注文の多い水瀬家
ここはとある北の街。プラスチック製の羽が付いたリュックを背負った少女「月宮(つきみや)あゆ」と、ストールを羽織った少女「美坂栞(みさかしおり)」が、何かを探す様な雰囲気で歩いておりました。
「うぐぅ〜、祐一くんのお家、何処なんだろう〜」
「祐一さんの家、「水瀬家」は地図ではこの辺らしいのですが…」
「ところで栞さん、会うの久し振りだねっ」
「こちらこそ、あゆさん。ところであゆさんも、祐一(ゆういち)さんの家で行われるディナーにご招待されたのですか?」
「ううん、ボクは祐一君が居候しているお家の、家主の秋子(あきこ)さんに招待されたんだよっ」
実は二人が迷わないようにと水瀬家のもう一人居候、「沢渡真琴(さわたりまこと)」という人が途中まで案内していたのです。ですが、その真琴という人は道を案内する途中、辺りを漂う肉まんの匂いに誘われ、「あうーっ、肉まんだぁ〜」と言いながら姿をくらましてしまったのです。
迷いながらも暫く歩いていると、ようやく二人の前に「水瀬家」という表札が見えて来
ました。
「うぐぅ〜、ようやく祐一くんが居候しているお家に着いたよぉ〜」
「そのようですね。早くそのディナーにありつきたいものです」
「まったくだよ」
二人は玄関に立ちました。そしてその扉の前には、金文字でこう書いてありました。
「どなたもどうかお入り下さい。決して御遠慮はありません。また、当家は注文の多い家ですので、
どうかそこはご了承下さい」
二人はそこで、ひどく喜んで言いました。
「うぐぅ〜、きっとそのディナーをおなかいっぱい食べられるんだねっ」
「そうでしょうね。食べ過ぎて太らないように気を付けなくてはいけませんね」
「ところで、注文が多いって一体どういう意味なんだろう?」
「これは多分、作法が厳しいお家で身だしなみなどに色々と注文をつけるから、それはご了承下さいという意味でしょう」
二人は戸を押して、中へ入りました。そこはすぐ廊下になっていました。その玄関扉の裏側には、金文字でこうなっていました。
「ことに可愛らしいお方や若いお方は、大歓迎致します」
二人は大歓迎というもので、もう大喜びです。
「栞さん、ボク達大歓迎だってよ」
「私達は両方兼ねていますからね」
二人は靴を脱いで、中へ入ろうとしました。そしたら足元に、
「お客様方、ここできちんと身だしなみを整えて下さい。
また、どうかコートや、リュックなどの外出時に身に付ける衣服等をお取り下さい」
そして脇を見ると鏡がかかっていて、その下に置かれてあるテーブルには長い柄の付いたブラシが置いてあったのです。
「これは当然だねっ」
「当然といえば当然ですが、やはり作法に厳しいお家なのですね」
そこで二人は、綺麗に髪をけずって、靴を脱ぎました。また、コートやリュックを釘にかけ、ぺたぺた歩いて家の中に進みました。
そして進むと扉があって、その前に硝子の壷が一つありました。扉にはこう書いてありました。
「壺の中のクリームを顔や手足にすっかり塗って下さい」
見ると確かに壺の中のものは牛乳のクリームでした。
「クリームを塗るっていうのはどういう意味なんだろう?」
「これはですね、外が非常に寒いでしょう。部屋と外との外気温差があまりに激しいとひびが切れますから、その予防をして下さいということでしょう」
「うぐぅ〜、ボク達のお肌まで気遣ってくれるなんて、秋子さんは本当に優しい人だよ〜」
二人は壺のクリームを、顔に塗ってそれから靴下を脱いで足に塗りました。それでもまだの残っていましたから、それは二人ともめいめいにこっそり顔へ塗る振りをしながら食べました。
「うぐぅ〜、すっごく美味しいよ〜このクリーム」
「本当に美味しいです。これはこの家の人が作ったものなのでしょうか?」
「きっと秋子さんだよ。祐一君、秋子さんは料理がすっごく上手だって言ってたもん」
「ということは、今日のディナーもその秋子さんという人が作るのでしょうね」
それから大急ぎで扉を開けますと、その裏側には、
「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか、」
と書いてあって、小さなクリームの壺がここにも置いてありました。
「そうそう、ボクは耳には塗らなかったんだ。危なく耳にひびを切らす所だったよ。うぐぅ〜、この家に住んでいる人達は本当に用意周到だねっ」
「ええ、細かい所までよく気がつきますね。ところでお腹も大分減ってきたのですが、どうもこう、どこまでも廊下では仕方ありませんね」
するとすぐ目の前に次の扉がありました。
「料理はもうすぐ出来ます。十五分とお待たせは致しません。すぐ食べられます。
早く貴方の頭に瓶の中の香水をよく振り掛けて下さい」
そして戸の前には金ピカの香水の瓶が置いてありました。
二人はその香水を、頭へぱちゃぱちゃ振り掛けました。
ところがその香水は、どうも酢のような匂いがするのでした。
「この香水は変に酢臭いです。どうしたのでしょう?」
「うぐぅ〜、きっと祐一君辺りが風邪でも引いて間違えて入れたんだよ〜」
二人は扉を開けて中に入りました。
扉の裏側には、大きな文字でこう書いてありました。
「色々注文が五月蝿かったでしょう。申し訳有りませんでした。もうこれだけです。
どうか身体中に、壺の中の塩を沢山よく揉み込んで下さい」
成程立派な青い瀬戸の塩壺が置いてありました。ところが、あゆが何気無く塩を揉み込もうとした矢先、すかさず栞が止めに入ったのです。
「どうしたの、栞さん?」
「どうもおかしいです。身体に塩を揉み込むなんて作法、聞いたことがありません。これではまるで私達が…」
「まるでボク達が…、どうかするの?」
「ですから、祐一さん達は私達にディナーを御馳走する為に招待したのではなく、私達をディナーにして食べる為にご招待したのです…」がたがたがたがた、栞は震え出してもうものが言えませんでした。
「その、ぼ、ボク達が、……うぐぅ〜!」あゆもがたがたがたがた震え出して、もうものが言えませんでした。
「逃げ……」がたがたしながら栞が後ろの戸を押そうとしましたが、どうです、戸はもう一分も動きませんでした。
奥の方にはまだ一枚扉があって、大きな鍵穴が二つ付き、銀色のホークとナイフの形が切り出してあって、
「いや、わざわざご苦労です。大変結構に出来ました。さあさあお中にお入り下さい」
と書いてありました。
「うぐぅ〜…」がたがたがたがた。
「そんなことする人、大っ嫌いです〜」がたがたがたがた。
二人は泣き出しました。
すると戸の中では、こそこそこんなことを云っています。
「チッ、あゆは誤魔化せたが、栞は流石に誤魔化しきれなかったか…」
「もう、祐一の書き方がまずいんだよ。あそこに、色々注文が多くて五月蝿かったでしょう、申し訳ありませんでしたなんて、間抜けなことを書くからだよっ」
「名雪(なゆき)、そもそもお前が塩の入った壺を置かなかったら、最後まで誤魔化しきれたかもしれなかったんだぞ!」
「うーっ、だってあれはお母さんが、「あゆちゃんは名前が「あゆ」だけにやっぱり塩焼きね」なんて言うからだよ〜」
「まあ、どっちでもいいよ。秋子さん、どうせ俺達には骨も分けてくれやしないんだ」
「それはそうだね。でも、あゆちゃん達が入って来なかったら、それは私達の責任だよ〜」
「呼ぼうか、呼ぼう。おい、あゆ〜、栞〜、早く来いよ〜。皿も持ってあるし、菜っ葉ももうよく塩で揉み込んでいるぜ。後はお前達と、菜っ葉を 上手くとり合わせて、真っ白な皿に乗せるだけだ。だから早くこっちに来いよ〜」
「あゆちゃ〜ん、栞ちゃ〜ん、早くこっちにおいでよ〜。それともサラダは嫌いかな。それならこれから火を起こしてフライにするけど?とにかく私のお母さんは味王が光を放つくらい料理が上手で、「素晴らしき水瀬秋子」という異名で呼ばれてたりするんだよっ。だから何も心配することはないよ〜。だから早くこっちにおいでよ〜」
二人はあんまり心を痛めた為に、顔がまるでくしゃくしゃの紙屑のようになり、お互いにその顔を見合わせ、ぷるぷる震え、声もなく泣きました。
中ではふっふっと笑ってまた叫んでいます。
「早く来いよ〜。そんなに泣いちゃ折角のクリームが流れるじゃないか〜。」
「早くいらっしゃい。お母さんがもうエプロンを掛けて、包丁をとぎながら、舌なめずりして、二人を料理するのを楽しみに待っているんだよっ」
二人は泣いて泣いて泣きました。
その時後ろからいきなり、
「許さないんだからっ」という声とともに、「大」の形をした炎の塊が、扉めがけて放たれました。
「わああ〜!?」
その攻撃により、名雪は瞬く間に気絶しました。
かろうじで気絶しなかった祐一は、
「クッ、今のは「大文字(ポ○モンの技の一つ)」か…。それにしても技の威力がいつもの1.25倍位あったような…、まさか…」
と言いました。目の前には憤怒した真琴が立ち尽くしていました。そして祐一の予想通り真琴は「野生化」を発動させていたのです。
「アンタ達、何やっているのようっ。ひょっとして後々私も食べるつもりだったんでしょう!」
「フ、七年前お前を助けたのは成長してからじっくり食べる為。それ以上でも、それ以下でもない!!(C・V池田秀一)」
「私は七年間祐一を待ちつづけたっていうのに…。うーっ、もう怒ったわようっ。そんな祐一、修正してやるぅっ!愛と!怒りと!悲しみの!ゴットバァァァド・チェェェェンジ!!照準セット!!!!(精神コマンド「捨て身」、「激闘」使用)」
「くっ、ポ○モン最強クラスの技の一つ、「ゴットバード」か!?…って、飛行系に属さないお前にはその技は会得できない筈じゃ…。それにゴットバードはゴットバードでも、その掛声はラ○ディーンの方じゃ…」
「そんなことはどうでもいいのようっ。哀の心にて悪しき空間を絶つ…、祐一、覚悟〜〜!!」
「うああ〜、ま、まて、話せば分かるっ」
「問答無用っ!やぁぁぁってやるわよぉぉぉうっ!!」
「これが若さか…(C・V池田秀一)。うあああああ〜〜!!!!」
真琴の攻撃により、祐一の断末魔とともに、水瀬家は灰塵と化しました。ですがこの後、一個師団以上の力を持つ「素晴らしき水瀬秋子」との最終決戦が待ち受けているとは、真琴は夢にも思っていませんでした。そして、一命をとりとめたあゆと栞は、その光景をただ呆然といつまでもいつまでも見続けていました。
夢。
終わりのない夢の中で見た、
終りのある夢。
これが夢で本当に良かった…。
こんな展開、
悪夢以外の何物でもない…。
「それは私のことを言っているのかな?ソロモンよ、私は帰って来た!!
(夢の中に「ソロモンの悪夢」ことアナベル=ガトー少佐が突如乱入)」
…………………
うぐぅ……
…完
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