「プロデューサー君、この娘、どう思うかね?」
今年の初夏、俺は高木社長から一通のプロフィールを渡された。
「どれどれ? 名前は萩原雪歩、年齢は十六歳。趣味はMy詩集を書くことか。詩を書くのが趣味っていうのは、伸ばせば自分で作詞を手がける実力派アイドルになるかもしれないな」
それが、俺の雪歩に対する第一印象だった。プロフィールに同封された写真に写っているのは、少し弱気そうで清純なイメージの少女。見た目は悪くなく、趣味も上手く活かせば仕事に繋がりそうだ。
そんな感じに、雪歩の第一印象は決して悪いものではなかった。そう、家族欄を見るまでは……。
「ん〜〜? この衛士郎って人、どこかで聞いた名だな?」
家族構成欄に目を通し雪歩の父親の名を見た時、俺の目が止まった。どこかで聞いたことのある父親の名前に、そして空欄となった職業欄。単に書き忘れただけなのか、それとも、とても履歴書には書けない職業にでも就いているのだろうか?
「聞いたことがあるのも無理なかろう。あいつは極東~風聯合の会長だからな」
「!?」
極~聯って、あの関東最大級の右翼団体!? そんなヤクザ紛いな組織の会長がこの娘の父親だっていうのか……?
「ダメですね。こんな娘を事務所に所属させるのはリスクが大き過ぎます」
父親の正体が分かり、俺は有無を言わずに否定の態度を取った。
「ほう? 何故駄目だと言うのかね?」
この娘を雇うことの何がリスクなんだと言わんばかりの顔で、社長が訊ねてきた。
「そんなの決まってますよ! 親が右翼団体の会長だなんて、ゴシップ記者の恰好の的じゃないですか!!」
この業界、スクープ欲しさにストーカー紛いの取材を行うようなゴシップ記者は多い。いや、偏見ながら芸能記者なんて輩は九割以上がヤクザ紛いの人でなしだといっても過言ではない。
そんなネタのためならば被害者の人権さえ簡単に踏みにじる狗共に、もし765プロに親が右翼団体関係者のアイドルがいると嗅ぎつかれたら、狂犬の如く獰猛に噛みついて来るのは、火を見るよりも明らかだ。
どんなに厳密な情報統制を行っても、ハイエナのようなゴシップ記者にすっぱ抜かれれば、渦中のアイドルの進退はおろか、我が765プロにも多大なダメージを与えることになる。
以上の理由から、この萩原雪歩という少女を事務所に所属させるのは愚の骨頂でしかないと、俺は高木社長に力説した。
「成程。君の言い分はよく分かった。つまり君は、犯罪者の子はいつまでも犯罪者、A級戦犯の子孫は永久に謝罪と賠償を繰り返さなければならぬと主張するのだね」
「そこまでは思ってませんよ。この雪歩って娘の父親が犯罪者紛いの右翼団体会長だったとしても、その娘まで父親の罪が及ぶなんては考えてません。
ただ、俺がそう思ってなくとも、世間は厳しい視線を向けると言いたいだけです」
「ならば問題なかろう。世間の問題など、彼女の父親に任せればすべて解決する」
「どういうことです……?」
「分からんか? 圧力だよ」
「ッ!?」
「我が社のバックに右翼団体がいると分かれば、臆病風に吹かれた記者共は我が社のゴシップ記事を書かなくなる。
そうすれば我が765プロは一切の批判を受けることなく、芸能界で今以上の地位を築けることだろう。
分かるかね? プロデューサー君。親が右翼団体関係者などというのはマイナスにならん。寧ろ我が社に多大なる権力と財力を与える大きなバックボーンとなる。
故に私は彼女を是非とも我が社のアイドル候補生として迎え入れたいのだよ!」
「高木社長、アナタって人はーー!!」
な、何て人だ! とどのつまり高木社長は雪歩という少女にアイドルとしての資質を見出したんじゃない。ただ、彼女のバックにある極~聯の力が欲しいから、765プロのアイドルとして迎えようと目論んでいるんだ!
「高木社長、それがあなたのご意思であり社長命令ならば、俺は何も言いません。その代わり、俺は辞表を出して765プロを辞めさせていただきます!」
大手芸能事務所は金と権力を利用し、放送業界や広告業界を牛耳っている独裁国家に等しい存在だ。そんな独裁者共の社畜として働くのは御免だ。
けど、汚れた金と権力に無縁な小さな事務所ならば、純粋にアイドルのプロデュースに励める。そう思い、俺は765プロの門を叩いたのだ。
この会社は俺が理想とする純粋にアイドルをプロデュースする会社だ。ずっとずっとそう思って高木社長の下、粉骨砕身の思いで働いてきた。
でも、でも……尊敬さえしていた高木社長が、まさか俺が軽蔑して止まない大手芸能事務所の豚共と同じ思考の持ち主だったなんて……。俺は高木社長に失望の念を抱くしかなかった。
「ふ……ふふふ……。ふははははははははは!!」
「な、何がそんなに可笑しいんです! 俺の考えが浅はかで滑稽だとでも言いたいんですか!?」
「いやいやいや、そうではない。やはり君を雇った私の目に狂いはなかったなと思ってな」
「どういうことです?」
「すまんな、プロデューサー君。先程の発言は冗談だよ。全ては君を試す為の芝居さ」
「はぁっ!?」
「もし君が先程の私の考えに賛同するような器の小さい輩だったら、すぐさま社長命令でクビを切る所だった。
だが、君は激しく否定してくれた。非合法的な力を使い芸能界を闊歩する行為を。そんな君の純粋過ぎる心が私は嬉しくて、つい大声で笑ってしまったのだよ」
「は、ははは……」
そうだよな、高木社長が金と権力とは無縁な人間であることは俺自身がよく分かっていたはずなのに。なのに俺は、まんまと社長の芝居に釣られてしまった。
相変わらずこの人には頭が上がらないなぁと、俺は畏敬の念を抱くばかりだった。
「第一、暴力による圧力など、抑止力以上のものであってはならん。金と権力の為に伝家の宝刀をホイホイと抜く輩など、三流に過ぎん。私はそこまでの愚者ではないよ」
「では、この娘をアイドル候補生として事務所に所属させるのも冗談で?」
「いや、それは本気だよ」
「えっ!?」
「冗談なのは、彼女のバックの力が欲しいと言う話だけだ。彼女を、奴の娘を我が社のアイドルとして迎えたいと言うのは本気だ」
「でも、それじゃあ……」
「なぁに、心配はいらん。彼女の父親の事柄については君以外には小鳥君にさえ秘匿にしておく。外部にも極力漏らさぬようにするだけではなく、事務所内でも情報統制を徹底すれば問題なかろう。
君が心配することは全て私が処理する。だから君は何の心配もすることなく彼女を、萩原君をトップアイドルへと育て上げてくれ!」
分からない……。何で高木社長がそこまで雪歩という少女に入れ込むのかが。けど、高木社長の熱意はよく伝わった。彼女をトップアイドルへと育て上げたいという強い意志は。
「分かりました。高木社長のお考えに全面的に賛同しましょう。けど、例え採用が確定しているとしても、形式上の面接はさせていただきます。それは構いませんね?」
「ああ、構わん。君自身の目で、彼女のアイドルとしての資質を見極めてくれたまえ!」
こうして紆余曲折の末、我が765プロは萩原雪歩という少女をアイドル候補生として迎え入れることが決まったのだった。
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