「よーし! 今日の訓練は“セミ”をやるぞ!!」
八月の中旬も過ぎ、未だ真夏の暑さが冷めやらぬ、ある日の昼下がり。坂本がセミと呼ばれる訓練を行おうと、野外に501の全ウィッチを集めさせた。
「あのぉ、坂本さん。“セミ”ってどんな訓練なんです?」
初めて聞く訓練名に、芳佳はキョトンとしながら挙手し、坂本に詳細を訊ねた。
「何だ、宮藤。扶桑海軍にも関わらず、セミを知らんのか」
坂本は呆れつつ、芳佳にセミの訓練内容を事細かに説明した。
坂本曰く、扶桑の飛行訓練場の多くには、指揮所に大きなテントが張られている。それらのテントには直径約五センチの鉄の支柱が中央に三本立てられているという話だ。
この鉄柱にウィッチたちを登らせ体力と精神力を鍛える訓練が、扶桑海軍では広く行われている。
その支柱に登って掴まっている姿が、木に止まって鳴いているセミに似ていることから、いつしかこの訓練を“セミ”と呼ぶようになったとの話だ。
「この訓練は基本複数人で行うんだが、本来の訓練目的に加えウィッチたちの団結力を養う効果もあってな。私がミーナに頼んで基地内にセミ専用の支柱を建てさせてもらったんだ!」
「はぁ……。お風呂はまだしも、この鉄柱は本当に何の意味が……」
得意げに説明する坂本に対し、ミーナは頭を抱えながら溜息を吐いた。
ウィッチの扱う重火器は、魔法力でサポートされているとはいえ、うら若い少女が持つのには苦労する代物には変わりがない。セミには腕っ節を鍛え戦場で軽快に兵器を使い回せるようにするという意図がある。
が、単に腕力の修練だけなら、もっと効率的な訓練があるはず。坂本にどうしてもと頼まれて渋々設置を承諾したミーナだったが、鉄柱はおろか訓練内容にも効果の程が分からず、頭を悩ますばかりだった。
「訓練時間は十五分。二人一組で行い、終了時間前に脱落した者は、ペナルティとして三十分のランニングを行ってもらう!
例え上によじ登った者が耐え抜いたとしても、下の者がリタイヤしたら連帯責任で一緒に走ってもらうことになる。ペアと上下の組み合わせは自由だ。各自任意の者と組み、訓練に臨め!」
「芳佳ちゃん、一緒にペアを組まない?」
坂本が説明を終えるや否や、真っ先にリネットが芳佳を積極的に誘った。
「うん、いいよ。どっちが上になる?」
「芳佳ちゃんは初めての訓練なんだし、私が下になるわ」
「うん、ありがとうリーネちゃん。一緒にがんばろ!」
そうして二人は早くもペアを組み終え、鉄柱の方へと向かっていった。
「うぁ、宮藤……」
同じく芳佳とペアを組もうと思っていたバルクホルンは、リネットに先を越され、空回りした思いに言葉がなかった。
初訓練で戸惑う芳佳をお姉ちゃんパワー全開で支え、距離を一気に詰める。それがバルクホルンの思惑だった。
「わっ、私もうダメですっ、バルクホルンさん!」
「挫けるな、宮藤! 私がカールスラント軍人の誇りと意志を貫くように、お前も扶桑の撫子としての意地を通してみろ!!」
「バッ、バルクホルンさん!?」
「心配するな! 例えお前が下がったとしても、私が必死で支える!!」
「あっ、ありがとうございます、バルクホルンさん。何だかバルクホルンさんが本当のお姉ちゃんみたいに思えて、私とってもがんばれそうです!!」
……などという展開を妄想していただけに、ペアを組む目論見が水泡に帰してしまったことは、バルクホルンに取り意気消沈するには十分過ぎることだった。
「なになに、トゥルーデ? ひょっとしてミヤフジとペア組みたかった?」
そんなバルクホルンの心境を掘り下げるように、ハルトマンがニマーっとした顔で声をかけた。
「そ、そ、そんなわけあるかっ!」
図星を突かれたバルクホルンは、必死にハルトマンの言葉を否定しようとする。
「本当にぃ? その焦りようじゃ、まんざらでもないみたいだけど?」
「本当だ! 私はお前とペアを組もうと思っていたんだ。ハルトマン、少佐が考案されたこの訓練で、今日こそお前にカールスラント精神のイロハを、一から十までみっちりと叩き込んでやる!」
「相変わらずカッタイなぁ、トゥルーデは。まあいいよ、他に組めそうな相手がいないし。わたしは上でテキトーにやってるからさ」
「お前が上か。いいだろう。どうせ下にしたところで真っ先に脱落するのは目に見えているからな」
こうなったらせめて普段怠慢が目に余るハルトマンを必死に支え、頼り甲斐のある人間であることを芳佳にアピールしようと、バルクホルンは意気込みながら鉄柱へと向かっていった。
「にょえー。こんなあっつい日に訓練なんて、死んじゃうよー」
何もこんな太陽がギラギラと輝く日にやらなくても。ただでさえ訓練が嫌いなルッキーニは、腕をダラリと垂らしながら、愚痴をこぼした。
「そうしょげるな、ルッキーニ。あたしがちゃんと支えてやるから。一緒に頑張ろうな!」
そんなルッキーニを見かねたシャーロットは、肩をポンと叩きながらルッキーニを励ましてあげた。
「にゃあっ! ありがとう、シャーリー。ダーイスキ!!」
ルッキーニは毎度の如くシャーロットの豊満な胸に思いっきり抱き付き、大はしゃぎした。そんな自分に懐くルッキーニの頭をヨシヨシと撫でながら、シャーロットは鉄柱へと駆け付けた。
「サ、サーニャ。お前は夜間哨戒の連続で疲れが溜まってるんダ。だから私が下になってサーニャを支えてやるゾ」
エイラは当然の如くサーニャに声をかけ、自分が下になると率先して宣言した。
「うん……ありがとう、エイラ」
サーニャの方もエイラとペアを組みたいと思っており、二人は仲良く手を繋ぎながら鉄柱へと向かう。
「わたくしは、わたくしは、ええっと……」
そんな中、ペアを組み損ねたペリーヌは、一人あうあうと困惑していた。
敬愛する坂本少佐の発案した訓練なのだから、誰よりも率先して臨みたい。そう思っていただけに、出遅れてペアが組めなかったのは、ペリーヌに取り至極残念なことだった。
「何だペリーヌ、相手がいないのか? 仕方ない。私が組んでやるぞ」
「えええっ!? さ、さ、坂本少佐がわたくしとご一緒に!?」
まさか坂本とペアを組めるとは夢にも思わず、ペリーヌは青天の霹靂とばかりに慌てふためいた。
「ん? 私と組むのは不服か?」
「いっ、いいえっ! そ、そんなことはっ!!」
「そうか! ならお前が上になれ。私が下でお前を支えてやる!」
「そっ、そんなっ! 上官である坂本少佐を下になんてできませんわ!!」
「はっはっは! 気にするなそんなことは。この訓練は上より下の方が辛い。考案者である私だからこそ、皆に手本を示すという意味でも率先して下を務めなければならん。納得してくれるか、ペリーヌ?」
「はっ、はい! 少佐のご命令とあればこのペリーヌ、ガリア貴族の誇りと意地にかけて上を真っ当致しますわ!!」
坂本とペアを組みながら訓練に励めることに、ペリーヌは最大限の名誉を感じつつ、やや上ずった声で泣きたくなるほど真っ平らな胸をバンと叩いた。
「そういうわけだ、ミーナ。時間の方はお前が計ってくれ」
「はぁ。もうどうにでもなれだわ。訓練頑張って頂戴、美緒」
始めからこの訓練に乗る気じゃないミーナは、生返事で坂本の頼みを聞き入れた。
訓練に熱心なのはいいが、時折その熱意が間違った方向に向かってしまう。それが美緒の性分だと理解して付き合っていくしかないんだなと、ミーナは半ば諦め気味だった。
「ようし、皆定位置まで登ったな! それでは只今より訓練を開始する!!」
皆が登り終えたのを確認した坂本は、大声で号令をかけた。
こうして、真夏の只中ひたすら鉄柱にしがみ付くという、過酷なセミ訓練の幕は切って落とされた。
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