「フム、大分形になって来たでござるな」
ルーキーズまで10日となり、ようやく雪歩のダンスは形になって来た。この数週間、雪歩は事務所では歌のレッスンを中心に、明智さんの元ではダンスのレッスンを中心に鍛錬を積んで来た。本番に向けてここでもう一踏ん張りだと、俺は雪歩に激励の言葉を投げかけ続けた。
「ではそろそろ締めの練習に入るでござるよ。雪歩殿、歌の稽古はちゃんとしているでござるか?」
「はい。事務所で一生懸命やっています!」
「結構でござる。ならば次は歌を歌いながら演舞を披露する稽古にはいるでござるよ」
FIMグランプリは、VOCAL、DANCE、VISUALの3項目が評価対象になっていることから、本番では必然的に踊りながら歌う行為を要求される。
これがデュオ以上のユニットだったら、一人が歌っている間一人が踊るという演出もできるが、ソロでは同時に行わなくてはならない。 実力者ならともかく、まだデビューして間もない雪歩に歌とダンスを同時にこなすのは困難を極める。だから、ダンスレッスンだけではなく歌を織り交えたレッスンをしてもらえるのは、こちらとしても大変ありがたい。
「拙者は演舞専門の人間であるため、歌いながら演舞を披露するのは不得手でござる。故に、雪歩殿が歌いながら無足を行えば、それなりの評価をいただけるでござろうよ」
言われてみれば、確かに明智さんが歌っているところを見たことないな。ダンスのみに集中するからこそ、あの無双の演舞を踊ることができるんだろうな。
「でもそれじゃあ……」
「プロデューサー殿が言いたいことは分かるでござる。拙者では踊りながら歌う稽古には力不足と言いたいのでござろう?」
「うっ、それは……」
ポロッと出てしまった本音を突かれ、俺は言葉を濁してしまう。別に明智さんが力不足だとまでは言わないけど、教えるのが大変だとは確かに思った。
「案ずるなでござる。以後の稽古にはもう一人指導に当たってもらうでござる」
「えっ!? もう一人って?」
「ようやく、余の出番が来たようだな!」
突然稽古場に怒号な声が響いたことに驚き、俺と雪歩は思わず振り返る。
「ひうっ!」
振り返った瞬間、雪歩は稽古場に現れた人物に気圧され、尻餅をついてしまう。雪歩が驚くのも無理はない。俺だって目の前にいる人間の圧倒的なプレッシャーに、今にでも押し潰されそうだ。
その人物は、長い金髪の髪に、白く塗りたくった顔にマントの付いた豪華な貴族調の軍服を着こなしていた。額に“殺”の字を描き、悪魔王の鬪氣を纏ったこの人物は間違いない、魔王エンジェルの男性ヴォーカリスト、銀河皇帝、バーン・クラウザー様だ!!
「そこの小娘、余直々の指導を受けられることを光栄に思うがいい!」
「は、はいぃぃ〜〜!」
雪歩はバーン様に声をかけられると、ビクッとしながら起立し、震えた声で返事をした。
「では見るがよい! 余の“天声魔踏の構え”を!!」
天声魔踏の構え、それは“天声”は天賦の歌声を表し、“魔踏”は悪魔の如きステップを表し、更に“構え”はギターを構える状態を表す。つまりバーン様は、歌う、踊る、弾くの3つの動作を同時にこなせるということだ。その姿は、正しくグループ名の“魔王エンジェル”を体現してると言っても過言ではないだろう。
「さあテメェラ、覚悟しやがれ! このバーン様がたっぷり料理してやるぜ!!」
デスメタル調の曲、「バーン様のグロテスク無間地獄」を、愛器ブリュンヒルドを弾きながら甲高い声で歌うバーン様。ギターを演奏しながら歌っているだけでも十分な迫力があるというのに、それ加え力強いダンスを踊っている。
さすがにギターを弾きながらのダンスなので下半身のみの動きだが、それでもギターを弾く姿と一体化してリズム感のある動きを表現している。
「この声、聞き覚えがあります……。初めてここに来た時、カラオケで歌っていた人の声です〜〜」
「えっ!? あの時の声の主がバーン様だって!?」
「は、はい、間違いありません。歌の雰囲気は違いますけど、この歌声はあの時の声ですぅ」
雪歩の聞き間違えではないかと思い、耳を澄ましてじっくりバーン様の歌声を聴いてみる。すると、確かにあの時の轟音と同じ声の主であることが俺にも分かった。
ということは、恐らくこのバーン様も、松平社長がカラオケでスカウトした人物なのだろう。アマチュアからのデビューでこれほどの能力を誇っているとは、改めてSmile Squadの底力を思い知らされる。
「以上が余の天声魔踏の構えだ。今すぐ会得せよというのは酷であろうが、ギターを弾かぬ分いくらかは楽であろう」
「はい、確かにギターを弾かないなら私にも練習次第で出来るかもしれません……」
「そうか。初めに言っておくが、余の稽古は明智と違い厳しいものとなる。それでも行うか?」
「はい! さっきは驚いちゃいましたけど、もう驚きません! プロデューサーと一緒にアイドルマスターになるために……! レッスン、よろしくお願いします!!」
バーン様の問い掛けに、雪歩は即答した。出会ったばかりの雪歩だったら、バーン様に気圧されて逃げ出していたところだろうな。それだけ雪歩も一人のアイドルとして成長したってことだな。
そうして新たな指導者を交え、雪歩のレッスンはルーキーズに向けますます激しさを増していった。
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「その名は雪足」
「どうした!? その程度のダンスでは、明智の無足はおろか、余の天声魔踏にすら遠く及ばぬぞ!!」
「は、はいっ!」
あれから3日、歌とダンスを合わせた練習が続いた。一生懸命練習する雪歩に、今日もバーン様の檄が飛び交う。最初は歌に合わせて踊るのに四苦八苦していた雪歩だったが、確実に上達して来ている。これも一重にバーン様のご指導の賜物だな。
(あとは……俺自身が何とかしなきゃな……)
今雪歩が踊っているダンスは、明智さんが練習用にとわざわざ考えてくれた振り付けだ。俺がFirst Stageに合わせて考えた振り付けじゃない。だから、ルーキーズ本戦まで雪歩にピッタリな振り付けを考えなくてはならない。
(激しい動きよりゆったりとした動きが雪歩に適しているのは分かる。でも……)
そんな漠然としたイメージゃ駄目だ。もっと具体的に雪歩に合う振り付けは……。落ち着け俺。坐禅を組んでいるあの時のように、雪歩と心を通い合わせるんだ。雪歩の気持ちに立って、雪歩そのものを端的に表すダンスを……!
(あっ……)
悩んだ末に、俺は閃いた。その瞬間、何で今までこんなに悩んでいたのかと、俺は自分自身が情けなくなった。雪歩を体現する動きは“アレ”しかないじゃないか!
「明智さん、ちょっと……」
俺はいても立ってもいられなくなり、雪歩の練習風景を眺めている明智さんに声をかけた。
「ん? 何でござるプロデューサー殿?」
「少し相談したいことが。ここで話すのも何ですし、廊下で話しましょう」
「了解したでござる。その様子ですと、ようやく思いついたようでござるな、雪歩殿独自の演舞を!」
「ええ。とにかく詳しいことは外で……」
そうして俺は、思いついた雪歩独自の振り付けを具体的な形にするべく、明智さんと一緒に廊下へと出た。
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「……。成程。確かにそれは雪歩殿に最適な演舞かもしれぬでござるな」
廊下に出て思いついた振り付け案を明智さんに打ち明けた。一通り話し終わった後の明智さんの反応は良好なものだった。
「ありがとうございます。俺じゃ漠然としたイメージは抱けますが、それをダンスの形にして雪歩に伝えることまではできません。ですからこんなことまで明智さんに頼むのは筋違いかもしれませんが、俺の考えた振り付けを雪歩に指導するご協力をお願いします!」
本来そんなことは765プロと契約を交わしている振付師に頼むべきことであり、仮にもライバル事務所のアイドルである明智さんに頼むべきことではない。
でも、明智さんは俺と一緒にずっと雪歩のダンスを見て来たんだ。だから俺は俺と同じくらいに雪歩のことを分かっている明智さんに、頭を下げて頼んだ。すべては雪歩と一緒のルーキーズを勝ち上がるために!
「分かったでござる、プロデューサー殿。拙者もできるだけの協力を致そう!」
「あ、ありがとうございます!」
「されど、拙者はあくまで補佐の立場。本来FIMグランプリはプロデューサーとアイドルとの二人三脚で戦い抜くものでござる。部外者の拙者が必要以上に協力することではござらぬ。それはご理解いただけるでござるな、プロデューサー殿?」
「はい! それはもちろん」
そうして俺は練習を続ける雪歩の傍ら、明智さんと一緒に振り付けを考えたのだった。
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「雪歩。今日からはルーキーズ本番を想定したレッスンに入るぞ」
二日後、ようやくできた振り付け案を、俺は雪歩に伝えた。
「えっ!? そ、それじゃあ、First Stageの振り付けができたんですか!」
「ああ。早速ですが明智さん、雪歩にご指導願えますか?」
「了解でござる。雪歩殿、これが雪歩殿のためにプロデューサー殿が考案致した演舞でござる!」
そうして明智さんは、俺が考案した振り付けを、雪歩の前で披露した。
「この動きは……まるでしとしとと雪が降る雪原を歩くみたいです……」
「そうだ、雪歩。君の名前、“雪を歩む”を文字通り表した踊り、その名も“雪足”だ!!」
雪足、それは明智さんの“無足”を基に考案した、雪歩そのものを表す独自の動作だ。今はまだ基本動作だけだけど、いずれはこの雪足を軸に、明智さんの無双三段に匹敵する動作に発展させたいものだな。
「あ、ありがとうございます、プロデューサー。私のために、こんなステキなダンスを考えてくれて……」
雪歩は手を口にあて真っ赤な顔をしながら涙をポロポロと流し始めた。俺が雪歩のために考えたダンスを心から喜んでくれたみたいで、俺も嬉しい気分になった。まだ気が早いけど、これだけ気持ちが通じ合っていれば、ルーキーズでも絶対に好成績を収められるだろうな。
「ルーキーズまであと5日しかないけど、私、この5日間でプロデューサーがくれたこの振り付けを、ぜったいモノにしてみせます!」
雪歩はしっかり見据えた目つきで、力強い意気込みを見せた。その言葉に従うように、残りの期間雪歩は今まで以上に練習に励んだ。
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「この数週間、よくぞ厳しい稽古に耐えたでござる、雪歩殿」
そしてルーキーズ本番の2日前、明智さんたちからダンスを教わるレッスンは終わりを告げた。この数週間で雪歩は明智さんのダンスを学び、雪足という独自の基本動作まで会得した。最初は少しでもダンスが上達すれば良いと思ってレッスンに励まさせていただけに、この上達振りは予想以上だ。
「その雪足があれば、ルーキーズを勝ち残ることはできようぞ!」
「は、はいっ! ありがとうございます、バーンさん」
「だが自惚れるなよ。独自の基本動作を編み出した程度では、ルーキーズは勝ち上がれても決してTOP×TOPには辿り着けぬことを!」
感謝の言葉を述べる雪歩に対し、バーン様は一つの忠告をした。確かに、基本動作である“春の足音”を発展させ、“プラハの春”を完成させた春香でさえ、TOP×TOPには届かなかった。それだけ、TOP×TOPの壁は厚いということだ。
「分かってます。今の自分じゃまだまだTOP×TOPには届かないって。でも……明智さんにバーンさん、そして誰よりも大切なプロデューサーが私のために頑張ってくれました。私はみんなのがんばりを無駄にはしたくないです……。
だから、だから! 絶対に今より歌もダンスも上手くなってTOP×TOPに参加してみせます!!」
それは自惚れでも慢心でもない、今の自分の技量を十分理解した上での決意だ。可愛らしい声質から感じられる頑なな意思、そして遥か先に待ち受けるTOP×TOPを見つめる強い眼差し。初めて出逢った頃の姿からは到底想像できない精神の高みにいる雪歩が、俺の目の前にいる。
これだけ熱い闘志を持っているのなら、明後日のルーキーズも大丈夫乗り切れられるだろうな。
「雪歩殿の決意、確かに受け取ったでござる! TOP×TOPで相見えることを楽しみにしているでござる」
「えっ!? TOP×TOPでですか?」
「そうだ! 通常のオーディションで闘っても興が冷めるからな。余たちの決戦の舞台はTOP×TOPのみ! 必ず勝ち上がって来い、雪歩! 並み居る強敵を打ち倒し勝ち上がったときには、我等が全力全開で相対そうぞ!!」
それは、雪歩をライバルの一人として認識したということだろう。まだアイドルとしてデビューして間もない雪歩をライバルに認定するのだから、それだけ二人は雪歩の可能性に着目しているということなのだろう。
そしてそれは同時に、自分たちは必ずTOP×TOPに勝ち上がるという自信の表れでもある。さすがは昨年度アイドルマスターと言ったところか。
「ありがとうございました。お二人のご協力、決して忘れません!」
「ありがとうございました。私、頑張ります! 頑張って頑張って、絶対にTOP×TOPでお二人と再会します!!」
そうして俺たちは、二人に精一杯の感謝の言葉を述べ、Smile Squadを後にした。
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ルーキーズの前日は、本番のリハーサルに終始した。FIMグランプリは裏方まで事務所側で用意しなければならず、裏方スタッフが社内にいない我が765プロは、高木社長と親交の深いモンデンキント社に裏方業務を委託している。
「今日はお忙しいところリハーサルに付き合っていただき、本当にどうもありがとうございました!!」
一通りリハーサルが終わり、俺はスタッフたちに労いの言葉をかけた。俺の演出方針がなかなか決まらず、本格的な打ち合わせに入ったのは、ここ1週間くらいだ。たったそれだけの期間しかなかったにも関わらず、数回のリハーサルでほぼ完璧なまでに指示通りの演出を行えたのだから、さすがは生粋の裏方集団と言った所か。
「雪歩、今日の練習はここまでだ。そろそろ事務所に戻るぞ」
「はい、プロデューサー」
俺はステージに降り、雪歩と共に事務所に帰ろうとした。
「いやはや、お見事な歌とダンスでしたよ、雪歩さん」
そんな時、俺たちの前にモンデンキントの社長である、ジョセフ真月氏が姿を現した。
「どうもありがとうございます。今日は貴社のステージをお貸し下さり、真にありがとうございます」
「いえいえ。高木さんには多大なるご恩がありますので、この程度はどうということはありませんよ。しかし、あのダンスは素晴らしいものでしたな。見たところ昨年のアイドルマスターである明智氏の“無足”を応用したダンスのようですが」
「ええはい。あのダンスは“雪足”と言いまして、明智さんに教わって会得したようなもので……」
「雪足……?」
俺が雪歩の雪足を口にすると、真月社長は何かに引っ掛かるような顔をした。
「あの、雪足がどうかしましたか?」
「いえ、懐かしい名前を聞いたと思いまして」
「ひょっとして過去に同じ名前の振り付けを行っていたアイドルがいたんですか?」
「はい。正確にはそのお方はアイドルではありませんが、素晴らしい才能の持ち主でした……」
昔を懐かしむような語り口調で話す真月社長。真月氏の話によれば、それは数十年前に活躍したアマチュアバンドのメインヴォーカリストだという。
また、俄かには信じ難いことだが、そもそも明智さんの無足も、バーン様の天声魔踏も、その人の雪足を基にしているという。つまり、雪歩は巡り巡って原形の動作に辿り着いたってことなのだろうか?
「あの、もしよろしければグループ名とか教えていただけませんか?」
何分数十年前のアマチュアバンドだし、映像資料とかは残っていないだろうが、参考までにどんなグループか訊ねてみた。
「グループ名は彼の雪足から取り、“Snow Step”という名でした。彼は本当に素晴らしい才能を持っていましたが、残念ながらプロになることはありませんでした……」
肝心の彼の名前が気になるところだけど、非業界人の名前を気軽に語るのはプライバシーの侵害になるからという、真月社長なりの気遣いなんだろうな。
「昔話が過ぎましたね。明日のルーキーズ、頑張ってください。私も影ながら応援しておりますので」
「ありがとうございます、真月社長。私、社長さんやスタッフのみなさんの期待を裏切らないよう、頑張ります!」
俺たちは真月社長にお礼の挨拶をして、モンデンキント社を後にした。
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「あのっ、プロデューサー。真月社長と高木社長ってどんな関係なんですか?」
事務所に戻る途中、雪歩は二人の関係を俺に聞いて来た。
「いや、実は俺もよく知らない」
若い頃高木社長に大変お世話になり、以前は同じ職場の人間だったみたいな話は聞いたことがあるけど、高木社長が事務所を開く以前どういった仕事をしていたのか知らないので、詮索のしようがない。
「プロデューサー、私たち、絶対勝ち上がれますよね? 明日のルーキーズ、絶対に入賞できますよね……?」
突然雪歩が俺の腕をギュッと掴み、弱々しい声で寄り添って来た。
「ああ。あれだけ一生懸命に練習したんだ、絶対に勝ち上がれるって!」
俺は不安がる雪歩に、元気付けるような返事をした。他の参加者はみなデビューして間もないアイドルたちとはいえ、類稀な才能を持った強敵は何人もいることだろう。決して油断はできない。
でも、雪歩は誰にも誇れるくらいの練習を繰り返して来た。だから俺は絶対に勝ち上がれると、雪歩に自信を付けさせようとした。
「はい。それでそのっ……さ、最後の一押しが欲しいんですけど……」
「最後の一押しって?」
「え、ええっと……今日、少しだけでいいですから、プロデューサーのお家に上がってもいいですか?」
「えっ!?」
もどかしい口調で雪歩が発した言葉は、俺の家に来たいというものだった。
「急にどうして?」
「最後の一晩、プロデューサーと一緒にいることで、プロデューサーの温もりを感じたいんです! 明日の舞台でも、プロデューサーは離れた場所で自分を見守ってくれている、だから緊張しないで頑張れって自分に言い聞かせたいんですっ!!
もちろん、ちゃんと家に帰って身体は休めます。ほんの少しの時間でいいんです、プロデューサーと一緒にいさせてください!!」
「……分かったよ。それで雪歩が明日思う存分に闘えるのなら、お安い御用だよ」
「あ、ありがとうございます、プロデューサー!」
正直あんまり雪歩を家に案内したくはなかったけど、ここで拗ねられて落ち込まれても困るからな。俺は事務所に戻ったら、すぐさま雪歩と一緒に自宅へと向かって行った。
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自宅に着くと、俺は少しの間雪歩を外で待たせ、軽く部屋の整理をした。何せここん所仕事が忙しくてゴミとかが散乱したままだったからな〜〜。
「お待たせ! もう入っていいよ」
ゴミを除去し、いかがわしい本を隠し終え、ようやく俺は待たせている雪歩を家の中に招き入れた。
「お、お邪魔しますぅ〜〜」
雪歩は恐る恐る俺の家の中に入り、テーブルの前にちょこんと腰掛けた。
「狭くて汚い家だけどさ、まっゆっくりして行けよ」
「あ、ありがとうございます。私のわがままを聞いてくれて」
「いいっていいって。お茶とコーヒー、どっちを煎れる?」
「いえ、いつも水筒に持ち歩いているお茶がありますので、それを温めてくれれば」
「分かったよ、ちょっと待ってな」
俺は雪歩から水筒を受け取り、中に入っているお茶をヤカンで温め直した。
「何か自宅で客が持ってきたお茶を飲むのも奇妙だけど、いただきま〜〜す」
俺は程よくあったまった所で湯飲みにお茶を煎れ、雪歩に差し出しつつ自分のお茶を飲み始めた。
「んんっ! 水筒に入れていたお茶なのに、まるで今煎じたみたいに深みのある味だ……」
「そう言っていただけると嬉しいですぅ」
「しかし、せっかく家に招待したのに他にやることが……」
何か話題はないかと思考を張り巡らせるものの、特にこれといった話題は思い浮かばない。プライベートで仕事の話をするのも興醒めするし、どうしよう……。
「私は、このままでも構いませんよ」
「えっ!?」
「こうしてお茶を飲みながらプロデューサーと一緒にいられるだけで私は十分満足です。だって、今までプライベートの時間をプロデューサーと一緒に過ごしたこと、ほとんどなかったから……」
(あっ……!)
言われてみれば確かに。仕事では毎日のように顔を合わせていたけど、プライベートで一緒に過ごしたのは、雪歩の誕生日の日くらいだもんな。
「やっぱりお仕事でプロデューサーと一緒の時間を過ごすのと、プライベートで過ごすのとは違うと思うんですよね」
「そんなもんかね」
何か余り実感が湧かないけど、雪歩が違って言うのなら、それでいいかな。
「はい。だから少し、甘えさせてください……」
そう言い、雪歩は甘えるような仕草で俺に抱きついて来た。
「雪歩……」
「やっぱりあったかいです、プロデューサーの身体……。この温かみがあれば、明日のルーキーズも緊張することなく闘えると思うんです……。だからしばらくこのままでいさせてください……」
「雪歩、分かったよ……」
俺は雪歩に応えるように、雪歩を優しく抱き締めた。
「プロデューサー、来てください……。誕生日のあの時と同じように私、プロデューサーと一緒になりたいです……」
そう言うと、雪歩は目を瞑りキスしながら俺を押し倒した。
「雪歩……」
拒む理由はなかった。俺と一つになることで雪歩が俺とのより強い一体感を感じられるなら、俺は雪歩の想いに応えてやるだけだと。そうして俺たちは、クリスマスイヴのあの時のように、お互いの身体を合わせた……。
……続く
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