「あークソ、達矢の言ったとおりだったな」
 予餞会終了後、潤が頭をくしゃくしゃとかきながら釈然としない声で呟いた。
「何だ、言ったとおりって」
「創作に対するスタンスだよ。『ストーリーを作るノウハウがない人間がいきなりオリジナルの話を作ろうとしたって、上手く作れるわけがない。最初は二次創作などをしながらプロの模倣から始めるのがいい』ってのが、あいつの持論なんだよ。
 オレはそんなことはないって、アーサー王の伝説を基にしながら独自のストーリーを作ろうとしたんだが、結果はご覧のありさまだよ」
 成程な。確かに潤の脚本にはオリジナルティはそれなりにあった。けど、描写力がなさ過ぎて、正直あまり面白い作品には仕上がっていなかった。
 対する達矢の作品は、ドラえもんとMMRを足しに2で割った二次創作作品で、オリジナルティは皆無に等しい。しかし、原作にストーリーやノリが沿っているからこそ、それなりに見られる作品にまとめられていた。
 今回の事例だけで達矢の持論が正論だというのは早計だろう。だけど、一つの実証例には十分なっただろうな。
「まっ、終わったことを悩んだってしょうがない! 気分を変えて舞踏会を楽しむとするぜ!」
「舞踏会? 何だそれ?」
 唐突に聞き慣れない言葉が出たことに、私は首をかしげた。
「ああ、聞いてなかったか? 予餞会の後に交流会を兼ねた舞踏会が催されるんだよ」
 潤の話によれば、舞踏会は久瀬の提案により今年から催されることになった行事の一つだということだ。舞踏会と言っても華麗なタキシードや煌びやかなドレスを着用する必要はなく、普通の制服でも参加可能とのことだ。
「上級生と下級生のより円滑な交流を深めるためって趣旨で久瀬が企画したんだが。まあ、あいつにしては悪くない企画だな」
「意外な評価だな。應援團は久瀬を毛嫌いしていると思ったけど」
「嫌っているさ。奴は應援團を潰そうとしたんだからな。だが、伝統と秩序に凝り固まったウチみたいな学校には、アイツみたいな進歩的な考えを持った奴も時には必要さ」
「成程」
「あいつがダメなのは何でもかんでもぶっ壊して新しいものを作ろうとする点だ。今回のように何もないところから新しいものを作ろうとすると、上手くいくこともあるもんさ」
 潤の言う通りかもしれないな。伝統や秩序に固執した風潮の中から目新しい考えは生まれにくいものだ。時には古くからの体制を壊そうとする気概が、新しいものを作ることだってある。
 保守と進歩。互いに相容れない存在だろうけど、どちらが欠けていても世の中は偏りがちになり、両翼の考えを融合させるのが大切なんだろうな。
「当然オレは参加するが、祐一はどうする?」
「どうすると言われても……」
 そんな話は初耳で、無論準備らしい準備は何一つしていない。制服でも大丈夫だという話だけど、やはり多少なりとも場に見合った格好をしてみたいものだ。
「舞踏会っていっても、ヲタクたちのオフ会みたいなもんだ。そんなに肩を張る必要はないぜ」
「オフ会か。それならまだ気が楽だな」
 考えてみれば、舞踏会といっても一般生徒が楽しむ学校行事の一つには変わりない。格調高さよりも親しみやすさを優先することだろう。それなら制服姿の自分でも十分楽しめるかもしれないな。
「制服が嫌だってなら、達矢から衣装借りるって手もあるぜ」
「成程、それは悪くないな」
 演劇部にどんな衣装があるかは分からない。けど、制服で踊るよりはいくらかマシだろうと、私は潤と共に演劇部へと赴くことにした。



第五拾壱話「舞踏會」


「おう! 来たな北川!!」
 演劇部へ赴くと、何故だか團長に声をかけられた。
「團長も参加するんですか?」
 生徒総会で久瀬と殴り合いになる直前まで激しく口論をした團長が参加するのがちょっと信じられず、私は真意を問い質してみた。
「おうよ! 有紀寧のドレス姿を見てみたいからな!!」
 どうやら團長の目的は、舞踏会そのものより有紀寧ちゃんのようだ。
「潤、舞踏会は家族も参加可能なのか?」
「ああ。舞踏会は体育祭やら文化祭と同じ、公開型のイベントだからな」
 今年は初年度なので生徒とその家族限定だけど、来年度以降は一般にも門戸を広げるのが久瀬の狙いとの話だ。
「それよりも達矢。何かいい衣装はないか?」
 私は話を変え、達矢に舞踏会向きの衣装があるかどうか訊ねた。
「うーん。女性のドレス類はたくさんあるんだけど……」
 申し訳なさそうに苦笑いする達矢に詳しい理由を訊いてみた。何でも演劇部は昔から女性中心で女物の衣装は多いけど、男性向きの衣装は少ないとのことだ。
「ちょっと風変わりな衣装はあるけど、舞踏会向きの華やかなタキシードとかはないなぁ」
「そうか。潤はどんな衣装を着るんだ?」
 参考までに訊いてみようと思ったら、潤は部室の端っこで早くも衣装に着替え始めていた。この様子だと訊くより着替え終わるのを待った方が早そうだな。
「ウッシャー! 衣装チェンジ完了!!」
 舞踏会の衣装に着替え終えた潤は、高らかに声をあげ、私たちに見せ付けるようにポーズを構えた。
「……。お前、舞踏会を勘違いしてないか?」
 それは舞踏会じゃなく武闘会の衣装じゃないのかとツッコみたいほど、潤の衣装は舞踏会と不釣合いなものだった。
「勘違いしてねぇよ! 華麗な酔舞・再現江湖デッドリーウェイブを決めて、東方を赤く燃やしてやるんだぜ!!」
「いや、どう考えてもガンダムファイターは場違いだと思うぞ?」
 潤の格好はまんまドモンのコスプレで、舞踏会というよりコスプレパーティの衣装だった。潤は肩を張るなって言ってたけど、それはいくら何でも羽目を外しすぎじゃないのか?
「お待たせ、お兄ちゃん」
 潤の格好に呆れている中、着替えを終えた有紀寧ちゃんが恥じらい顔で私たちの前に姿を現した。有紀寧ちゃんは頭に大きな紅いリボンを付け、純白のドレスに身を包んでいた。それはまるで不思議の国のアリスが絵本から出たような、完璧なまでの可愛らしさを表していた。
「ゆっ、有紀寧〜〜! 今日はいつになく可愛いぞ〜〜!!」
 そんな有紀寧ちゃんのドレスが團長はえらく気に入ったようで、毎度の如く有紀寧ちゃんにすりすりと抱き付き始めた。
「やれやれ。相変わらずだな、團長は」
 團長の過剰なまでのシスコン振りに辟易しつつ、私は迷う。舞踏会向きの衣装がないならば、無理をして参加する必要もないんじゃないかと。
「失礼しまーす。こちらに祐一さんはいらっしゃらないでしょうか〜〜?」
 そんな時、荒涼とした演劇部に一輪の花を咲かせるような、可愛らしい声が響いてきた。
「佐祐理さん!」
 声の主は佐祐理さんだった。
「あははーっ。やはりこちらにいらっしゃいましたかー。クラスの方に訊ねたら、まだ下校した様子ではないというお話でしたので」
「きょっ、教室まで行ったんですか!?」
「はい。どうしても祐一さんにお会いしたかったので」
「……」
 教室に煌びやかな佐祐理さんの声が響き渡る様を想像してみる。佐祐理さんは校内では知らない人がいない有名人で、しかも見たとおりの美人だ。
 そんな佐祐理さんが親しげな声で私の名を呼ぶのだ。クラスの男子たちの嫉妬を一気に買ったであろうことは想像に難くない。教室に自分がいなくて何よりだったと思わずにはいられない。
「わざわざこんな所まで足を運んで。それほどまでに私に会いたい理由があるんですか?」
「はい。祐一さん、佐祐理たちと舞踏会に参加してみません?」
「えっ?」
 驚いたことに、佐祐理さんからの誘いは一緒に舞踏会に参加しないかというものだった。
「実は潤にも同じように誘われたんですけど、生憎場に似合う衣装がなくて」
 私は事情を述べつつ、参加するかどうか迷っている今の気持ちを伝えた。
「あははーっ。その点は心配ありません。衣装の方は佐祐理がお貸ししますのでー」
「えっ!? さすがにそこまでは」
 確かに佐祐理さんなら、舞踏会の場に相応しい衣装をたくさん持っていることだろう。でも、佐祐理さんに衣装を借りてまで舞踏会に参加するのは、正直気が引ける。
「あははーっ。遠慮する必要はありませんよー。祐一さんが参加すれば、舞も喜ぶので〜〜」
「えっ!? 姉さんが?」
 ここで姉さんの名前を出すってことは、佐祐理さんが私を誘っている理由は一つしかない。
「分かりました。ここは佐祐理さんのご厚意に甘えます」
 私は姉さんも参加するという言葉に決意を固め、佐祐理さんの誘いを受けることにした。
「ありがとうございます、祐一さん。では今から佐祐理の家に向かいましょう〜〜」
 そして私は佐祐理さんに誘われ、倉田邸へと赴いた。



 私は倉田邸に赴くと、佐祐理さんから10万は軽く超えそうな礼服を渡された。何でもこの礼服は、倉田党首が若い頃政界のパーティによく着ていった衣装らしい。私は自分に不釣合いだと思いつつ、渡された礼服に着替えた。
「祐一さん、着心地はいかがでしょうか〜〜?」
「ええ。多少肩幅が緩いですが、サイズ的には無理がないです」
「あははーっ。それはよかったですーー」
「しかし、私なんかがこんな服を着てよかったんですか?」
 倉田党首本人の許可を得ずに着て問題なかったのだろうかと、着替え終わってから思ってしまう。
「はい。その服は元々父が一弥に譲ろうとしていた服ですので」
「えっ!? 弟さんに?」
「ええはい。もしも一弥が自分の後を継ぐ時は、この愛用の服も一緒に継いで欲しいと、父はよく語っておりました」
「……」
 この服を本来着るべきだった人間が既にこの世にいないことに、私は複雑な気分だった。
「そんな大層な服を、本当に私なんかが着てもいいんでしょうか?」
「もちろんですよー。祐一さんは舞にとって弟のような存在です。なら、佐祐理にとっても祐一さんは弟のようなものですので」
「佐祐理さん。本当に何もかもありがとうございます」
 私は佐祐理さんの際限ない気遣いがうれしくて、最大限の感謝を向けずにはいられなかった。佐祐理さんが私を舞踏会に誘った理由は、姉さんとの関係の向上を願ってのことだろう。
 確かにここ数日、姉さんと顔を会わす機会はあったけど、二人きりでゆっくりと会釈する暇はなかった。舞踏会は姉さんとじっくりと話し合える絶好のイベントと言えるだろう。
「佐祐理、ドレスを着てみたけど、どうかな……?」
 そんな時、奥から細々とした聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「えっ!? 姉さん?」
 腰元に大きなリボンの付いたピンク色のドレスを身に纏った姉さん。冷静に考えれば、姉さんが佐祐理さんの家で着替えていても不思議じゃない。けど、突然姉さんの声が響いてきたことに、私は胸がドキッとしてしまう。
「!? 祐一……」
「えっと、姉さん、そのっ……」
 お互いに前振りなくバッタリと顔を合わせてしまったことに沈黙が続く。この場合、何て答えたらいいんだろう?
「そのっ、あのっ……姉さん、綺麗だよ……」
 ありきたりな言葉だけど、それが今の素直な気持ちだった。普段から姉さん姉さん言っているけど、こういった格好をすると、いつもより大人びて見える。
「ありがとう……。祐一に綺麗だって言われると、すごくうれしい……」
 姉さんは少し顔を赤めながら、満面の笑みを私に向けてくれた。何だかこの笑顔を見れただけで、舞踏会に参加する目的を既に達したような気がしてしまうなぁ。
「あははーっ。それでは佐祐理はこれから着替えなければならないので、お二人で先に行っててください」
「えっ、ちょっと、佐祐理さん!?」
 こんな美し過ぎる姿の姉さんと二人きりで学校なんて行けやしない。辿り着く前に恥ずかしさが臨界点に達してしまうだろう。だから、出来得るなら、佐祐理さんと3人で学校に向かいたいんだけど。
「それではーっ!」
 佐祐理さんはそんな私をお構いなしに、家の奥へと姿を消していった。
「じゃあ行こう、祐一……」
「う、うん……」
 これはこれで佐祐理さんの気遣いなんだと思い、私は意を決して姉さんと一緒に学校へと戻っていった。道中は案の定姉さんに見惚れてしまい、ろくに会話もできなかった。
 うーむ。学校に着くまでには何とか緊張感を解して、ダンスの一つでも踊れるようにしないとなぁ。



 時刻は5時半を回り、周囲は既に暗闇が支配していた。路上にはいつの間にか雪が積もり始めていて、私は滑らないように気を配りながら舞踏会場へと向かった。
 潤や佐祐理さんの話によれば、舞踏会場は校庭近くにある第二体育館で催されるという話だった。予選会終了後、速やかに舞踏会へと移行できるよう、スタッフにより午後一時位から会場の設営が行われていたという。
 私は姉さんをエスコートする形で先頭に立ち、体育館の中へと入っていく。体育館は、まるで別空間のような装飾が施されていた。真っ白なテーブルクロスに覆われた丸型テーブルの上に、レトロな雰囲気の燭台が飾られている。
 テーブルの上には下手な料亭顔負けの西洋料理がズラリと並べられていた。天井には派手なシャンデリアがいくつか飾られており、普通の体育館をよくここまで飾り立てたものだと感心してしまう。
「よう! よく来たな祐一!!」
 そんな私を、明らかに場違いな格好をした潤が出迎えてくれた。
「へぇ。倉田先輩もなかなかいい衣装を持ってるじゃねぇか。さすがは政治家の娘さんだな!」
 潤はお世辞なんだか皮肉なんだか分からない言葉で、私の服を評価した。
「って、川澄!? テメェも参加しやがるのか!」
 潤は姉さんの姿を見るや否や、今にでもガンダムファイトを始めそうに身構えた。何だかんだで潤は、まだ姉さんに警戒心を持っているようだな。
「まあ、落ち着け、北川。決着を着けたいという気持ちは分かるが、ここは舞踏会場だ。今は拳を抑えるんだな」
 いきり立つ潤を、斉藤が宥めた。確かに斉藤の言う通りだな。舞踏会場と武闘会場を勘違いしてもらっては困る……って、
「なんじゃお前の格好はー!?」
 目の前にいる斉藤の格好が、勘違いどころか公然猥褻罪に値するものだったので、私は叫ばずにはいられなかった。
「フッ。この素晴らしき超肉体こそが俺にとっての正装なのさ」
 自慢ありげにポージングし、自らの肉体を披露する斉藤。しかし、ネクタイに海パンだけという格好は、カンダタと同レベルの変態にしか見えない。お前はとっととギアナの大穴に落ちて、ラダトームの牢獄に収監されるべきだと思うのだが。
「心配するな。ちゃんとネクタイは締めている。至極紳士的な格好だろう!」
 いや、それは紳士は紳士でも、ただの変態紳士だと思うぞ?
「いやあ、なかなか盛り上がってるねぇ。記念に一枚! 富竹フラッシュ!!」
 そんな時、私たちを聞き覚えのある声と共にフラッシュの一閃が浴びせられた。
「と、富竹さん! どうしてここに!?」
 今日の舞踏会は学校の関係者しか参加できなかったはず。どうして富竹さんがここにいるのだろう?
「いやなに、フリーのカメラマンで舞踏会の様子を撮りたいって言ったら、中に通してくれたよ」
「フリーのカメラマンなんて、そんな見え透いた嘘を……」
「いや、これでもこの道20年の、正真正銘のフリーのカメラマンだよ」
 詳細を話す富竹さん。何でも富竹さんは、本当にカメラを趣味としているとの話だった。雛見沢を来訪していた時も、よくカメラを回していたという。
「しかし、初心者じゃないなら、断ってから写真を撮るべきなんじゃないかと思いますけど?」
「いやあ、すまない。メインは野鳥の撮影でね。断った試しがないんだよ。ハッハッハ」
 笑って誤魔化そうとする富竹さん。だけど、一応プライバシーというものがあるんだから、一言断って欲しかったな。
「しかし、舞ちゃん。ドレス姿、すごく綺麗だよ。本当に成長した梨花ちゃんがドレスを着ているみたいだ……」
「ありがとうございます……。きっと、大気の彼方にいるお姉ちゃんも、にぱーって笑ってると思います……」
「圭一君たちに舞ちゃんの踊っている姿を撮ってくるよう頼まれたんだ。良かったら僕の目の前で踊ってくれないかい?」
 成程、そういうことか。富竹さんの目的は、姉さんのダンスをフィルムに焼き付けることか。恐らく圭一さんも礼奈さんも、梨花ちゃんの面影を残す姉さんのドレス姿を見たかったんだろうな。
 ただ、集団で学校行事に押しかけるわけにもいかないから、富竹さんに撮影を頼んだのだろう。
「そういうことなら、私と一曲踊っていただけませんか、お嬢さんフロイライン?」
 私は舞踏会の場に相応しい紳士的な態度で礼をし、姉さんをダンスに誘おうとした。
「はい。喜んで踊らせていただきます……」
 姉さんも何か少しお嬢様口調の声で頷いて、私の手を握ってくれた。正直ダンスなんて踊ったことなく、こうやって姉さんに手を握られているだけで恥ずかしさがこみ上げてくる。
 だけど私はこの瞬間を何より大切にしたいと思い、一生懸命踊った。私は終始ぎこちない動きだったけど、姉さんは私に合わせるようにステップを踏んでくれた。
 そのお陰でとりあえず人に魅せられるダンスになっていたようで、踊り終えた時は少なからず周囲から拍手が漏れていた。



「あははーっ! 2人とも素晴らしいダンスでしたよー!!」
 観衆の中に紛れながら、着替え終えた佐祐理さんが一際大きい拍手を奏でながら、私と姉さんを賞賛してくれた。
「ありがとうございます。佐祐理さんのドレスも、姉さんに負けず劣らず綺麗ですよ」
 佐祐理さんはパールホワイトとライトブルーに包まれたドレスを身に纏っていた。その姿は、月夜の湖面に浮かぶ美しき水の精霊、ウンディーネを髣髴とさせるものだった。
「あははーっ! 祐一さん、佐祐理を褒めても何も出ませんよー」
「いえいえ。よろしければ、佐祐理さんも私と一緒に踊っていただけません?」
 私は姉さんを誘った時と同じように、紳士的な態度で佐祐理さんに声をかけた。
「嬉しいお誘いですが、お断りします。祐一さんは舞ともっともっと踊ってください」
 だけど佐祐理さんはスカートの裾を持ちながら丁重なお辞儀をし、私の誘いを断った。
「それに佐祐理には、ご一緒に踊りたい相手が他におりますので」
 佐祐理さんはそう言って踵を返すと、群集を掻き分け、会場内をウロウロと散策し始める。一体佐祐理さんは誰と一緒に踊ろうとしているのだろう?
「あっ!」
 佐祐理さんは目的の人を見つけると、笑顔で駆け寄っていった。
「久瀬さん、よろしければ佐祐理と一緒に踊っていただけません?」
 佐祐理さんの探していた相手は、何と久瀬だった。佐祐理さんは他の生徒会役員と会釈をしている久瀬の目の前で、丁寧なお辞儀をした。
「くっ、倉田さんっ!?……今更僕に何のようです? 心変わりしてしまった貴女とお話しすることは何もない!」
 久瀬は一瞬戸惑いの表情を見せたものの、すぐに冷静な顔に戻り、会場の奥へと姿を消していった。
「はぇ。すっかり、嫌われちゃったみたいですね……」
 久瀬の後姿を見送る佐祐理さんは、どこか寂しげだった。
(そういうことか……)
 佐祐理さんは多分、私と姉さんが親密度を深めるように、亀裂が入った久瀬との関係を少しでも修復したかったのだろうな。だけど、久瀬が嘗ての佐祐理さんの姿しか見ていない限り、この距離が縮まることはないんだろうな。



「!? 祐一、気を付けて……! 嫌な感じがする……」
 突然姉さんが私に注意を呼びかけ、身構えた。
「何? ひょっとして魔物がっ!?」
「違う……。この感じは多分、悪霊の方……」
 姉さんが警戒を呼びかけた刹那、突然会場内の照明が点滅し出した。
「マズイ! 恐れていた事態が発生しようとしている! 魅音ちゃん、圭一くん、みんな! 手筈通り生徒たちを安全に非難させるんだ!!」
 姉さんの警告を耳にすると、富竹さんは何やら無線で圭一さんたちに連絡を取った。成程、富竹さんが舞踏会場を訪れた真の理由は、非常事態を予見してのことか。
 そして富竹さんが指示を出すや否や、ラップ音が鳴り出し、会場内の窓ガラスが割れ出した。それに続き、テーブルの上に置かれていた食器類がカタカタと鳴り出し、宙に浮き出した。
 俗に言うポルターガイスト現象が目の前で発生している。分からない。以前悪霊は源氏の血を継ぐ私を集中的に襲っていたはず。どうして私に集中せず、無差別に不特定多数の人間を襲おうとしているんだ!?
「クッ! 何なんだ一体!? 誰がこんな妨害をしているんだ!?」
 久瀬は生徒たちの避難指示をしながらも、状況が飲み込めず、顔には明らかな焦燥感が滲み出ていた。
「まさか應援團の奴等が、僕の面子を潰そうと破壊活動をしているのか!?」
 そして久瀬は、自分の理解を超える事態に、あろうことか應援團のみんなを犯人と決め付けるような発言をした。
「はぁ!? ふざけんなよ久瀬! この事態になったのはテメェの自業自得だろうがよ!!」
 自分たちが主犯扱いされたことに腹を立てた潤は、怒り心頭に久瀬に掴みかかっていった。
「自業自得? 何を言ってるんだ君は!? 僕が一体何をしたって言うんだい?」
「とぼけんなよ! テメェが他校の生徒をそそのかして石碑を破壊したんだろっ!? この現象は、石碑に封印されていた悪霊共が巻き起こしているんだよ!!」
「言いがかりはよしたまえ。証拠はどこにあるんだい? 第一、悪霊の仕業だなんて、そんな非科学的な……」
「!? テメェ! どこまでしらばっくれれば!!」
 堪忍袋の緒が切れた潤は久瀬を掴み上げ、怒り心頭に握り拳で久瀬に殴りかかろうとする。
「!?」
 だけどその瞬間、二人の前にテーブルが覆い被さるように倒れ出した。咄嗟に二人は避けたものの、テーブルの上に置かれた燭台が落ち、周囲は炎に包まれた。
「クソッ! 消火器はどこだ!?」
 潤は久瀬への怒りをかき消し、消火器を探しに会場内を駆け巡った。
「ぼ、僕は何も悪くない! 無実だー!!」
 久瀬は自分の非の打ち所を認めずに、逃げ惑おうとした。
「!? 久瀬、危ない!!」
 そんな時、久瀬の逃げる方向の天井に飾られていたシャンデリアが、グラッと揺れ始めた。
「うっ、うわわー!?」
 私が咄嗟に注意を呼びかけるものの、時既に遅し。シャンデリアは久瀬の真上に覆い被さるように、盛大な音を立てながら落下してしまった……。

…第五拾壱話完


※後書き

 えーと、前回より大分時間が空いてしまい、続きをお待ちしている方には大変申し訳ありませんでした。遅れた原因の一つは、ストーリー展開ですね。
 過去の話を読み返してみたのですが、舞踏会に関して言及したことが一度もないんですよね……。改訂前はしっかりと語られていたのに、すっかりとネタにするのを忘れておりましたよ……。
 そんな訳でして、舞踏会への流れは強引と言わざるを得ないなぁと。話の展開でどう舞踏会に持っていくか悩んで、何日か続きを書けなかったので。
 他にはゲームにのめり込んでおりまして、そのせいでまた更新が滞りそうです。まあ、一ヶ月もすれば遊び切ると思いますので、続きは今しばらくお待ちくださいです。


戻る