第二章〜沙樹〜


「こんにちはー」
 彩の家に遊びに行ってから数日後、誠司は母方の従妹の家を訪れていた。
「いらっしゃいませ、お兄さま。首を長くしてお待ちしておりましたわ」
 インターホンを鳴らし軒先で待ち続けていると、ロングヘアでおしとやかな雰囲気の少女が、誠司を出迎えた。
 飾り気の少ない黒のキャミソールの上にシルクのブラウスを羽織り、黒目のロングスカートを履いている少女。
 その清楚なお嬢様の服装とは不釣合いなチェック柄の大きなリボンが、彼女の可愛らしさを際立たせている。
彼女の名前は霧原沙樹きりはらさき。彼女もまた実の兄がおらず、幼少の頃から誠司を実の兄のように慕っていた。
「お兄さまが来てくださって本当に助かりましたわ」
「携帯でも言ったけど、俺もそんなに勉強は得意じゃないんだけどな」
 沙樹は夏休みの宿題がはかどっておらず、宿題を手伝ってもらおうと、誠司を呼びつけたのだった。
「とんでもありませんわ! お兄さまが側にいてくださるだけで、やる気が全然違いますもの。さっ、中にお入りください、お兄さま」
 沙樹は爽やかな笑顔を誠司に向け、家の中に案内した。
「相変わらず広いなー、沙樹の家は」
 沙樹の父親は大手建設会社の社長を勤めており、その住まいも豪邸といっても差し支えない家だった。
「さっ、ここがわたくしの部屋ですわ。遠慮なくお入りください、お兄さま」
 沙樹は自分の部屋に何の抵抗もなく誠司を招き入れた。普通の少女なら自室に異性を引き入れるのには抵抗を示すものだ。故に、誠司を抵抗なく部屋に招き入れた沙樹は、それだけ誠司を信頼しているということなのだろう。



「それで、こことここの問題が分からないのですけど……」
 部屋に誠司を招き入れると、早速沙樹は誠司に宿題を手伝ってもらった。
「ああ。この問題はこう解けばいいんだよ」
 悩める沙樹に対し、誠司は丁寧に説明しながら、問題の解き方を享受した。
「成程。この問題はこう解くのですね。さすがはお兄さまですわ」
 やっぱりお兄さまが手伝ってくれると宿題の進み具合が違う。そう沙樹は両手を胸の前で合わせ、にこやかな笑みを浮かべながら、最大限に誠司を賞賛した。
「これくらい大したことないって」
「あーあ。それにしましても、こんな社会に出ても役に立たない知識を身に付ける勉強だなんて、時間の無駄ですわね」
 沙樹は誠司に感謝しつつも、無駄な勉強を行わなければならないことに、苦笑顔で溜息を吐きながら愚痴を零した。
「そんなこといって。家が家だから大学に行くための勉強は必要なんじゃないか?」
「いいんですわ。わたくしは大学なんて行きませんもの!」
「えっ!?」
「わたくしは小さい頃からお兄さまのお嫁さんになるのが夢だったのですから。ですから、勉強なんてこれっぽっちもする必要ないのですわ!」
 自分の将来は昔から決まっていると、沙樹は微笑みながらギュッと誠司の腕に抱き付いた。
(うおっ! 結構大きくなったな、沙樹)
 彩とは比較にならない大きな乳房に腕を挟まれ、誠司は軽い興奮を覚える。
「まっ、沙樹の言うことは一理あるな。どうせ学ぶなら生きるために必要なことを学んだ方が有意義だもんな」
「お兄さまの言うとおりですわ。どうせ学ぶのでしたなら、株の買い方とか、悪徳商法の見分け方とか、もっと実践的なことを学びたいものですわね」
 沙樹は誠司に寄り添いながら、云々と頷く。
「なら俺が、実践的なことを教えてやるか?」
「えっ? それはどんなことですの?」
 突然生きるのに必要な知識を教えてやると言う誠司。一体何を教えてくれるのかと、沙樹は目をキラキラと輝かせながら詳細を聞き出そうとする。
「女として生きていくためには必修な知識だ。教えて欲しいか、沙樹?」
「ええ。是非ともお願いいたしますわ、お兄さま」
 沙樹はにっこりと微笑み、誠司から生きるのに必要な知識を学ぶことを承諾した。
「よし! じゃあ思う存分教えてやるぞ!!」
 ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、誠司は沙樹を押し倒した。
「きゃあっ!? おっ、お兄さま! なっ、何をなさるのですか!?」
 突然押し倒されたことに、沙樹は心臓をドキドキと鳴らしながら瞼を細め、戸惑いの表情を見せる。
「沙樹は俺と結婚するのが夢なんだろ? だったら今のうちに赤ちゃんの作り方をしっかりと学んでおかなくちゃな」
「えっ!?」
「沙樹は俺と赤ちゃんの作り方を学び合うのが嫌かい?」
「そっ、それは……」
 誠司に訊ねられ、沙樹は顔を紅潮させながら俯くだけだった。
「沙樹は俺の子供を産みたくないのか?」
「それは……う、産みたいですわ……」
 沙樹は小声ながらもはっきりとした声で、誠司の子供を産みたいと答えた。
「だったら、今のうちに学んでおいて損はないだろ?」
「そっ、それもそうですけど……」
 確かにお兄さまの子供は産みたいと思っている。でもそれはあくまで結婚後の話であり、今ではない。
それに予行練習をするにしても時期尚早だろうと、沙樹はなかなか首を縦に振れなかった。
「それとも沙樹は、他の男と作り方を学びたいかい?」
「それは嫌ですわ! お兄さま以外の男と学ぶなんて、絶対に、絶対に嫌ですわ!!」
 お兄さま以外の男の子供を産むだなんて考えられないと、沙樹は眉をひそめながら声を荒げ、断固として反対した。
「それなら、他の男に無理矢理学ばされるより、今俺に教えてもらった方がいいんじゃないか?」
「……。分かりましたわ。お兄さまに教えてもらいますわ……」
 そしてついに、沙樹は首を縦に振り、誠司の個別レッスンを受講することを承諾した。



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