「これが今月分の領収書だ。ではいつものようにまとめてくれたまえ、会計」
「はい、久瀬会長」
この学校の生徒会長である久瀬会長から生徒会運営に使った諸経費をまとめるよう命じられ、生徒会の会計である私はそのまとめに入りました。
「えっと、遠赤外線スコープ26,700円…盗撮機19,700円……。
…これを私にどうしろと……」
明らかに生徒会運営には関係のない使われ方をした領収書の山に、私はいつもの事ながら頭を抱えてしまいます…。
会長曰く、「これはある人を生徒会に入会させる為に必要不可欠な物。よってこれらは生徒会運営に必要不可欠なものであり、正当な権利の元使用された経費である」との事ですが、こんな物に使いましたとそのまま書いちゃったら当然の如く先生方に怒られちゃいます…。
そしてそうならないように、私がいつも会計として経費をまとめる文書の、偽造、捏造をしているのです…。本当はこんな事したくもないんですが、あの久瀬会長にはとても怖くて逆らう事など出来ません…。
どうしてこんな疑惑の総合商社みたいな人が生徒会長になれたのでしょう…?それは生徒会長役選の時久瀬会長以外に立候補者がいなくて、信任投票で決まった訳ですが…、もう少し他の生徒に人を見る目があって欲しかったものです…。まあ、私も信任投票した口ですから人の事は言えないのですが…。
いっその事内部告発して強制的に辞任させようと何度も思いましたが、そうしますと私も共犯者扱いを受けてどうなるか分かりません…。そんな訳でして、渋々と職務を全うしている訳ですが、正直鬱です……。
「ドサドサ!」
「きゃ!」
そんな感じで経費をまとめていましたなら、突然机に重なっていたファイルがどさどさって崩れてきて、挟んであった書類と領収書が混ざってしまいました。自分がうっかりしていたせいで招いてしまった惨事ですが、ともかく私は混ざった紙書類と領収書の整理をあたふたと始めました。
「これは…?」
そんな中ある書類が目に止まり、私はふと読み始めました。
『諸君、私は倉田さんが好きだ
諸君、私は倉田さんが好きだ
諸君、私は倉田さんが大好きだ
笑っている顔が好きだ
喜んでいる顔が好きだ
困っている顔が好きだ
悩んでいる顔が好きだ
哀しんでいる顔が好きだ
泣いている顔が好きだ
あははーっという口癖が好きだ
ふぇ?という口癖が好きだ
はぇ〜という口癖が好きだ
教室で 廊下で 職員室で 音楽室で 美術室で
学食で 体育館で プールで 更衣室で 女子トイレで
この学校で垣間見られるありとあらゆる倉田さんが大好きだ』
「……」
何かとても見てはいけないものを見てしまった感じで、私は暫く声が出ませんでした…。書いたのは間違いなく会長でしょうが、そのとてつもなく気違いで電波な文章に、私は最後まで目を通す事が出来ませんでした……。
そしてこの文章で会長が「好き」を連発している方こそ、会長が生徒会予算を私的に流用してまで生徒会に取り込もうとしている方なのです…。
この倉田さんという方は私の一年先輩に当たる方で、生徒会在籍時には優秀な腕を発揮された方です。そんな腕がある方ですから、卒業間近の身であるにも関わらず、会長が生徒会に再び入会させたいというのも分かります。生徒会予算を私的に流用する事は別としまして…。
それに私個人としても戻って来て欲しいと切実に願っています。そうすればこの永田町のように腐敗し切った生徒会も少しはまともになるでしょうから……。
いえ、腐敗しているというよりは、北朝鮮のように久瀬会長の独裁化が進み、生徒会が会長の私有物と化している状態です…。私以外の生徒会役員は会長のカリスマ性に惹かれ…と言いますか半ばマインドコントロールされ、会長の下す命令に何の疑問も持たずに忠実に実行する始末ですし……。
もういい加減生徒会辞めたいです…。
「会計!」
「わっ!え、えっと…会長、何かご用でしょうか…?」
突然会長が私に声を掛けて来て、私は驚きながらも会長の呼び掛けに応えました。
「本日、何人かの生徒が本人や家庭からの連絡もなしに無断欠席し、また陸上部の部長が部活の朝練に出掛けたまま戻らないという不謹慎極まる事態が発生した。その中には倉田さんも含まれていた事から、書記に倉田さんの行先を追わせていたのだが…」
本人や家庭から連絡もなしに無断欠席、部長ともあろう人が朝練に出掛けたまま戻らない…。確かにそれは不謹慎な事ですね。生徒会予算を私的に流用している会長に言えた台詞ではないですが…。
それにしましても、やっぱり倉田先輩関係で生徒会役員を使っているのですね…。書記さん、ご愁傷様です…。
「それでその書記から先程倉田さん発見の報告が為され、現在倉田さんは『華音湯』という銭湯に向かっているとの事だった。
学校を無断欠席したのにも関わらず、平然と銭湯へと向かう行為…。これは如何に倉田さんと言えども、許されざる行為である。よって我が校の生徒に2度とそのような事態が起こらぬよう戒める為、これから現場を抑えに行く!」
「現場を抑えるって…それって覗き…」
「否!これは我が校のよりよき発展と向上の為に行わなくてはならない英雄的行為であり、決して覗きなどではない!」
「はぁ…」
もうこの状態の会長には何を言っても無駄です…。脳内のアドレナリンが過剰に分泌され一種の自己中心的興奮状態に陥っている会長は、誰にも止める事が出来ません……。
「そういう訳だ。今から現場に行く準備を始めたまえ、会計」
「えっ、ちょっと待って下さい会長!どうして私が行かなきゃならないんです!?」
「どうしたも何も、放課後で今生徒会室に残っている生徒会役員は君しかいない。無論私も行くから安心したまえ」
あの、会長が行く方がかえって不安が積もるのですが…。それ以前に、そんな事に私を誘わないで下さい…。
「まあ、行かないというのなら先生方に君が生徒会予算を私的に流用していると通告するまでだが…?」
うわっ…もし従わなかったなら、今までしてきた事を全部私に擦り付けるつもりですかっ!?
と言いますか、自分が行っている行為を生徒会予算の私的流用だと自覚しているのですね……。ならこんな事もう止めてくださいよぉ……。
「そういう訳だ、征くぞ諸君」
「諸君って…会長以外は私しかいないのですが…」
「誇り高き我が校の生徒会役員が一人でもいれば充分”諸君”なのだよ。さっ、ぐずぐずするな、付いて来ないと先生方に今すぐにでも通告するぞ」
「わっ、待って下さい、かいちょ〜」