みます?」
「T・ムーンを直訳? あっ!?」
 トゥルーは真、ムーンは月。2つの名前を合わせると、“真月”。ということはまさかっ!?
「そういうことです。私はモンデンキント社長、ジョセフ真月の娘です!」
「……」
 そんなまさか!? あの真月社長の娘が他事務所でアイドルをやっているだって!? 一体どうして……。
「父と黒井社長は旧知の仲です。私はその縁で、961プロダクションからデビューを果たしました」
 成程、そういう関係か。胸につっ抱えていた疑念が取り払われて、俺は少しホッとした。真月社長は雪歩のことを気にかけてたし、父親お気に入りの子に興味を持つのは不思議じゃない。
(でも……)
 それだけじゃない気がする。なのはさんもフェイトPも、何かもっと深い理由でルーキーズに参加しているような気がしてならない。なのさんとフェイトP、そして雪歩。この3人には俺も知らない何か深い縁や運命の輪で繋がれているのだろうか?

……続く

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