駄餓し編


「遠足?」
 昼休み。唐突に魅音から聞かされた話は、興宮方面への遠足についてだった。
「そ。前にも言ったけど、この学校に通っている雛見沢の子供は大体半分くらいで、あとは興宮の学校に通っている。同じ地域に住んでいるのに同年代の交流がないのは寂しいだろうって、交流会を兼ねた遠足を月に一度くらいの割合で行っているんだよ」
 魅音の話によると、主にスポーツとかのレクリエーション目的での交流会で、せっかく遠出するのだからと、遠足も兼ねているのだそうだ。
「圭ちゃんもこの学校に通っている生徒以外の雛見沢の子たちのこと、よく知らないでしょ? この機会に他の子の名前や顔を覚えるといいよ」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
 その後、詳しい説明が知恵先生からあった。
 出発は明日の午前九時で、各自弁当やらおやつを持参とのことだった。交流が主目的とはいえおやつも持参可能な辺りは、一応遠足の形をなしているようだ。
「おやつは三百円か〜〜。何を買おうかな? かな?」
 放課後。レナの頭は明日の遠足のおやつのことで一杯のようだった。
俺もレナほどではないとはいえ、明日何を持っていくか迷う。三百円だと、百円の菓子が三つも買える。そう考えると、結構ぜいたくな金額だな。
「圭ちゃん。せっかくだからみんなで買いに行かない?」
 いつものように放課後は部活動に移行するかと思えば、今日はみんなでおやつを買いに行こうかと魅音が提案してきた。
「いいな。みんなで行こうぜ!」
 思えばみんなで一緒に買い物に行ったことなかったな。たかだか三百円の買い物とはいえ、買い物には変わりない。
他のみんなも魅音の提案には賛成のようで、その日は部活を行わず、みんなで雛見沢の駄菓子屋に行くこととなった。



 一旦帰宅してからレナたちと待ち合わせて駄菓子屋へ向かうと、案の定駄菓子屋はクラスメイトでごった返していた。みんな考えることは同じだなぁ。
「さぁて、何を買うかな?」
 駄菓子屋の豊富なラインナップを目にし、俺は何を買うか考え始める。
 駄菓子の相場は十円〜三十円が主流で、高くてもせいぜい五十円だ。
 十円の物ばかり買って潤沢なお菓子を眺め、悦に入るのも悪くはないが、時間と量を考えるとあまり現実的じゃない。
 かといって高額の物ばかり買って、興宮に辿り着く前に弾切れしてしまうのも物寂しい。
かさ張らず、程よく食べ切れる量をチョイスする必要があるな。
「クックック! ちょうどいい具合にクラスメイトが揃ったね。じゃあそろそろ、今日の部活動を始めるよ〜〜!」
 あれこれと品定めしている中、突然魅音が部活の開始を宣言した。放課後部活の流れにならなかったのは魅音らしくないと思っていたが、ここで部活動をやるってわけか。
成程。確かに見慣れた学校じゃなく、気分転換に外でやるのも悪くはないな。
「で、何で勝負するんだ? 駄菓子屋で売っているおもちゃでも使って勝負するのか?」
 駄菓子屋と言っても、何も売っているのは菓子類だけじゃない。スーパーボールやら水鉄砲など、百円程度で買えるおもちゃも色々と売られている。今日はこれらのおもちゃを用いて部活動を行うのだろうか?
「圭ちゃん、圭ちゃん、それじゃ駄菓子屋に来た意味ないって。駄菓子屋に来たら、やっぱ駄菓子で勝負しなきゃ!」
 ビシッと指を掲げ、魅音が駄菓子による部活動勝負を提案した。
確かに駄菓子屋に来ておもちゃで勝負するのも無粋だよなぁ。おもちゃで勝負するのなら、いつぞやの興宮のおもちゃ屋でやればいいわけだし。
「駄菓子で勝負って、どうやるのかな? かな?」
「そうだね。まず今回の勝負は百円でどれだけ駄菓子を買えるかの勝負! 金額は至って公平。同じ金額でどれだけ魅力的な物を揃えられるか、各々の判断力や技量が問われるわ」
 レナの質問に答えるように、魅音がルールの説明をした。
 成程。百円限定の駄菓子対決か。個々人の資本力が均等な条件での買い物勝負ってのも、なかなか燃えるシチュエーションだぜ!
 部活の趣旨もさることながら、何より、この百円という少な過ぎず多過ぎない絶妙な金額設定が魅力的だ。
五十円だとろくに買えないし、二百円だと少々贅沢な感がある。百円という魔性の響きを持つ金額で勝負するからこそ、余計にワクワクする。
「勝負方法はいいとしまして、どうやって勝敗を決めるのです?」
と、梨花ちゃんが質問した。
 確かに、駄菓子のラインナップ勝負という、点数化できない内容での勝負だ。どうやって勝敗を決めるのかは気になるところだ。
「勝負はいつぞやの弁当勝負と同じく、他のクラスメイトにやってもらうわ。そのために、ある程度人数が揃うのを待ってたわけだし」
 成程。単なる自己満足な買い方ではなく、他のクラスメイトたちにも魅力を感じさせる中身じゃなきゃダメだってことか。
客観的な評価を想定した買い方となると、ちょっとした工夫が必要そうだな。
「評価の対象はまず、ラインナップのテーマ性。がむしゃらに百円分買うんじゃなく、いかにテーマ性を見出せるか。そして、ラインナップのテーマ性だけじゃなく、食べるリアクションも評価の対象よ!」
「食べるリアクションって、単に買うだけじゃなく、ここで食うのかよっ!?」
「当然。料理番組だって審査員のリアクションを売りにしているのもあるくらいだし。それに、駄菓子屋ならではの魅せ方ってのもあるからね」
 確かに。単に買ってハイ終了じゃ面白みに欠けるもんな。
 しかし、ラインナップ勝負に加えリアクションまで評価対象とは。単なる駄菓子勝負じゃ終わらない、死力を尽くした戦いになりそうだな。
「ここでいただくのはよろしいとしまして、お水とかお湯は使ってもよろしいんですの?」
 続いて沙都子が、水類の使用の有無を訊いてきた。
 駄菓子の中には乾燥麺やら粉末ジュースやら、水やお湯を使うのもある。水はともかく、お湯は遠足先じゃ簡単には用意できない。その辺りが魅音の言う駄菓子屋ならではの魅せ方に繋がりそうだな。
「もちろん。台所の使用許可はちゃんと取ったから、ジャンジャン使っていいよー。
 ただし! あくまで駄菓子を食べる目的でのみ使用可能。喉が渇いたからって水を飲んだりするのは禁止」
 純粋に水を飲むのは禁止か。当然と言えば当然だな。
しかし、そうなると喉が渇きそうなお菓子ばかりを買うのはあんまり得策じゃなさそうだな。
 駄菓子はスナック類や味の濃い目の物が多いので、必然的に水が恋しくなる。
 飲み物系の駄菓子を購入して対処する戦術性や、喉が渇きにくいラインナップを揃えるなどの戦略性が求められそうだな。
「今日の罰ゲームは何かな、魅ぃちゃん」
 ルールの説明がほぼ終わったところで、レナが罰ゲームの詳細を訊ねてきた。
 俺たちの部活には罰ゲームがつきものだからな。やっぱそこが何より気になるところだ。
「くっくっく、そうだねぇ……。明日は遠足だし、遠足の荷物持ちなんてどう?」
 不敵な笑みで魅音が宣告した罰ゲームは、あまりに酷なものだった。
目的地に辿り着くまでの景色に目を向けつつ、仲間とダベッたり歌を歌う、ハレ晴レユカイな遠足。目的地へ着いて食べる弁当やおやつの味を想像しながらの遠足は、楽しいことこの上ない。
 だが、荷物持ちの罰ゲームを科せられれば、その状況は一変する。数人分の荷物を背負い、真夏の道の牛歩のごとく進行するその様は、まさに暑さと疲労に苛まれた死の行軍!
 確かにそれは罰ゲームに相応しい仕置きだ。こりゃ、絶対ビリになるわけにはいかないな!
「言っとくけど、家に帰るまでが遠足だからね。そこんところ、忘れないように!」
「い、家に帰るまでだって? ま、まさか……」
「そう! そのまさかよ、圭ちゃん。他の部活動メンバーの家まで荷物持ちをやってもらう!!」
 げぇっ!? そ、それは罰ゲームってレベルじゃねぇぞ!?
 苦痛な遠足が終わった後も悪夢が続くのでは、発狂しても不思議ではない。俺はそんな奴隷人生は絶対に歩みたくない!
 これは、本当に負けられない戦いになるな……。。


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