「華麗に舞いし雪の精霊」


「それでは、改めまして。モンデンキント社のみなさん、次が我が765プロダクションの新人アイドル、萩原雪歩の出番となります。打ち合わせどおりお願いいたします!」
 俺はオペレーションルームに戻ると、今日のために集まってくれたモンデンキント社の皆さんに、改めてお願いの挨拶をした。今の俺と雪歩には、MSやらデバイスと言った演出装置はない。だから、より一層スタッフの力が必要不可欠なのだ。
「舞台装置担当の宗方名瀬むなかたなぜです。今日はよろしくお願いします」
 俺の挨拶に眼鏡をかけた女性が丁寧な挨拶を返した。彼女は舞台装置全般に加え、裏方スタッフの総指揮も兼任してもらっている。ようはプロデューサーである俺の補佐役みたいなものだ。
「照明担当の大道楢馬だいどうならばです。今日はヨロシクッス!」
 短髪の男がそう活発な声で挨拶を返した。舞台演出においてアイドルを照らし出す照明の役割はとても重要であり、彼の手腕に期待したいところだ。
「音響担当の鈴木空羽すずきそれわです。今日はよろしくおねがいしまーす!」
 短髪の女性がそう元気良く挨拶を返した。雪歩は自分でギターを弾いて自ら音を出すことができないので、音響は舞台の生命線とも言えるだろう。
「いよいよだね! 光秀くんのダンスレッスンと、葵くんのボーカルレッスンの成果がどこまで現れているか、楽しみにみているよ!!」
 発表を前に、なのはさんがエールを送って来た。魔王エンジェルの2人には本当にお世話になったもんな。雪歩のためにレッスンを施してくれた明智さんとバーンさんの顔に泥を塗らないように頑張らなきゃな。
「私も楽しみ。雪歩ちゃんがどこまで魅せるか」
 雪歩の活躍を近くで見たいからと自ら美希のプロデュースを担当したフェイトPも、真剣な眼差しで雪歩を見つめる。昨年度TOP×TOPの準優勝者がそこまで気にかけている。その期待を裏切らないステージにしたいもんだな。
「会場にお集まり頂いた皆様方。いよいよ今期のルーキーズも残り一組となりました! 取を飾って頂きますは765プロダクションの萩原雪歩さん! 歌っていただきます曲は、『First Stage』です!」
「鈴木さん、曲の方お願いします!」
 北澤司会のアナウンスが終わったタイミングを見計らって、俺は鈴木さんに指示を出した。
「はい!」
 鈴木さんが音響装置を動かし、会場にはFirst Stageの曲が流れ出した。
「もう少しで雪歩が入って来ます。大道さんは全照明ブルーを強めた照射を。宗方さんは舞台真上から紙吹雪の降下をお願いします!」
「了解ッス!」
「了解です!」
 青を基調とした照明と、紙吹雪の演出。これが、雪歩の雪足を最大限に魅せられる舞台演出だ。
「あなたはいつでも、優しい微笑み、くれる♪ でも私は、ドキドキ♪ 不器用、引きつり笑顔♪」
 そして、舞台の奥から、着物に身を包んだ雪歩が姿を現した。
「おっと、これはまた風変わりな演出です! テンポの速い曲とは対照的なゆったりとしたダンス。一見相容れない曲と動きをどこまで親和させられるのか、興味が尽きません!!」
 出だしは、恋人に想いを告げられずにオドオドしている少女のイメージだ。その可憐な少女の雰囲気が、奥ゆかしい大和撫子な着物姿により、鮮明に現れている。
「もしお化粧してお洒落して、背伸びした自分ならば〜〜♪ この初めての気持ち通じるの?」
「大道さん! サスペンションライトをブルーからレッドとイエローを強めた色に!」
「了解ッス!」
 次の動作に合わせ、俺は大道さんに指示を送る。
「雪歩! いよいよ雪足≠フ出番だ。 練習の成果を思う存分魅せつけてやれ!!」
「はい! It’s my first stage♪」
 そして曲名を歌い終えたところで、舞台照明の演出が明るい色に変わり、雪歩の雪足が発動した。
「Love you,love you♪ あなたへのあふれる〜〜♪ 混乱した心、もどかしくて〜〜♪」
 静から動へのダイナミックな変化。無足ほどの素早さはないが、腰をしっかりと据えた確かな演舞がそこにあった。
「これが雪足……。実物を見るのは初めてなの」
「うん。オリジナルにはまだまだ及ばない。でも……」
「間違いなく、小さい頃から何度もビデオで見せられた動きなの……!」
「そう。私も何度もお父さんに見せられた、決して忘れられない動き……」
 雪歩の雪足を目にするや否や、なのはさんとフェイトPが揃って感嘆の声をあげた。昔から何度も見せられたって、それは真月社長が話していた嘗ての雪足の使い手だろうか?
 しかし、2人ともまったく同じビデオを見て育ったとは。この2人は親友同士だって言ってたけど、それ以外にも共通の繋がりがあるってことなのだろうか。
「Love me,love me♪ 私に気付いたら〜〜♪」
「宗方さん! 舞台袖の送風装置の起動を!!」
「了解です!」
 俺は間奏に入る前の演出を、宗方さんに送った。
「少しだけ意識してください〜〜♪ It’s my first stage♪」
 そして雪歩が「It’s my first stage」と歌い終えた瞬間、舞台袖の送風機から風が送り出され、ステージに散乱した紙吹雪が舞い上がる。それが雪歩の雪足と混ざり、あたかも雪歩がステップにより紙吹雪を舞わせたかのような演出を引き起こすのだ。
「これは美しい! 舞い散る雪の中を恋人に想いを届けようと懸命に舞う可憐な姿は、まさしく雪の精霊と言えるものです!!」
 北澤司会の大歓声が会場に響き渡る。それに呼応するかのように、会場全体からも熱狂的な声援が巻き起こる。
こうして雪歩の演舞と巧みな演出で魅せた雪歩のパフォーマンスは終わりを告げた。



「お待たせしました! いよいよ審査結果の発表です! 今期のルーキーズを勝ち上がったのはどのユニットなのか? 否応なく期待が高まります!!」
 全ての発表と審査が終わり、後は審査結果を待つのみとなった。俺は雪歩と一緒に舞台へと上がり、ただひたすら審査結果を待つ。
「プロデューサー、私たち、勝てますよね?」
 いよいよ発表となった時、雪歩が不安そうな声で囁いてきた。
「大丈夫さ。雪歩のパフォーマンスは確かに審査員や会場のお客さんに伝わった。自分を信じて結果を待とう!」
「はい、プロデューサー!」
「それでは結果発表です! 舞台後ろの電光掲示板にご注目ください!!」
 そしてついに、審査結果が電光掲示板へと表示される。舞台に上がっているアイドルとプロデューサーのみんなが後ろを向き、結果を固ずを飲んで見守る。
「第一四半期ルーキーズを勝ち抜いたユニットは……」



順位 ユニット名 VOCAL DANCE VISUAL 合計
1st 覇王エンジェル
10
27
2nd サザンクロス
10
26
3rd 萩原雪歩
10
22
4th 幻楼
18
5th 綾波玲子
16
6th 死鬼隊
15
7th コルホーズ
13
8th 星井美希


「覇王エンジェル、サザンクロス、萩原雪歩さん、以上です!!」
 審査の結果、俺たちは三位入賞という大健闘な結果だった。
「ぷ、ぷ、プロデューサー、私やりました! 勝ち残れました!!」
「ああ! やったな俺たち!!」
見事入賞を果たした喜びに満たされた雪歩は、俺に思いきり抱き付いてきた。
「プロデューサー! プロデューサー!!」
 そして嬉しさのあまり、雪歩は嬉し泣きした。
「ははっ、泣くなって。ファンのみんなが見てるだろ?」
「でもっ、でもぉ……!」
 やれやれ、仕方ないな。正直みんなの注目が集まっている中抱き付かれるのは恥ずかしい限りだ。けど、泣くほど嬉しがっているんだから、しばらくこのままにしておいてやろう。
「おめでとう。頑張ったね二人とも」
「はい! なのはさんのお陰です!!」
「やったー! 一位だよーー!!」
 覇王エンジェルの2人は、勝利を労うなのはさんに2人で肩を寄せ合い勝利を祝った。
「我等が姫にバンザーイ!」
「ちょ、ちょっとあなたたち、ここは舞台よぉっ!?」
 二位入賞のサザンクロスのみんなは、夜叉HiMEPを労うように、4人で胴上げをした。公衆の面前で胴上げされたことに、クールな夜叉HiMEPも顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
 そんな風に、入賞ユニットはみな、プロデューサーと共に勝利を分かち合った。
「何故だ、何故だぁ! MSの調整は完璧だったはず。どうして僕の幻楼が入賞できないんだ……」
 また、対する落選組の反応は様々だ。幻楼の誠Pは入賞できなかったのが未だ信じられず、呆然と立ち尽くしている。
「ズラァッ! テメェが体たらくだから負けちまったじゃねーかよ!!」
「ズラじゃない、桂だ! 西園寺、貴様こそMSの性能に奢って手を抜いたんじゃないか?」
互いに互いのパフォーマンスが悪かったと罵り合う大和と小次郎。負けた悔しさを共に分かち合うのではなく互いの欠点を言い争う程度の仲。そんな風に仲間内の連携ができていないのが、一番の敗因だろうな。
「私は、アイドルマスターになれない……」
そして刹那は、これでもうアイドルマスターへの道は閉ざされたと、膝をつきガックリとうな垂れている。まだ最初の試合なんだから、そんなに落ち込まず、これからの糧にして欲しいもんだな。
「あーん、悔しいの! 絶対に勝てると思ってたのにーー!!」
 そして美希は、子供が駄々をこねるように、地団太を踏んでいる。
「美希、これで分かったでしょ? あなたが思ってるほどアイドルを極めるのは簡単じゃないって」
 そんな美希を、フェイトPは母親のように優しく宥めた。
「ううう……」
「今回は残念だったけど、次は頑張ろう、美希」
「分かったの、プロデューサーさん……」
 フェイトPに宥められたことにより、何とか美希は落ち着きを取り戻したようだ。
「それでは審査員のみなさんに総評をしてもらいましょう」
 審査結果の発表が終わると、北澤司会のアナウンスの元、各審査員の総評へと移っていった。
「VOCALは、サザンクロスと萩原雪歩さんが素晴らしかったです。特に萩原雪歩さんは、自らが作詞した歌を歌ったという点を高く評価しました」
 そう評価を下す歌田審査員。作詞は評価に直結しなと思ってただけに、その点をちゃんと評価されたのは嬉しい限りだな。
  もっとも、裏を返せば歌声そのものが高評価だったわけではないのだから、その点は奢らないように気を付けなくちゃな。
「DANCEはサザンクロスが最高に極まってたぜ! 幻楼のみんなはダンスそのものは良かったけど、スーツに踊らされていた感じがして点数は低くつけたぜ!」
 そう評価を下す軽口審査員。アイドル紹介時点で好印象だったサザンクロスは、本番でも高評価で、満点を得られたようだ。
 対する幻楼は、俺が思ったように、MSの性能に頼り過ぎていたことが大きく評価を下げたようだ。FIMグランプリの主役はあくまでアイドル。アイドルより演出機材の方が優れているようでは、本末転倒もいいところだろう。
「VISUALは覇王エンジェルが10点満点よぉ。ユニットの二人も良かったけど、プロデューサーながらビジュアル演出で自分が目立たないようにしつつ2人のサポートを行ったなのはさんが最高だったわ!
さすがはビジュアルクイーンの異名を誇ってるだけのことはあるわね」
 そう評価を下す山崎審査員。確かに覇王エンジェルの演出は、アイドルの個性を損なわずに引き伸ばしていたもんな。
「萩原雪歩さんは、アイドルより演出が目立ってたわねぇ。センスは悪くないから、次は頑張りましょう〜〜」
 うぐっ! 俺自身は雪歩を目立てさせようとしてたんだけどなぁ。でも、冷静に考えれば、確かに送風機を使ってまで紙吹雪を舞わせたのは過剰演出だったかも。次からはその辺りをよく考慮しなきゃな。
「審査員の皆様の総評も終わりましたことですし、この辺りで第一四半期のルーキーズを終わらせていただきます。それではまた、次の番組でお会いいたしましょうー」
 こうして、ルーキーズは終わりを告げた。そんな感じに、俺と雪歩の初舞台は三位入賞という喜ぶべき結果を残し、幕を閉じた。

……ルーキーズ編、完


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