天使VS悪魔


「ヤッホー! 遊びに来たよ、ウルスラー!!」
 ある日ハルトマンは、柏葉剣付騎士鉄十字章を受賞した副賞として与えられた休暇を利用し、妹であるウルスラが働く、ノイエ・カールスラントの技術省を訪れていた。
「姉様……!? どうしてここに?」
 突然の来訪者にウルスラは驚きつつ、訪れた理由を訊いた。
「ウルスラに会いたかったからに決まってんじゃん。お邪魔だった?」
「いえ、わたしもちょうど姉様に相談したいことがあったので、好都合です」
「相談したいこと?」
「はい。実は……」
 ウルスラは現在技術省において、フレデリカ・ポルシェ技術大佐より発注された新歩行脚用の武器を開発中ということだ。開発は順調に進んでいたが、やたらと経費のかかる武器で、七割型完成したところで予算が尽きてしまったという。
「今年度の概算要求は既に終わり、来年度にならないと経費の捻出は難しい状況です」
 そして、ポルシェ大佐からは年内に完成させて欲しいと再三要請があり、手の打ちようがなく困り果てていたところだったとウルスラは説明した。
「それである人に予算を回していただくよう頼みに行こうと思っていたのですが、了承を取り付けるには姉様の協力が必要不可欠で」
「ふーん。別に構わないけどさ。そんなに都合良く予算回してくれる人なんかいんの?」
「はい。幼少の頃何度かお会いしたことのある父様の大学時代の先輩で、現在はカイザー・フリードリヒ・ウィッチ研究所の主任医官を務めている、ヨハン・メンゲレおじさまです」



 ノイエ・カールスラント、サンパウロ州ベルティオガ。海岸部に位置するこの街に、カイザー・フリードリヒ・ウィッチ研究所は存在する。
 この研究所は、皇帝であるフリードリヒ四世自らが主導で作り上げた、ウィッチの研究所である。
 何故魔法を使えるのは女性のみなのか? 何故二十を過ぎたり男性と交わったりすると、ウィッチとしての能力を失うのか?
 それらを解明することで、魔法力を増大させ、魔法力の足りない少女をウィッチにさせること、ウィッチとしての寿命を延ばすことが、研究目標である。
よって、この研究所には、魔法力の未熟な少女や、二十を過ぎウィッチとしてのピークを過ぎた多くの女性が、被験者として勤めているのだった。
 祖国カールスラントを取り戻すためと被験者に立候補する者は多く、抽選により選別が行われているほど研究所は盛んである。
「検査の結果、身体には異常はないみたいだね、念のため今日の実験は止めにして、宿舎でゆっくりと休んだ方がいい」
「はい、ありがとうございます、ヨハンおじさま」
 一人の少女の検診を終えたメンゲレは、天使のような優しい声で、一人の少女を宿舎へと帰した。
メンゲレは容姿端麗で高身長なことに加え、身体の不調を訴える被験者たちに、いつも優しく接している。
 そのハンサムな外見と優しい人柄から、「微笑の天使」や「ヨハンおじさま」のあだ名で多くの被験者から慕われている。
ヨハンおじさまに診察してもらえるならと必要以上に実験を頑張る者もおり、彼の存在は研究に少なからず影響を与えている。
 このように一見非の打ち所のないメンゲレであるが、彼には重大な欠陥があった。
 それは、メンゲレが無類の双子好きということだ。
メンゲレは研究所に新しい被験者が採用される度に、「双子はどこにいますか?」と、自ら双子の選別に当たっていた。
 暇を見つけては、メンゲレは双子たちを車に乗せて楽しげにドライブしたり、豪勢な料理が振る舞われるディナーに誘ったりして、特別な愛情を注いでいた。
そのあまりの溺愛振りに、「双子ばっかりヨハンおじさまに慕われてズルイ!」と、少女たちから不満が出るほどだった。
 優遇されるあまり双子が他の少女たちから虐められたりしないかと、他の研究員たちにとっては悩みの種だった。
「ふぅ。今日の診察も終わりかー。今日診察に来た双子は八人かぁ」
 診察時間を終えたメンゲレは一息吐き、カルテを見ながら診察に訪れた双子の数を確認した。
「どの子もみんな可愛かったなぁ。でも……」
 メンゲレはチラッとデスクの横に倒された写真立てに視線を送り、徐に手を伸ばす。
「やっぱり君たち二人の魅力には全然敵わないよ!」
 他人が見たら明らかに引き攣る気味の悪い笑顔を浮かべ、メンゲレは写真立てにスリスリと自分の頬を押し付けた。
「研究所に来てから色んな双子を見て来たけど、エーリカちゃんとウルスラちゃんを超える双子には出会えてないよぉ!」
 その写真立てには、数年前メンゲレがハルトマン親子と共に撮影した写真が飾られていた。
ハルトマン夫妻に囲まれるよう中心に映っているメンゲレ。そしてやや緊張した面持ちのメンゲレの左脇におんぶされ、左目を瞑り元気いっぱいの顔でピースサインしているハルトマンと、メンゲレの右足の裾をギュッと握り、下を俯いた無表情のウルスラが写っていた。
「君たちと初めて逢った日のことは、今でも鮮明に覚えているよ! アルフォンスが幼い君たちを連れて家に遊びに来た、あの日のことを!
 天真爛漫なエーリカちゃんに、無口無表情のウルスラちゃん! 本来遺伝子的には同じはずの双子で、どうしてここまで性格が違うのだろうと、僕は興味を覚えた。
 最初は医学的見地からの求知心に過ぎなかった。でも、あの日から毎日のようにエーリカちゃんとウルスラちゃんのことばかり考えるようになって、いつの間にか君たちのことが大好きになっていた!
 それからというもの、アルフォンスが家に君たちを連れて来るのが僕の至上の喜びとなった。ネウロイとの戦いが始まってからは一度も会ってないけど、君たちの活躍が載った新聞は欠かさずチェックし、丁寧に保存しているよ。
 エーリカちゃん、ウルスラちゃん! 君たちは本当に可愛いよ、可愛い!! 僕は微笑の天使なんて呼ばれているけど、君たちの方がよっぽど天使だよ!!
 嗚呼、エーリカちゃんとウルスラちゃんに会いたいよぅ。君たちと会えない寂しさを他の双子で紛らわそうとしたけど、やっぱり駄目だよ〜〜!!」
 目に涙を浮かべながら、何度も写真にキスをするメンゲレ。
 そもそもメンゲレが双子に執着するようになったのは、ハルトマン姉妹の影響だった。
 正確に言えば、メンゲレはハルトマン姉妹を心から欲しているのであり、他の双子はその代替に過ぎなかったりする。
「はぁ。書類の整理に入るとしよう……」
 会いたくても会えない無念の思いに意気消沈しつつ、メンゲレは残務処理に入ろうとする。
「ん? 誰だい、こんな時間に?」
 そんな時だった。医務室をコンコンと叩く音が聞こえた。
「もう診察の時間は終わってるんだけど……?」
「オイーッス! ひっさしぶりー、ヨハンおじさま!!」
「こんばんは。お久し振りです、ヨハンおじさま」
 メンゲレが怪訝に思った瞬間、バタッと扉が開く。扉の先からは元気よく突撃するハルトマンと、物静かに入室するウルスラの姿があった。
「エーリカちゃん!? ウルスラちゃん!?」
 自分が心の底から会いたいと思っていた姉妹が突然訪れたことに、メンゲレは驚きの声をあげた。
(どーして二人が。僕の夢が叶ったのか……?)
 仕事の合間や夢の中でさえも姉妹のことを考えていたメンゲレ。ずっと願い続けていた自分の夢をヴァルハラの神々が叶えてくれたのかと、メンゲレの心は躍る。
「ちょっとおじさまに用があって来たんだけど……その写真は?」
(マズイ!? これは……)
 ハルトマンの指摘に、何てタイミングの悪さだとメンゲレは思った。
二人の前ではあくまで優しいお父さんの先輩であり続けようと思っていたのに。この写真はおろか、さっきの一面を見られてしまったら、二人に拒絶されてしまうのではないかと、メンゲレは焦燥する。
「ふーん……」
 自分に指摘された途端メンゲレが写真を必死に隠そうとするのを、ハルトマンは見逃さなかった。写真立てに僅かだが唇の痕が付着しているのを確認し、ハルトマンは不敵な笑みを浮かべながらメンゲレに近付く。
「実は今、ウルスラが本国の技術省で働いているんだけどさ……」
 妖美な笑みを浮かべながら、ハルトマンはメンゲレににじり寄っていく。
「何か予算が足りなくって困ってるんだって……」
 ハルトマンはメンゲレの目の前まで近付くと、徐にメンゲレの首筋に腕を回しながら、肘掛けに置かれている左腕にお尻をのっかけた。 自分が幼い時に撮った写真を後生大事に飾っているんだ。写真と同じシチュエーションを取れば、必ず何かしらの反応を示すはずだという、ハルトマンの策略である。
「エッ、エーリカちゃん!?」
 突然腕に圧し掛かる重み。成長し、程よい柔らかみに膨らんだハルトマンのお尻の感触が腕から全身へと駆け巡る。
 あの少女がいつの間にかこんな魅惑的な女性に成長してたとは……。ハルトマンの目論見通り、メンゲレはハルトマンの成熟した身体に、性的な反応を示していたのだった。
「そこでさ……ヨハンおじまさにちょーっと、予算を回してくれないかなぁって思ってさぁ……」
「う、うーん。君たちの願いなら聞いてあげたいところだけど、いくら主任医官でも、そう簡単に予算を……」
「そ・こ・を・な・ん・と・か」  メンゲレが既に自分の術中に陥ったと認識したハルトマンは、更なる追撃をかけるべく、メンゲレの胸元に自分の乳房を軽く押し当てる。
(わっ!? エーリカちゃんの胸が、僕の身体に……)
 残念なことにエーリカちゃんの膨らみは、同年代の子より小さい。でも、この僅かに熟れた小振りな果実も悪くはないと、メンゲレの下腹部には自然と血液が集まり出す。
「ねっ、お願い、ヨハンおじさま。もし回してくれたら、わたしたちにできることなら何でもするよ」
 メンゲレが陥落寸前だと悟ったハルトマンは、最後の一押しとばかりに、メンゲレの耳元に息を吹きかけながら、甘ったるい声で囁く。
「あっ、あっ、あっ!」  その一言を聞いた瞬間、メンゲレの理性は崩壊した。
「よ、よーし! 分かった!! ここはおじさまが何とかして予算を捻出してみせるよ!!」
 何でもするよってことは、あんなこともこんなことも可能かもしれない。メンゲレは一物を勃起させつつ、とうとう折れたのだった。
(さすがは姉様。わたしにはここまでできない)
 メンゲレを誘惑し切った姉を見て、ウルスラは感心した。自分は言葉での説得は可能かもしれないけど、姉様のように身体を使ってまで相手を誘い込むことはできない。
 姉様のお陰で話が上手く進んだと、ウルスラは顔には出さないものの、心の底からハルトマンに感謝した。
「わーい! あっりがと、ヨハンおじさま!!」
 メンゲレが自分の頼みを聞き入れてくれた喜びを表すように、ハルトマンはメンゲレにぎゅうっと抱き付く。
(わっ!? わっ!? エーリカちゃんが僕に、だっ、だっ、だっ!?)
 ハルトマンの柔らかい温もりが全身を包み、メンゲレの心拍数は急上昇する。
「ありがとうございます、ヨハンおじさま。では早速ですが、この契約書にサインしていただけないでしょうか?」
と、ウルスラは鞄の中から密約を記した書類を出し、メンゲレにサインを迫る。
「うんうん、分かった、分かった。サインでも何でもしてあげるよ」
 完全に舞い上がったメンゲレは、契約書をよく読みもせず、せっせとサインを記したのだった。


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