その六 第六回カシオペア映画祭見物記

平成十一年十月二日(土)

 水澤九時二十四分発の東北本線下りに乗り込み、途中盛岡で接続列車を約一時間待ち、一戸到着は十二時二十六分。一戸町は初めての筆者。なまじ水澤よりも活気がありそうな駅前商店街である。
 会場の萬代館に向かう途中、「のだ」という玩具屋の前に古ぼけたV3像を発見。隙間から中の機械が見えて、百円玉の投入口がある。後で訊いたところでは今で言うガシャポン販売機だったらしい。かなり長い年月、店頭で風雨に晒されているような感じである。
 数分歩いて萬代館に到着。ちょいと奥まった場所にある。かなり古そうな建物。当日券(料金は「木戸銭」と呼称)を求める。
 ロビーの壁には「ゴジラ」シリーズや黒澤明作品等のポスター。
 今回の催し物は二部構成で、昼の部は「無声映画鑑賞会」、夜の部は「仮面ライダー 藤岡弘とともに」。
 客席は十四席の十一列で百五十四席。客の入りは三分の一ほど、多くは老人だが中には若者や親子連れもちらほら。
 十四時、昼の部開幕。関係者の挨拶。
 弁士の澤登翠さわと・みどり登場。略歴、自己紹介の後で上映開始。
 一本目はチャップリンの「スケート」。あの独特のチャップリンの至芸である。食堂での騒動も面白かったが見せ場はやはりスケートリンクでの立ち回り。本当に素晴らしい、神業である。チャップリンは運動神経もまた抜群だったのだろうと思う。
 次は先日他界した市川右太衛門の「旗本退屈男」の第一作。十五分ほどだけ断片的に残っていたフィルムだという。チャンバラや見得を切るところは格好いいが、何分にも断片の接合で時間が短くて多少物足りない。悪漢が地下室で吊り天井を落とそうとして退屈男危うし、で全巻の終わり。
 三本目はバスター・キートンの「セブンチャンス」。次々に女性に求婚して失敗する下りもなかなか面白かったが、圧巻はやはり教会からの大逃走劇。何十、何百人もの花嫁候補が追いかけてくるのを振り切ってキートンが走る走る、クレーンで振り回されたり崖っぷちを飛び越えたり飛び移った木が倒れたりボートから水に飛び込んで泳いだり。そして落石をかわして漸く本命の女性宅に到着。今回の無声映画三本のうちで一番面白い。キートンの作品を見るのは筆者は今回が初めてだが、機会があったらまた鑑賞したい。
 それと、ドリフコントの源流の一つはチャップリンだと前々から思っているが、キートン作品の影響もあるのだろうかと考えてみる。「セブンチャンス」の逃走場面から「加トケン」の探偵ドラマを想起するのである。
 澤登翠の活弁も良い。老若男女を一人で全部演じ分ける巧みさ。これからも活弁の火を絶やさず後世に伝えて欲しいものだ。
 十六時少し前くらいに昼の部終了。
 劇場入り口前で皆で澤登を見送る。
 映画祭の各係の人達と歓談。小学生の娘二人を連れてきた母親がいて、娘達も無声映画でケラケラと笑っていたという。八十年も前の喜劇映画で平成の世の子供が笑う、やはり素晴らしき古典だと思う。
 また、係の人から「会報に載せる」とかでインタビューを受ける。
 首から下だけ手作りの仮面ライダー姿をしていた係の人、久保田典幸氏。氏と「仮面ライダー」談義。地獄王子と信彦の意識について熱く論ずる。また、仮面ライダー姿の氏に対して筆者は「まあ『仮面ライダー』の兄弟ということで」と当日着用のHAKAIDER帽子、ジャンパーを示す。すると同氏が「自分の意思で生きたいか」と言うので筆者は「花が何故美しいか解るか、それは花が無抵抗だからだ」と応えれば更に氏は壁に顔をすりつけて「美しい」。もう最高の会話である。すっかり意気投合。後刻、氏の師匠にも引き合わされ、やはり地獄王子について意見を聞く。
 場内には「コンプリート・ソング・コレクション」が流れる。「悪のショッカー」名曲だと思う、大好きだ。そして「ロンリー仮面ライダー」。客席に誰もいなかったので一人で朗々と歌ってしまう。
 もう夜の部が始まるまでの間、落ち着かなくて動物園の熊みたいに客席とロビーの間をうろうろと歩き回る。あの藤岡が来るとなればこれはもう興奮せずにいられようか。
 ロビーに藤岡の著書二種平積み、「仮面ライダー 本郷猛の真実」と「サムライ学」。何と直筆サイン入り。当然両方とも購入。また、一戸郵便局から調達した絵入り葉書もあり。
 外は「ロンリー仮面ライダー」の歌詞の如く風が強くなってくる。ストーブの焚かれているロビー、確かに一戸は水澤よりは涼しいはずだがこの日は特に寒いという。小雨すら降ってくる。
 来場客もだんだん増えてくる。親子連れが多い。
 十七時半をだいぶ回ってから藤岡到着。皆で拍手で出迎える。筆者が特撮関係の大物に出会ったのは役者、スタッフ含めて彼が初めてである。尤も、二年前に「999」の特別列車で会った野沢雅子は「ウルトラマン物語」に声の出演はしているが。藤岡は控えへ。
 十八時過ぎ、夜の部開幕。満席。まず映画「仮面ライダー対ショッカー」。司会者の話によると、もう東映にも石森プロにもフィルムが残っておらず、愛知県一宮市にただ一本残っていたものを持ってきたという。
 三十年近く前の映画、フィルムはかなり傷んでいて色も赤茶けている。伊豆肇と斉藤浩子出演。再生怪人軍団登場。三十分ほど。何だか斉藤ってこの映画ばかりでなく「キカイダー」でもパンツ見せまくっていたような気がする、別に嬉しくもないが。
 そして愈々藤岡登場。久保田氏の先導で壇上へ。講演の題目は「国際ボランティアの感動と文化について」。
 実は上記の藤岡著書にざっと目を通してみたところでは、その内容が講演とだいぶ重複しているようだ。一応講演のノートは取ったが詳細は略す。
 藤岡曰く、この一戸町と萬代館が、彼の故郷やそこにあった小映画館にあまりにも似ているので、まるで帰郷したような気分になったと。
 「二十世紀は残りあと数ケ月」と言っていて、どうやら藤岡も誤解しているようだ。
 印象に残った言葉を列挙してみる。

「人の出会いは偶然ではない」
「映像は国境、民族、宗教、イデオロギーを超越する」
「日本は満たされ過ぎている、今こそ覚醒の時」
「私は今度の核燃料事故を予言していた」
「地位、名誉、財産は奪われてしまうが生き方は奪われない」
「多くの先人の犠牲によって今の日本がある、例えば明治維新」

 一時間ほどの熱弁、勿論途中で「仮面ライダー」の話題も出る。
 彼は日本人の誇りを強調する、その一方で国境等の超越も説く。日本人であることと、その日本を超越することの間に矛盾、軋轢は無いのか、そこが少し気になる。残念ながら質問することは出来なかったが。差し当たり無政府主義、国家消滅論は説いていないのは明らかだ、国が無くなったら人間全てを失ってしまうと説いていたから。
 また、戦争は愚かだとか悲惨だとかお決まりのことも言っているが、それでは戊辰「戦争」を伴った明治維新もまた愚かなのだろうか。世界には独立戦争によって建国を成し遂げた例が沢山あるが、藤岡はそれらの国に対しても「汝らの国の成立は愚かだ」と思っているのか。筆者は祖国の為に干戈を執った人々には心から敬意を表するものである。
 藤岡降壇、「ロンリー仮面ライダー」にのって客席の間を歩きながら退場。筆者も握手をしてもらう。その時に「『ヤマトタケル』のクマソタケル、感動しました」と言うのがやっと。彼は少し間を置いてから笑みを返してくれる。感激である。実は筆者が今まで見た藤岡出演作品で最も好きなのがクマソタケル役。オウスに斃されて満足げに死んでいく姿が印象深い。実はあの映画は後半の怪獣映画部分よりもこのクマソ征伐の場面こそ面白いと思っている。
 更にロビーで群衆に包囲される藤岡、子供の頭を撫でたりしている。名残を惜しみつつ、藤岡去る。
 ここで観客は半減してしまう。二本目、「大空のサムライ」実在の零戦の撃墜王の物語。特殊技術は川北紘一。冒頭で何か献辞があるが、上映技師が悪いのか、きちんと読み取れず。
 時々フィルムが音飛びを起こしたり、フレームがずれたりする。これで多少白ける。
 とにかく「生きる」ことに執念を燃やした男。死ねばいいというものではない、生きてこそだと。九十分ほど。
 夜の部終了が二十二時近く。この後、すぐ近くの建物で藤岡を囲み、一般も参加可の懇親会が開催されるも、筆者は時間の都合で泣く泣く出席を諦め、久保田氏と再会を期して萬代館を去る。
 昼の部も夜の部も、とにかく充実した内容だった。大満足。田舎町の小劇場で斯かる催し物が行われている、大変素晴らしいことだ。次回は「スカイライダー 村上弘明とともに」と題して「8人ライダーVS銀河王」を上映して欲しい?

(平成十一年十月七日)

追記

 十二月十一日、カシオペアアカデミーの会報「カシオペアキャッチ」七十七号と七十八号が届く。二号に亙って今回の映画祭の特集が組まれている。当日の模様のみならず事前準備での苦労噺やその後の反響も詳細に掲載され、大変興味深い。
 七十八号六頁に「一部上映終了後のインタビュー/感動の共鳴 “ともに楽しむ”」という題で、前述の筆者のインタビュー記事が顔写真入りで掲載されている。やはり映画は映画館で大勢で鑑賞するのが一番だと思う。
 七十九号十一頁の浪岡洋一氏の記事の中では今般の映画祭についての「邪悪の神殿」での反響について触れられている。浪岡氏は「邪悪の神殿」に情報を書き込んでくれた人。
 「第六回カシオペア映画祭」本当にいい思い出になった。

(平成十一年十二月十二日)

 「大空のサムライ」の主人公・坂井三郎氏が平成十二年九月二十二日午後十一時五十分、急性心不全の為死去。八十四歳。

(平成十二年九月二十九日)


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