君と歩む雪の道外伝〜春秋百花〜


「おはようございます、プロデューサーさん!」
 765プロの事務室に、私の大きな挨拶が響き渡る。
「おはよう春香。今日も本格的なデビュー目指してレッスンに励むぞ!」
 私の元気いっぱいな挨拶に、プロデューサーさんもハキハキとした声で挨拶してくれた。
「はい! 私、歌もダンスもまだまだですけど、一生懸命レッスンに励みます!!」
 そんなプロデューサーさんの期待に応えるぞって、私はやる気全開な言葉を返した。事務室に顔を出す度に繰り返している行為だけど、このやり取りがあるお陰で、私はどんなに辛いレッスンにも耐えられるんだ!
「さて、今日は何か希望があるか? 可能な限り春香の期待に応えたいんだが」
「そうですねぇ。じゃあお言葉に甘えてダンスレッスンをお願いします!」
 歌もダンスもまだまだだっていうのは決して謙遜じゃなくて、実際にそうだと思ってる。特に私、何にもないところでもいつも転んじゃうほどドジだから、ダンスは本当に苦手。トホホ。



「レッスン、ありがとうございましたぁ」
 一生懸命がんばったけど、何度もリズムに合わせられないどころか足を捻るように転んじゃって、今日のレッスンは散々だった。
 レッスンの評価をグッドとかバッドとかで表現するなら、最低ランクのバッドに値するほど酷い有様だった。
 あーあ、せっかくプロデューサーさんが練習に付き合ってくれてるっていうのに。こんなんじゃ情けなくて顔を合わせられないよぉ〜〜。
「ううっ、すみませんプロデューサーさん。期待に沿えなくて……」
 あんまり申し訳ない気持ちでいっぱいになって、私はペコペコとプロデューサーさんに頭を下げた。
「春香、笑顔と元気が君の一番の取り柄だろ? だからそんな暗い顔するな。朗らかに笑い続けるんだ」
「で、でもぉ」
「今日の失敗は明日に活かせられれば問題ない。案ずるな、君は必ず765プロ筆頭プロデューサーである俺が華々しくデビューさせてやる!!」
 そう言い、しょんぼりする私に肩に手を乗せて、力強い声で励ましてくれるプロデューサーさん。
「そうですね。一度や二度の失敗でメソメソしてたら、いつまでたっても成長しませんもね。ありがとうございました! プロデューサーさんのお陰で元気さを取り戻せました。明日のレッスンもよろしくお願いします!!」
 そんなプロデューサーさんの言葉がうれしくて、私は笑顔で元気いっぱいな声で挨拶してレッスン室を後にした。



(とは言うものの、やっぱりもっとしっかりしなきゃなぁ)
 プロデューサーさんがダメな私をいつも励ましてくれるのは、すごくうれしい。プロデューサーさんがいつも側で私を見守ってくれているから、私は挫けずにがんばれるんだもん!
 でも、時々それが苦痛になることもある。私のプロデュースを担当するプロデューサーさんは、自分で筆頭って言ってるように、765プロ設立当初から事務所に所属しているベテランプロデューサーさん。
 そんなプロデューサーさんが面倒を見てくれているのが光栄であると同時に、プロデューサーさんの手を煩わせるわけにはいかないって、いつも肩に余計な力が入っちゃう。
 多分そんなプロデューサーさんが私のプロデュースを務めてるのって、「ベテランじゃないとプロデュースできないほど落ちこぼれ」だからなんだろうなぁって、ついネガティブなことを考えちゃう。
「あーもうっ、朱燈あかひさん! 見積りの計算間違っていますよ!!」
 帰り際事務室の横を通り過ぎようとした時、見習いプロデューサーである朱燈さんを叱責する声が廊下まで響いてきた。
「ええっ!? おっかっしいな、ちゃんと計算したはずなんだけど」
見積書を突き返され、頭を抱えながら書面と睨めっこする朱燈さん。彼はプロデューサー志望者として今年の初めに中途入社した朱燈智志さとしさん。
 今はまだ研修期間中でプロデュースするアイドルはいなくて、事務所の雑用を手伝いながらプロデュースのイロハを学んでる新人さんだ。
 プロデューサーさんが言うには熱意だけならどの所属プロデューサーにも勝ってるって話だけど、事務方の仕事は全然ダメみたい。
「やれやれ。やっぱり最後に君に確認してもらうと、確実で助かるよ」
「もうっ、私より年上なんですから、もっとしっかりしてくださいよ!」
「ははっ、まったくだ」  自分より年下の事務員さんに注意され、バツの悪そうな顔で苦笑する朱燈さん。反省してるんだかしてないんだか分からないほど、彼の顔はポジティブだった。
何か私と同じく、元気さだけが取り柄のドジッ子さんみたい。あ〜〜あ、こんな人が自分のプロデューサーさんだったら、私ももっと気楽なんだろうなぁ。
(それにしても律子さん、いつ見てもすごいなぁ)
 そんな朱燈さんよりもテキパキと事務所をこなす彼女を、私は尊敬してやまなかった。
彼女の名は秋月律子さん。まだ高校三年生だけど、アルバイトとして事務方のお手伝いをしてる人。
 私とほぼ同時期に勤めるようになったんだけど、あっという間に仕事を覚えて、今では事務方のリーダー格である音無小鳥さんよりも仕事をこなしてるって感じ。
 要領がよくて間違いがあれば年上にも遠慮なく指摘できる度胸も兼ね備えた彼女。律子さんを見るたびに、彼女のように自分もがんばらなきゃって思ってしまう。
そのことをプロデューサーさんに話すたびに、「春香は春香、律子は律子。春香は春香らしさを通せばそれでいい」って言われちゃう。
 それは「自分らしさを通せ」っていう肯定的な意味なのか、「お前には律子のような要領のいい人間になるのは無理だ」っていう否定的な意味を指すのか分からず、いつも判断に迷っちゃう。
 私自身、律子さんのような要領のいい人間にはなれないだろうって自覚はある。だからこそ、自分にないものを持ってる律子さんには心の底から憧れちゃう。
 もしも律子さんみたいな人がパートナーだったら、私も今以上に羽ばたけるかなぁなんて思ったり。
あー、今の話はなし。律子さんみたいなしっかり者さんが、私みたいなおっちょこちょいを相手にするわけないし。
そんな願望に浸っている暇があったなら、明日もレッスンがんばらなきゃ!
 絶対に叶わない夢に想いを馳せつつ、私は事務所を後にする。この時は、まさか夢想が現実になるだなんて、思いもしなかったなぁ。



「えっ!? ユニットですか?」
 デビューを目指しレッスンに励む日々が続いていた十月の中旬。プロデューサーさんからユニット結成の話を持ちかけられた。
「そうだ。春香にはパートナーが必要だと思ってな」
「パートナーですか。いいですね、それ!」
 正直ソロデビューには不安しか抱かない自分には、願ったり叶ったりだった。
「でも、パートナーってどんな人なんです?」
 プロデューサーさんが私のために選んでくれた人なら、どんな人でも大歓迎だ。
でも、欲を言うならば自分よりしっかりしてる人ならいいなぁって思ったり。
「春香に相応しい人を既に見つけてある。春香が望むなら、明日にでもユニット結成の話を進めたいと思う」
「はい! ぜひお願いします!!」
 私はすぐさまOKだってプロデューサーさんに伝えた。
うーん、私のパートナーになる人かぁ。一体どんな人なのか、今から楽しみだなぁ。



「パートナー! パートナー!」
 翌日、ミーティングルームに呼び出された私は、まだ見ぬパートナーに胸をときめかせていた。
 私にピッタリな人って言えば、やっぱり律子さんみたいなしっかり者さんかなぁ。もしそうだったら、これからのアイドル人生がすごく充実しそう!
 うー、早く来ないかな、来ないかな〜〜。
「それで話って何です、プロデューサー?」
「まあ、いいから黙って俺について来てくれ」
 そんな風にウキウキ気分で待ち続けていると、パートナーになる人とプロデューサーさんの声がミーティングルームまで響いてきた。
(えっ!? この声って……)
 プロデューサーさんと一緒にお話してる人の声を聞いて、私は自分の耳を疑った。だってこの声って……
(ううん、そんなはずは……でも……)
 どうしよう、期待に胸を膨らませて違う人だったらよりガッカリするだけなのに。でも、胸のドキドキが収まらないよぉ。
「失礼します!」
(えっ!? えっ!? えええーっ!?)
 キリッとした声でミーティングルームに入って来た女性の姿を見て、私の胸の高鳴りは心臓が破裂するくらい最高潮に達した。
だって、だって、目の前にいるのは私が憧れてやまない……
「りっ、律子さん!?」
 なんだも〜〜ん! まさか心の底から尊敬してる律子さんが私のパートナーになってくれるなんて!
 私は夢が現実になったうれしさをどう表現したらいいか分からないくらい、心が躍った。
「あら? あなたは確か事務室で時たま顔を見かける……」
 律子さんが私の存在に気付き、声をかけようってしてる。私は律子さんに名前を呼ばれるのが楽しみで、その瞬間が来るのを心臓をドキン、ドキンって鳴らしながら待ち続けた。
「誰だっけ?」
「そ、そんなぁ〜〜!」
 とぼけた顔で私をジッと見つめる律子さんに、私はガックリと肩を落とした。
はぁ、私の方は律子さんことをすっごく意識してるのに、律子さんの方は名前すら知らないなんて。すっごくショック〜〜。
「律子、彼女は我が社に所属するアイドル候補生の天海春香だ」
「あー、名前は聞いたことあるかも」
 名前は聞いたことあるかもしれないって、律子さんの中での私の存在ってその程度なんですかぁ。トホホ。
「で、彼女がどうしてここにいるんです?」
「うむ。実は律子、君に春香とユニットを組んで欲しい!」
 プロデューサーさんはいよいよ律子さんに私とのユニット結成の話をした。律子さんがミーティングルームに姿を見せた瞬間からパートナーになる人だってのは分かってたけど、プロデューサーさんの口から直接言われるとやっぱりうれしい。
「はぁっ? プロデューサー、私は事務員ですよ? 寝言は寝て言ってください!」
 だけど律子さんは何だか乗る気じゃないみたい。うううっ、やっぱり私の想いは届かないままなのかなぁ。
「では聞くが律子、君は何故事務員を志望したのだ?」
 そんな律子さんを説得すべく、プロデューサーさんが志望動機を律子さんに訊ねる。
「そりゃあ面白いからですよ。業務を戦略的、多角的に考えたり、裏で糸を操ったり。とにかく色々と管理するマネジメントの仕事が」
 自分の志望動機をハッキリとした声で答える律子さん。聞いた瞬間、やっぱり律子さんはすごいなぁって思った。だってまだ高校生なのにちゃんとした社会人の自覚を持ってるんだもん!
 歌うことが大好きでみんなを私の歌で喜ばせられたらいいなって、漠然とした目標でアイドルを志望した私なんかとは大違い。あーもう、ますます尊敬しちゃうなぁ。
「成程な。だが、君のやりたいことは何も事務員以外でも叶えられると思うぞ?」
「どういうことです?」
「アイドルとして自らステージに立ち、春香のサポートをすることでも十分叶えられるということだ。君の秘めたる能力は事務員レベルに収まるものではないと俺は確信している」
「何だか論理が飛躍し過ぎな気がしますけど」
 熱烈に誘うプロデューサーさんに対して、律子さんは全然乗る気じゃない顔で話を聞き流している。
うーん、この調子だと説得は無理かなぁ。
「それにこれは君にとっても大いに勉強になることだと思う」
「勉強?」
 勉強という言葉を聞いて、律子さんの目の色が変わった。
「君は事務所全体をマネジメントすることに興味を抱いているようだが、そもそも君は事務所に所属するアイドルが具体的にどんな活動をしているか、現場を生で見たことがあるのか?」
「えっと、それは……」
 プロデューサーさんの質問に、律子さんが戸惑いの表情を見せた。確かに事務処理ばかりに追われてると、ステージとかまで気が回らないかも。
「春香と行動を共にすれば、事務室に篭もっているだけでは見えてこないものも見えてくるはずだ。そしてそれは今後君がマネジメントの業務をこなしていく上でも必ず役に立つものだ」
「机上の空論ばかりでは物事の本質は見えてこないってことですね。成程。確かにそれは一理あるかも」
 プロデューサーさんの言葉に乗せられて、律子さんの態度が変わってきた。これはひょっとしてひょっとするかも?
「何、今すぐ決定というわけではない。とりあえず一週間春香と行動を共にして欲しい。それでやはりアイドルは肌に合わないと感じたら、それはそれで一向に構わん。改めて春香のサポーターに相応しい人材を探すまでだ」
「一週間ですか。分かりました、その程度の期間でしたなら、とりあえずこのお話をお引き受けします」
 プロデューサーさんの再三の説得に、律子さんはついに一週間とはいえ私とユニットを組んでくれることを承諾した。
 やったー! 憧れの律子さんとユニットが組めるなんて、夢みたい!
   それにしてもプロデューサーさん、理論整然とした律子さんを言葉で説得するなんてすごいなぁ。私が同じ立場だったら、絶対に律子さんに言い負かされちゃうもん!
 こんなすごい人にプロデュースさせてもらえるんだから、私は本当に幸せものだなぁ。
「じゃあまあそういうわけで一週間よろしく。えーと、私はなんて呼べばいいかしら?」
「春香で構いません。私は律子さんって呼びますので」
「分かったわ。じゃあ改めて一週間よろしく、春香」
 そう言い、律子さんはちょっとギクシャクした顔で私に握手を求めてきた。
「こっ、こちらこそよろしくお願いします! 律子さん!!」
 はっ、初めて律子さんが私の名前を呼んでくれた、私を一人のアイドルとして見てくれた。それがうれしくて、私は緊張したぎこちない手で律子さんと握手した。
 そうして私はまだ仮だけど、律子さんとユニットを組むことができた。
よーし! いつも以上にレッスンをがんばって、絶対に律子さんのハートを射止めてやるんだから!!
 ああ、射止めるって言っても、「正式なパートナーになることを認めさせる」っていう意味で、別に恋人になって欲しいとかそんな意味じゃないよ。
 とにかく、律子さん以外のパートナーなんて考えられないもん! いいとこ見せて絶対に正式なユニットになるんだから!!



「春香! 今の歌詞、音程間違えたわよ!!」
「えっ!? ええっと、あわわ、ごっ、ごめんなさ〜〜い!!」
 翌日早速がんばろうって思い、ボイスレッスンに励もうとした。
 だけど、何か律子さんに見られているのが余計に緊張しちゃって、音程を外してばかりだった。一体何度間違えて律子さんに注意されたことか、トホホ。
「春香! リズムに合ってないわよ! ほら、もっとテキパキとリズミカルに!!」
「はっ、はい! あわわわ、わああ〜〜!!」
 翌日のダンスレッスン。律子さんに注意されリズムに合わせようとするんだけど、足と足が絡んじゃって私は思いっきりずっこけてしまった。
「はぁ。もう、しょうがない子ねぇ」
 あわわ、律子さんが呆れた目で私を見つめてます。うううっ、いいとこ見せようとして逆に失敗してばかりだよぅ。
 ダンスは元々苦手だけど、それなりにレッスンをしている私より律子さんの方がリズム感あるのは、尊敬すると同時に凹んじゃう。
 歌も私なんかより上手いし、プロデューサーさんの言うように、本当にアイドルとしての資質があるなぁって。
 そんなこんなで、まったくいいところを見せられなかったばかりかドジな姿ばかり見せてしまい、約束の一週間があっという間に過ぎた。
「では律子、君の答えを聞こうか」
 私たちは再びミーティングルームに集められた。プロデューサーさんは黙り込む律子さんに、答えを聞き出そうとした。
(はぁ、律子さんとのユニットもここまでかぁ)
 答えは聞かなくても分かっている。私みたいなドジっ子と律子さんがユニットを組もうなんて思うはずがない。
短い間だったけど、律子さんとユニットが組めて春香は本当に幸せでした、トホホ。
「そんなの、聞くまでもないですよ」
(はぁ、やっぱり……)
 ここでお別れってことですよね、律子さん。
「私、春香とユニットを組みます!」
「えっ!?」
 いっ、今なんて?
「あっ、あの律子さん! ま、間違いじゃありませんよね? 今の言葉……」
 私は律子さんの言葉が冗談か何かと思って、恐る恐る聞き返した。
「何度も言わせないでよ! 春香、あなたとユニットを組むわ!!」
「えっ、えっ、えええー!?」
 私とユニットを組んでくれる! 直接律子さんの口から聞いてもなお、私はその言葉を信じられずにただただ驚くばかりだった。
「いっ、いいんですか、私、律子さんとユニット組んじゃって!?」
「何? そんなに私とユニットを組むのが嫌なの?」
「そっ、そうじゃなくって、私みたいなドジでおっちょこちょいの子が、律子さんみたいなしっかりとした人とユニットを組んでもいいのかなって」
 律子さんにはもっと相応しい人がいますっていうか、私なんか不釣合いだっていうか。
 ああ私、あんなに律子さんとユニットを組みたいと思ってたのに、いざOKだって言われたらどう返事したらいいか分かんないよぅ〜〜!
「……。だからよ」
「はいっ?」
「春香、あなたがあまりにだらしなくて見てられないから、ユニットを組んであげるのよ。正直、私がしっかりとサポートしてあげなきゃ、到底デビューなんかできっこないもの」
「ふええ〜〜ん、そんな、ヒドイですよ、律子さ〜〜ん!」
 あまりにだらしなくてソロじゃデビューできないって、あんまりですよぉ〜〜。
「ああもうっ! しっかりしなさい、春香! あなたがそんなんだからほっとけないって思ってしまうのよ!!」
 律子さんは私を叱責しつつも私に寄り添うように近付き、優しく肩に手を乗せてくれた。
「り、律子さん?」
「いい? あなたは私がしっかりとサポートして必ずデビューさせてあげるから! だから今後は簡単なことで挫けたりしない!!」
「律子さん……」
「いい、分かった?」
「はっ、はい! 分かりました!! 私、律子さんがしっかりとサポートしてくれるなら、挫けずにアイドルデビュー目指して一生懸命がんばります!!」
 私は律子さんに促されるように決意の言葉を述べた。咄嗟に口から出た言葉だけど、それは間違いなく私の本心。律子さんと一緒なら私、どんな困難にも挫けずに立ち向かえると思う。
「さて、無事に決まったところで、二人のユニット名を話そうと思う」
 私と律子さんが意気投合したところで、プロデューサーさんがユニット名の話をし出した。
「へぇ、プロデューサーさん、もう私たちのユニット名考えてたんですか?」
「何もかもプロデューサーの書いた筋書き通りだって感じに釈然としませんけど、どんなユニット名なんです?」
 私も律子さんも興味津々にプロデューサーさんの口からユニット名が語られるのを楽しみに待ち続ける。
「うむ。二人のユニット名は、“春秋百花(しゅんじゅうひゃっか)”――。天海春香の春に、秋月律子の秋。春と秋の花が百花繚乱に萌えるように、アイドルとして華々しく咲き乱れて欲しいという願いを込めたユニット名だ!」
「春秋百花……。何だかすごく華やかで素敵なユニット名ですね」
「名前的には春秋時代の諸子百家に百花繚乱をかけている感じですね。プロデューサーにしては洒落ていて、センスのあるユニット名だと思います」
「二人とも気にいってくれたようで何よりだ。では本日を持って春秋百花の活動を本格的に開始する!!」
 ハッキリとした声でユニットの結成を宣言するプロデューサーさん。こうして私は晴れて律子さんと正式にユニットを組むこととなった。
「はい! 春秋百花のメンバーとして改めてよろしくお願いします、律子さん!」
 私は正式にメンバーとなった律子さんと絆を深めようと、自分から率先して握手を求めた。
「こちらこそよろしく、春香。正式なユニットメンバーになった以上、明日からビシバシレッスンに励むわよ! 覚悟はいい?」
「ふええ〜〜ん! お手柔らかに頼みま〜〜す!!」
 ただでさえレッスンの先生にビシバシしごかれているのに、それに加えて律子さんからも厳しい言葉を言われるのかなぁ。
でも、厳しく当たろうとするのは、私を大切なパートナーとして認識してくれるからだと思う。
 だからこそ、心の底から今まで以上にがんばりたいって思うことができる。私を支えてくれる大切なパートナーの期待を裏切らないよう、共にアイドルとして輝けるようにって!
 そうして私たちは、ユニットデビューに向け、日々のレッスンに励んでいった。



「うー、どうしよう、どうしよう……」
 それから数ヵ月後、ついにユニットデビューの日が訪れた。地方の小さな遊園地でのコンサートだけど、私はステージに立つ前から緊張で足がガチガチに震えていた。
「まったく、これからが本番だっていうのに。そんなに緊張しちゃってどうするの?」
 大きな声で私を叱責する律子さん。そんな律子さんは普段どおり平常心を保っている。
「り、律子さんは緊張しないんですか?」
 だから私は訊いた。どうしたらそんなに冷静でいられるんですかって。
「私だってまったく緊張してないわけじゃないわ。たるんだ精神じゃ到底ステージなんて務まらないもの」
「そっ、そうなんですか」
 さすがの律子さんも少しは緊張していると聞いてちょっと安心。
「だけどね、今までの練習の成果を無駄にしたくないって思えば、自然と春香みたく固くならず、程よい緊張感を保つことができるのよ」
「ううっ、練習の成果かぁ。結局ダンスは最後まで上手くならなかったなぁ」
 がんばって練習したんだけど、本番まで人前で見せられるほどのダンスを身に付けることはできなかった。
そんな私に合わせるように、プロデューサーさんは簡単な振り付けのダンスを用意してくれた。だけど、それすらまともに踊れる自信がない。
「あーもう! 本番前に落ち込まない! 世話が焼けるわね、まったく!!」
「えっ!? り、律子さん……」
 律子さんは私に呆れつつ、私の手を優しく握ってくれた。
「しっかりしなさい。ステージには春香一人で立つんじゃない。プロデューサーはずっとステージの脇で私たちを見守ってくれているんだし、私だって春香の側でサポートしている。だからそんな緊張感なんか吹っ飛ばして、胸を張ってステージに臨みなさい!」
「胸を張れって言われても、私律子さんより胸ないし」
 今更だけど、律子さんの胸っておっきいなぁ。あれだけ大きければ自信を持って張れるんだろうなぁ。
「そういう意味で言ってるんじゃないでしょ! 自信を持てって意味よ!!」
 律子さんが顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。握ってる手の締め付けが強くなってちょっと痛い。
「あーもう! 春香が変なこと言うから、私まで余計に緊張してきちゃったじゃないのよ!!」
「ふえぇぇん、すみませ〜〜ん! 悪気はなかったんです〜〜!!」
 ど、ど、ど、どうしよ〜〜う! 私がヘンなこと言っちゃったせいで、せっかく私を励まそうとしてくれた律子さんまで足がガクガクに震えてきちゃったよ〜〜! わっ、私、一体どうすれば……。
「ハハハ! 本番前に冗談を言う余裕があるとは、春香もなかなかの大物だな」
 そんな時、私たちのやりとりがあんまりおかしかったのか、プロデューサーさんが大声で笑い出した。
「じょっ、冗談なんかじゃないですよぉ。き、緊張して言葉に余裕がなくなっただけで」
「それはすまんな。しかし、これで緊張しているのは自分だけではないと分かっただろ?」
「えっ?」
「律子、本当は君も最初から春香並に緊張してたんじゃないか? ただ、支える立場である自分が緊張していたら春香がまともにステージに立てないだろうって強がってただけで」
「……」
 プロデューサーさんの指摘に、律子さんは顔を赤くしながら俯いた。そっ、そうなんだ、律子さんも私と同じくらい緊張してたんだ。
「焦ることはない。初ステージで緊張しない人間なんてよっぽどの大物かただの鈍感だ。君等は一人じゃない。一人だと立てないステージでも、二人が互いに支え合えれば緊張感なんて簡単に吹き飛ばせるさ!」
 プロデューサーさんは腰を低くして私たちの肩に優しく手を置きながら、励ましの言葉を投げかけてくれた。
「プロデューサーさん……」
 その優しい一言により、私は不思議と緊張感が吹き飛んだ。この父親のように大きくて優しい包容力があれば、私は律子さんと一緒にステージに立ち続けられると思う。
「プロデューサー……。まったく、あなたには敵いませんね。私一人の力じゃ結局春香の緊張を和らげることはできなかったんですから」
 律子さんもまた緊張感から解き放たれたものの、プロデューサーさんの力を借りなければならなかったことがちょっと残念そうだった。
「いや、最初から俺が声をかけたようでは駄目だ。大切なのはプロデューサーとの絆より、アイドル同士の絆だからな。律子の励ましの言葉は、二人の絆を深めるのに十分貢献したよ」
 律子さんの肩を二度ほど叩き、慰めの言葉を投げかけるプロデューサーさん。確かに最初からプロデューサーさんに励まされたら私、律子さんよりプロデューサーさんを意識しちゃうかも。
「よし! 行ってこい二人とも!! ファーストステージを思う存分楽しんでこい!!」
 そうしてプロデューサーさんは最後に二人の肩をドンっと叩き、ステージへと送り出した。
「まったく、一番春香を支えてあげなきゃならない私が支えられているようじゃ、まだまだね」
「そんなことありませんよ。私、律子さんに励まされてすごく心が楽になりましたよ!」
 私の余計な一言で無駄にしちゃったけど、律子さんから贈られた言葉はとっても心に響いた。そしてそんな言葉を自分の緊張感を押し殺してまでも私に投げかけた律子さんの誠意がすごくうれしかった。
「ありがとう、春香。さあ、プロデューサーが言うように、私たちのファーストステージを思う存分に楽しみましょ!」
「はい! 律子さん!!」
 そして私たちは互いに手を繋ぎながらステージへと駆け上がっていった。ここからが私たち春秋百花の幕開け!
 その名が示すようにステージに艶やかな花々を舞い上がらせようと、私は律子さんと一緒に大きな一歩を踏み出した。
「みなさん初めまして、春秋百花の天海春香です。今日が初舞台で緊張しまくりだけど、みんなを楽しめるために一生懸命歌います! 聴いてください、私たちの奏でる春秋の産声を――」



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