バトル・オブ・ブリタニア


「あー、宮藤。今度の休暇なんだが、その……私と一緒に外出してみないか? 実は妹のクリスがお前に会いたがっていてだな。それで、その……」
 ある日の朝。何やらバルクホルンが自室で芳佳を誘う練習をしていた。
意識を取り戻したクリスが芳佳に会ってみたいと言ったので、今度休暇申請が通ったら誘い出そうと、バルクホルンは心に決めていた。
……のだったが、いざ誘おうとすると躊躇してしまい、自室でどう言い出すか思案を続けていた。
「うーむ。この語り口だと、ややぎこちない感があるな。もっとこう、柔らかい物腰でというか……」
「何やってんの? トゥルーデ」
「どわっ!?」
 部屋で一人思い悩んでいたところに突然声をかけられ、バルクホルンは驚きの声をあげた。
「ハ、ハルトマンか。一体何の用だ? 断りもせず人の部屋に上がって来るとは、相変わらずお前は規則に緩いというか」
「わたしは単に朝食の時間を知らせに来ただけだよ? さっきから部屋の前でトゥルーデの名前を呼んでたんだけど、全然返事なかったし。だから仕方なく、部屋に入って来たんだよ」
「そ、そうか。それは済まないことをしたな。今すぐ向かうとしよう」
 バルクホルンは気を取り直し、食堂へ向かおうと襟を正す。
「で? ミヤフジがどうしたって?」
「なあっ!? き、聞いていたのか……?」
「うん、バッチリ」
「……」
 誰にも悟られないよう練習していたというのに。よりにもよって一番聞かれたくないハルトマンに聞かれるとは。
この失態をどこにぶつけたらいいか分からず、バルクホルンは頬を赤めながら俯き、ブルブルと拳を震わせる。
「しっかし、トゥルーデも素直じゃないなぁ。ミヤフジと一緒に街に出たいなら、クリスをダシに使わず、直接誘えばいいじゃない」
「わ、私は別にクリスを口実にしているわけじゃない! クリスが会いたがっているのは事実で、私はその、なんだ、宮藤と一緒に街に出たいとは……」
 ハルトマンの助言を打ち消そうとするバルクホルン。
しかし、内心はクリスの見舞いついでに、宮藤と共に街の散策をしてみたいなと、少なからず思っていた。
「はいはい。相変わらずツィタデレだね、トゥルーデは」
「? 一九四三年の七月から八月にかけてクルスクで行われた、機械化装甲歩兵と地上型ネウロイによる史上最大の陸上戦が、どうかしたのか?」
「あれっ、違ったっけ? 確かトゥルーデみたいに、普段はツンツンしてても、特定の人の前でデレっとする人のことを、そんな風に言ったと思ったけど?」
「ともかくだ! 私にはそんな邪(よこし)まな理由などない! さっさと朝食に向かうぞ!!」
 あくまでクリスのためだと強調しながら、バルクホルンはハルトマンと共に食堂へと向かっていった。



(さて、いつ話を持ち出すかだな……)
 バルクホルンは朝食を取りながら芳佳の方をチラッと見つつ、休暇の件をどのタイミングで切り出すか考えていた。
(うむ。やはり今しかないな!)
 いつまでも内に溜めておくのは得策ではない。下手に決断を渋れば、またハルトマンにからかわれるだけだ。行動を起こすなら朝食時の今がベストタイミングだと、バルクホルンは腹を据える。
「宮藤! 実は……」
 バルクホルンはガタッと椅子を鳴らしながら立ち上がり、芳佳に声をかけようとする。
「ねえねえ、芳佳ちゃん。今度休暇が取れたら、また一緒に街に行かない?」
 しかし、バルクホルンが声をかける直前、リネットが先手を打つ形で芳佳に声をかけたのだった。
「いーねー。行こうよ、リーネちゃん!」
「う、あぁ……」
 リネットの提案を即受け入れる芳佳。この間のセミ′P練に続き、またしてもリーネに先を越されてしまったと、バルクホルンは言葉がなかった。
「ところで、バルクホルンさん。どうかしたんですか?」
「むっ? いやその何だ……実はクリスがだな……」
 芳佳に声をかけられ、一瞬戸惑うバルクホルン。
だが、ここで切り出さないと二度と言い出す機会はないと思い、バルクホルンは思い切って芳佳に話題を持ち出した。
「へぇ、クリスちゃんがそんなことを。私も会ってみたいかなぁ」
「そうか! じゃあ今度休暇が取れたら、一緒に!!」
 バルクホルンの提案に、好意的な返答をする芳佳。ここで退いてはカールスラント軍人の名折れだという感じに、バルクホルンは一気に攻勢をかける。
「いいですねぇ。じゃあ今度休暇が……」
「芳佳ちゃん!」
「あっ……!」
 勢いに乗りバルクホルンの提案に賛同しようとする芳佳。しかし、リネットに声をかけられたことにより、リネットとの先約があることを思い出した。
「なんだ? クリスに会いたくないのか、宮藤?」
「いっ、いえっ! すごく会いたいです。でも、リーネちゃんとの約束もあるし……」
「街などいつでも行けるだろう? そんなに行きたければ、私が見舞いの帰りに連れて行くぞ」
「ホントですかっ!? でも、うぅん……」
 見舞いと街の散策、両方がこなせるなら、バルクホルンさんの提案を受け入れるのも悪くはない。
でもやっぱり、リーネちゃんとの約束を破るわけにはいかないと、芳佳は回答を出せずにいた。
「バルクホルン大尉! 芳佳ちゃんを惑わさないでください! 芳佳ちゃんは私と先に約束したんですよ!」
 自分との先約があるにも関わらず、勝手に話を進めようとするバルクホルン。その態度にリネットは少しムッとし、反論を切り出した。
「何だ、リネット軍曹? お前はつい先日まで昏睡状態だったか弱い少女のささやかな願いを、私情を優先して無駄にするとでも言いたいのか?」
 一度ならず二度も芳佳を取られるわけにはいかないと、バルクホルンはやや強い口調でリネットに対抗する。
「そんなことは言ってません! ただ私だって芳佳ちゃんと一緒に出かけたいんです!!」
「むぅっ!」
「う〜〜!」
 二人は一歩も譲らす、芳佳を巡った膠着状態に陥る。
「このままでは埒が上がらんな。どちらとの約束を優先するか、宮藤に決めてもらおうとしよう!」
「そうですね。芳佳ちゃんに決めてもらいましょう!」
「えっ!? えええ〜〜!?」
 突然自分に決定権が委ねられたことに、芳佳は驚きの声をあげた。
「宮藤!」
「芳佳ちゃん!」
『一体どっちと行きたいんの!?』
「ふええ〜〜。そんなこと言われても〜〜」
 二人から決断を迫られ、急にどっちと行こうかだなんて決められないと、芳佳は涙目で困惑する。
「コホン。あの、三人とも。朝食くらい静かにしてくれないかしら?」
 そんな時、三人を制止するように、ミーナが引きつるような笑顔で咳払いをした。
三人はミーナが怒り心頭に叱責する直前だと戦慄を覚え、蛇に睨まれた蛙のように黙り込んでしまった。
 結局芳佳は決断をすることができず、どちらと休暇に出かけるかは保留となってしまった。



「今日みんなに集まってもらったのは、今後のネウロイ対策に関して、重大な決定事項があるからよ」
 朝食後。501のウィッチたちはブリーフィングルームに集められ、ミーナから説明を受けた。
「昨今ネウロイは大型化の一途を辿り、現在のストライカーでは対抗が難しくなっているわ。そこで新たに墳式飛行脚(ジェットストライカー)の開発が各国で行われているのは、先日の軍事教練で教えたわよね?」
 ミーナの説明に、皆は頷いた。
従来のストライカーは、大気中のエーテルをプロペラ型の呪符により回転させることで推力を得ていた。
これに対し、ジェットストライカーは多数の呪符を用いて大気中のエーテルを圧縮させ、圧縮したエーテルを噴射することで推力を得るストライカーである。
 これによりジェットストライカーは、従来のプロペラ型ストライカーより出力が増大し、速度や推進力が増しただけではなく、より大型な武器の携行も可能となったのだ。
「そこで今回、制式採用されたカールスラントとブリタニアのジェットストライカーが、501の基地に各一機ずつ配備されることが決まったわ」
 双方のジェットストライカーが本日付で届く手筈になっていると説明し、朝のブリーフィングは終了した。


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