デビュー曲「First Stage」の売れ行きも好調で、アイドルとしての一歩を確実に踏み出した雪歩。今後の躍進に胸を膨らませ、これからのアイドル活動を模索して始めていた2月の下旬、事務所に一通の手紙が届いた。
「雪歩、雪歩!」
俺はその手紙を受け取るや否や、レッスン中の雪歩の元へ駆けて行った。
「ぷ、プロデューサー、どうかしたんですか? そんなに慌てて」
「喜べ、雪歩! “ルーキーズ”への参加案内が届いたぞ!!」
「え、ええ〜〜!? ほ、ホントですか、それ〜〜!!」
突然訪れた吉報に雪歩も驚きを隠せず、声を張り上げながら真意を問い質してきた。
「ああ、本当だ! これで運良く3位入賞して次に繋げられたら、一気にトップアイドルへ駆け上がるのも夢じゃないぞ!!」
ルーキーズ、それはフジヤマTVが主催する「FIMグランプリ」関連の番組の一つだ。FIMグランプリとは、低迷する芸能界やアイドル界を盛り上げるべく、フジヤマTVが企画した音楽番組である。
この音楽番組の最大の特徴は、普通のアイドルはもちろん、歌手からバンドグループに至るまであらゆるミュージシャンを“アイドル”というカテゴリに収め、番組で競い合わせる門戸の広さと豪快さだ。言わばFIMグランプリは、芸能界におけるバーリトゥードと言える祭典である。
このルーキーズの参加条件は、「デビューして3ヶ月以内のアイドル」のというものだ。ルーキーズは四半期毎に行われる特番で、通常の番組は1,2回のオーディションを勝ち上がらなければ出演できないのだが、ルーキーズはいきなり本番組に参戦できる。
これは、デビューしたてのアイドルすべてに平等なチャンスを与え、事務所の力やコネなどに左右されず、純粋に実力のあるアイドルを発掘するという番組制作者の思いが込められている。
雪歩はこの間のゴタゴタで番組への参加が危ぶまれると思っていただけに、参加案内が届いたのは俺にとってもこの上なく嬉しいことだった。
さて、FIMグランプリは毎週放映される通常番組と、月に一度程度の割合で催される特別番組によって編成されている。特別番組はルーキーズの他に、女性アイドルのみで競い合う「歌姫楽園」や、活動10年以上のアイドルのみが参加可能な「LONG TIME」などがある。
それら数ある特別番組の中でFIMグランプリ最大の祭典は、毎年大晦日に催される「TOP×TOP」である! この特番への参加条件は、「その年に行われた通常番組に3回以上入賞、もしくは特別2回、特別と通常1回以上入賞したアイドル」であり、その名が示すように、FIMグランプリのチャンピオンを決める番組だ。
そして、このTOP×TOPを制した栄えある覇者に送られる称号が、「アイドルマスター」だ! FIMグランプリの参加者はみな、このアイドルマスターを目指し、熱い戦いを繰り広げる。
アイドルマスターの称号を得られる者はただ一人! 例え一度アイドルマスターになっても、翌年のTOP×TOPで敗退すれば、その称号は新たなチャンピオンに譲らなければならない。それ故、毎年戦いは熾烈を極めるのだ!
「あ、あのルーキーズに本当に出られるんですね! が、がんばらなきゃ……!」
恐らく雪歩にとってはこれが初のTV出演となるだろう。初試合と初出演の双方が重なり、雪歩は嬉しさと緊張感から武者震いしている。
「しかし、番組への参加が決まったとなると、今以上にレッスンに励まなくてはならないな……」
FIMグランプリは、VOCAL、DANCE、VISUALの3項目によって評価され、この3項目の総合評価により1〜3位までの入賞者が決まる。
VOCALは歌唱力や演奏力が評価対象、DANCEはダンスやパフォーマンスが評価対象、VISUALは衣装や演出が評価対象となる。つまりはアイドルとしての総合力が問われるのであり、どれか一つに秀でてれば勝てるほど甘い試合ではない。
例えば歌が抜群に上手くてもダンスが絶望的に下手では勝ち残れず、逆に歌とダンスは水準並みだが、衣装や演出が優れていれば勝てることもあり得るのだ。
「さて雪歩、お前が苦手なのは歌とダンス、どっちだ?」
VISUALはアイドルそのものの技量と言うより、プロデューサーである俺の衣装選びや演出面での技量が問われる。しかし、VOCALとDANCEはアイドルそのものの資質が問われるのだ。故に本選までの期間雪歩の苦手分野を集中的にレッスンしようと、雪歩に苦手分野を訊ねた。
「えっと、だ、ダンスですぅ……」
雪歩は自信なさそうな声で、ダンスだと応えた。
「ああ、俺もそう思う」
雪歩は水準以上の歌唱力はあるが、ダンスは絶望的に下手だ。今までTV出演の機会がなかったのでダンスの下手さは目立たなかったが、今後はその欠点を補わなくてはならない。雪歩の最大の特技は自分で歌詞を書けることだが、FIMグランプリの評価対象にはならないのが残念なところだ。
「今度のルーキーズは3月末だ。それまでの一ヵ月、入賞目指してレッスンに励むぞ! 目指すはルーキーズ入賞、いや、アイドルマスターだ!!」
「は、はい! がんばってレッスンして、プロデューサーと一緒にアイドルマスターを目指します!」
いきなりアイドルマスターを目指すなんて、大言壮語もいいところだ。でも、ルーキーズ入賞程度で満足するような器の小ささじゃ、競争の激しい芸能界を生き延びることはできない。
夢は大きく、目指せ! アイドルマスター!! その高らかな志を掲げ、俺と雪歩は夢の一段階であるルーキーズ入賞へ向け、厳しいレッスンの日々に突入していった。
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「ルーキーズへの道」
(さてと、俺の方は俺の方でがんばらなきゃな……)
雪歩がレッスンに励んでいる中、俺はルーキーズの作戦を練っていた。歌う歌はデビュー曲であるFirst Stageでいいとして、問題はダンスとビジュアルだ。
First Stageに合う踊りと演出はどんなものであるか考えるのは俺の役目だ。歌詞を熟読し、歌を最大限に活かせる踊りと演出を考えなくては。
First Stageは、無垢な少女が片想いの気持ちを告白しようと健気に頑張る、一途な歌だ。愛しき人に対する想いを、いかにして表現するかが問われる。
(衣装は派手めな物より大人しめな物かな? そしてダンスは一途な想いを表現したような……)
などと考えるが、妙案は思い浮かばない。衣装や演出は何とかなりそうだが、ダンスの方は意外と表現が難しそうだな。
(ちょっと雪歩の様子を見てくるか……)
このまま考えていても埒が開かない。俺は気分転換に、雪歩の練習風景を見学に行った。今はダンスレッスン中だし、雪歩のダンスを見ていればいいアイディアが浮かぶかもしれない。
「1,2、1,2、あうう〜〜っ」
(う〜〜む、予想はしていたが、これはヒドイ……)
いざレッスン室を覗きに行くと、そこにはダンスの先生のリズムに必死に合わせようとするものの、反って焦りタイミングがずれまくって右往左往している雪歩の姿があった。
ダンスも音楽と同様にリズム感が要求されるものだ。だから、歌をリズムに合わせて歌える人間になら、そつなくダンスもこなせるはずなのだが……。どうやら雪歩は、身体で音を表すのが苦手なようだな。
「ううっ、これだけ練習しても踊れない私に、ルーキーズで勝ち上がるなんて無理ですぅ〜〜。こんなダメな私は穴掘って埋まってます〜〜!!」
何回やっても一向に上達の兆しが見えない雪歩は、とうとう限界が来て、泣きながらレッスン室を飛び出した。
「きゃふっ!」
雪歩は前を見ずにレッスン室を飛び出し、こっそり見学していた俺と見事にぶつかってしまった。
「ぷ、プロデューサー?」
「どうしたんだ、雪歩? 泣きながらレッスン室を飛び出したりして」
そんな雪歩を、俺は叱らずに優しい声を投げかけてなだめようとした。
「う……ううっ、プロデューサー、プロデューサー〜〜!」
俺の顔を見るや否や、雪歩は堰を切ったように激しく泣き出した。
「私、プロデューサーと一緒にアイドルマスターになりたくて、がんばって練習を続けました。でもっ、でもっ、全然上手くならなくて、それで、それで、ううっ……」
「分かってるよ、雪歩なりにがんばってることは……」
一生懸命がんばってがんばってもなかなか上達しなくて、その焦りから精神的な限界が来たのだろう。そう思い、俺は少しでも雪歩の気を落ち着かせようと、頭を優しくなでなでしながら、精一杯慰めてやった。
「あのっ、プロデューサー……。プロデューサーも準備とかで色々忙しいのは分かってます。でも、無理を承知で頼みがあります!」
「なんだい雪歩? 俺に出来ることなら、何でも協力してやるぞ」
俺は雪歩と共に辛くて困難な雪の道を共に歩いていくと誓い合ったかけがえのないパートナーだ。だから、俺は雪歩のどんな無理難題も聞いてやる。その気持ちに嘘偽りはない。
「そ、それならっ……! ぷ、プロデューサー、私がダンスレッスンをしてる間、ずっと側で見守っててくれませんか?」
息を飲み込み思い切った声で、雪歩はレッスン中俺に側にいて欲しいと頼んで来た。
「私、プロデューサーがずっとずっと側で見守ってくれるなら、絶対に弱音を吐かないで、がんばり続けられると思うんですっ! だから、だからっ……!!」
「分かったよ、雪歩。それで雪歩が頑張り続けられるなら、俺はずっと側で見守り続けてるよ」
「あ、ありがとうございます、プロデューサー。じゃ、じゃあ早速今からよろしくお願いしますっ!」
ずっと側で見守っていて欲しい、それは雪歩が俺のことを心の底から信頼し頼りにしている証拠だ。それはとても嬉しい。
でも、雪歩はあまりに俺に頼りすぎ、自分の足で歩けないんじゃないかと思ってしまう。あまり過保護に見守るのは、果たして雪歩のためになるのかと。
……いや、雪歩はようやくTV出演が叶ったばかりの駆け出しアイドルだ。今は最大限に支えて見守ってやらなければならない時期だ。だから俺は一抹の不安を払拭し、レッスンに付き合うことにした。
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それからというもの、俺はずっとずっと雪歩のダンスレッスンに付き合った。雪歩は言葉通りに弱音を一切吐かずに練習し続け、徐々にではあるがダンスも上達して来た。
(はぁ……)
雪歩が来るまでの間、俺は一人ロビーで考え事に耽っていた。雪歩のダンスは確かに上達してきている。だが、まだダメだ。今の雪歩のダンスが、曲のイメージに繋がらない。
いや、それ以前に“雪歩のダンス”になっていない。今の雪歩は単にリズムに乗り、無個性な教科書のダンスを踊っているに過ぎない。正直今のダンス力じゃ、ルーキーズにおいて高評価をたたき出すことは極めて難しいだろう。
「おはようございます、プロデューサー。どうしたんです? 一人で考え事なんかしちゃって」
そんな時、律子が事務所に顔を出し、ロビーでうな垂れている俺に声をかけてきた。
「ああ、律子。実は……」
765プロの諸葛亮孔明と呼ばれ、“赤壁の秋風”の異名を誇る頭脳派アイドルである彼女なら、何か打開策を見出せるのではないかと思い、俺は迷わず相談を持ちかけた。以前にも彼女の助言により閉塞感から抜け出せたので、その言葉に期待せずにはいられない。
「成程、成程。ようは上達の限界点に達したんだじゃないかって悩んでるってことですね」
「ああ。限界に達したとは思ってないけど、これ以上練習し続けてもルーキーズを勝ち上がれるほどまでに上達するとは思えなくて」
「突然ですけど、プロデューサー。プロデューサーはダンスにどういったイメージを持ってます?」
「えっ!?」
すると律子は、唐突にダンスについて聞き出してきた。そんなプロデューサーとして知ってて当然のことを聞いてくるとは、俺のことを試しているのか?
「それは、音楽に合わせて激しいアップテンポで踊る、西洋的な踊りというか……」
「はぁ、大方そんなことだろうと思ってたわ。プロデューサー、ダンス=激しい踊りみたいな先入観持ってません?」
「うっ、そ、それは……」
律子の鋭い指摘に、俺は言葉を詰まらせた。確かに、音楽に合わせて踊るダンスは、一般的に激しい動きを要求される。雪歩にもそういったダンスを会得して欲しくて練習を続けてもらっているのだが。
「それがそもそもの思い違いなんですよ。いいですか? 一重にダンスといっても、西洋的なダンスがすべてじゃない。例えば古来から日本に伝わる舞踊だって、立派なダンスですよ」
「何が言いたいんだ?」
「ダンスの固定観念に囚われるなってことです。何もFIMにおけるDANCEは、西洋的なダンスが評価対象って訳じゃない。ゆったりとした動きを主体とした舞踊でも十分評価されるってことです」
「そうか……! つまり、激しいダンスが苦手なら、それに固執せずにゆったりとした舞踊を習得させればいいってことだな!!」
「そういうことです。まったく、アイドルの私に指摘されて気付くくらいじゃ、プロデューサーとしてまだまだですよ」
「ははっ、まったくだ……」
しかし、律子の助言は大変ありがたいものだった。情けないことに、俺はダンスの固定観念に囚われ過ぎていた。激しい動きが要求されるダンスの習得が難しいなら、ゆったりとした動きが要求される日本舞踏を習得させればいい訳だ。
(しかし、それはそれで問題が……)
今のダンスの先生は、日本舞踏は専門外だ。765プロは日本舞踏の先生を専門に抱えているわけではなく、今から先生を探すのでは、とてもルーキーズまでに習得しきれない。
(ん? 待てよ……!?)
そういえば、彼女のダンスは日本舞踏を元にしていたはず。彼女なら雪歩に舞踏を教えられるかもしれないぞ……!
「律子、すまないが春香に連絡を取ってくれ!」
俺は律子に、同じ春秋百花のメンバーである春香に連絡を取ってくれるよう頼んだ。
「別に構わないですけど、何を企んでいるんです?」
「ああ、俺にいい考えがある!」
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「あのぅ、プロデューサー。今日のレッスンは?」
今日もレッスンをがんばろうと張り切って事務所を訪れた雪歩だったが、いざレッスン室に向かうと先生の姿が見えず、不安そうな声で訊ねてきた。
「ああ、実はレッスンの先生を変えようと思うんだ」
「えっ、ええ〜〜! どういうことですかプロデューサー!?」
「今のレッスンを続けても、ルーキーズを勝ち上がれるダンスを身に付けるのは不可能だと思うんだ。だから、雪歩にピッタリなダンスを教えてくれる人を、今呼び出しているところだ」
しかし、律子に呼び出してもらってから随分経つが、一向に春香が現れる気配がない。一体どこで道草を食ってるんだ彼女は?
「ごっ、ごっめ〜〜ん! 電車に乗り遅れちゃって〜〜!!」
そんな時、焦った声で春香がレッスン室に入って来た。
「は、春香ちゃん!?」
「おっはよー! プロデューサーさんに雪歩! 呼ばれて飛び出て、ジャーン! ジャーン! ジャーン! 春閣下の天海春香、ご期待に応えてただいま参上しました〜〜!!」
元気なあいさつを交えながら颯爽と登場した春香。この天真爛漫な明るさは、雪歩にも少しは見習って欲しいと常々思うほどだ。
「どうして春香ちゃんがここにいるんです? ま、まさかっ! 私のダンスがあまりにダメダメだから、春香ちゃんをメンバーに加えて戦力アップするんですか!?
ダメですよ、そんなのゼッタイダメ〜〜! 私、今以上にがんばりますから、勝つために新メンバーを加えるなんてゼッタイにダメです〜〜!!」
雪歩は春香を新メンバーに加えるのではないかと早とちりして、激しい抵抗を見せた。
「お、落ち着けって雪歩! 別に春香を新メンバーに加えるわけじゃない。そんなことをしたら俺がONIONプロデューサーの亜空間に飲み込まれてしまう。
春香を呼んだのはメンバーに加えたいからじゃなく、雪歩にダンスを教えてもらおうと思って呼んだんだ」
「えっ!? わ、私にダンスをですか?」
「ああそうだ。春香が765プロ一の踊り手であることは雪歩もよく知ってるだろ? そういうわけだ、電話で律子から聞いただろうけど、雪歩にダンスの指導をしてくれ、春香」
俺は雪歩に状況を説明しつつ、春香にダンスの指導をしてくれるよう頼んだ。
「う、う〜〜ん……。と、とりあえず雪歩に私のダンスを見せてみますから!」
そう言い春香はトレーナーに着替え、入念な準備体操を始めた。
「じゃあ行きますよ! これが私のダンス、“プラハの春”です!!」
そして春香は準備万端に、ダンスを披露し始めた。
「まずは基本動作の“春の足音”!!」
春香のプラハの春は、複数の動作からなる。最初の動作は、基本に等しいゆったりとした動作。足音さえ聞こえぬ静かな動作は、雪解けの季節に静かなる春の訪れを奏でる足音を否応なく感じさせるものだった。
「次に、“春一番”!!」
静かな動作から一転し、激しい動きへと転ずる春香のダンス。その激しい動きは、長い冬の時代に怒濤の変革をもたらす疾風の如き舞と言えるものだった。
「そしてクライマックスを奏でるのが、この“萌芽の妖精”です!!」
序盤のゆったりとした動きの春の足音、中盤の激しい動きの春一番と続き、最後に来るのがこの“萌芽の妖精”だ! 萌芽の妖精は、静寂に満たされた動きながらもどこかしらに優雅な春の息吹を感じさせるダンスだった。それは正しく、草木が萌える季節の訪れを自ら告げる妖精の踊りのようだった。
プラハの春の一連の動作が、まるで春の変革を導く自由の女神ようだと称えられ、ファンの間から“春閣下”と呼ばれるようになったのも頷ける。春香のダンスを直に見るのは初めてだが、正直TVなどで見るダンスより遥かに気高く優美な演舞だった。そのあまりの美しさに、俺の眼は春香のダンスに釘付けだった。
トレーナ姿なのにここまで煌びやかなのだ。これに歌や衣装が加わったらと思うと、胸の奥から熱い躍動感が否応なく巻き起こって来る。やはり雪歩にダンスを教えられるのは春香しかいない! そう俺は確信した。
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「プロデューサー、プロデューサー!」
「えっ!? ああ、どうしたんだ雪歩?」
春香のダンスに魅了されていた俺は、雪歩の声でようやく正気を取り戻した。
「春香ちゃんのダンスにあんなりウットリとして……そんなに、そんなに春香ちゃんのダンスがいいんですかっ!?」
俺が春香のダンスに見とれていたことに、何故か雪歩は怒りをあらわにして激しく問い詰めてきた。
「ああ。そりゃ良かったよ。雪歩がこのダンスを会得したらどれだけ素晴らしいかと思うと」
「ううっ……。分かりました、分かりましたよぅ……! 私、絶対春香ちゃんのダンスをものしてみせます! よろしくお願いします、春香ちゃん!!」
雪歩は半ベソをかきながら、春香のダンスを会得することを誓い、春香に教えを請うため頭を下げた。
「ええっ、そ、そんなぁ〜〜。よろしくって言われても困るよぉ〜〜!」
しかし、肝心の春香は雪歩にダンスを教えるのに及び腰のようだった。
「俺からも頼む、春香! 雪歩に君のダンスを身に付けさせてくれ!!」
「そんなに頼まれても、人に教えるなんて私にはムリだよ〜〜!」
「お願いします! 春香ちゃん!!」
「頼む! この通りだ、春香!!」
「ふ、ふええ〜〜ん! 助けてくださ〜〜い、ONIONさ〜〜ん!!」
春香は俺と雪歩の二人に問い詰められ、困惑の末半泣きで担当プロデューサーであるONIONプロデューサーに助けを求めた。
「うお゛お゛お゛お゛お゛〜〜! 春香ぁぁぁぁぁ〜〜!!」
すると、どこからともなくONIONプロデューサーが大声で春香の名を叫びながらダンス室に姿を現した。
「どこのどいつだぁ! 俺の春香を泣かした奴はぁ〜〜!!」
亜空の瘴気を纏いながら春香を泣かせた張本人を粗探しするONIONプロデューサー。そのあまりの迫力に俺は気圧されて身動きが取れなかった。
「貴様かぁ、プロデューサー! オレの春香を泣かせたらどうなるか分かってんだろうなぁ、ワレェ〜〜!!」
「あ、いやその……、泣かしたわけではなくですね……」
俺を勝手に犯人と決めつけ、胸倉を掴みながら激しく怒鳴りつけるONIONプロデューサー。そのヤクザの若頭のような凄みに、俺はたじろぐしかなかった……。
「やめてください、ONIONプロデューサー! プロデューサーは何も悪くありません。悪いのは春香ちゃんにしつこく迫った私なんですっ!!」
そんな時だった。雪歩が凛とした声でONIONプロデューサーを制した。
「何じゃ〜〜! 萩原の娘の仕業かぁ〜〜!」
「……!」
対象を俺から雪歩へと変え、激しく詰め寄ろうとするONIONプロデューサー。そのONIONプロデューサーを相手に、雪歩は一歩も引かずに相対した。
「……。フッ、その肝の据わった眼差し、さすがは萩原組長のご子息というわけか……」
数秒雪歩の眼を睨み続けたONIONプロデューサーは、突然笑みを浮かべ正気を取り戻した。
「取り乱してすまなかった。悪いが状況を説明してくれないか、春香」
落ち着きを取り戻したONIONプロデューサーは、取り乱したことを謝罪しつつ、状況の一部始終を春香に訊いた。
「実はかくかくしかじかこういうわけでして……」
「成程……。つまり、次のルーキーズに向け雪歩のダンス力を向上させるため、春香にダンスを教えてもらおうとした。そういうことだね、プロデューサー?」
「はい」
「そうか。君には申し訳ないが、その許可は出せん!」
しかし、俺たちの申し出を、ONIONプロデューサーはあっさりと断った。
「そんなこと言わずに、お願いします! ONIONプロデューサー!!」
「ダメなものはダメだ。理由は二つ。一つは春香自身が嫌がっていること。本人が嫌がっていることをやらせるわけにはいかない。
そしてもう一つは、春香のダンスがオリジナルではなく、模倣だからだ。模倣はオリジナルには遠く及ばない。模倣のダンスを学んだところで、会得したダンスはオリジナルより更に劣化したものになるのは火を見るより明らかだからだ」
「あのダンスが模倣!? 本当なのか、春香?」
あの素晴らしいプラハの春が模倣だと言うのが信じられず、俺は春香に訊ねた。
「は、はい。プラハの春は私がお兄さんから教えられたダンスを元にアレンジしたもので、まったくのオリジナルじゃありません」
「お兄さん……?」
そう言えば訊いたことがある、他事務所に所属する春香のお兄さんの話を。名前は確か……。
「お兄さんって言っても実のお兄さんじゃなくって、従兄弟のお兄さんですけど。私も今の雪歩みたいにルーキーズの出演が決まった時、ダンスが上手くできなくて悩んでたんです。そんな時、ONIONさんがお兄さんにダンスを教えてもらったどうだって言ってきて……」
それでダンスを学び、今では765プロでも1,2位を争う踊り手となったわけか。雪歩同様にダンスが苦手だった春香にダンスを教えたのだから、そのお兄さんは相当なダンサーだな。
「しかし、他事務所か……」
春香のお兄さんは、ダンスの師匠としてはこの上ない人物だ。しかし問題は、他事務所のアイドルということだ。従姉妹の春香ならともかく、赤の他人である雪歩に敵に塩を送るようなことをしてくれるだろうかと。
「どうした? 他事務所のアイドルだからと臆したか、プロデューサー! キサマの雪歩に対する想いはその程度か!! わたしが君の立場だったら、真っ先に他事務所に駆け込んでいるぞ!!」
「!! いえっ、まずは高木社長に頭を下げて許可を取り、次に春香のお兄さんが所属する事務所の社長に頭を下げて許可をいただき、何としてでも教えてもらいます!!
そういうわけだ、雪歩。今から高木社長の許可を取ってくるから、それまで身体を休めて待っててくれ!」
そうだ、ここで俺が躊躇するわけにはいかない。それが雪歩のためになるなら、俺はどんな困難なことでも実行しなくてはならない! 雪歩、君と同じ雪の道を歩むって誓った一人のプロデューサーとして!!
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「失礼します、高木社長」
そして俺は、高木社長に許可をもらうため、社長室のドアを叩いた。
「何か用かね、プロデューサー君?」
「はい。他事務所のアイドルにダンスを指導してもらう許可をいただきに参りました!」
「ほう? それはひょっとして萩原君の為かね?」
「はい!」
「いいだろう。それが正しい道だと君が判断したのなら、私がとやかく言う権限はない。存分に教えを請うて来たまえ!」
俺の願いを社長はあっさりと聞き入れてくれた。
「ありがとうございます、高木社長」
「で、誰に教えてもらうつもりだね、プロデューサー君?」
「はい、それは……『Smile Squad』に所属する春香の従兄弟に当たるアイドル、昨年のアイドルマスター『魔王エンジェル』の“魔王の影”、明智光秀にです!!」
……続く
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